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銀の簪と月光


  醜い。

 醜い争いが絶えぬ。誰が許した。言ってみろ。貴様らの族長か、はたまた父か。

 「女王の非道を許すな!」

 「今こそ我らが立ち上がる時だ」

 黙れ黙れ。虫けらよりも弱い種族が。私の魔法一撃でその国は消えるじゃないか。私を許さぬなら精進してみろ。そして、私を焦らせてみろ。

 そうしたなら、この胸にある紅玉、くれてやろう。

 「我らが族長、エギ・ティンクト、エギ・グレンよ。力を!」

 「力を!」

 ラリアははるか上空でそれを見下ろしていた。掌の上で魔法球を転がしながら、彼らの命のカウントダウンを始めていた。

 「20だ。お前らの命の灯は、20月が瞬きする間に消えるだろうよ」

 彼女の上で、白銀の星は嗤うように輝き続ける。今宵はエクゼを置いて来た。あの獣は高貴なことに満月の日しか夜には姿を見せぬ。無理に連れてきても興ざめだ。

 ラリアは真っ赤なドレスとよく似合う、漆黒の翼をはためかせていた。黒鳥どもが集まってくるが、彼女の紅玉の光にやられて一羽、また一羽と堕ちていく。

 イラクエラは大陸随一の歴史を誇る帝国だ。森を開拓し、同時に自然と共存する美しい国だ。住民は皆着物を纏い、党派に分かれて簪を挿す。ラリアもその金細工には一目置いており、城には上品な簪がしまわれている。

 全て、この国の僕、銀の簪を挿す勢力が捧げたものだ。

 「ラリア様に手を出すな! 死にたい奴は国から出ていくがいい」

 ほら、奴らも騒ぎ出した。ラリアは上空で優雅に座った。月夜に凪を生み出し、その風の上に座った。

 松明を持ちだした彼らの熱は上がるばかりだ。

 「今日こそは族長に従ってもらう、反逆者を根絶やしにしろ!」

 「力を!」

 「悪いが、時間切れだ」

 ラリアは小さくつぶやくと、掌から青く光るそれを零した。完全な球体の魔法球はイラクエラの中心へと吸い込まれるように落ちてゆく。

 あと三度でも瞬きをすれば、この国は終わりだ。

 「つまらぬ。つまらぬな。黙って滅びるだけか」

 女王派の兵士が空を仰いだ。血しぶきの舞う中蒼い球を見た彼は、絶望してつぶやいた。

 「なぜです、女王よ…」

 もはや銀の簪の何の意味もなかった。女王の一撃に散る塵の一部と同じ。イラクエラに失望の色が広がった。


  ラリアは翼から羽を引き抜くと、餞にそれを贈った。

 「ふざけんなよ。悪の女王さん」

 ラリアは魔弾を放ちながら振り返った。声の主を一瞬にして消さんが如く。その全てを弾き返す人影は月の精に見えた。

 「婦人とは大違いだぁ。あんた、イラクエラにふさわしくないよ。その汚い魔法球も」

 そう言うと、人影は手を水平に掲げ、両手を握りつぶした。同時に眼下から衝撃音が響き渡った。イラクエラが滅びた音楽かと思うと、なかなかなものだが、ラリアは国の果てる姿を見送る為振り向いた。だが、期待するものはなかった。

 目線の先には、藁の家々が美しく並ぶ国と混乱する国民の姿が広がっていた。

 「な…っ」

 「ふん。くだんないねぇ。そう簡単に国を滅ぼす力で神になったつもりかい、くだんないねぇ」

 ラリアは冷酷な表情で彼女と向かい合った。

 「貴様、知っている。あいつと20年前にいたな。アンガーと言ったか」

 アンガーと呼ばれた女性は、袖下からキセルを取り出しくわえた。艶やかな唇は、妖艶な遊女を思わせる。

 「憎々しいね。その名で呼んでいいのは仲間だけだ。大方、死んだとでも思っていたんだろう? 残念。他の二人も元気に生きているんだよ」

 「婦人もな」

 「あの子は不死身だ」

 アンガーは夢心地の眼で夜空を見上げた。

 「あの子は不死身だよ」

 繰り返すその言の葉に魂が宿る。ラリアは神秘的な波動を感じて眉をしかめた。

 「未だに子供扱いと言う訳か。自分の娘の管理もできない未熟者じゃないか」

 「あんたはどうだって言うんだい? ああ? ロースラと言ったか…あの娘も好き放題しているじゃないか」

 「一緒にするな。あやつはアーヘリーの政治を全て行っている。王女としての自覚も持ち始めているしな」

 「へぇーえ。極悪非道のラリア様に母性愛があったとは、明日の号外は大変だ」

 ラリアは脱力感を感じていた。彼女も万能ではない。国を滅ぼすだけのパワーを使ったあとの疲労感は大きなものだった。そのパワーを握りつぶした本人は平然とキセルを吸っている。

 「おやおや、あの子の少女時代とそっくりな弱弱しい顔だねぇ。あたしの店に来て薬でも買うかい? 飛び沼から仕入れた上等の睡眠薬があるんだ。まあ、あんたにはヴィシェとかいう乳母がいたね」

 くどい。いつまでも親気取りの死に損ないが。

 ラリアはピリピリと血液が暴れるのを感じた。しかしエレクトが足りない。エレクトの束は城にある。先程の実力からみて今戦うのは避けるべきだ。

 紅玉が胸で揺れる。使え、使えと囁くように。

 (下がっていろ、ただの装飾品めが。お前の代償は測り知れぬ)

 「疲れてるんだねぇ。まあ、城にお戻りくださいませ女王様」

 「下衆が…また婦人の勝利を願っても意味の無いことだ」

 アンガーがフウーっと白い息を吐きだした。その煙は幻影のように揺れ、月へと昇って行く。にやりと笑って眼をあげた彼女の顔からは余裕すら読みとれた。

 「あんた、恐れているだろう? じきに異国の民が来ることも気づいている。よかったじゃないか、退屈生活とおさらばだ。でもねぇ、残念ながらあんたは消えちまうよ」

 心の底から憐れみを込めて、アンガーは優しく言った。

 「あんた、死んじまうんだねぇ」

 黙れ。

 醜い女が。

 「失せろ」

 ラリアは余裕の無い体を呪う。今朝から極魔法を二発も使ってしまった。エレクトは残り僅かだ。

 ただ虚勢を張るような自分が憎くて仕方ない。この目の前の女一人すら消せない自分を殺してしまいたくなる。だが、紅玉の所為で自殺は許されない。

 アンガーは大事そうにキセルの火を消し、袖にしまった。そして、翼もなく浮かんだその身を月の光にさらす。

 本当に幸せな顔をする女だ。

 「月光はエレクトの塊だ。イラクエラの住民もドラゴンも知っている。あんたも覚えておきな」

 言い終えるか分らぬうちに、彼女は重力に従い暗闇へと消えた。

 残されたラリアは溜めていた息を吐きだす。イラクエラの住民の香りは身に毒だ。ラリアはアンガーと同じように月を見上げた。

 「偉大そうに…」

 

  息の上がった体が重い。ラリアは月光に頼る気はなかった。翼を動かし、城へ向かう。その途中で、ベルクの空が赤く光るのを見た。

 ヴィシェから報告は受けていない。今は行く気も起きなかった。

 きっと、ラスディアの一人はいるだろう。ロースラはまだアーヘリーに勤務中だろうから、シェルか。彼女の使う幽魔〈シーア〉は強い。増援などあやつも望まぬだろう。

 彼女の見栄を張る姿を思い出して、ラリアはクッと笑った。

 そして、今度は強い眼で月を見た。

 先ほどとはうって違って巨大な光が女王を突き刺す。ラリアは自然の生み出す奇跡と対等のように堂々と髪を揺らす。

 月は、その円を欠け始めていた。ヴィシェが嫌いな、月が堕ちる時期がやってくる。一体欠けていったつきの破片はどこに行くのだろうか。小さいころあいつが言っていた。

 「しらないの? 太陽がもらうんだよ」

 高い少女の声が耳の中に蘇った。

 五月蠅い。

 ラリアは城へと体の向きを変えた。ヴィシェが待っている。先程突き飛ばした怪我は大丈夫だろうか。かっとなると自分の力が暴走する。嫌な体だ。

 (月光はエレクトの塊だ。ドラゴンもそれを知っている)

 ラリアの脳裏にエクゼの深い眼が浮き上がった。満月の夜しか柱から出てこぬ聖獣。

 「お前も、満月から力を貰うのが好きか」

 燃え上がる街を超えながら、ラリアは静かに嗤った。

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