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雲の消失

  今日の女王様は格別に機嫌が悪い。ヴィシェは、龍の卵を煎じたお茶を淹れながらつぶやいた。

 「なあ、ヴィシェ。さっき伝書族から連絡が入ったんだよ。この国に異質なものが侵入したそうだ。多分生き残りのドラゴン亜種だろうな? なあ、ヴィシェ。奴はまだなのか」

 ラリアが口数の多い時は天気が悪い。この国、ベルクに古くから伝わる格言である。言葉どおりに今日の雲模様は荒れている。

 ヴィシェは手に持つ鱗の盆を落とさないよう、ゆっくりとバルコニーを進んだ。彼女の元へと。

 伝書族とは、女王様が勝手に名付けた『ブルフェード』族のことだ。種族の中で最速と言う彼らのうち、半分の勢力は女王の支配下にある。残り半分の反乱を嬉々として待っている連中に、女王自身も含まれる。

 「ヴィシェ、お前も待っているんだろう? 奴が来るのを」

 正直なところ、「奴」は沢山思いついたが、きっとあの女を示しているのだろう。正確にはあの親子、を。

 雨が降り始めた。紅玉の力で防御された女王様の城は、一滴たりとも雨を受け付けはしない。勿論雨だけでなく、すべての物体を。

 横顔の女王様は、何も考えていないように、前を見ていた。ベルクの宮殿がある方を。

 ひときわ大きな風が吹いた。女王様の好みで、風だけは防御を超えて飛び込んでくる。ヴィシェは舌打ちを我慢しつつ、マントで身を守る。そもそも舌の無い自分には不可能なのだった。 

 ヴィシェは小人族に肩を並べるほどに背が低い。その所為で、たまに女王様に存在を気付かれないこともあるほどだ。だからこそ、常に彼女の側に着いている。

 顔をすっぽり覆ったとんがり帽子の形のフードには、極魔法の一つ『メギルト』の呪文が書かれている。いつかこれを使う日が来るのだろうと、憂鬱になりながら被る毎日だ。

 女王様が口を開いた。

 「ちょっと出かけてくるな」

 そう言って、城の柱の一つに歩み寄ると、何かの呪文をぶつぶつ唱え始めた。知っている。柱に刻まれた獣を呼び起こす魔法だ。ヴィシェはその禍々しい声を聞かぬよう、一歩退いた。

 奇怪な叫びと共に、伝説の獣が現れる。真っ黒な毛に覆われた四足のそれは、瞳の無い真っ白な眼を光らせて現れた。

 柱からはその獣の絵だけが消えている。

 毛を逆立てて、その獣は蒼い息をふきだす。その瘴気に中てられては気を失うどころじゃない。女王様は、その獣の尖った耳を優しく掻いてやった。すると、真っ白な目に不吉な赤の瞳が宿り、せわしそうに動いた。

 「留守番を頼むぞ、ヴィシェ」

 ただ一つの返答を答える。

 「かしこまりました。ラリア様」

 シルクのドレスを翻し、胸元の紅玉をきらめかせたかと思うと、女王様は獣と一緒に飛び立っていた。荒々しい雨の中、その姿は瞬く間に消えうせた。

 長い留守番になるだろうか。

 時間の無い城の中、ヴィシェは冷めたお茶を口に付けた。

 

  風が吹き荒れる中を飛ぶことほど、慣れたものはない。ラリアは跨った獣の筋肉の動きに合わせて揺れながら、空を切っていた。

 六年ほど前に、ある洞窟で見つけた岩に掘られていたそれは、「エクゼ」と名付けられ乗り物に変貌された。利点は天候に関係なく行動できることだ。

 未だに抵抗があるのか、振り落とさんばかりに全身を震わせている。

 「なあ、エクゼ。あの洞窟で永遠に過ごしたかったなら返してやってもいいんだぞ」

 エクゼは牙をむき、音の無い唸り声をあげた。そんな仕草も可愛らしいものだ。

 ラリアは昼にしては暗すぎる光景に眼を走らせる。目当ての物はすぐに見つかった。

 「エクゼ、あそこの居酒屋だ。見えるな? あそこへ行け。わかったな」

 宥めるように言うと、スピードが急上昇した。眼下の森や川が形を捕える前に過ぎてゆく。

 「いじらしい奴だな」

 

  そこは薄暗くも、雰囲気の良い店だった。店内は満員で並び待つ種族も何人かいる。ラリアは店頭でエクゼを地面に縛りつけると、睨みつけてくるその眼を無視して中に入った。

 案の定彼女がいた。

 ラリアが近づくと、流れるように立ちあがりマスターと会計を済ませようとする。

 「ミン、ごちそうさまでした。やっぱりあんたにこの店任せてよかったわ」

 「当たり前じゃん。あたしに任せりゃ千年持たせるじゃん」

 「そうだと思った」

 「一三〇セルじゃん、アンガーによろしくじゃん」

 「分かったわ。また近いうちにね」

 女が振り向いた。ラリアの腕のブレスがシャンと鳴る。二十年ぶりに見るその整った顔。そして私と眼が合い、歪んで笑うその口。憐れみを讃えたその眼。軽いシルクの上着と藍色のスカートを合わせた、その姿。

 「久しぶりじゃない」

 先に口を開くか、裏切り者が。ラリアは周りの客を退かせる勢いで彼女に近づいた。

 「ながらくじゃないか、ご婦人」

 二人の掌では、星を半分えぐり取る力を持った魔法弾が出番を待っていた。

 「店は壊すなじゃん、出て行って」

 髪を上に束ねたマスターは、開くことの無い眼を二人に向けて言い放った。

 二人の女性は手を握り潰して、外へ出た。一言も話さずに。一つの後も残さずに。

 出るが否や、彼女が先に動いた。自分の影を引っ張りだすと、本来の姿に変えてそれに飛び乗ったのだ。エクゼによく似た生き物に。

 考えていることが同じと悟ったラリアは、自分の影も取り出して、素早くエクゼを呼び起こした。二つの生き物の違いは一つ。色が全く逆と言うこと。

 白と黒が空中で向かい合う。どちらが導いているのか分らぬ速さで、両者は上昇した。

 「あんたの所為で天気が悪いじゃない?」

 「お前が言えた台詞か」

 重く黒い雲を突き抜けると、星星に照らされた空に出た。

 迎撃態勢に入ったラリアは、相手がどう出るかを警戒する。そんなラリアを挑発するように、彼女は笑った。

 「私はあんたと戦うつもりはないわ。娘を取り戻しに来ただけなの」

 ラリアは勢いをそがれ、小さな声で問い返す。

 「貴様の娘がこの世界に来るものか。本当の目的はこの紅玉だろう?」

 「馬鹿言わないで。誰がそんな真っ黒に汚れた石など欲しがるものですか」

 「そんな真っ黒に汚れた石がこの世界を支配しているのだから面白いな」

 ラリアの言葉に女が殺気立つ。口元を震わせて、呪いの言葉を探しているようだ。

 「いつかその首ごと石を解放してあげるわ」

 「やってみて欲しいもんだな」

 ラリアに隙はなかった。だが、その緊張の一瞬が違う意味で大きな隙となった。女が雲へと飛び込んだのだ。

 女の乗る獣は白い。雲の中で見つけるのは至難の業だ。だから、ラリアは考えた。雲ごと消してやろうと。

 「眼に映るすべての影よ、我の前で無となれ。ジェスト!」

 ラリアは両腕を掲げ、掌からまばゆい光線を発した。その光が触れるすべては飲み込まれ、一瞬で雲はかき消される。そのまま光が地上へ届いたなら惨事となっていただろう。

 しかし、予想に反して女の姿はなかった。もちろん、この程度の極魔法で消える奴ではない。ラリアは不満を感じながら、エクゼを走らせた。

 「今日のところは逃したがな、お前がこっちへ戻ってきたことは分かったんだ。なあ、ご婦人」

 

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