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虚空の会話


  ダルガは一番近くの火柱の真ん中に飛び込んだ。肌を炭に変えんと熱を上げる炎に顔をゆがませることもなく、虚空に飛び出す。

 その肩には一片の焼け跡もなかった。冷却魔法など眼を閉じていても完ぺきだ。ダルガは矢の如く飛びながら地上を観察した。

 嫌な声が聞こえる。悲鳴、怒声、泣き声。そのなかに、年端もいかぬ少年の声がした。

 「お母さん、お母さん、あぁあああっっ。返事してよおお」

 視界の隅に横たわる女性とそばで突っ伏した少年が見えた。

 ダルガのこめかみに血管が太く浮き上がる。隣国ビグぺロ。何度出口の無い戦いをベルクにしかけたことか。異国の民のいなかった長い年月、無駄に命がいくつ失われたか。

 今は違う。

 異国の民が現れたことを知った彼らはどんな行動に出るのか。

 弓を引く音が聞こえた。咄嗟に防御魔法を唱える。

 「マストルっ」

 青光りする膜がダルガに向かった矢を吸い込んだ。

 その後も無数の矢がダルガの命を狙ったが、膜を破れる物はなかった。王家一紋の魔法はそれほどのものであった。

 火柱の下を断ち、炎上する街に水を振りかけている最中だった。背後から風が吹いた。常に風上へ飛んでいたダルガがその異変に気付くのは造作ない。

 しかし、気付いた時には手遅れだった。

 振り向いたダルガの視線の先には、マストルの五倍もの魔法球が迫っていた。反射的に唱えた防御は瞬時に溶け去ってしまった。

 目の前には死。

 ダルガは静かに目を閉じた。もう一度日の光を見る祈りを込めて。

 「バカ兄」

 いらついた声がダルガの耳に届いた。

 

  自らの体重の十倍もの力で地面に押しつけられるのを感じたダルガは、眼を見開いた。首筋が押さえつけられている。

 押さえつけているのは、妹ナッツの腕だった。

 高速で地面に降下する二人の上を魔法球が過ぎ去った。頭の方で爆音がした。あの様子では三軒は家が消えただろう。

 「ねえ、馬鹿なの?」

 安心してしまうほど遠慮のない声がもう一度聞こえた。体から離れたナッツが不機嫌そうに浮かんでいる。その肩には美しい紫の翼が羽ばたいている。

 ローラに貸したものとは異なる、彼女のスペアだ。

 「悪い、油断しぐあっかはっ」

 言い終える前に喉を殴られた。流石に怒りを感じながら首をさすると、今度は腹を蹴飛ばされた。衝撃で後ろに吹き飛ぶが、怒りの一言を発しようとしたその時、鼻先を炎が通り過ぎた。

 「何て言おうとしたの?」

 口の端をけいれんさせてナッツが問い詰める。いくらかバツが悪くなったダルガは一言こぼした。

 「礼をだよ」

 「有難うって死ぬまで言って?」

 「戦場だから五回で死ねるな」

 「じゃあ、五回」

 「遠回しに死ねと言ってないか?」

 「単純に言ってるのよ」

 にこりと笑ったナッツからは確かな殺気がにじみ出ていた。ここはダルガが折れる番だった。

 「悪かった」

 「じゃあさ、あいつ倒しましょうか」

 二人は同時に顔を上げた。白いマントに包まれた不気味な人影に焦点を合わせて。


  「ラスディアね」

 ナッツが口火を切る。

 「…へぇ、王女の飼い犬か」

 ナッツの血管が全身で浮かび上がる。その横顔はサタンを連想させた。

 「あんたもビグぺロに使われるくらい落ちぶれたのねえ?」

 なかなかの返しだな、ダルガは静かに思った。

 ラスディアは堂々とした挑発に少々怒りを露わにして返答する。

 「貴様らごときに用はない。我々の狙いも判らぬほど耄碌したか」

 ナッツの翼が夜空に広がった。術者と同調する羽は彼女の怒りをすべてに伝えていた。鋭いオーラを帯びた翼にダルガさえもが後ずさる。

 「…っ」

 ナッツは何かを言いかけて止まった。

 ここで異国の民かと答えれば、こちらの手中に彼女がいるとばれてしまう。それは杞憂だった。

 「ラリア様は賢い。とっくに少女を捕まえにかかっているさ」

 王家一紋は言葉を失った。

 紫の翼が弱弱しく収縮する。ダルガは鳥肌が立つのを感じた。

 「後ろを見ろよ、間抜け犬」

 悲鳴が聞こえたのはその瞬間だった。


  一瞬早かったナッツが振り向きざまに魔法弾を放った。中身は火山で仕入れたマグマの塊だ。

 「ローラさん!?」

 放った魔法弾は真下の屋上、燃え盛る家々の真ん中で少女を抱えた男に直行していった。少女は翼を垂らしていた。

 「嘘だろ…」

 炎に照らされた男の顔は布で眼から下が隠されたいた。布に描かれたのはビグぺロの国章。長いマントは真ん中で縦にさけており、その下には黒い下衣が覗いていた。裂け目に修飾された螺旋模様は首元からマントの先まで余すことなく並んでいる。

 月のように白く、片目を塞ぐように垂れた髪。天へと尖る耳には小さな金のピアスが光る。

 「久しぶりだなあ、ダルガ。ナッツ」

 布に邪魔されくぐもった声だが、二人の頭に痛いほど響いた。

 その痛みが過去を蘇らせる。頭痛が二人を襲う。

 身動きが取れずに硬直した彼らにシルバの叫びが届いた。その姿は見えない。

 「ローランを放せよ白マントお! シルバの名の下にっ」

 ローラを抱えた人影に炎の弾が降りかかった。人影はふわりと後ろに飛び、それをよけた。

 両腕に抱えられたローラが震える声で助けを求める。

 「シルバああ!」

 突如風上の空から水龍が現れた。月の光を反射する鱗が逆立っている。

 「会う日を楽しみにしていたぞ、若き人間め」

 地の底から湧きあがったアリグルの声は全員の腹の底まで貫通した。


  男は翼も付けずに空中で静止した。

 「ドラゴン…? ダルガ兄、あんたいつの間に…」

 ローラがはっと男を見た。

 (ダルガ『兄』?)

 「やっぱりそうか」

 疑問を浮かべたローラにダルガの落胆が伝わって来た。

 「嘘…」

 ナッツは顔を両手で覆った。その眼に涙がたまる。黒く染まった前髪がその涙を隠した。

 「ミシルか?」

 男がローラを空中に放り投げた。慌てて三つの影がそこに向かう。

 だが、誰も彼女の細い肩を掴むことはなかった。炎の街は一瞬にして険しい岩場に変わったのだ。

 明るくなった景色にシルバ達が戸惑う。

 だが、王家一紋は違った。

 「な? 嘘じゃないだろ」

 三人の男女はそれぞれの思いを胸に見つめあった。

 

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