中華のサイコロの四の目が赤くなった訳
挿絵の画像を作成する際には、「AIイラストくん」を使用させて頂きました。
日本での公務を終えて紫禁城へ帰城するや否や、我が妹の愛新覚羅白蘭第二王女は挨拶もそこそこに妾の元へ馳せ参じたのじゃ。
「御覧下さいませ、翠蘭姉様。堺県立近代美術館の特別展『盤上遊戯の比較から見る日中友好の歴史』のテープカットに参加した折、学芸員の方から日本の双六を記念品に頂いたのです。その付属品の賽子なのですが…」
そうして得意気に摘み上げた賽子は、一見すると至って平凡な既製品のようだった。
だが…
「ねっ、翠蘭姉様。珍しゅう御座いましょう?」
「うむ、妾も現物を見るのは初めてじゃが…やはり日本の賽子は四の目も黒いのじゃな。」
中華王朝の次期天子として帝王学を学ぶ妾と異なり、妹の白蘭は美的感覚に優れており国内外の文化芸術を学んでいる。
此度の公務で美術館の特別展に招待されたのも芸術への造詣の深さ故だが、日中の賽子の差異に気付くとは流石は我が妹じゃな。
「さて、白蘭よ。昔は中華の賽子も日本と同様、朱塗りされていたのは一の目だけじゃった。それが今日の如く四の目も赤くなったのは何時の頃か。貴公は存じておるか?」
「はあ…確か唐代であったかと…」
妹の正確な回答は、妾としても喜ばしい限りだ。
どうやら白蘭も、この中華の歴史を正しく学んでおるようだ…
中華の賽子の四の目が赤くなったのには、唐代の玄宗皇帝が深く関わっておる。
ある日の事、玄宗帝は愛妃の楊貴妃と賽子遊びに興じていた。
「陛下、四の目が出なければ妾の勝ちで御座いますわ。」
「分かっておる、楊貴妃よ…これ、賽子よ。四の目で朕を勝たせてくれれば、朕は貴公に官位を授けるぞ…」
果たして、賽子の出目は四だった。
その恩義に報い、玄宗皇帝は官位の証として四の目を赤く塗らせたのじゃ。
もし別の目が出たなら、今日の中華の賽子は別な形になっただろう。
その意味では、この時の出目は中華の賽子の分水嶺だと言えよう。
安史の乱を招いた事もあり、楊貴妃を迎えてからの玄宗皇帝を厳しく評価する向きは多い。
されど、功績を示せば賽子にも官位を授けたという逸話は、彼の義理堅い大らかさを物語るのではないか。
「政務を蔑ろにするのは論外じゃが、逸話が残る程の義理堅さは見事と言える。天子たる者、臣下や民達には義理堅くありたいものよ。」
此度の一件は妾にとって、次期天子としての心構えを新たにする良い機会となった。
流石に玄宗皇帝のようにはいかぬが、四の目が黒い日本の賽子には感謝を捧げたい所存であるぞ。