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アフェルキア公太子妃物語 宮廷の陰謀と策略

作者: RUKA

「初夜に絶対愛さない宣言する大公女 あの手この手を使って離婚を模索する」で登場したアマーリエ大公女の結婚後のお話です。

真面目で責任感、忍耐力が強く信念を持つ大公女に巡らされる陰謀と策略




「余は公太子妃を愛せない

 1人の妻を愛することは時代遅れだから 」


オルファン帝国のダルディアン大公の唯一の娘アマーリエ・ディア・ダルディアンがアフェルキア公国の宮廷の謁見の間で初めて夫となる公太子に出会った際に言い放たれた一言.


その場に居る者を氷つかせた一言。


公国は当然ながら帝国の下ではあるが、資源と農作物に恵まれ、しかもエルディア大陸一歴史の古い「女神ディア信仰の聖地」だ。

それ相応の待遇を各国は接している。


しかしこの発言は政治的にも大変な問題に発展してもおかしくない一大事だ。


次期大公が帝国の大公女を公の場で「愛せない」と断言してしまったのだから。


公太子殿下の言葉に私は自分の耳がおかしくなったのかと一瞬意味がわからなかった。

頭が真っ白になるとは聞いた事はあっても実際に成るものだとこの時に知った。


それほど唐突にその言葉が発せられたから。


そしてここには公太子をいさめる大公殿下もいない。

大公は病床にあり、その妻大公妃は公太子の隣に座ってはいるが、表情さえ無機質な物体の様にそこに座っているだけ。


さすがの私もどうしてよいかわからない。


さ~と血の気が引く感じが足元に伝わる。


対抗して反論?何を?

私を愛してほしいと滾々と説明したらいいのだろうか?

何をどうすればいいと?

何を言えばいいというの?

自分の心臓の音しか聞こえない。

それはドンドン早くなり胸を絞めつけて離さない。

それから逃れようとするかのようにスカートの裾を強く握りしめ頭を下げたまま長い沈黙が支配した。


ガタッ。

公太子が席を立ったような気配を感じた後、スタスタと部屋を出ていってしまったようだった。

後から侍従がパタパタという足あとが耳を突く。


公太子のいなくなった謁見の間に残された貴族達は一斉にあれこれあれこれ小声で話始める。


「………で」


「…なん……」


「……あ…す」


さすがに聞こえるくらいの声は誰も出していないが、私の事を言っているのは明らか。


あぁ~頭を上げたくないわ。

口にしないけど。


私は重い上半身を胸からあげてようやく現実を直視する。

出来るだけ表情を読みてられないように背筋を伸ばし大公妃の前に歩み寄る。

オルファン帝国の大公の唯一の娘毅然としないといけない。

その自尊心だけで今ここにいる。


()()()()()()だと」


大公妃の皮肉めいたその言葉でこの女性は厄介な存在だと確信した。



「若輩者でございます。

 なにとぞ。お導きくださいませ」


大公妃は初めて冷たい表情を変え、つんとすまし目を上目遣いに私を見てジロリと睨んで言った。


年齢は私の姉と言ってもいいくらい若い。

大公殿下とは二十以上年齢の開いた後妻で今の公太子殿下の継母、前年第二公子を産んだばかりと聞いている。


厚い化粧をほどこされてぽってりと膨らんだ口には真っ赤な口紅が塗られている。

深紅のドレスに刺繍や宝石を縫い付けられた豪華な衣装と贅の限りをつくした装身具で身を飾りたてて、細い身体はそれらに着せられているという印象だ。

私に軽く見られたくはないのだろうと直感的に思った。


「とんでもない事でごさいますわ。

 大公女様。

 私のような元侯爵家の息女など。

 ご助言など滅相もない事でございます」


にっこりとは微笑んでいるものの、細い切れ長な目の瞳の奥には敵意が見え隠れしていた。


ああっ~なんて面倒なんでしょう。


私はそれ以上話さず、軽くお辞儀をすると大公妃はわざと音をたてて席を立ち侍女と共に謁見の間を去っていった。

さも私が気に入らないと言わんばかりに。


その後話さないといけない人物を探す。

まわりの人に気づかれないようにあたりを見渡す。


この事は宮廷に出入り出来る貴族達や他国の大使はすぐに国に報告するだろう。


あぁエルディア大陸中に噂されるだろうとそう思っただけでうんざりする。

軽いため息の後、誰かに呼び止められた。


「アマーリエ大公女…いえアマーリエ公太子妃殿

 下」


その人物は私が探していた人物グスタフ・ディア・カシウス大使だ。


「いったいどういう事でしょうカシウス大使。

 聞いていた話と随分違います。

 この結婚にはあちらからの望みだと。

 それに公太子殿下はいったい!」


私の形相がよっぽど怖かったらしく、大使の顔はあたふたと焦って表情を変え見る見るうちに汗が額に滲み出ている。


「とにかくあちらへ」


カシウス大使に促され、人気のないバルコニーに二人移動した。


「大公殿下がご健勝な頃前までは、大公妃は大人し

 く控えめで政治に口を挟む事はありませんでし

 た。

 心の底はわかりませんが。

 昨年第二公子殿下をお産みになった際も公太子殿

 下がいらっしゃるからと新たな公家を設立してほ

 しい。

 とだけおっしゃって。

 継母として理解されている方という印象でござい

 ました。


 ところがでございます。

 大公殿下が病につかれたあたりから、急

 速に政界にも口を挟む事が多くなり。

 公太子殿下も言動がおかしくなられ。

 私報告書はお送りしましたが。」


「いえ。届いていればお父様は私を送り出したりし

 なかったはずです。

 どうやら妨害されたようですね

 所で大公が寝込んでおられるのに国政は?」


「不思議な事に。

 国政の会議や発令の際には公太子殿下に目立った異変はないそうで

 す。」


吐くようなため息をカシウス大使はつく。


私は顎に指をあてながら混乱する頭で話を整理する。


寝耳に水とはこのこと。

一切知らされていない。

もし知らされていたら、策を講じたはずだ。


つまり報告書は届かなかった。

誰に?

いやおそらくは……。


「私が直接オルファンに向かい。早速手を打ちまする……」


私はすぐに大使の言葉をさえぎる。


「いえ。それには及びません。

 まずは宮廷の派閥構成と主要側近、大臣や閣僚の

 情報をくださいな。

 それがなければどう振る舞ったらいいかわかりま

 せん」


「かしこまりました。

 それでは長くなりますので別室で」


「今日は止めておきましょう。

 これから披露宴と数々の祝賀行事。頭が痛いわ」


本当にクラクラして失神してしまいそう。


「身中お察し申し上げます」


大使は申し訳なさそうに背中を丸くして額の汗を拭いていた。


これからの七日間は歌劇、夜会、音楽会などの祝賀行事に一人で参加した。

全ての祝辞は針の(むしろ)にいるようでいたたまれない。


公太子は体調が悪いと言って欠席している。

これは嘘ではなく本当にそうだった。


私はアファルキア宮廷の貴族達に好奇な目と各国の大使の興味の対象にされてしまう。  


おそらくオルファンへも各国を通じて情報が入るでしょうが、もう嫁入りさせてしまっているので抗議くらいしか出来ないでしょう。

なら辛抱強く好機を待つしかないわ。


日に何度も宮廷医長が大公の寝室と大公子の寝室をかわるがわる行き来している。


私はいちおうお見舞いのお知らせをするが、大公は意識がなく、公太子のお見舞いはやんわりと女官長に断られる。


そしてようやく祝賀行事から解放され、大使を私の私室の居間に招いた。


「まずはこの宮廷には大公の公太子時代からの側近と大臣の主流派、これに拮抗して大公妃派の新興貴族

 派です。大臣閣僚はいませんが地方に力があり、商業圏を押さえた者が主流です。

 なので資金が豊富でなかなか切り崩せない要因です」


「中道派は?」


「いない訳ではありませんが。

 信念があるわけではなく、両者のどちからに着く

 か決めかねてる。

 もしくは単純に決断力がないので迷っているとい

 っていいです」


「全体の構成の%は?」


「主流派は全体の60%、大公妃派20%、

中道派が20%但し単純ではなく。

大公妃派は地方票を押さえており、また資金繰り

 の点では主流派を圧倒しています。

 だかれこそ主流派も大公があの状態なので手出し

 が出来ない状況でして」


これは思った以上に厄介だった。

母国に援助してもらう訳にはいかない。

折角の友好国の関係に波紋を起こす訳にはいかないから。

相手が手出ししてこなければの話だけれど。


「とにかく情報が常にほしいわね。

 おそらくあちらもこちらの情報を手にいれたいい

 でしょうし。

 諜報員も仕込んでいるでしょうからね。

 オルファン帝国の皇后陛下とお父様には詳細をお

 伝えして、私が手紙を書くのでお二人にお渡しし

 て。

 皇帝陛下には知らせないようにお願いするわね。

 皇帝陛下が知れば動かざるを得ないでしょうか

 ら」


「本来はお伝えすべき案件ですが。公太子妃様がそうおっしゃるなら」


「気になるのは大公の病気のすぐ後に公太子の言動がおかしくなったという話ですが?

 関連性は?

 つまり陰謀が隠れてはいないの?」


大使は真剣な顔で言った。


「耳をお貸いただけますでしょうか?」


私は頷く。


「…それに関しては調査中ですが、何分ガードが固

 く。

 あまり無理をして外交問題になっても……。

 但し大公の病の半年前に今の宮廷医長が新任しま

 して。

 ただ経歴に申し分なく新興貴族との関係性もな

 く。

 それどころか出生には大公妃派と反目してもおか

 しくない一族の出でして」


今は動けない。という事は確かなようだった。

宮廷に来たばかりなのにこれでは………。

情報が少なすぎる。

でもそうは言ってられない。


カシウス大使は諜報員を事前に仕込んでいるという事なのでそこから情報を貰うという話になった。


防御策として私の私室のうち寝室に出入りできる者、食事を提供する者は連れて来た者以外は手を付けられないように指示をした。


他の部屋には仕方がないので、アフェルキア人の女官が出入り出来る。




オルファンへの手紙


私は大使に言った通り二週間後、お父様に手紙を書いた。

検閲が入るのでそこは隠語を使って表向きにはこちら側のたわいもない生活の様子、オルファンでの思い出話などだ。

特にオルファンの大公家農園になる私が好きだった南国フルーツを懐かしむように強調し、また大公や公太子の心配を重ねて書いた。

なんのおかしい内容でない文書を…。そうあくまで他人が見ると。


お父様は私の性格をしっかり理解している。

故郷を懐かしんだり、ましてや嫁ぎ先の内情をポロッと伝えるような娘だとはおもっていない。

だから気がつくはず。


祈るように待った一週間後、お父様からの返事が来た。 




愛しい娘

手紙を読んだよ。

 

珍しい南国のフルーツを沢山送ろう。

貿易商に持たせるから待っていなさい。


大公、公太子殿下の事はあまり気をもまないように身体に気をつけて。


それと邸に御前の好きなプリマヴェーラ・ルナが咲いている。


貴重な花だ。それに管理が難しい。

貿易商と花を管理出来る生物学者を同行させる。


気をまぎらわすには丁度と良い。

しっかりアファルキアで育てなさい。


いつも御前の事を思っているよ。

愛する娘へ


追記


エリザベート皇后陛下が「あなたのお気に入りになる物を贈るから待っていなさい。」

とおっしゃっていた。近々お便りがあるだろうよ。


読み終えて胸をなでおろす。


お父様の相変わらずの感の鋭さがいやになる。

幼子の頃に母を亡くし、継母も娶らなかった父。

それだけに愛情たっぶわりに育てられた。

だからといって甘やかすのではなかった。

そのおかげでこの状況も客観的に捉える事が出来る。

本当に頼りに出来る父を持ち胸を撫で下ろすが。


プリマヴェーラって?なんの事かしら?

思わずきょとんとしてしまう。

聞いた事ない名前だし。私の好きな花?

まあいずれわかるでしょう。


そんな疑問を持ちながら一ヶ月が経った。


その夜会は公太子殿下の本復祝の名目で開催された。


私を愛さないとは言った殿下は公的には無視するという事ではないようで。

今祝賀の礼を臣下から受けて今私の隣にいる。

珍しく終始穏やかで、私とは腕を組んでエスコートすらされている。


薄いブルーの瞳は霞がかかっているかのようで、真意は見えない。

すっと通った鼻筋は高く唇は薄い。

白い肌は女性のそれと遜色ない陶器のようだ。

そういえばちゃんと顔をみたのはこれが初めてだったかもしれない。


ふわふわした危なげなさと不安定さだけが印象に残る方だ。

何故私が客観的に観察できるかというと、実はまだ本当の夫婦になったわけではない。


結ばれていたらまた嫉妬ややるせなさ失望が渦を巻いて私を縛り付け、血の涙を流したろうと思う。

自分でも冷静すぎて笑ってしまう。


初日のあの謁見の間の出会いの夜、あのまま倒れたそうなので初夜から私の寝室を訪れる事はない。


この調子ならさすがに今夜の夜伽はあるのでは思っていた。

愛とそういう行為は違いというのは王族として承知しているから。

そんな事を考えていた後。


最後の臣下の礼を受けた後、私達に近づく数人の人物の影を感じた。


ふっと自然にそちらに視線を向ける。

その場にいた全員がといっていい。


真ん中に背の高い男性がいる。

黒曜石の髪は短髪でダークブラウンの瞳はキラキラと輝き、肌は日焼けして全身から生気がみなぎっていた。

着ている服は淡いベージュ色のシンプルながら金糸や銀糸の刺繍が艶やかでセンスの良さが感じられる。


深々とお辞儀をする姿も気品があり、好感を持てる人物だと直感的に思えた。


「どなたかな?」

公太子も興味があったのかその男性に話しかけた。


「お初にお目にかかります。

 シャルル・オーギュスト・デュルア=ルファンツ

 ッア

 シャハルバートの伯爵でございます。

 突然の訪問をお詫び申し明けます。

 実はこちらにいらっしゃる公太子妃の父上オルフ

 ァン帝国のダルディアン大公閣下のご要望で南国

 の果実と木の実を用意いたしました」


これは正直通常非常識な行為、もし敵国が悪意を持って他国の名を語る可能性がある。

通常拒否されて退場させられる。


彼は公太子殿下の傍にひかえていた侍従にすっと手紙を手渡す。

侍従はそれを殿下にお見せしている。


彼は間髪入れずに深いお辞儀をした後指を鳴らした。

すると屈強な男達が金銀の箱を担いで会場に入ってきた。


珍しい赤色、黄色、緑色、橙色緑の大きいの小さいの枝にたわわに実る木の実が入れている。


それらは順番に中央のセンターテーブルに所狭しと並べられた。


「ダルディアン大公閣下からの贈物でございます

 皆様に」


WA~~~と歓声が挙がる。


この時珍しく公太子の瞳に生気が宿り、テーブルに近づくと手に黄色果実を手にし鼻に当てる。


「ん~~ 侍従これを」


そう言って侍従に手にした果実を手渡し所望した。


公太子の斜め後ろでその光景を忌々しく扇で顔を隠しながら明らかに不機嫌な顔の女性がいる。

大公妃だ。


「さあ~~皆様で召し上げれ」


デュルア=ルファンツッア伯爵はそう言って召使に準備を急がした。


「素晴らしい贈り物だ。

 ダルディアン大公閣下に宜しく感謝をお伝えください」


公太子殿下はいつもよりもやや興奮気味で嬉しそうに言った。


「はい。

 それからあと三つのお願いが。

 

 この美しいアフェルキア宮廷に滞在許可を。

 ダルディアン大公閣下から貴重な花を持参いたし

 ました。

 公太子妃への贈物でございます。

 これを温室で育てる許可とこれを育てる生物植物

 学者の滞在許可を。

 最後に公太子妃殿下と舞踏する許可を頂きたくぞ

 んじます」


公太子殿下は一瞬迷ったが大きく頷いて言った。


「あぁ。いいだろう」と。


私をデュルア=ルファンツッア伯爵の傍へと連れて行った。


少しの混乱はあるが、デュルア=ルファンツッア伯爵の太陽の様な笑顔が不安を払拭する。


手と手を合わせて舞踏の出来る広間へと移動する。

皆の注目を浴びて、楽師たちが手にした弦楽器が音楽を奏でる。


と二人重なり合い。ゆっくりとステップを刻む。

優雅でしっかりとした姿勢で私を支えて安心して踊りに集中できる。


デュルア=ルファンツッア伯爵は柔らかい微笑みを湛えながら話始める。


「突然驚かれたでしょう。

 実は私を派遣してアフェルキアの内情を探り、公

 太子妃をお助けするように大公閣下に命じられ入

 国いたしました。」


一瞬驚きの為にステップが止まりそうになる。

これにデュルア=ルファンツッア伯爵が気つき、手を強く握る。


「止まらないで!

 こちらでも探っていますので、また詳細を打合せしましょう」


「はい」 


小さく同意した。

久しぶりのようやくほっとした安堵感に嫁いで初めて感じると同時にやるせなさや悔しさが押し寄せる。

今は置いておかなくては……。

自分を言い聞かせるように心で唱えた。


「デュルア=ルファンツッア伯爵にも面倒な役目を申し訳なく思います」


デュルア=ルファンツッア伯爵は小さく首を振り言った。


「大公閣下には借りがあります。

 私と大公閣下とは仕事上の関係で若いなんの後ろ

 盾もない私の商売に投資してくださり。

 私と妻の出会いを導いてくださった恩人です。

 そんな方の願いを聞かないなど。

 ありましょうか?

 確かに今妻は身重ですので。

 国を離れるのは心配ではありますが。

 妻も助けてあげてほしいと申しますので」


「まあ おめでたい事」


「本当に大公閣下には感謝いたしております。

 妻の命の恩人ですし。

 でなければ面倒な公室の陰謀や策略の輪にわざわ

 ざ入るものですか」


笑いながら言う言葉に嘘はないようで、よく正直に言える方だと感心もした。

その分信用できるそう確信も持てる。


「機会があれば私の知らない父上の事を知りたい

 わ」


「是非」


瞳が大きくなり、輝きが増した父上を身近に感じた。

そう心から思う。


いつまでも踊っていたかった。

しかしそうも言っていられない。


「後日また」


曲が終わりデュルア=ルファンツッア伯爵は一礼して去っていった。


やっと訪れた安心と安らぎと期待の余韻を残しながら……。


踊りの後、大公妃が私をめがけて早足でやってきたので、スカートの裾を指で抓んで深くお辞儀をする。


「大変()()()()()()()でいらっしゃること。

 しかし慣例を守れないとは意外でした。

 まるで私が公太子妃をいじめているように思われ

 ているのではありませんか?」


私は下を向いたまま、今顔を上げたらおそらくは夜会に招待された者達の標的になるのは確実だった。


「誠に失礼いたしました。

 子を思う親の気持ちと。温かい心でお許しくださいませ」


そう言った直後に会場がざわつき始めた。


皆の注目が会場入り口へ一斉に注がれる。


私と大公妃もそちらに視線を向けた。


人々は左右に分かれてそこに道が出来る。


そこに現れた三名の貴婦人達。

大公妃の顔が歪んでいるのがわかる。


周りの者は敬意を示すようにお辞儀をしはじめた。

その三人の女性は公太子殿下と私の前で深々とお辞儀をした。


「エリザベート・ディア・ハドヌルフ侯爵夫人殿

 久しいね」


公太子殿下が懐かしそうに口元が緩んでいる。


「公太子殿下におかれましてはご本復おめでとうご

 ざいます。

 長らく宮廷を離れ失礼をいたしました」


そう挨拶した老貴婦人は品があり、その姿勢は堂々としながら高圧的な所はなく、凛として見る者を圧倒する存在感があった。


「いやいや。顔を見れてよかった。

 お元気そうだ。

 私も嬉しいよ」


思いのほか公太子殿下の顔も歪んているようだ。苦手な相手なのだろう。


「久しく宮廷を去り、随分おもがわりしたようでございます」


顔は穏やかだが、幾分の嫌みも含んだ言葉に聞こえた。


「あぁ。前大公時代は規律か厳しかったらしいから

 ね。」


公太子殿下の目が泳いでる。

早くその場から立ち去りたいと言わんばかりのよう。


「公太子殿下に無粋な事は申せましょうか」


「耳の痛い事だな。」


そう言ってそそくさと公太子殿下は取り巻きらしき貴族達に歩み寄って立ち去った。


ハドヌルフ候爵夫人は軽いため息の後厳しい顔つきを大公妃に向ける。


私は開いた口が塞がらない。

侯爵夫人とは勿論大公妃の身分と比べて下、なのにあの表情?

いったい何者なのか?

この老貴婦人は……。


ハドヌルフ侯爵夫人は大公妃にこれみよがしに深いお辞儀をした後、背筋を伸ばし毅然といた態度で大公妃と向かい合った。


「公太后様がご覧になったらたいそう嘆くかれるでしょう。

 あえて申します。

 アファルキア公国の宮廷はいつオルファン帝国

 を軽視するにいたったのでしょうか

 さすがにこの公太子妃殿下への侮辱は許しがた

 い。

 公太后にご報告しなくてはいけません」


この一言で大公妃の顔色が凍りついたものに変わっていった。


公太后様はご健在ですが、ご高齢で寒さに弱く現在南部に療養に出かけておいでだそうです。


さすがの大公妃も公太后には弱く顔面蒼白とはよくいったのだがまさにその状態です。

口元、ドレスを握る手がガタガタと震えている。

と思ったら急にその小刻みに震える手で隣にいる女官長の頬を勢いよく平手打ちする。


バチッ~ン


強烈な破裂音が高い音が広い空間に響き渡る。


 「ヴェルデュール女官長。

  何故オルファン帝国の大公女たる公太子妃殿下

  を愚弄し軽視のは。

  アファルキアの内宮の統率はどうなっているの

  か!

  いつも言っていますよね。

  貴方の責任ですわ」


女官長はその場に倒れこみ、頭を下げながら大公妃のドレスの裾を手で掴みながら泣きながら言った。


「おゆ……おゆる…しを……大公妃殿下」


大公妃は冷たい視線を女官長に向け、周りにいる貴族達は凍り付いてその場面に釘づけになっている。


公太子殿下はそそくさと隣の部屋に逃げ込んでしまった。


「まあ今後はこのような事のないように。

 このような事では許されませんわ」


「妃…大公妃殿下…」


涙ながらなんとか口にした一言だった。


大公妃はそう言って眉間に指をあてて、体調の悪そうなふりをしそそくさとその場から退出する。


ハドヌルフ侯爵夫人はその様子に冷たい視線を向けたかと思うと、穏やかな微笑みを湛えて私の手を引いて端にある空間に誘う。


その手は年配者のそれであるが、温かくふっくらとして安心出来き、また心強い味方が出来てほっとした。


「あ…ありがとう…ハドヌルフ侯爵夫人」


思ってもいない援軍に心強く思わず涙ぐんでしまう。


侯爵夫人のさきほどの厳しい顔つきは消え、軽くドレスの裾を抓んで深々と優雅なお辞儀をしてみせる。


「改めまして初めまして。

 前女官長エリザベート・ディア・ハドヌルフでご

 ざいます。

 引退して領地で隠棲しておりましたが、オルファ

 ン帝国の皇后陛下が生母のフェレイデンの()()()()()()()()()()()()()()()

 老いた者ではありますが、公太子妃殿下にお力添えを懇願されました。


 私はすでに引退した身ではありますが、私の人脈

 の中で選りすぐりの者を侍女として選任いたしま

 す。

 表向きは公太后様の推薦を受けた者を。

 先に私の娘フェリナ・ディア・ヴィロディ伯爵夫

 人と長男の嫁ミシャ・ディア・ローシェ女侯爵が

 侍女としてお仕えします」


お父様のいっていた皇后陛下の贈り物はこれなのね。


侯爵夫人の両側にいた母くらいの年齢の女性を紹介される。

いずれも上品ながら意思の強さと毅然とした立ち居振る舞いのある貴婦人である事がわかる。

頼もしく思った。


「ありがたい事です。

 まだ若輩者。

 以後ご指導を賜りたいと」


「いままで宮廷生活に馴染めず。

 領地に滞在しておりました。

 義母の懇願を受け誠心誠意妃殿下にお仕えしたと存じます」


「大公妃殿下に疎まれ宮廷には足が遠ざかっておりました。

 失礼をお詫び申し上げます。

 また私も妃殿下に忠誠をお誓い申し上げます」


今夜は強い味方が出来たとまだあった事のないフェレイデンのエルミエ皇后陛下と機転を利かせてくれたエリザベート皇后陛下に感謝するしかなかった。


さて夜伽ですが、殿下の体調がにわかに悪くなられ結局私は寝台で一人眠りにつく。

正直一人が嬉しいです。






大公妃の居間


「あれはいったいどういう事ですか!」


大公妃の逆鱗が居間中に響き渡る。


そこには男女三人が神妙な面持ちで沈黙している。

特に女官長は皆とやや離れた場所でソファーの後ろにビクビクしながら立っている。


一人の男が足を組みなおし深くソファーに座り直しめんどくさそうに言った。


「まあぁ~姉上。

 そうカリカリせずに。

 しかしまさか引退していたハドヌルフまでしゃし

 ゃりでてくるとは……。

 面倒ですね。」


年の頃は二十代前半だろうか?

大公妃にとても良く似ていた。

その性格も似ているであろうと想像できる目つきの悪い男だった。


「これでしばらく公太子妃殿下に手出し出来ません

 ね。

 公太后を出してくるとは。

 はぁ~早く大公殿下がみまかれないか?」


「こらっ! 

 ディファンさすがに失言ですよ」


大公妃が弟をしかりつける。


「けれど。

 やっかいなのはその通りでしょ姉上。

 これで大公殿下が本復すると我我不利になりま

 す」


「ダグラン侯爵 医官長はなんといっているの?」


「はい。なんとも言えないと。」


「さすがに大公を亡き者にしろなどとは言えないな

 あ。

 なんせそんな大物じゃないからね。

 せいぜい公太子殿下の不調を起こさせるくらいし

 か出来ない小物だからさぁ」


「ディファン!声が大きい!」


「しかしとやはりここは動かないといけませんね」


傍に恰幅のよい初老の男がふと独り言のように呟いた。


「だからどうしたらいいの?

 ダグラン侯爵」


「では………このような計画はいかがでしょうか?」


その後大公妃は満足そうに口元を綻ばせながら大きく頷いた。


「私が二十以上の年上の大公の後妻として嫁いだの

 は権力の為です。

 なのにせっかく男子を産んだのにこの小さな国の

 公子しかなれないなんて。

 あんまりです」


「まあね。これで大公殿下が逝去されて成人してい

 る公太子が大公を継承したら。

 姉上はただの義理の公太后。

 権力も影響力もなくなる。

 公太子殿下が逝去されないと、甥はただの公子殿

 下で姉上は摂政にもなれない」


「NN~~何か考えなくてはね」


そう答えの出ない策略を巡らせている時に居間の扉がゆっくり開く。


部屋の中に三十代前半まさに貴公子と呼んで相応しい男性が入ってくる。


途端に大公妃の顔に赤い花が咲いたように笑みをほころばせる。


大公妃の手をとり、跪いて手の甲に接吻する。

マナーだが、そこにはそれ以上の何かを感じる仕草だった。


「ランディー。

 フェレイデンはどうでしたか?」


大公妃がすました様にその貴公子に問いかけた。


「特段例年通りでございました。

 公太子妃の噂もどうやらかん口令が敷かれている

 ようで。

 特段叱責や遺憾など嗜められる事はありませんで

 した」


「そう。かえって気持ち悪いわね。

 ダグラン侯爵。

 後の事はたのみましたよ。

 我が息子が大公を継いだ暁には宰相に任じます」


ダグラン侯爵は晴れやかな顔で颯爽と去って行った。


「じゃあ僕も。

 野暮要があるからね」


ディファンが意気揚々とその場を風の様に去った。

おそらくは娼館か酒場か賭博場を目指しているのだろう。


ほとんど話をしなかった女官長が最後に退出した。


「このところ。面白くない事が続きます。

 気が滅入ってしかたありません。

 どなたかに慰めてほしいわ」


大公妃はランディーの背に両手を絡ませてその身体を寄せる。

ランディーは大公妃をじっと見つめながら、そのぽってりした唇に指で揺れる。


「私が慰めてさしあげます」


そういって己の唇を重ね大公妃を味わうつもりだ。


昼さがり西日の差し込む三階の大公妃の居間にひとばらいがされて久しい。

二人は誰の邪魔を受けずに身体を重ね快楽を貪った。

闇夜になるまで獣のそれのように。


そしてダグラン侯爵の計画も順調に進めていた。



数日後ヴェルデュール女官長の退任願いが大公妃に提出されたそうです。

大公妃は引き止めもせず、高額の年金を受けるかわりに領地で隠棲を提案したという。

いい時期の更迭と言っていいかもしれないとローシェ女侯爵は言っていた。








以後アフェルキア宮廷での陰湿な雰囲気はなくなっていた。

私への敬意は表面的にははらわれている。

本心はわからないが。

ヴィロディ伯爵夫人とローシェ女侯爵が私の侍女となり、マリア・ディア・ファイサック侯爵夫人が女官長に就任しました。

彼女はハドヌルフ侯爵夫人の元懐刀と言われた女傑で公太后の信任も厚い人物でさすがの大公妃も文句は言えなかったという。


主流派の一部が私に敬意を払い始めた。

ハドヌルフ侯爵夫人の影響力は絶大なのだと思い知らされ、これからの希望の光を見出したような気がして胸が熱くなる。





穏やかな日々が続いた七日後にシャルル殿が訪ねてくるという便りをよこし、宮殿の外れにある温室で待ち合わせた。


ガラス張りと白く塗られた鉄筋の開放感溢れる温室には貴重な南国の花々が植えられている。

先代大公が愛し収集した物なのだそうだ。

長らくアファルキアとオルファンは敵対関係にあったので、オルファン種の植物はないそうだ。


私が一人の侍女を連れて温室に着くとすでにシャルルは一人女性と待っていた。


「シャルル。ご機嫌よう」


シャルルとその女性はお辞儀をして私に挨拶にする。


「公太子妃殿下におかれましては、穏やかにお過ごしと伺っております。

 今日はお父様であられる大公殿下よりの贈物プリマヴェーラ・ルナをお持ちしました」 


輝かんばかりに笑顔でシャルルは言った。

少しいたずらっぽく。


「どこかしら?」


辺りをキョロキョロ見渡すが、シャルルの用意した花はどこにもない。


「今妃殿下の前におります」


「えっ!」


すっかり植物だと思っていた。


「まさか人だとは……。ごめんなさい。

 ようこそアファルキアへ」


その女性に話しかけた。


「初めておめにかかります。

 プリマヴェーラ・ルナ・リュナンでございます。

 植物学者にて医師でリュナン男爵家の三女でございます。

 以後公太子妃殿下にお仕えいたします」


私は頭を打たれたのように父上の意図が計りかねた。


植物学者?医師?


シャルルはそんな様子を察して穏やかな瞳を私に向けて言った。


「ひとまず座りましょ」


三名は少し広くなった場所に置かれたテーブル席に座る。


シャルルが切り出す。


「実は少し前から城下に潜伏し、また渡る前から隠

 密に調べておりました。

 大公殿下の病は持病の悪化でしょうが。

 公太子殿下の不調は薬による植物の薬害による中

 毒症状の疑いがあるとルナが申しております。

 長期間服用すると精神に異常をきたし、廃人にな

 るそうです。

 これは明らかな陰謀であり由々しき事態です。


 妃殿下。

 証拠を捕まえればなりません。

 確実に押さえ一刀両断に。

 もうお分かりと存じますが、大公妃及びその

 周辺人物、弟君、ダグラン侯爵が首謀者でしょ

 う。協力者は宮廷医長、女官長辺りですね。」


そうだろう。

どう考えてもその人物しか思い当たらない。


「何もしなくてよいのですか?

 殿下は毒を飲み続けさせられているのでしょ。」


「ルナの話によるとかなり少量を長期に渡り極少量

 摂取させているようなので。

 すぐどういう状態にはないようです」


「ご心配にはおよびません妃殿下。

 話のみたてでは数年単位に考えているようです。

 医長を味方につけているとはいえ。

 早急に事を成すにはあまりにリスクが高いと判断

 だそうです」


ルナは安心させる様に私に説明してくれる。

それでも不安は隠せない。


「こちらで解毒剤を作る手はずです。

 お任せくださいませ。

 さほど難しくはありません」


「妃殿下。

 私が堂々とアファルキアの宮廷に参ったのは奴ら

 の動きを誘い出す為です。

 しばらくの間我慢なさいませ。

 もう網は張っております」


得意げなシャルルの様子がたのもしくもある。

少し心に余裕が出来、アファルキアに来て初めての安堵感を味わう。



「少しは安心出来ました。どうかお父様のお話をしてくださいな」


子どものようなその温かな表情にシャルルはほっとしているようだ。

私は一人ではない。

この後は私の知らない冒険家で時に突拍子もないお話ばかりで夢中でシャルルの話を聞いて久しぶりに楽しい日を過ごした。





この後シャルルは大使の仕込んでいた諜報員とシャルルのスパイが毎晩のように情報をあげていたようです。


首都の最高級ホテル「HOTELヴァレル」の最上階に居を構えたシャルルは最も効率的で最も効果的な舞台を用意しなければならないと考えていた。


仕掛けるのは簡単だが相手も公国の大公妃と貴族達だ。外国人の自分が国政を暴く真似を公には出来ない。

協力者が必須だった。


では誰にどう仕掛けるのか?

まずはどうしても必要な人物は二名だ。


そこから崩しておかないと内部崩壊に至らない。


これを公太子妃にさせる訳にはいかない。


ホテルの窓辺に美しい花をつけたライラックの花が咲いていた。

そのバルコニーに出たシャルルの前に手すりに止まる一匹の鷲が目に入る。

そし足もとには小さな筒が止めてあった。


シャルルはその筒の中から折りたたまれた小さな紙を取り指すと手紙を広げ始めた。

目線は右左にせわしなく動き一気に読むと思わず息を飲んで言った。


「これはいけるかも」


まさに仕掛け花火の一幕の開演だ


部屋は暗くカーテンを全て閉じているので、相手が誰なのかまっく分らない。

賭博場で勝ち越した後、酒屋で誰かと話ていたが。

その後の記憶がない。

今手を椅子に縛られ、どこかに監禁されているようだ。


なんだ。どうなってる。

底しれぬ恐怖が波のように襲ってきて心臓の鼓動は最高潮に達する。


部屋の角に誰かがいる気配がした。

「誰だ。

 宮廷医官長と知っての狼藉か!」

権威を傘にきて、医官長は激しい口調で怒りを露わにした。





「なるほど。その宮廷医官長殿が。

 悪事に手を染めてよいものか?」


男の低い声が聞こえてきた。


医官長はドキッとした。

心あたりがあるからだ。それっきり黙り込む。


「言い逃れはできないよ。

 お前の研究室は差し押さえ、殿下に滋養強壮剤と

 して飲ませていた薬に麻薬反応が出た。

 しかも服用すると精神錯乱を起す使用禁止薬剤

 だ。逮捕、服役、いや処刑だね」


その処刑という一言に激しく動揺する。

そして大公妃が味方にいる。

しかし果たして露見したら、庇ってくれるだろうか?

いや女官長のあの叱責。

トカゲの尻尾切りは十分に想像出来た。


しばらく口を閉ざした医官長は大きく息を吸い。  


「私の身の保証は?

 それにあなたが何者か?

 信用していい人物かわからない…」


男はもっともだと。  


「ふっ」 


医官長の傍にその姿を見せつけた。

暗い部屋でもこれだけ近いと誰だかわかる。


顔を見た瞬間、瞳の瞳孔が開き切り、医官長の深く長いため息が漏れた。



「す……べて。全てお話します」


観念したかのように肩を大きく下げて床に座り込んだ。


男はにやりと笑い。

「命だけは助けてやるとおたっしですよ」


そう言って医官長を拘束し、馬車である場所へ移動させその日まで監視する事になった。

翌日大公家に医官長発病の知らせがあり、副医官長がその任を代理で行う通達がなされた。


当然大公妃の思惑は外れ、公太子の体調は回復傾向にあった。

毒を服用しなくなったので当然といえば当然だが。






同じ頃、首都の郊外の屋敷で一人の女官が、ある女性貴族を訪ねていた。



「お久しぶりでございます。

 只今女官長を賜っております。

 マリア・ディア・ファイサックでございます」


礼もせず背筋をすっと伸ばした出で立ちはヴェルデュールには抗戦的に感じた。


「ファイサック侯爵夫人。

 こんな田舎の元女官長になんなの用事でしょ」


ヴェルデュール侯爵夫人の嫌味な一言に目元を吊り上げたファイサック侯爵夫人は呆れたような笑いを浮かべて冷たく告げた。


「ヴェルデュール侯爵夫人

 公太子妃殿下が酷く立腹されています。

 貴方の大公家に行った数々の悪行は、許す範囲を

 逸脱していると。

 逮捕してヴェルデュール侯爵家をお取り潰しにする

 とおっしゃっています」


「な……なんの……」


狼狽して瞳が泳ぐ、決してそんな事はしていないといいたいが。

何かがそれをさせない。

それもそうだ事実だから。


「妃殿下はあなたが正直に告白するなら、罪を軽減

 してもよいとおっしゃっています。

 さぁ。

 どうされますか?」


「どういう意味でしょうか?

 なんの事でしょうか?」


唾を飲みながら必死に相手の情報を聞き出そうとする。


「すでに医官長は我々が拘束しました。

 もはや弁解の余地はありません。

 寛大な妃殿下の庇護に入りなさい。

 あなたの家と生家の命運があなたにかかっている

 のですよ」


この時全身の血液が地面に滴り落ちる感覚を初めて味わった。

もはや大公妃の権威は地に落ち、このまま道連れになるしかない………。

寝返ってあの屈辱の思いを晴らした方がいく分ましではないかと。


「もはや大公妃の命運はつきました。

 あの時の屈辱をはたなくてよろしいのですか?

 ヴェルデュール侯爵夫人」 


もはや自分が生き残る道はそれしかなかった。

頭を下げてこくりと頷いた。


「あなたを近衛兵が拘束します。

 その日まで。」







今夜は仮面舞踏会

挿絵(By みてみん)

大公が病床にある中で不謹慎だが、恒例のアフェルキア伝統行事でもあり数々の行事が中止になる中、公太子殿下がこれも中止になるのは忍びないという配慮でした。


今年は女神ディアと太陽神、大地神、火の神、氷の神を思い思いに仮装しての舞踏大会が開催される。

舞踏会とは名はあるが、神への感謝と今秋の豊作を願う舞を披露するといった行事でもあるそうです。

私は出席するのは初めて。

大公妃は女神ディアを、私は生まれたばかりの若い女神ディアを仮装に選びました。


大公妃は始終感情を表に出さず、珍しく冷静に取り巻き達と談笑しています。


私は両脇にェリナ・ディア・ヴィロディ伯爵夫人と長男の嫁ミシャ・ディア・ローシェ女侯爵が付き添い大公妃の動向がわかる距離で差しさわりのない話をしています。


舞踏会は粛々と開始されました。


この後は男女が身分と婚姻相手に関わりなく踊りあかします。


この舞踏が激しければ激しいほど女神ディアに捧げる祈りの効果も高くなると言われているそうです。

今日だけは身分の低い者は高い者に舞踏を誘う事が出来るのです。

相手はこの時私が誰であるか承知していますが、今宵は無礼講相手は誰かわからないふりをするのが礼儀。

常に誘惑してきますがそこはうまくいなす様にリナにレクチャーされていますので。

安心して聞いていられます。


最初の相手は主流派の若手の貴族だ。

以前からの主流ながら改革派の急先鋒として知られる若手のホープとローシェ女侯爵から聞いていた。


「リードがお上手ですわ。

 これからのアフェルキアを担う方とお見受けしま

 す」


「……いえ。そう言っていただけて幸栄です」

照れながらも仮面の瞳は嬉しそうに輝いている。


今回は公太子殿下の時代の若手を囲い込む様にとシャルルとハドヌルフ侯爵夫人から助言してもらっています。

まずは地固めが大切。


()()()殿()()()()()()()()()と私は認識しております」


「はぁ~ぁ」

はにかんだ笑いに恥ずかしさと少しの自尊心を刺激出来たと私は確信する。


「今日の舞踏は生涯忘れない物になるでしょう。貴方様にとっても私にとっても……」

丁度曲が終わるタイミングで相手に余韻を残した。


この後は中道派の中心人物。

優柔不断と言われている伯爵だ。

すでに瞳があっちこっち泳いでいる。

こういう方には少し強引に言った方がいいとシャルルの助言通りステップを刻みながら少し誘惑気味に話し始める。


「これからは公太子殿下の側近として貴方様を押し

 

 てゆきたいと考えておりますのよ。

 でないと。これからは貴方様の力を存分に発揮で

 きましてよ。

 これからは主流中道派などと分け隔てなく。幅広

 い人材をお約束いたしますわ」


「………」

言葉はないもののその表情は目まぐるしく希望の輝きと、戸惑い、期待を匂わしている。

十分に私の意図を理解していると思われた。


「全ては思う様になりますわ。

 ()()()()()()()()()()()()()殿()()ですわ。

 それをお支えするのが()()()()()()()()ではありませんか」


この調子で幾人もの男性からの舞踏の誘いを受け、誘いを拒否する事なく政治の誘惑の蜜を振りまいている。

シャルルとハドヌルフ侯爵夫人の書いた脚本です。

正直私の性格上ちょっと……違和感はありますが、命がかかっています。

アフェルキアの未来も私が公太子妃である限りは苦手な事も全力で果たさなければなりません。


ドレスのスカートが風に靡くように円を描く~。

ただの仮面舞踏会ならなんの警戒も制限もなく楽しく踊れるのだろうけど。


時に周りの踊るペアを確認しながら、大公妃のパートナーは新興貴族達と相手に踊りながら、こちらをチラチラ見てはいる。

どう仕掛けてくるのかがわからない不安が次々と押し寄せて眩暈がする。


パートナーを務めているのは取り巻きの一人新興貴族の男爵だ。

田舎臭い風貌だが身なりは宝石や金糸銀糸を散りばめたただただ豪華な物を着ている。

耳元で大公妃が囁く。


「今夜は面白い劇が鑑賞出来ますわ。

 是非楽しんでほしい」


男爵は顔を真っ赤にしてにやにやしている。


「是非…」


幾人の相手と舞踏して大公妃は今何やら楽しそうに公太子殿下と踊っている。

殿下は叙事詩の登場人物ジークフリードの仮装です。

元々お顔立に品がおありなのでよくお似合い、毒で身体が蝕まれているなど想像出来ないくらい。


しかしこんな事が出来るのでしょうか?

比較的精神状態が安定している日と不安定な日のアンバランス感が大きすぎます。


「大公妃。

 今日は今までで一番素晴らしい舞踏会になるとお

 っしゃいましたが。

 どのような趣向なのでしょうか?」


「殿下。

 今は申し上げられません。

 しかしそれはそれは忘れられない日になるでしょ

 う」


大公妃は私の方を向いて不敵に微笑みます。

これは絶対何か企んでいます。

シャルルの話だと何か仕掛けてくるなら今日のはずという事だと。



仮面舞踏会、夜、主要貴族が集まる。

絶好の機会です。


シャルルとカシウス大使は外国人なのでこの夜会には 招待されていません。

ただ今回の計画の立案はシャルル、大使も本国に調整役として一役買ってもらっています。


さぁ~~あと少しで舞踏会も終盤。 


何度もの舞踏を繰り返し、そろそろお開きというタイミングで、私の前には!!


あっ!

ランディー・リュードゥブルグです。

そう大公妃の愛人で海外との貿易で富を築いた平民の若手の貿易商。


私もこんな近くで見るのは初めてです。


切れ長な鳶色の瞳に虚ろな表情は男性の妖艶さが備わり、少し浅黒い肌に透けるようなライトブロンド。

まさに美男とは彼のような人をいうのでしょう。


私は緊張しながら手を合わせて流れる様にゆっくりステップを刻んで。

しかし今日は貴族限定の舞踏会です。


平民である彼がどうして招待出来たのか不思議です。


彼は心ここにない私に耳元で囁いた。


「私が参加出来たのを不思議とお思いですね」


はっとしたがその後私はすぐに平常心を保ち口角を少し上げる。


「私の母はラシュナー男爵の娘で唯一の子供なので

 す。

 私も母の唯一の子供なので私は男爵位の相続者な

 のですよ。」


しばらくの沈黙の後、リュードゥブルグはまさかの一言を私の耳元で告白する。


その言葉を聞いた瞬間に軽い目眩がする。

確かにシャルルは今回のキーマンが想像すら出来ない人物だと聞かされていたが。

誰かは。

妃殿下が動揺しすぎて大公妃に悟られては困ると教えてくれなかった人物です。


「……。まさか。」


私が困惑した瞬間を狙って、自分の手を私に重ねてリュードゥブルグは舞踏会場の退場口へと吸い込まれる様に出ていく。


私は彼に引きずられる様にして、足早に階段を上がる。

息が切れそうだ。

リュードゥブルグは後姿だけど楽しそうに見える。


誰もいない廊下を二人の足音だけが響く。

急に立ち止まり、一番奥の普段は客間に使用される部屋になだれ込んだ。


「もう少ししたら面白いものが見れますよ」


リュードゥブルグはそう言って使用人が待機する奥の小さな部屋の簡素な扉を開いてに私をエスコートする。


小さな部屋は窓がなく少し薄暗く肌寒い。

いくつかの机と椅子が置いてある。


私が寒そうにしているのを察知したかのように自分の上着を私の肩にそっとかけた。


全てがスマートで貴族と言っていい立ち居振る舞いだ。


しばらくして何人かの人が部屋に入り込んでバタバタとした足音と聞こえるかどうか?

わからないくらいのうめき声が聞こた様な気がすぐに聞こえなくなった。

声など聞こえなかったのかしら?


リュードゥブルグは口元に人差し指を立てて太陽の様な艶やかな笑顔で私を見ている。

なるほど大公妃がイチコロになるはずだ。



静かになった部屋に段々と何か得体のしれない振動がドンドンとこちらに向かってきているような気がする。

それはドンドンと地響きの音になり、確実にこちらに向かってきている。


私の心臓が高鳴る。何が何を……どうなるのか?


リュードゥブルグは私の手を握りしめて、目元を緩ませて甲にキスする。


「大丈夫です妃殿下」


私ではなければおそらくこの行為事態イチコロでしょう。

私はオルファン帝国の大公女絶対に誘惑などもってのほか!


さきほどの部屋の扉が強引に開けられているようだ。

なだれ込む様に人々がこの部屋に入るのがわかる。


「公太子妃殿下!

 こんな時にこんな所でいったい何をなさっているのですか!!」


明らかに大公妃の声だった。


何やら布がはがされる音が聞こえてくる。


「WA~~WAWA~~~」


「WAA………」


「きゃ~~~~~!!」


私はリュードゥブルグが開けた扉の隙間からその様子を見ている。


皆ざわつく、そして寝台の上には縄で縛られ下着姿の男女が。

ヴェルデュール侯爵夫人と宮廷医官長が手を縄で縛られ、布で口を縛られた二人がベットの上で寝かされているのだ。


人々は驚愕のあまり言葉が出ない。


しばらくの沈黙の後。


「どうい………こ……」


「大公妃殿下。

 これはどういう事態だ。

 聞いていた事と違うが」


公太子殿下の声が聞こえた。


「皆様

 お静かに」


隣の扉が開けられて三人の貴婦人が現れる。


    フェリナ・ディア・ヴィロディ伯爵夫人

    ミシャ・ディア・ローシェ女侯爵

女官長のマリア・ディア・ファイサック侯爵夫人だ。


三人共石像の様な感情のない顔つきで大公妃を見ている。

普段だとこれほど不敬にあたる行為はない。

しかし三人共そんな事などお構いなしに大公妃を睨みつけている。


「大公妃殿下

 どのような事でこのような大勢でこの部屋に押しかけられてきたのでしょうか?」


大公妃は苦虫を噛んだ時のような渋い顔つきでその声の主ヴィロディ伯爵夫人に向けた。


「何故? 私は……」


その答えは出ない。


「どうなっているのか大公妃。

 貴方が公太子妃が不倫しているというから来たの

  ではないか?

 ベットにいるのはヴェルデュール侯爵夫人と宮廷 

 医官長ではないか?

 私にこのような様を見せる為にここまで連れ出し

 たのか?」


公太子殿下が怪訝な顔を大公妃に向けているように言った。



「さあ」


リュードゥブルグが囁いた後、少しだけ開けていた扉の前で私の背中を手で押して、使用人の部屋の扉を更に開けた。

眩しい光が差して、私は背を伸ばしてゆっくりと優雅に登場した。


まさに女神ディアの如く。


「大公妃殿下

 先ほど私を呼びましたか?」


静かで冷たい声を敢えて出す。


私の声の方向を向いた大公妃は眼光鋭く、私を睨みつけて歯ぎしりをしている。


「私はこの子娘に嵌められたのですよ。

 私は嵌められたのでございます」


WA~~~WAWAWAお得意の泣き落として部屋中に甲高い泣き声が充満し不快感は最高潮に達する。

引き連れてきた貴族達は今や保身に躍起になっている。

あれこれ大公妃への非難の声を口にする。



「大公妃殿下が公太子妃殿下が不倫をしている。

 皆で嗜めなくてはと…」


「私も聞きました」


「私も……」


「私も」


「私も聞きました」


「まさかこんな事に」


口々に寝返る新興貴族達。


ファイサック侯爵夫人は寝台に近づいて低い声で言った。


「ここにいる。 

 ヴェルデュール侯爵夫人と宮廷医官長は恐れ多く

 も公太子殿下に大公妃が毒を盛り続け、

 亡き者にしようとしていたと証言しております」


近衛兵にファイサック侯爵夫人は二人の縄と布を外した。


公太子殿下は唖然とし、言葉を失ったかと思うとワナワナと全身を奮い始めた。

まさか自分にあんなに優しかったと思っていた義母が自分に毒を盛っていた?


「公太子妃殿下。

 どうか!どうか!

 ご温情を……私国は大公妃殿下をおとめする事が

 出来ませんでした」


あんなにこれ見よがしに軽蔑の眼差しと愚弄する言動を続けてきた元女官長に私は怒りよりも憐れみさえ感じる。

あんなに侮辱されていたのにそんな感情さえ湧き上がる自分の滑稽さにふと笑いがこみ上げる。

勿論顔にはださない。


「私も公太子妃殿下。

 家族を殺されると脅迫されて……

 お願いいたします。殿下!!」


医官長も髪を振り乱し、私のスカートの裾を握りしめるとすぐに近衛兵が手を払いのけ、すぐに手を後ろに縄を縛り拘束した。

医官長は大きくため息を吐きうなだれた。 


その事実に愕然とした恐怖と不安が猜疑心を誘うのかガタガタと震えている。


あんなに優しいと思っていたのは嘘だったのか?

いや事実?いや嘘………。



もはや現実を放棄するようにその場で失神して意識を手放した。


すぐに医官達が呼ばれ公太子の私室に運ばれた。


「アマーリエ公太子殿下」


ローシェ女侯爵を敬意を込めて臣下の礼を丁寧に行う。

ヴィロディ伯爵夫人と女官長のマリア・ディア・ファイサック侯爵夫人がそれに続く。


その場にいた貴族達は我先に礼を深々と行った。

もはや勝者は私のようだ。

勿論お膳立てされたものではあるがこれが私の役回りでもある。


「皆者。

 その事実の証拠はすでに押さえている。

 この二人の証言は裁判によって明らかになるでし

 ょう」


私はそう言ってシャルルの最後に言うようにと言われた言葉を大きな声で告げる。


「大公妃の悪行はこの者が証言し、また証拠も持参

 している」


その言葉で先ほどの部屋から颯爽と現れたのはリュードゥブルグだ。


皆の驚きは計り知れない。

大公妃の愛人が反旗を翻したからだ。


「リュードゥブルグです。

 ここに大公妃の悪行を証言するとともに大公家へ

 の忠誠を誓います」


もう大公妃は言い逃れは出来なかった。


激しく手で床を叩きつけ泣き叫ぶ。


「くっそ~~~もう少しだったのに!!!」


そう言いながら近衛兵に両腕を掴まれて連行される。



「お前なんか公太子妃などと…。くっそ~」


元侯女だったとは思えない口の悪さに閉口してしまう。

大公妃の近くにいたダグラン侯爵と大公妃の弟も両脇を近衛兵に掴まれて拘束された。


新興貴族達は自分達も処分の対象になるのを恐れて慌てふためいて次々部屋を退出した。


残ったのは主流派、中道派の貴族達だ。


「私の無実はこれで証明出来ました。

 以後この出来事を語る事は決してまかりなりませ

 ん。

 それを破った場合はそれなりの対価を払ってもら

 います」


毅然と鋭い眼光で居る者を圧する。


「下がれ」


皆この言葉をその場にいた貴族達はお辞儀をして、罪人四人は近衛兵が連行し罪人の牢獄に拘束される銘々去っていった。

翌日には新興貴族の内大公妃派の賄賂や汚職に関連した者は逮捕されていく。


騒動が静まりこの部屋に残ったのは私とリュードゥブルグ、そしてフェリナ・ディア・ヴィロディ伯爵夫人、ミシャ・ディア・ローシェ女侯爵、女官長のマリア・ディア・ファイサック侯爵夫人だ。


「皆本当にありがとう。

 皆がいなかったら私は今頃………」


緊張と重圧に思わず、涙が一筋流れた。

これで終わりだろうか?

終わってほしい。


「大丈夫でございます。

 すでにルナが解毒薬の調合に成功したそうです。

 後は根気良く回復するように看護ください。

 必ずよくなります」


リュードゥブルグは初めの印象とは違い柔らかい春の日差しの様な微笑みを受け、少しはにかんでしまった。

特に好意という感情ではない。

慣れない微笑みに戸惑ったのだ。


「ところで何故寝返ったのですか?」


「はっ。寝返ったというよりも元々諜報員として潜

 り込んでおりました。

 私の母がオルファン帝国の男爵の唯一の息女、父

 はフェレイデン帝国の平民でしたが祖父は子爵の

 私生児で裕福な商家でした。

 父はオルファン帝国の子爵に気にいられ、皇帝陛

 下から私の母と特別な温情を持って婚姻させたの

 です。私は両国を行き来して、シャルル様と出会

 い交友関係を築いたのです。

 今回はオルファン帝国の貿易に利益を得る為に力

 を貸したのです」


「これは失礼いたしました。

 皆の助けがあって今日があるのですね。

 本当にありがたく存じます」


知らないうちに沢山の人物が自分に力を貸してくれると思うと嬉しくまたしっかりと公太子妃殿下として任を全うしなくてはと思った。


その和やかな雰囲気の部屋を扉が開く音が突然聞こえた。


「妃殿下! 

 大公殿下が!!

 大公殿下が目を覚まされました!」


吉報に胸が張り裂けそうになる。


「さあ妃殿下。

 大公殿下の寝室へ」


ローシェ女侯爵が促す。


これから大公家は明るい未来しか見えない。

ようやく暗闇を経て。


この騒動の後、宮廷にシャルルが帰国の挨拶に来た。


笑いながら「もう二度とこんな薬は御免だ」と捨て台詞を吐いて愛しい奥様の元へ帰られる。

出産にはギリギリ間に合うと思うがと、そそくさと去っていく姿を皆で笑い合った。

奥様が羨ましい限りです。




罪人達は裁判にかけられ罰を言い渡された。

挿絵(By みてみん)

大公妃は北の砦で処刑され、生まれたばかりの第二公子は砦の中で乳母や教育係、召使をあてがわれ監禁され「金の籠」の生活を強いられる。

ただ監禁といっても公族としての待遇は受けさせるように厚遇するように伝令されている。


元女官長と医官長、大公妃の弟、侯爵は終身刑を言い渡され南部の刑務所に収監となり命だけは助かった。

ただあまりに過酷な環境だった為に大公妃の弟と侯爵は獄死したそうだ。


今回の罪に関わった全ての一族は侯爵家は子爵位まで降格、医官長の一族は生涯宮廷医官になれないと言い渡され田舎の遠隔地の診療所に生涯を奉仕するいわゆる島流しを言い渡された。



通常一族もろとも処刑だが。

私が温情してほしいと願いったから。


騒動から六か月が過ぎた。


大公殿下はまだ寝台から離れなれなかったものの、病は回復傾向であと六カ月もすれば平常の生活に戻ると言われて一安心だ。


私は大公殿下と公太子殿下の看護を交代で行っています。


時々公太子殿下から国政にも意見を聞かれる事も多くなりました。

宮廷の勢力図は概ね主流派と中道派が握り申し訳なさ程度の新興貴族がその任にあたっています。


但し新興貴族の中でもとりわけ優秀な人物は要職に就いてもらっていますが。

平穏な宮廷こそ、国家の安定に繋がります。



殿下は舞踏会時に薬の服用をおさえられていたので、比較的ゆっくりではあるものの精神の回復効果は平常に戻ってきてほっとしています。


最近は政務にきちんと出席し、指示されておられるそうです。

随分と私を信頼してくださり、今までのあの冷淡で軽蔑に似たあの人物とは思えないほどだ。

幼子の様に接されるのでこちらが戸惑ってしまいます。



いつものように殿下の私室で看護をします。


看護と言ってももう短時間の散歩くらいは出来ます。

ルナの診断ではしばらくは薬の服用と体力の回復に専念した方がいいと、ルナは公太子殿下専属医師として宮廷に残ってくれています。


「殿下 お薬の時間です。

 苦いのでおいやでしょうが。

 お召し上がりください」


少しだけスプーンで私が飲んで毒味をします。

ルナの事は信頼していますが、途中で何が起こるかわかりません。

まだまだ用心したほうがいいのは間違いないです。

しかし本当に苦い薬。

しかめた顔の私を殿下は頬を緩めてその様子を楽しそうに見ています。


「何がそんなに楽しそうなのでしょうか?」


前から聞いてみたかった質問をしてみる。


「ん~。僕の為に心底気を使ってくれるのが嬉しく

 て」


あぁ~あの初対面で強烈な一言を放った人物とはとても思えない。

少し憎らしいけど、なんだか全てを憎めない人になりました。


私の渡す薬を無防備に口にしている公太子は思えば素直で純粋な人だと今は思う。

だからこそ隙を付け込まれるのだろう。


「殿下は本当に純粋な方ですね」


「君も純粋だよ」


…………。そういうところです。


そういえば帰国する時にシャルルとリュードゥブルグが私ににやにやした顔で言っていた言葉がある。


「アマーリエ様は責任感と使命感が強いのでおそら

 くあの公太子殿下は尻に引かれるでしょうね」


とシャルルが言うと。


「私の見立てでは公太子殿下は悪意をくみ取れない

 方だから。

 やはり妃殿下が傍で監視なさるのがいいでしょ

 う。

 ()()()()()


とリュードゥブルグが意味ありげに言った。


二人とも何故かニタニタしながら言い残したので。


私は???

もしかして?

本当の意味での初夜は 


「明日の夜に妃殿下の私室を訪ねる」


と殿下が女官長に申し出があったと。

ファイサック侯爵夫人は嬉しそうに私に伝えた。


全てが順調にいきそうです。


私はそれなりに幸せになるわ。

お父様だって。

私は大公女ですものね。



見上げた窓の外の空はいつまでも青く前途は明るい。

アファルキアで初めて心の中から声を出して笑った。



完結

「初夜に絶対愛さない宣言する大公女 あの手この手を使って離婚を模索する」と

「残忍皇帝は十人目の皇后を敵国の皇女を娶る」

「全てはこの日の為に 皇后の愛と憎しみとそれは・・」を絡ませながらの外伝に仕上げました。


愛にはいろんな形がある。


いいねありがとうございます。

励みになります。

というテーマの元に一つの物語を紡ぐ事を全体のテーマにしようと考えた作品です。




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