パラレルフード
ある休日、私は電子レンジの前で朝食が出来上がるのを今か今かと待っていた。
朝食のメニューは昨日の残りの米と、作り置きの卵焼きに味噌汁だ。この食事を最後に我が家の食料は底をつく。
これを食べたら今日は買い物に行こう。
そんな事を考えながら箱の中でぐるぐる回る食事たちを見つめた。
ぐるぐるぐるぐる・・・
なんかちょっと目が回ってきた気がする。
そう感じたところで私の意識は突然シャットダウンした。
「う・・・」
どれくらい経ったかはわからないが、シャットダウンから復帰した私は身体を起こす。
ぼんやりする頭で壁の時計を確認すると、時刻は昼前。
どうやら半日近く気を失っていたようだ。
「そうだ。朝ごはん・・・!」
思い出したように私はレンジに飛びつき、ガラス窓を覗く。
「あれ?」
レンジの中は空っぽだった。
「ない・・・」
そのまま記憶の海に潜り、朝食の行方を探すが、わずかに残る気分の悪さがそれを妨害する。
「ダメだ。思い出せない・・・」
頭を抱えた私は早々に考えることを放棄した。
「とりあえず、買い物に行こう。」
「なんだ・・・これ?」
スーパーを訪れた私は呆然とした。
様子がおかしい。大きくは変わらないのだが、ポップや商品のパッケージに書かれた文字が所々文字化けしている。
そして、周囲に耳を傾けると、会話をする買い物客や店内放送の言葉。聞き取れはするがイントネーションがおかしい。
なんか脳の病気にでも掛かったか?
そう思い背中に薄ら寒いものを感じる。
ぐううぅぅぅ・・・
しかし、その寒いものは空腹によって掻き消された。
「まずは何か食べてからにしよう。」
そして、私は足早に惣菜コーナーへと向かう。
「さてどうするか。」
惣菜コーナーを一通り見て回った私は腕を組んだ。
陳列されている惣菜は多岐に渡るが、全てが私の知っているものとはどこか微妙に違う。
ぐううぅぅぅ・・・
しかし、私の空腹は限界を迎えつつある。
私は直感的にすぐ近くのカツとは明らかに違う質感のナニカが乗ったカツ丼のようなものと、お茶っぽいペットボトル飲料を手に取り、レジへ向かった。
やはりレジ打ちの店員も言葉のイントネーションがおかしく、普段通りの喋り方をしていた私を外国人だと思ったのか対応がやたらと丁寧だった。そして、お金の方も問題なく使えた。
自宅に戻りキッチンのテーブルにカツ丼のようなものを置いた私は、まず喉を潤すためお茶っぽいものを開封し一口飲んでみた。
日本茶っぽくはあるがほのかに甘い。喉を潤すにはちょうどよい。
次にこのカツ丼のようなものだ。パッと見味噌カツのような物体が卵で閉じられているが、よく見ると質感がカツのそれとは違いヌラヌラと黒光りしている。
「うーむ・・・とりあえず一口。」
切り分けられたそれを箸で持ち上げ、まじまじと見つめそのまま齧りつく。
食感はモチモチブヨブヨ。味は醤油ベース。素朴な味だが感覚がクセになる。
「これは地味にハマるな。」
私は夢中で食べ続けた。
「これ温めたほうが美味いのでは?」
残り半分ほどになったところで、カツ丼のようなものが常温だったことに気づく。
そして、善は急げと言わんばかりに私はすぐにレンジをセットした。
箱の中で回り出すカツ丼のようなもの。
ぐるぐるぐるぐる・・・
「あ、目が回る・・・」
今朝と同じように私の意識はシャットダウンした。
「う・・・」
レンジの前で倒れていた私は再び目を覚ます。
窓の外はオレンジ色になっており、時刻は夕方を指していた。
起き上がりレンジの中を確認すると、カツ丼のようなものはなく、今朝温めようとしていた料理がはいっていた。しかも分量が半分に減っている。
「あれ?えー・・・」
不可解な状況に私は困惑した。
そして、一連の出来事から何らかの病気に罹っている可能性を感じた私は、後日病院で診察を受けた。しかし、結果は異常なし。
そこで私はこう思うことにした。
電子レンジのマイクロウェーブが何らかの作用を引き起こし、パラレルワールドに行ってしまった。そして、当初レンジで温めていた料理が減っていたのは、入れ替わるようにしてこちらの世界に来たパラレルワールドの自分が食べたのだろう。と・・・
そして今現在、私はあのカツ丼のようなものを再現すべく料理にハマっている。