誤解から場末に異動させられた女性社員は恋を予感した
「由佳菜、今夜どう?」
三日電化株式会社の廊下で、突然の壁ドン。
栗毛でイケメンの男性社員だ。彼は、上に気に入られているようで、エリート街道を歩んでいる。
彼は遊びかもしれない。でも、この誘いに乗れば、私はエリートの奥さんになれるかもしれない。高卒の私にとって、玉の輿にのれるチャンスだ。
私は、肩まで伸びた黒髪を、美容院で流行の髪型にして、変身できるかもしれない。
「貴方には、彼女がいるでしょ?」
彼に彼女がいることは、皆が知っている。
「上は誰もが愛人を囲っているし、問題ないね」
アゴクイが来た。次はキスが来る。私のファーストキスを、彼に捧げて良いものだろうか?
「由佳菜! 私の彼を誘惑しないで」
この声は! 廊下に栗毛の女性社員が仁王立ちしている。彼の彼女に見つかった。
「こいつが、しつこくて、困っていたところだ」
彼は、素早く私から離れた。
「誤解です」
私から誘惑はしていないので、確かに誤解である。しかし、私には心のスキがあった。
「あんたが、私の彼氏にお揃いの指輪を贈ったことは、もうバレてるのよ!」
誤解だ、彼が私に指輪を贈ってきたのだ。
私は、その指輪が珍しかったので、今も、右手の人差し指にはめている。これはマズい。誤解なのに、浮気しているような状況だ。そっと左手で指輪を隠す。
「会社の風紀をこれ以上乱すんじゃない! 由佳菜は備品管理課行きだ」
不運にも、彼女の後ろには社長が立っていた。
「そんな」
自分に後ろめたい気持ちがあったので、誤解だとは、強く言い返せない。
「なんで私が場末の部署に……」
私は、高卒なので、会社に役立つように資格を取って頑張ってきた。
備品管理課に行ったら、資格は活かせないので、評価が下がってしまう。
評価が下がると、給料が下がる。趣味につぎ込むお金が無くなるのは、浮気の誤解よりも、つらい。
自分の不運を恨むが、どうしようもない。身から出た錆だ。
◇
仕方なく備品管理課に移った。
出世コースから外された社員のたまり場で、良く言われる窓際族だ。しかし、地下にある部屋なので窓など無いのは皮肉だ。
職場内は静かで、広く、空調も良いが、周囲に荷物が積まれている。ここは倉庫か。
男性社員が四人。何れも、上司に背いたとのウワサだ。協調性が無く、規律も守らない、黒髪、茶髪、金髪、銀髪の四人だ。少し年上のはずだが、若く見える。
「早速だが、蛍光灯を交換してこい」
上司は黒髪で無精ひげが残るおじさんだ。
「は? それって庶務の仕事でしょ」
黒髪君が口を挟んだ。
「庶務から二人がここ備品管理課に異動、一緒に蛍光灯交換の業務を持ってきた。本日から、蛍光灯交換は、俺たちの仕事になったんだ」
「じゃ、その二人にやらせろ」
黒髪君は引き下がらない。
「それが……その男女二人は、昨日のうちに駆け落ちしたんだ」
「はぁ? それほど備品管理課は嫌われているのか」
黒髪君が渋い顔になった。
「いや、妻子ある男と、初心な女の物語だ」
「また社内での浮気かよ!」
黒髪君は呆れている。
「それなら、蛍光灯交換の予算も、備品管理課に移ったんじゃね?」
茶髪君も挟まってきた。こいつ、チャラ男だ。
「あぁ、そうだが」
「では、蛍光灯の器具ごと、LEDタイプに交換すればいいじゃん」
「はぁ?」
黒髪おじさんが、理解できないという顔になった。
「ほら、新しい業務内容が、蛍光管の交換ではなく、蛍光灯交換になっているよ~」
「知り合いの業者なら、蛍光管十本の費用で、蛍光灯一台を交換できますよ~」
金髪君も割り込んできた。金髪なのに、話の内容は、まともっぽい。
「え?」
黒髪おじさんは驚いていますが、これは行けそうです。
「あの〜、事務所から出た蛍光管は、家庭用とは法律が違うので、処分費用が必要なのです。行政から注意を受けたと話を盛って、追加予算をもらいましょう」
私も、前の職場で得た知識を追加した。
「はぁ~、俺たちが交換するよりも、業者に任せられるし、LEDなら寿命も長いか……」
「銀、経理と話を付けてくれ」
「完了……」
パソコンを叩いていた銀髪君が、一息ついて、サングラスを指で少し上げて答えた。
「早いな、正規の手続きか?」
「いや……」
「そっか、聞かなかったことにする」
やはり、この職場はヤバい。
◇
「ほら、男好きの女よ」
「浮気がバレたんですって」
社内の廊下を歩くと、女子社員たちの陰口が聞こえる。
虫けらを見るような目だ。私も、昨日まで、あんな目で人を見下していたのだろうか。
「私は、その程度の女だったのですね」
女子社員には派閥同士の争いがあると聞いていた。
どの派閥にも属さなかった私の価値って、なんだったのだろう。
◇
「高卒の私には、何の価値もなかったのですね。退社して、故郷に帰ることにしよう」
備品管理課で、一人つぶやき、退社届の緑色の書類を用意した。
◇
「由佳菜、今夜どう?」
廊下で、また栗毛でイケメンの男性社員に誘惑された。
今なら、彼を奪う事が出来るかもと、私の心が揺らぐ。
このままではダメだ!
「私は、男に依存しないで生きていきます」
右手の指輪を外し、投げ捨てた。
「そういう事だ、優男君」
指輪を拾い上げたのは、備品管理課の黒髪君だった。
後ろに、茶、金、銀が並んでいる。なぜ、皆がいるのだろう?
「この指輪は、イミテーションだな。俺が、供養してやろう」
黒髪君が凄み、栗毛社員は逃げていった。あ~、あいつは、遊びだったんだ。
「備品管理課に戻るぞ」
黒髪君が先頭で、他の三人が続き、肩で風を切って廊下を進む。
長身の四人組、皆が若く見えたのは、きっと輝きを失っていないからだ。
私は、その後に、そっと付いて進む。
この場所が、なぜか心地よい。私の輝きを取り戻せそうな気がする。
「あれ? 私の退社届が」
部屋に戻ると、置いておいた緑色の書類が無くなっている。
ゴミ箱に、緑の書類が捨てられているのが見えた。
「由佳菜は、備品管理課の仲間だから」
後ろから黒髪君が声をかけてくれた。
(私のために……)
振り向くと、無邪気な笑顔、黒い瞳に男を感じた……ドキドキする。
私、黒髪の彼が好きかも。
━ FIN ━
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