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兄妹の契り

長らくお待たせしました。気になる王家一紋の正体です。

  ベルクを含むヘンリア大陸の各国家には、王家を守る守護の存在が欠かせない。

 その名も王家一紋。

 私とダルガ兄とミシルは共に王家一紋を目指していた。

 「待てって! ペリア」

 「追いついてごらん?」

 懐かしい三人で遊んだ草原が蘇る。

 周囲は陽炎しか見えないほど広い金色の草むら。

 私たちはよく追いかけっこをして遊んだ。障害物のない草むらはうってつけの遊び場だった。

 「これで私の勝ち…」

 突然地面が目の前で消え、私は断崖絶壁を見下ろしていた。

 「はい、捕まえた」

 立ち止まった私の背中をポンとミシルが押す。

 「うわわあああ」

 どこまでも落ちていくかと思いきや、私は崖の先の空間に浮かんだ。

 だが倒れ込んだ感覚はある。

 恐る恐る目の前の空気に触れると、指が触れた先から草が生えてきた。

 すると崖は次々に消え失せ、金色の葉っぱに包まれた。

 「…ずるい」

 そばに腰を下ろして笑う少年を睨む。

 「なにが?」

 ミシルは愉快そうに白髪をかきあげた。

 この頃から長い前髪は、彼の表情を隠し掴みどころの無い印象を受ける。

 「その幻魔法〈ハウソウル〉。ありもしないものを相手の脳に見せつける」

 私は確かにある地面に座り込んだ。

 「そんなの使われちゃあ無敵だよ」

 「そう思う?」

 ふてくされた私にミシルは哀しげな声で言った。

 「便利かもしれないけど…良いものじゃない。ない方がいいこともあるよ」

 その時のミシルの顔はよく覚えている。哀愁とも諦めともつかない切ない横顔。

 黄金の背景と、空一面を白く染める陽光の中、その表情は闇に墜ちていた。

 「あ、ダルガ」

 振り返ると、地平線の方から走ってくる小さな影。

 「おおい~、なんでいつも俺を置いてくわけ?」

 最年長のはずなのに、情けない言葉。

 息切れをしながら訴えるダルガを二人は冷たくあしらう。

 「お前だけ遅かったからな」

 「普通待つだろ!」

 「…なにその帽子?」

 私は実の兄が被るブカブカのハットを指差した。

 その瞬間ダルガは焦るようにギュッと帽子を深く被り直す。

 「突っ込むな」

 ムスッと言い捨てたが、その背後にミシルが迫っているのに気づいていない。

 まだ一番背が低かったダルガは、容易くミシルに帽子を取り上げられた。この日は快晴で、太陽の日差しが強かった。だからこそ、その光景はなかなか衝撃的だった。

 「っ! ナニすんだよミシル!」

 「ぶははっ! なにその頭ぁアハハハ」

 「笑ったなナッツ!」

 「…スキンヘッド?」

 「言うなミシル! 返せよ帽子!」

 ダルガは毛一つ無い綺麗な頭をテカらせながら、二人に怒りをぶつける。

 「許さないっ」

 その両手を天に向けたかと思うと、得意な斬撃魔法を私たちに放った。

 幾つもの刃を見定めて、私とミシルは同時に反対方向に飛び上がった。無傷だったものの、鼻の先をかすめた刃が草原に無残な痕を残す。

 切れた葉が無数に舞い上がり、土の地面が垣間見える。

 「こんの…バカ兄!」

 スカートを舞わせ着地早々、私は魔連珠を連続で五弾実の兄に向かって打ちつけた。持つの妹に攻撃したのだ。なんの問題もない。

 ダルガに向かう珠は個々に割れ、中から歯を剥き出したウルルが飛び出す。

 待ってましたとばかりに可愛い皮を脱ぎ捨て、シャアアともギャアアともつかない雄叫びを上げる獣たち。

 ダルガは怯まず直ぐに防護魔法〈マストル〉を唱えた。

 顔の前で防壁にウルルの歯が突き刺さる。ザクっという音がいくつも木霊した。

 「どうせミリア王女の姉様に切ってもらったんでしょ!」

 私の叫びにダルガは目を泳がせる。

 「…やっぱりね」

 私は目を細めて次の魔連珠を取り出した。

 流石に冷や汗を流してダルガは弁解する。

 「今度こそ…今度こそ綺麗に切るって言ったんだよ」

 「バカ兄が」

 「本当にですわ」

 突然の高く上品な声に二人は振り向く。視線の先にいたのは神々しい少女。金色の背景がよく似合う、美しいシルエット。

 「…ミリア王女!」

 ゆったりとした白の衣をゆるく垂らし、いつものようにベールを風に揺らす。

 「私も混ぜて…」

 その無邪気な顔の端から、霧が漂い始める。少女は消え、霧の合間からはミシルの笑顔が覗いている。それを見たダルガの顔から一切の血の気が引いた。

 「下さらない?」

 言い終えると同時にミシルが扮したミリア王女の手から無数の魔弾が放たれた。

 「それは反則だろぉおおおミシルゥゥ!」

 ダルガは爆炎に包まれながら、怒鳴り続けた。


  爆煙が静かに空に消え、三人が横たわっている。

 ミシルは優雅に頭を組んだ腕に乗せ、私は微笑みながら空を見上げる。

 ダルガはと言うと、ボロボロのままうつ伏せで力つきていた。

 私はニヤニヤして兄を見下ろす。

 「…ぼえてろよ」

 「先に仕掛けたのはそっちだろ」

 負け惜しみさえもミシルは断ち切る。

 ダルガはただ呻いただけだった。

 黄金の草原の中、三人は風を浴びた。私は手元で揺れる一輪の花を摘んだ。

 風に遊ばれる小さな花を見つめて呟く。

 「…私たち、もうすぐ本当の兄弟になれるんだよね」

 その言葉に不安を感じ取ったダルガとミシルは体を起こした。

 「当たり前だ」

 「なんのために勉強に訓練にやってきたと思ってるんだよ」

 「…だよね」

 元気づけるように即答した兄とミシルを見て、私は小さく笑った。

 三人は同時に立ち上がると、お互いの服についた塵をはたきあった。

 そして夕日が刺すベルクの方に向かって歩き始めた。


  三人は王家一紋になるはずだった。

 誰一人欠けることなく。

 だが、ミシルはいなくなった。

 王家一紋の試験の十四日前に。

 消えた。

 「ペリア、話があるんだ」

 「今? ダルガ兄も呼ぶ?」

 「いや、いい」

 その運命の日、私は呼び出された。丁度試験に向けての最終訓練に行く明日の準備をしていた時だった。

 ミシルは人一倍早く準備を終えていたのだ。仕方なく私は彼についてゆく。

 無言のまま、私たちは広場に着いた。

 よく三人で魔法遊びをした広場。

 まだ中央の噴水には、ダルガが放った魔弾のこぼれ球の跡が残っている。いつか修理魔法を覚えたら直すと言って何年経っただろうか、私はぼんやりそんなことを考えた。

 「話って?」

 「俺はビグペロに行く」

 空気が止まった。

 風が止まり、頭上の天体が動きを止めた。

 「今、なんて?」

 「聞いて、ペリア。まだダルガにも話してないんだ」

 ミシルは哀しげな目をして、ポケットから紙を取り出す。

 彼の目は、淡い蒼。

 不吉な赤い紙が目の前で開かれる。

 「ビグペロから来た徴兵令だ。お前も知ってるだろ? まだベルクとビグペロの戦いは口火を切ってないが、もうじき」

 「やだ」

 私は思っていたより震えてる自分の声に驚いた。

 「なんでわざわざ敵国に行くのよ」

 私はなんとか自分を奮い立たせて語尾を強めた。広場で駆けていた少女たちが驚いて立ち止まる。まるで昔の私たちのように無邪気に魔法弾を手の中で転がしている。

 それを見て、気づけば嗚咽を上げて泣いていた。

 「…やだよ。ミシル…うっ…ミシル兄になって…くれるんじゃ…約そっ」

 視界が消えたかと思うと、ミシルに抱き締められていた。

 咄嗟に体を強ばらせたが、彼の体も震えてるのを感じて、ただ動かずにいた。周りの音が全て遠くなる。

 「ペリア…大切な妹。ダルガ兄も、な」

 ミシルの声はしっかりしていた。

 それが余計につらかった。

 「皮肉だよなぁ? 兄妹になれる十四日前だってのに…」

 ミシルは無理に笑った。乾いた笑い声が響く。

 「じゃあな」

 「待って!」

 だが、ミシルの姿は煙のように消え失せた。広場の風景に溶け込んだ。

 私は真っ赤な目で周りを見渡す。だが、少女たちも走り去り、広場は噴水の音が鳴るだけだった。

 「…こんな時までハウソウルで誤魔化さないでよ!」

 力の限り叫んだ。何回も広場中を見回す。

 「…ミシルぅぅぅぅう!!!」

 好きでした。

 ミシルが好きでした。

 行かないで下さい。

 「お前とは戦いたくない」

 耳元で囁く声。

 振り向いても彼はいないと知っていた。

 耳元で風が吹いたから。幻影をかき消すような風が。

 彼の優しい嘘が消える音が。

 「…私も」

 ナッツは広場の真ん中で、俯き呟いた。


  訓練はいつも通りだった。

 剣が回りを飛ぶ。喧騒の中で私は立ち尽くしていた。飛んできた魔弾を無意識に弾き返し、相手の首筋を打ちつける。

 ダルガ兄はそんな私を遠目になぎ倒していった。

 「大丈夫か!?」

 だが、流石は私の兄だ。

 訓練が終わると直ぐに心配そうに駆けてきた。

 お互い返り血を浴びて汚い服装だ。

 痣はいくつかあるものの、二人とも無傷だった。指揮官は満足げに二人を最高ランクと評価した。

 「…帰ろ?」

 私はそれだけ言った。


  「ミシルどこ行ったんだよ!」

 帰って何日か経つと、ダルガ兄も事情を感じ取り苛立ちを隠せなくなった。

 家の壁を殴ると、ダルガはそのまま壁に体を預け崩れ落ちた。

 目を覆うと、深いため息を吐く。

 「…俺にはともかく、ナッツにも一言もなしかよ」

 私は机にもたれかかったまま何も言わなかった。

 口止めされた訳でもない。

 ただ言いたくなかった。

 真実にしたくなかった。

 「…ミシル」

 そうして私は狂い始めた。

 自宅の地下に引きこもり、連日のように禁魔法に手を染めた。

 王家一紋の特権を利用して宮殿の資料をかき集めた。意外と禁魔法にまつわる話は古くからあったようで、方法を見つけるのも容易かった。

 ミシルの姿が見たくて、しまいには幻魔法にすら手をだした。

 途中でなにしているのかさえわからなかった。

 醜い響きの呪文に体は限界に近づいたが、得たのは禁忌に触れた印、前髪が黒くなっただけだった。

 ダルガはその髪を見てもなにも言わなかった。もしかしたら全部知ってたかもしれない。

 「…ミシルどこ行ったんだよ」

 だから、こう言い続けたのかもしれない。


  なぜ。

 なぜ今あなたはいるのですか。

 「な、嘘じゃないだろ?」

 (なにが嘘じゃないのよ?)

 「ミシル…」

 (ねぇ、何でラスディアの味方してるの? この四年間どこにいたの? なんで口を隠してるの? なんで今更現れたの? べるくを攻めに来たの?)

 「なんで現れたのよっ! せっかく忘れたのに! 忘れたのにっっ」

 ナッツは頭を抱えて喚いた。

 「ペリア…」

 (懐かしい声)

 「…会いたかった」

 涙にまみれて、それでも笑ってナッツは言った。


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