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仕込んでた?

 山脈との境に伸びた砦は、レネシュの主人が何代もかけて築いてきた第二の城だ。エリオットが領主となってからも、幾度となく修繕を繰り返している。


「団長、副団長、ご苦労様です!」

「ああ、おまえ達もご苦労」


 馬を駆けさせ半刻ほど。砦へ向かうと、交代で駐在している騎士達が礼をとる。


「まったく、今日ぐらい休めばいいのに。いくら言っても聞かないんだから」


 馬上で呆れ顔をするのは騎士団副団長のロディだ。エリオットが領主になる前、学生をしていた頃からの馴染みで、それゆえ他の騎士以上に遠慮がない。


「ロディ。今日だけはという油断が命取りになるんだ」

「はいはい、わかってるよ」


 誰に対しても気さくで社交的であり、部下からの信頼も厚い。女性にもよくモテるともっぱらの噂だ。特定の相手がいないことが不思議だと周囲は言う。

 まあ本人が困っていないのならそのままで良いだろう、とエリオットは思っている。必ずしも結婚が幸せに繋がるとは限らないことは、骨身に沁みて知っていた。


「でもせっかくお嫁さんがいらした日なんだから、ねえ?」

「え、ついにですか?!」


 騎士達がざわつく。期待と不安の入り交じった目線に晒され、エリオットは居心地の悪さになんとなく咳払いをした。


「今度はどんな方なんです? また俺達のことを野蛮だ何だって騒ぎませんよね?」

「どうだろう。まだ大して話をしていないから」


 女性との付き合いが時間の無駄に思えてしまう、などと本音を言えばメリルは怒るだろう。乳母の娘である彼女には、辣腕で知られる領主も頭が上がらない。


 だが毎日のようにサロンや会食に出かけ、賭け事に興じ、服や宝石選びに付き合わされたら。その間の仕事は一体誰がやるのか?

 前妻達とはそういったことも当然してみた。が、きつい香の焚かれた服飾店を連れ回され、無心で世辞を繰り返し、財布となり荷物係となり……わずか三日で音をあげたのは、領民には絶対に知られたくない話である。


「あーあ。できれば大人しい御方だといいですよねえ。団長の立場じゃ難しいんでしょうけど」


 前妻は二人ともきらびやかに着飾ることが興味の第一で、騎士団の面々から不評だったことも記憶に新しい。

 しかし、貴族であることと悪人であることは関係ないはずだ。彼は眉間の皺を深くする。思い出したくもない記憶だった。

 一人目の妻は金目の物を盗んで出奔。

 二人目の妻は自分に毒を盛った罪で裁判沙汰。

 もはや笑い話にする気も起きない。一体どうしてこんなことに?


「団長はもう少し、ご自身と気の合いそうなお相手を探されるべきなんですよ。いっそ王都の監査官殿なんかはどうですか? あとは高等学府の教授とか」

「向こうが嫌がるだろうさ、こんな窮屈な立場」


 領主とはまさしく国を率いるに等しいのだから、その妻も、華々しい肩書きに反して務めが多い。数えきれない礼節と伝統は、付け焼き刃とするにも負担が大きかった。

 それは予想ではなく実感である。今は、女主人がすべき仕事も全てエリオットがこなしていた。


「今回はどんな交易の条件を?」

「いや、アーサーが見繕って連れてきた」

「それは逆に大丈夫なんです……?」

「年齢なら問題ない」

「わあ良かった合法で! いやそういうことじゃなくてですね……」


 レネシュを害するほどの後ろ楯がなく、領主の過去の噂を知らない。これらを条件にすれば自然と、普段は交流もない地方の相手となった。教訓から学び、三度目は、はじめから妻の役割など期待せず名義を貸してもらうだけ。不満を抱かせないよう細心の注意を払うつもりでいる。

 詳細な事情を知るのはアーサーとメリル、それと司祭くらいだ。


「きちんと動向を注視しておきますよ。うちの大事な団長に、また毒を盛られちゃたまりませんからね!」


 騎士達の申し出が、ありがたいやら情けないやら。要らない、とは言えなかった。

 エリオットは齢二十四になる。既婚としてさえおけば、今後、面倒な縁談を大量に持ち込まれることはないと踏んでいる。


「さあ、下らない話は後にしよう。今日も異常はなかったか?」

「はい。特に変わったことは――」


 ちょうど、口を開いた見張り番の背後。笛のような甲高い音と共に白煙が打ち上がる。

 救難信号だ。


「……仕込んでた?」

「誰が余計な仕事を増やすか」


 ロディを軽く睨む。ただでさえ忙しいのに。


「うーん、迷子かな?」

「だとしたら相当な方向音痴だな」


 身長ほどもある槍を受け取り、声を張る。


「弓の用意を! 俺が追い込んだら一斉に射て!」


 口々に挙がる返事を背後に馬の腹を蹴る。信号弾を使う余裕があるのは安心材料だ。

 人里の近くで、極端に凶暴な魔物は滅多に見ない。人間が立ち入らなければ被害も少ないのだが、故意か事故か、たまに足を踏み入れてしまう者がいる。

 並走するロディが馬上で目をこらし鼻を鳴らす。


「一人じゃないな。あー、久々に狩猟協会の連中かも?」

「まったく手間がかかる。勝手に立ち入るなと……先月また条項を追加したばかりだぞ?」

「顧客は彼らがどうやって『魔石』を手に入れたかなんて、別に気にしないだろうからねえ」

「抜き打ちで拠点を調査してやろうか。ともかく、いつもの手筈で頼む」

「了解、っと」


 魔物は死ぬと黒い炎となって燃え尽き、遺骸の代わりに魔石と呼ばれる石を遺す。宝飾品とされることもあるが、適切な処置を施せば、水力や風力より効率の良い動力源となった。レネシュの貴重な資源の一つだ。

 そして高く売れることから、盗掘に入ろうとする者もごくたまに現れた。


 黒い狼型の魔物に囲まれ、屈み込んだ数人の青年は、この厳しい山に立ち入るにしてはあまりに軽装。

 エリオットは駆けながら槍を構え、小柄な魔物を何頭か引っかけて投げ飛ばす。


「こっちだ!」


 わざと煽るように大声をあげれば、狼達は標的を変える。

 先には、大きな杭で作られた袋小路。魔物を引き連れてそこへと駆け込み、勢いそのままに杭を飛び越える。


「――射て!」


 広大な野山で魔物を相手としなければならない以上、人間側もそれなりの仕掛けは備えている。逃げ場を失った群れを目掛け、岩影に隠れていた弓兵達が矢の雨を降らせると、あっという間に辺りには黒い炎が広がった。


 全て倒されたのを見届けてから戻れば、先ほどの青年達のことはロディがしっかりと見張っていた。馬の傍らに立ち、肩をすくめつつ目配せしてくる。

 この腰を抜かした様子では監視は不要だったかもしれないが。どうやら狩猟協会の人間ではなさそうだった。


「あ、ああ、領主さま、あのっ……ヒッ?!」


 エリオットは馬上から、彼らのすぐ脇の地面へと槍を突き立てる。いよいよ失神しそうな顔色を見下ろし、告げる。


「自分達が何をしたかわかっているな?」

「もっ申し訳ありません! 何とぞ、何とぞお許しいただけないでしょうか!」

「この山へ許可なく立ち入ることは禁じられている。おまえ達の軽率な行動が原因で、無関係な騎士が危険に晒される可能性もあった」

「か、金がどうしても必要だったのです……どうかご慈悲を……!」


 ついに泣き出した青年達は、装備からしても、あまり盗みに慣れた様子もなかった。

 嘆息。

 馬から降り、座り込む彼らに手を差し出す。


「数月は食うに困らないはずだ」

「え……こ、これは?!」

「その間にきちんと職を探すといい。魔物相手に命を賭けるよりは安いだろう」


 手のひらには、今しがた倒した魔物から手に入れた魔石。品質も良くはないし、さしたる大きさでもない。だが、売れば庶民の生活の足しとするには充分だ。


「これに懲りたらもう馬鹿な真似はしないことだ」

「あっああ……! ありがとうございます領主様! 本当に、本当に……!」

「次は助けない。おまえ達も、仮におまえ達の友人が訪れたとしてもな」


 欠片のような石を大事そうに押し抱き、青年達はぐしゃぐしゃの顔面のまま何度も頭を下げる。やがて未だどこか覚束ない足取りで、人騒がせな集団は山道を下っていった。


「やれやれ。団長は甘すぎますね」


 終始黙って見ていたロディが、おどけたようにため息を吐く。


「充分に怖い目には遭っただろう。警邏の仕事を無闇に増やすのもな」

「代わりにあなたの仕事が増えてるんだけど。そんなことだと今度のお嫁さんにもフラれるよ?」

「なっ……別にフラれたわけじゃ」

「あはは、悲観しなくても大丈夫! もし僕が女性なら、あなたみたいな男を放っておかないさ」


 バシバシと背を叩かれ目一杯に眉根を寄せる。


「慰めをどうも。おまえのような器用な奴には一生理解できないだろうな」

「その気がないだけでしょ? そういえば、この前の伯爵家のご令嬢とのお見合い、いつの間に破談になったんだい?」

「手ぶらで行ったら辞退された」

「は?」

「見合いの席で、手土産に宝石の一つもないのかと一方的に腹を立てられ、それっきりだ」

「あなたの女性運って、なんていうか、本当に……」


 憐れみの眼差しを無視し、再び馬へと跨がる。縄張りを不用意に荒らされ、魔物達も気が立っている可能性があった。


「予定より遅くなってしまったな。先に戻ってくれ。俺はもう少し様子を見ていく」

「はいはい了解。じゃあ、魔石は回収しておくね」


 罪は罰せられるべきだが、機会も等しく与えられなければならない。まだ年若い者達が困窮しているとすれば、責任の一端は領主にもあるだろう。

 いつか、全ての領民が焼き立てのパンを食べられるようになること。それがレネシュ領主であるエリオット・ランヴィールの、一番の願いだ。

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