元気でいなければいけない理由
「先日のパーティーでの一件は、お父上にイザドラが話を持ちかけたそうだ。結局は金目当てだったということだな」
早朝、まだ人通りの少ない道を並んで歩く。今日の花祭りのために用意された屋台はもう準備が整っており、町じゅうに飾りつけられた花も朝日の中で鮮やかだ。
細長い箱を店先に並べる婦人へ会釈を返す。当日に買う男性も少なくはないのかもしれない。ルーチェは温かな気持ちになった。どうか誰もが、愛する人と共にいられますように。
「ローレンス家にも王都から調査が入る。本来なら一地方貴族になど構っていられないんだが。レネシュに手を出したのは愚かとしか言いようがない」
「陛下とも懇意にされてますものね」
「使えるものは何でも利用させてもらうさ。まあ……聴取の時は少しばかり、話を大げさに伝えてしまったかもしれないな」
そう言ってエリオットは小さく笑った。
「君の故郷、セシリアは新たな家の手に渡るだろう。しばらくは落ち着かないだろうが、少なくとも領民が路頭に迷うことはないはずだ」
「ありがとうございます。何から何まで」
アンヌのことといい、彼はルーチェの大切なものも守ってくれる。手を繋いだまま、大きな体へ少しだけ身を寄せた。
「こうして出会えたのだから、父のがめつさにも感謝しなければなりませんね」
でも……、と唇を尖らせる。
「エル、やっぱりモテるんですね」
「……ん?」
もちろんイザドラと協力者達は処罰を受ける。だが、彼らが対峙していたあの時、見た目はお似合いだなと場違いにも一瞬思ってしまったのだ。彼女は背も高く美人で、自信に満ち溢れていた。未だにドレスに慣れないルーチェとは違う。
今日もこのあと着替えなければ。彼の挨拶の場に、共に立って欲しいと言われているから。
「ちょっと妬いてしまいました」
「君はもう少し自分を大事にしたほうがいい」
額を押さえてため息をついたエリオットだったが、続く小言を飲み込んで、ふと屋台の一画に目を向ける。
「どうかしましたか?」
視線の先には工芸品をつくる青年達の姿。親方と思われる人物に助けられながら、夢中で木材と格闘している。それを見つめる表情はどこか嬉しそうだ。
「いや。職を得られてよかったと思ってな。俺ももっと頑張らないと」
「頑張りすぎは禁物ですよ? もう、エルひとりの体じゃないんですから」
「そ、の言い方だと、まるで……」
エリオットは足を止めた。つられて立ち止まったルーチェは見上げ、首を傾げ……自らの発言に気付いて顔色を爆発させた。
「いえっちちち違います! いつかは欲しいなと思いますけど――って、ごめんなさい?!」
「あ、な、いや……! 違うなら、うむ……というか君、毎回それは狙ってるのか?!」
「ま、毎回?!」
執事長と侍女を楽しませた『勘違い』も、今となっては笑い話だ。わたわたと両手を振るルーチェ、口を覆って思い切り目を逸らすエリオット。こっそりついてきていた護衛の騎士が天を仰いだ。
「た……たぶん、な」
咳払い。彼は気を取り直したように妻へ向き直り、離してしまった手を再び差し出す。
「俺達が望めば、できるんじゃないか」
「……はい」
少女も応じてコクンとうなずく。また一つ、元気でいなければいけない理由が増えてしまった。
◆
石畳の広場に並んだたくさんのテーブルは、空席を見つけるのが難しいほど。既にほろ酔いの住民がちらほらと混じった賑わいも、領主が舞台に立つと途端に落ち着いた。
「今日という日を迎えられたこと、嬉しく思う。皆、一年間ご苦労様」
騎士団長なだけあって、人を率いるのには慣れている。堂々とした姿を袖から見つめるルーチェも、緊張を忘れて思わず顔を綻ばせた。
「おかげで農作物の収量も安定している。老朽化した学校にも対策をするよう手配できた。今期は魔物の襲撃も少なかったから、残りの予算は……多少、劇場にも」
勝手知ったる様子で、年配の住人達から軽快な野次が飛んだ。エリオットはそちらを見て少し笑う。この場にいない女優が凱旋するのを、領民も楽しみにしているのに違いない。
「すべては皆が努力してくれた証だ、本当にありがとう。レネシュの民であることを誇れるよう、引き続き尽力すると誓う。どうかこれからもついてきてほしい。皆でこの地を豊かにしていこう」
わあっと生まれた大きな拍手を片手で制する。立ち上がった者はまたどうにか腰を落ち着け、再びの静寂が満ちた。ルーチェはそっと深呼吸。
「もう一つ報告がある。既に耳にした者もいるかもしれないが、私の最高の伴侶を紹介したい」
名を呼ばれ、慎重に舞台へとあがる。勇気を出して顔を上げると、見渡す限りの好奇、興味、それから笑顔。
そっと肩にのせられた手から温もりが伝わってくる。
「妻のルーチェだ。とても気立てが良く、それに……働き者だ」
笑い声が上がる。口笛を吹いた一画は非番の騎士達のようだ。
「どうか優しくしてやってほしい」
先にも負けないくらいの拍手のなか、ルーチェは深々とお辞儀をした。体じゅうが熱くて、胸がいっぱいで、少しでも口を開けば感情が溢れてしまいそうだった。演説の役割がなくてよかったと思う。
「さて。飲み物は行き渡ったか? まずは、この時も働いてくれている者達に感謝を」
彼らは広場の外へ向けてグラスを持ち上げる。ルーチェも砦の方角へと杯を掲げた。
「今日ばかりは城の中も外も関係ない。目一杯に楽しもう。では――レネシュの未来に!」
張った声が掻き消されるくらいの、大きな大きな歓声だった。
大切なものを、これからは二人で守っていくのだ。夢のような光景にぼうっとしていると、
「ルーチェ」
隣からグラスが差し出された。震えないよう柄を両手で握り、どきどきしながら乾杯を。葡萄色の瞳がまろやかに細められる。
「わたし、レネシュに来てよかった。これからもよろしくお願いします、エル」
「それはこちらの台詞だ。ああ、俺は本当に君のことを――」
喧騒の中でもはっきりと聞こえたエリオットの言葉に、ルーチェはまたしても頬を真っ赤に染めるのだった。
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