とある魔法少女の目覚め
「ふぁ~、今日も学校疲れた~」
溜息をつきながらいつもの通学路を下校する。
今年の春に兄さんと同じ高校に入学して数か月が経ったけど、普段の生活は中学の時から変わらない。
にしたって最近暑い、夏入ったばかりなのにもう夏服出しちゃったよ。
夕食はそうめんにでもしようか…。
「ん?」
今路地裏に何かいた?
一瞬動いたような気がしたのだけど…。
「…行ってみよう」
夕飯の準備まではまだ時間あるし、すぐに戻れば大丈夫でしょ。
◇◇◇
「この辺だったと思うけど…」
さっき見たのが何か気になって路地裏に入ったのはいいけど何も見当たらない。
何か居た形跡も無いし、見間違いだったのかな?
それならもう戻ろう。制服汚れちゃ─
『グニャア!』
「え…うわぁ!」
その場を離れようとした時、横から行きよい良く何かがぶつかり吹っ飛ばされた。
しかもその衝撃で壁にぶつかり頭から出血している。
「なに…が…ひっ!」
何で…何でこんなところに怪人がいるの?!
ぶつかってきたのは女性型の猫怪人、なぜか全身血まみれだけど今はそれどころじゃない。
その怪人が、今にも私に襲いかかろうとしている。
「に、逃げないと!」
必死に今来た路地裏を引き返す。
自分でも気付かないうちにかなり奥まで来てたっぽくてなかなか大通りにたどり着けない。
『グロニャア!』
「な、何で私を追いかけて来てるの?! こんなことなら路地裏何かに入るんじゃ─え?」
突然、体が宙を舞い地面に触れる感覚が無くなる。
見ると、足元に誰かが捨てた空き缶が転がっていた。
「い、痛い…」
『グニャア!』
「…え?」
後ろを振り返ると、今にも猫怪人が私に腕を振り下ろそうとしている。
もう、逃げられない。
(あ…、走馬灯ってこんな感じなんだ)
猫怪人の腕がスローモーションに見える。
走馬灯で見るのってだいたい思い出のはずなんだけど、私が状況で思い出したのはパパとママの死に顔だった。
(けど…、魔法少女に助けられることは無いだけマシか…)
この世界には魔法少女が存在する。
魔法少女は怪人を倒したり悪の組織と戦ったりして、世界の少女たちの人気者だ。
だけど、そんな魔法少女にパパとママは殺された。
まだ私が小学生の頃、私と兄さんを魔法少女が放った必殺技の流れ弾から庇って死んだ。しかも、パパとママを殺した魔法少女は何のお咎めも無かった。
それ以降、私は魔法少女を心の底から恨んでいる。
あんな連中に助けられるのは屈辱以外の何物でもない!
『ゴロニャア!!』
「…やっぱ、死にたくないな…」
猫怪人の腕がもう目の前まで来ている。
死ぬ瞬間って案外落ち着いているのね。
せめて恐怖を感じないように目を閉じてよ…。
『グニャ?!』
「…え?」
いつまで経っても痛みが来ないから目を開けてみると、猫怪人が目を抑えて悶えていた。
そして私の目の前には植物をあしらったブレスレットが浮いている。
「これは…」
魔法少女の変身アイテム?!
そういえば大半の魔法少女は強く何かを願った時に生まれるって学校で習った。
ひょっとして変身アイテムが出てきた時の光かなんかで目がやられたのかな?
『グニャア!』
「っ!そんなこと考えてる場合じゃない!」
急いでブレスレットを右腕にはめる。
「変身!」
すると、私の服装が変化しだす。
制服が変化し、ワイシャツに緑のコルセットと短パン、ニーハイソックス、ネクタイ代わりのリボンにピン、その上から深緑色のローブをまとった格好に変化した。
髪も緑の長髪に変化し後ろは三つ編みになり、頭の傷も治っている。
「…まさか、私がパパとママの仇である魔法少女になるとはね…」
『ゴルニャア!』
「て!今はそれどころじゃない!」
猫怪人の攻撃をすれすれで回避する。
魔法少女に変身した影響か猫怪人の攻撃が目で追えるようになったけど、それでもギリギリだから早く反撃しないと。
だけど…。
「どうしよう…攻撃の仕方とかわかんない…」
当たり前だが魔法の出し方なんて知らない。
仮に出たとしてもどんな魔法かわからないし、仮に火なんて出たら
建物に引火する。
だけどこうして考えている間も猫怪人は攻撃の手を緩めない。
ならどんな魔法でもいいから発動させないと。
「も~、なんか出ろなんか出ろなんか出ろなんか出ろなんか出ろなんか出ろ…」
『ゴルニャア!』
「なんか出ろ!」
ドカ
「…え?」
私が猫怪人の攻撃に当たる瞬間、猫怪人との間に緑色の壁のようなものが出現した。
…何か出ろって言ってマジで何か出ることあるんだ…。
『グ、グニャ…』
「!、今だ!」
猫怪人が一瞬怯んだ隙に緑の壁のようなものを掴んで脳天に叩き込む。
『グ…ガ…』
「た、倒せた?」
近づいて確認してみると、どうやら気絶しているみたいだ。
気絶したせいか身長は縮み、今は私と同じか少し低いくらいの身長になっている。
「とりあえず変身解除っと」
変身を解き制服姿に戻る。
不思議と頭の傷は治っていた。
「どうしよう、このままって訳にも行かないし」
「…ないで」
「?、魘されてる?」
気絶したはずの猫怪人が何か呟いている。
何を呟いているのか気になって耳を澄ます。
「お願い…します、殺さ…ないで…下さ…い、次…こそ…は…かな…らず…」
(!、この猫怪人…)
何かに怯えている?
よく見ると戦闘中は気づかなかったけど猫怪人の全身にさっきの戦闘とは関係ない痣があるし瘦せてて骨が浮かび上がってるじゃん。
それに首輪のようなものがかけられていて締め付けられてるし…、本当に何があったの?
「と、取り敢えず首輪取らないと!」
持っててよかった万能ナイフ。
首輪は固いけど切れないほどじゃない…、よし切れた!
「これでよしっと。取り敢えず家に運ぼう」
◇◇◇
「こんなもんかな?」
あの後、家に帰ってから猫怪人の治療をして、今は布団で寝かせている。
兄さん魔法少女の戦闘に巻き込まれたらしく、今は病院だと思う。
心配だけど、今日だけは都合がいい。
猫怪人を見られると面倒だしね。
「兄さんが帰ってくるまでにどうにかしないと…」
「ただいま…」
え、もう帰ってきたの? 早くない?
(取り敢えずバレないように…)
「あ、兄さんお帰りー。魔法少女の戦闘に巻き込まれたみたいだけど大丈夫だった?」
「まあ…大丈夫ではあったな。怪我したけど」
「本当に気を付けてね。また家族が居なくなるのは嫌だよ」
「ハイハイ、気を付けるよ。あとさっきから何か見られてる気がするんだが誰かいるのか?」
「き、気のせいじゃないかな?」
急いで怪人を寝かせている方を見ると、さっき起きたのかこちらを覗いている。
何でこのタイミングで起きちゃうの?!
急いでハンドサインで隠れるよう伝えると、理解してくれたのか寝ている部屋の奥へ隠れてくれた。
「まぁ、気のせいと言うことにしておくよ」
「う、うん…」
「…それじゃあ疲れたから少し部屋で寝てくる」
そう言って兄さんは自分の部屋に向かった。
「…よし!バレなかった。もう出てきていいよ」
「は、はい…」
声をかけて猫怪人を部屋から出す。
少し寝たからかな、さっきより元気そう。
「た、助けてくれてありがとうございます…」
「いいっていいって」
「あの…何で助けてくれたのですか?」
「助けた理由、か…。特に理由なんてないよ」
「え…?」
そう、猫怪人を助けた理由なんて特に無い。
強いて理由があるとすれば…。
「私に似ていたからかな。あなた、怪人のはずなのに死を恐れてた。私も魔法少女になったけど、なった理由は死にたくないって願ったからだし。それに、魔法少女じゃないのに殺す気にはなれないよ。あ、殺そうとしてきた事については少し小言を言わせてもらうけど」
「は、はぁ…」
「それより、お腹空いてないの?」
「あ…」
それと同時に怪人の大きな腹の虫がなった。
…今の音で兄さんにバレてないよね?
かなり大きかったけど部屋から出てこないからバレてないってことにしておこう。
「す、すいません!」
「大丈夫、多分お腹空いてると思ってお粥作っといたから」
運んだ時、本当に大丈夫かというぐらいで軽かったから消化がいいお粥を作っておいた。
いきなり重い食べ物食べると体に悪いと思うしね。
「あ、ありがとうございます…」
「しっかり食べな」
よっぽどお腹が空いていたのか、怪人はがっつくようにお粥を食べる。
…ん? 何か泣いてない?
「だ、大丈夫?!」
「すいません、ただ、本当に久々のご飯で…とても…美味しくて…今まで食べた…どんな食べ物よりも…」
「誰も取んないから! ゆっくり食べていいから!」
「は、はい!」
…ご飯食べて泣くって、どんな環境にいたのよ。
後で話せるなら聞いてみよう。
「あ、あの!」
「ん、なに?」
「そういえばお名前聞いてもいいでしょうか?」
「名前? 私は黒榊環。ついさっき魔法少女になった、魔法少女を心の底から恨む普通の女子高校生だよ」
「環さん…、本当に、本当にありがとうございます!」
そうして猫怪人は食事を再開する。
お粥を食べ終わった猫怪人は、よっぽど疲れていたのか寝息をたてて寝てしまった。
「さて、この事を兄さんに相談するか」
魔法少女になったことも伝えないとだし。
「ねえ、兄さん…」