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王家一紋の影

  宮殿が見えた。ベスは、ポケットから木造のコンパスを取り出すと、針を宮殿に合わせた。

 五年前、何処ぞの種族からもらいうけたそれは、内部の装飾がきめ細やかで、一つの美術品であった。今ではベス自身が魔法で設定を変え、針は北を指すものではなくなった。

 一度あるものを基準に針を定めると、そこへの方角がいつでもわかるものにしたのだ。このようなコンパスを持っているのは、おそらくラリアを除きベス一人だろう。

 ラリアは、すべての種が持つものを望みのままに作ることができる。持っていても不思議ではない。

 「ベスさん? よくベルクに来るんですか?」

 シルバの声に、ベスはコンパスから視線を外した。

 「まず、私はベルクの人間って思わないの?」

 後ろを歩いていたシルバは、恥ずかしげもなく言い切った。

 「だって、ベスさんってどう見ても外人さんに見えるよ」

 シルバは先ほどのパンのかすを唇から払いながら続ける。

 「さっきだってさ、あのお婆さんを見切った時、何かカタギ…じゃないって言うか」

 堅気と言う言葉に慣れていないのか、シルバは片言に言った。隣を歩く、犬の姿のアリグルもシルバに合わせた。

 「確かに貴様、種族もはっきりしない。歴史家とは言うが、他のことも知りすぎている。権力者にも見えるが、有名ではない。いったい何者なんだ」

 ベスはしばらく無視するように歩いた。後ろの一人と一頭は不満そうについてくる。コンパスを左手に、人込みを臆せず突き進む彼女は確かにベルクの国民からはかけ離れた存在に見えた。

 「そう…ねえ。外人だけど、外人じゃない」

 謎を掛けるように一言発すると、ベスは足を速めた。小回りのきくアリグルはともかく、シルバはそれについていくのに精いっぱいになった。

 「こんな国大嫌いよ私。多種族だか知らないけど、我が物顔で歩くやつらは多すぎるし、文化もごちゃ混ぜで美の欠片もない」

 それを聞くのはアリグルのみだった。

 犬の姿でも尚、その目に水を湛えるドラゴンは静かに返した。

 「ラリアの所為、か?」

 ベスが立ち止った。


  シルバが追いついた時、ベス達の雰囲気は先ほどとは一様に違っていたので、しばらく声も出すことをはばかれた。

 銀髪をそっとなでながら、シルバはただ目の前を見て待った。

 「そう言うのもいや。確かにこの国はラリアの誕生と共にできたわ。ラリアが滅ぼした国々からたくさんの種族が集まってね、王を決めるのも大変だったらしいじゃない。でもね、今の現状を作ったのはオルスターニ家のあの思い上がった王家一紋たちよ」

 「そういうことは静かに言え」

 反国心をあからさまに露わにした彼女の言葉は、いくら賑やかな市場の真ん中でも大きく響いた。アリグルの制止にも関わらず、ベスは怒りを含んだ声をぶちまける。

 「王家一紋、そこらにいるんでしょ? あんたらは国の現状ほったらかしてビグぺロ国と戦ってるけどね、地下街を見てみなさいよ。少しは塀から出て外の森に入ってみなさいよ。地下街で飢えた小人どもを見るがいいわ、森で絶滅しそうなデコンの最後の群れを見るがいいわ! あんたらにローラを協力なんかさせやしないからっ」

 「ベス!!」

 シルバとアリグルは耐えきれず、ベスの口をふさごうとした。全てが手遅れだった。

 周りの人ゴミが俄かにざわめき、それが割れたと思うと一人の男が出てきたのだ。綺麗に剃られたスキンヘッドが目立つ、メイルを着た背の高い男。

 ベスの後ろに立った彼は、切れ長の目で冷たく彼女を見下ろした。首には防御用のチェーンを巻き、肩は鍛えられてがっしりとしている。長い脚には、伝統的な「エリフェス」が作った脛当てが輝き、靴は黒く頑丈だ。

 「王家一紋……」

 シルバがつぶやく。

 「なんですか?」

 低い通る声だった。不吉の鳥を連想させる闇色の髪は、天に逆らわんばかりに頭の中央で立っている。その威厳ある姿も、ベスには何の影響も与えられないようだ。

 「なんですかあ? 今あたしが言ったことをよく聞き取れなかったのかしら? 本当に意地が悪いわよね。その捻くれた根性がムカついて仕方ないわ。だから住民権なんか放棄してこんな国出てったのよ」

 ベスは気付かぬうちに過去のことを言ってしまった。

 「ベスさん、ベルクに住んでたの?」

 雰囲気に圧倒されながらもシルバが口をはさむ。その勇気は、すぐに血の気ある二人の視線でかき消された。ベスト王家一紋の男は、二人とも鋭い眼光を持ち合わせていたのだ。

 気を取り直す必要もなく、二人は向かい合うと無言で気を飛ばしあった。

 ようやく、周囲に立つ人の数に気付き口を開いたのは、太陽の髪が一歩西へ歩いた時だった。

 「私たちのやり方が気に食わないですか?」

 「それどころか、今すぐ消えて欲しい位ね」

 ベスはいまだにかみつくような口調だ。アリグルは折りをつけようと、水を吐こうとした。だがその時、突然光が飛んできて、スキンヘッドの男の頭に直撃した。

 いきなり横へ吹き飛んだ男に、誰もが反応できずにいた。そのまま人々の中に突っ込んだ彼は、青ざめながら起き上った。

 「ナッツ…か?」


  哀れに思った人がほとんどだろう。国の兵士の頂点に立つ王家一紋が、いとも容易く飛ばされてしまい、しかも目撃者は数え切れぬほどいたのだから。

 けれども、そうした視線が彼に届くことはなかった。男は、光の飛んできた方向を一瞥すると、ベスの肩を掴んで囁いた。

 「急用ができたので失礼しましょう」

 勿論、その言葉に激情したベスは攻撃魔法を唱え始めた。滑稽なのは、その唱える彼女が男に担ぎあげられたことだ。

 「私たちが、ということです」

 「ちょっ、何であんたなんかに持ち上げられなきゃいけないのよ」

 折角ぶつけようとしていた魔球の魔法を中断され、ベスは殴る程度の攻撃しか持ち合わせていなかった。そんな彼女の左手から男はコンパスをとると、シルバに手渡した。

 「それで、宮殿まで来て下さい。ローラさんとやらもいらっしゃるようです。あのナッツの暴力的な連絡の所為で…いえ、ともかく連絡がありましたので。この方は私が送るので心配なさらずに」

 王家一紋の実力は国民にも浸み渡るほど確かだ。その一族の一人が、今肩に載せた女性に殴られるている姿は、ただ人々を当惑させるだけだった。シルバとアリグルはしぶしぶ承知し、男が飛び魔法で消え去るのを見守った。

 「ねえ、アリグル。僕もチェコ唱えたいよ」

 たった今目にした魔法の名を悔しそうに言う少年を横目に、犬は走り出した。

 「アリグル、待ってよ」

 「急がねば殺されるかもしれぬぞ」

 アリグルを追いかけながら、シルバは血の気が引いた。ベスの態度を思い返せば、ありうる話だったのだ。

 「そんな、縁起でもないこと言っちゃだめだよ…」

 シルバはコンパスに目を落とした。方角はアリグルの進行方向とぴたりと一致している。宮殿を頭に描きながら、シルバはローラを心の中で呼び続けた。

 一心不乱に。

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