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白銀の支配

  漆黒の翼が月光に濡れる。双となるそれは同時に、対照的に羽ばたいた。

 「また、か…」

 ラリアは炎に染まるベルクを見下ろして呟いた。先程観た戦いがそのまま蘇ったようだ。イラクエラと違う点と言えば、街のデザインだけだ。

 大陸でも名高い煉瓦通りが叫び声で溢れている。甲高い金属音が壁を走り、幾つもの傷跡が生み出される。花屋の周りには灰となったそれらが、ただ横たわって風に飛ばされるのを待つばかりだ。

 これ以上魔法を使うことはできない。ラリアは遠くから眺めるのみだった。ラスディアの戦いとは言え、女王は戦線に立つことはない。最高位が行うのは裁きのみだ。女王に反抗する勢力の抹消。政治の操作。 最近のベルクとビグペロは急速に変化している。以前からその争いは目障りだった。だからラスディアをビグペロ勢力に加えたのだが、何も発展が無く戦いを繰り返すだけだ。理由など無限に存在する。

 「小さき国よ。死に急いだ先に幸せがあるとでも?」

 ラリアの眼が月の光を映し出し、何より憂いを満ちて輝いた。まるで涙を宿したように見えたが、その瞳から雫が落ちることはない。

 乾いた唇をそっと舐め、ラリアはベルクの横を飛んだ。右手から頬を焼く熱が容赦なく吹きつく。ラリアの金髪はその熱を吸収し燃える。決して灰に変わることのないそれらは、ただ闇の中で光を撒き散らす。

 深紅の姿が空を統べる。その影は突然上昇し、雲を突っ切った。銀の世界の先の、月が支配する空で彼女は彼に会った。

 漆黒の翼を垂らし、雲の上に横たわる彼に。

 まるで永遠の眠りを得たかのように安らかに目を閉じた彼。ラリアはその側に降り立つと、翼を閉じて髪をかき揚げた。炎が散り、彼女から去っていった。

 「疲れてるね」

 瞼を開かぬままに彼が優しく言った。その唇は闇に漬け込んだ様に黒く、銀の髪が彩っている。

 「キミはまだ不完全だから」

 肩まで伸びた銀髪が唇の動きに合わせて揺れる。

 「余計なお世話だ」

 彼の瞳が開かれた。ゆっくりとラリアを捕らえた白銀。

 「心配しなくていい。死はまだ先だ」

 口元まである襟の黒のコートが彼を言葉ごと包む。黒と紅の縞模様が彼の足を守り、腰には半身程ある銃が二丁添えられている。

 ラリアは頭から何かが消えた気がした。そうか、頭痛がしていたのか。何故彼の言葉でそれが消えたのだろうか。

 「婦人が現れた」

 その余韻が響きわたる中、彼は一度翼を羽ばたかせ立ち上がった。ひらめくコートの内側にはなにも着けられていない。嫌に白い胸元がラリアを不安にさせる。

 両腰に下げられた革製のガンホルダーが威圧感を与える。とこの武器職人が手に掛けたか、ラリアは想像すらできない業物であった。

 「それは怖い」

 「白々しい。貴様はおそれることなどないだろう」

 「キミのことを言っている」

 何だと、と言いかけてラリアは口ごもる。確かに自分は恐れているのだ。アンガーが諭すまでもなく、我が身の死が近づくのを感じて。

 「完全体になればいいだけの話だ」

 彼は片手で額を押さえ口元だけで微笑んだ。黒の唇が持ち上がる様子は、神さえ不安に陥れるが如く。

 「ならば何故ここに来た?」

 安心する答えでも欲しいんだろう。ラリアの脳内にそんな嘲りが聞こえた。彼女は無言で肩越しに翼を握る。

 「…死など望ましいくらいだ。この退屈な支配の中では。たとえ渇望しても死神は迎えに来ない静かな世界では」

 声は弱々しく震える。

 「貴様に…会いに来たのは、ただ」

 貴様の顔を見たかっただけだ。

 あの偉大すぎる月光を一人で浴びるのが不快だったからだ。

 貴様ならいつでも、この白銀の空間にいると知っていたからだ。

 「疲れてるからだ」

 「可笑しなことを云う。女王には眷属の癒やし役がいるだろう」

 ヴィシェのことを言っているのだろうか。ラリアは小さく笑った。

 「確かに…気づかなかった」

 歪んだ彼女の唇に何かが重なった。すぐ目線の先に彼がいた。銀の瞳に魅入られ、ラリアは目頭が熱くなるのを感じた。

 「いつでも来るが良い。キミは月に適わない。心が手折られ、もがき苦しむ前に来るが良い」

 ラリアはたった今口づけされた唇を触れて、彼から目を逸らした。それでも彼が自分を見ているのがわかっていて、心が安まることはなかった。

 ふと月の光が強まった。反射的に顔を上げると、彼が優しい笑みを浮かべていた。白銀の前髪が隠しても尚、その瞳は月に対抗する存在感を発する。

 「私は世界を見捨てた」

 「私もそうしたい」

 「キミが女王の運命に耐えられなくなる時は必ず来る。そうなれば生きる世界を定めればいい」

 そう、貴様がここを選んだようにか。

 「そのとおりだ」

 まるで聞こえていたかのように、否、彼は実際に聞こえたのだろう。心を読み取る力など、その才能の数から見れば当然以外なにものでもない。

 二人の間に星の光が差す。今宵は星降る夜。天に貼り付いていた星々が、今までを嘲るが如く墜ちてくる。所詮同じ場所に留まるのは不可能だとでも言うように。

 幾筋もの光線が夜空を切り裂いてゆく。こうして細切れにしていけば、いつか天まで落ちてくるのではないか。そう思わずにはいられない。

 月から二つの星が飛び出し、反対の方向にそれぞれ流れていった。一つは悲しげに青白い尾を引いて。一方は地獄を目指す勢いで燃えながら。翼を携える二人は静かにそれらを見ていた。

 「頼みがある」

 彼は眼を瞑り頷く。

 「私とともに来てはくれないか」

 「対価がわかっているなら」

 沈黙が流れ込む。

 お互いに無表情で相手を眺める。月はその役目を終え、太陽の後を追い始めている。早く沈んでしまえ、ラリアは呪った。

 「美しいな」

 だからこそ、余りにタイミングの悪い一言に切り返しができなかった。月のことなのか、他の何かなのかさえ判断し損なう。

 「な…」

 彼はクスクスと笑い、月に向かって歩き出す。その肩は愉快そうに震えて。

 「キミって女王の器じゃないよ」

 「だから紅玉をよこせと?」

 彼が肩越しにこちらを振り返る。銀髪に隠れた口元はどんな様子か想像できない。

 「いや…終わるまで待とう」

 (終わるまで?)

 彼は何度か羽ばたき、月の円の中に綺麗に収まった。光の中の黒いシルエットは不吉というより、神秘に満ちている。

 「キミ達の二十年の決着が、ね」

 その言葉の端が漂う間に、彼は姿を消した。一体どこの夜空に移動したのか。

 ラリアは深呼吸をして、眼下を眺めた。その眼は先程までの焦りが一切消え、穏やかさに包まれている。だが、心を騒がせるのは、彼女の眼に月の光が宿っていないことだ。

 「あぁ、待ってろ」

 口の端を持ち上げて、彼女は低く笑った。

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