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働きものの少女と働きすぎな領主 ~死相を見られる令嬢は、夫に長生きしてほしい~  作者: 笛吹葉月


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愛する女性に触れるなら

ほんの少しだけ大人向けの描写がありますので、苦手な方はご注意ください。

 昼時に夫が城内にいるのは珍しく、ルーチェは少し驚いた。若い騎士達に囲まれて、和気あいあいとした雰囲気はまるで先生と学生のよう。彼は細やかにも、全ての使用人にお礼を言ってまわっているらしい。


「元気になってくださって本当に良かった。我々だけでは限界がありますからね」

「団長は何人分の働きをしてくださっていたのか、改めて身に染みましたよ」

「気を遣わせてしまうようではまだまだだな」


 柔らかく笑う姿はまさしく長たるそれで、この前ぎゅうぎゅうと両腕に力を込めながら「嬉しい……本当に……!」と頻りに口にしていたのとはまるで別人だ。あれはあれで、大型犬のようで可愛かったのだが。


 微笑ましい光景を離れたところで見守っていると、騎士の一人が視線に気付く。


「奥様! お疲れ様です!」

「あなたたちも。お疲れ様です」


 領主の妻として扱われるのはこそばゆい。


「おっ! そのお召し物、よくお似合いですねえ」

「俺が選んだのだから当たり前だろう」

「ちょ、ちょっとエリオット様……!」


 彼の得意気な言葉は、ルーチェが何かを口に出すよりよほど速い。


「あー熱い熱い」

「団長が女性のお洋服を選ばれるようになるなんてなぁ」

「じゃ、お邪魔しないように我々は退散しますかね」


 別に周りには何を話したわけでもないのに、彼らは夫婦を二人きりにしたがった。今も、「ごゆっくり!」などと手を振り笑って去っていく。


「ルーチェ」


 それもこれも彼のせいだ。少しだけ恨めしい気持ちで、いそいそと寄ってきた長身を見上げる。

 いつも難しい顔をしていた領主様は、あの日以来すっかり甘くなってしまった。不器用さは相変わらずだから、周囲には全力でバレている。


「お話の途中ではなかったのですか?」

「もう済んだ。ところで君は今夜、何か予定はあるか?」

「え? いえ、特には……」

「部屋に行っても?」


 単刀直入な問い。改まってどうしたのかと見上げると、なんともばつの悪そうな顔をしているから、いくら経験が皆無な少女でもさすがに察した。


「っ、あの、ええ、大丈夫……です」


 顔から火が出そうだった。ちょうど、月のものの時機も被っていない。頷いたはいいものの、果たしてメリルに何と言うべきかが悩ましかった。



 宣言通り、その日の夜。エリオットはルーチェの部屋に入るや、すぐに顔をしかめた。険しい表情で口許を押さえ、机上に焚いてあった香を睨んで小さく舌打ち。


「メリルめ、余計なことを」


 そういえば普段と違うお香だ。もしかして、また具合が悪くなってしまう?


「お嫌いな香りではありませんか?」

「いや問題ない。問題は、ないんだが……俺の精神力とか忍耐強さが試されるだけの話で」

「精神力? 忍耐?」


 何のお香なのだろう? あとでメリルに聞いてみようとルーチェが考えていると、「君は知らなくていいから」と先に釘を刺されてしまう。


 習慣でベッドに腰かけたはいいが、夫から漂う石鹸の匂いと初めて見る夜着姿に、少女の頭はくらくらしてくる。色気にあてられてしまいそうだ。

 ルーチェ自身も、とても念入りに、時間をかけて髪や肌の手入れをされていた。彼の目に少しでも魅力的に映っていたらと願う。


「その……緊張、してしまうな」

「はい……っ」


 真正面でないだけ、まだましだ。しかしやはり彼らの間にはそれなりの隙間があるのだった。

 ゆらゆらと蝋燭の火が揺れる。きっかけを失ったまま、薄明かりの中で続く沈黙を破ったのはルーチェだった。


「あの。一つ、お願いをしても良いでしょうか?」

「お願い?」

「指輪のこと……いつか、伝えなければと思っていたのですけど」


 ああ、とどこか安堵した様子でエリオットは嘆息する。


「もしかして趣味じゃなかったか?」


 首を振った。あの指輪はとても素敵だし、できることならルーチェだって着けたかったのだ。恥を忍んで言葉にする。


「ち、小さくて……!」


 そう、アーサーに手を握られたのはセシリアを出た直後。

 彼は呆気に取られたようにぽかんと口を開け、それから愉快そうに喉の奥で笑った。


「君の体が俺の領地のものでできているのは、なんだか嬉しいな」

「もうっ……!」


 この話題は緊張を解すには丁度よかったらしい。エリオットは不意に身を乗り出し、片手を伸ばしてくる。


「……あの時も。庭先で泣いていた君を抱き締めたいと思ったんだ」


 動きはどこか遠慮がちで、躊躇うように。そっと少女の頬に触れた大きな手には、剣を握り続けた証がある。


「固い……」


 ぼんやりとした明かりの中、彼は目を伏せるように苦笑する。


「貴族連中がなぜ剣を握りたがらないのか、やっと理解できた。愛する女性に触れるなら、滑らかな肌である方がいいものな」


 首を振った。上から手を添える。


「レネシュを守ってきた手です。とても温かくて、好き」

「っ……煽らないでくれ」


 キスをするのには、さすがの領主様も律儀な断りは入れないらしい。



 ――まずいわ。どんどん好きになってしまう。

 そんな能天気なことを考えながら、ゆるやかに朝の水面に上っていく。素肌にひんやりとしたシーツが気持ちいい。温かくてたくましい体が隣に横たわっているから、なおさら。


 夫の新たな一面を知った気がする。大型犬? とんでもない! そんな可愛らしいものではなかった。

 いったん小さくできないか、と無茶なお願いをしたことは辛うじて覚えているものの、後半はほとんど記憶がない。騎士というのは体力があるのだと感心さえした。だが、全身の怠さもルーチェにとっては幸せだ。


「ん……起こしたか?」


 無言のまま、腕枕に擦り付けるように首を振る。最初に伝えるのは朝の挨拶がいい。


「おはようございます。エル」


 掠れた声が出た。昨夜、両親が呼んでいたのと同じように呼んで欲しいと、エリオット自身が言ったのだ。まだ少し恥ずかしい。


「おはよう、ルーチェ」


 大きな手で頭を撫でられる心地よさに、うっとりと目を細める。ついでと言わんばかりに首筋を甘噛みされ、くすぐったい。


「んっ……いつから起きていらしたんですか?」

「ついさっきだ。君の寝顔が可愛かったから」

「っ?!」


 堪らず頭まで毛布を被れば、くすくすと笑う声が降ってきた。意地が悪いことだ。


「体に辛いところはないか?」

「はい。大丈夫です」

「なら、いいんだが」


 咳払いをし仰向けになった彼は最中、全然、本当に、ルーチェの制止にまるで聞く耳を持たなかった。「可愛い」「好きだ」と何度も口に出してくれたのを思い起こし、また頬を染める。


「その……嬉しかったです」

「うん……俺もだ」


 身を寄せる。いかにも男らしい体は鋼のように鍛え上げられているのに、髪を梳かす手は優しい。


「さて、そろそろ起きるか。名残惜しいが」


 彼はふっと伸びをして半身を起こす。髪が乱れてなおあんまり格好いいものだから、独り占めしたらバチが当たらないだろうか。

 背の赤い筋は自分が爪をたてた痕だ。理解した途端、謝罪を口にするより先に顔が沸騰した。


「まだ寝ていてもいいぞ」


 立ち上がったエリオットが、腰巻きを身に付けていたことに密かに安堵する。脱ぎ捨てた夜着を雑に拾い上げる姿に「起きます」と慌てて声を投げた。


「一緒に朝ごはんを食べたいので!」

「そうか」


 まだ微睡んだような優しさで小さく笑う。気だるげにボタンを留める指先にすら、昨晩のことを思い出して恥ずかしくなる。


「では、また食堂で。着替えてくる」


 あっという間に服を着た彼は、最後に妻の頭にキスを落とし、幸せそうに微笑むのだった。


「あああ、どうしましょう……?!」


 一人になってから、ぎゅうと毛布を抱きしめて顔を埋める。意味もなくパタパタと足を動かし、どうにか熱が冷めないかと試みる。今日もルーチェの夫は最高に格好いい。



 なんとも、居心地が悪い。

 朝食の席にて必死に皿への集中を試みる。悪意はどこにも無い。だが、昨夜のことをメリルは言わずもがな、アーサーも察しているに決まっている。壁際からの視線が居たたまれないのはエリオットも同様らしく、ずっと不機嫌そうに速くナイフを動かしていた。

 朝から珍しくデザートがついたのも、料理人らからのささやかなお祝いに違いない。覚束ない足取りで器を運んできたモールが、厨房に戻りながら無邪気に叫ぶ。


「ねえ兄ちゃーん。今日のエリオットさまと奥さま同じ匂いがするー」

「ゴフッ!」


 とうとう彼は食後の紅茶を噴き出した。


「わーッ?! すみません、すみませェんん!」


 すっ飛んできたディアムが平謝りする。エリオットは噎せながら、構わないというようにひらひらと手を振るが、思い切り涙目だ。

 口許を拭うところに追撃を仕掛けたのはアーサーだった。


「ルーチェ様、一段と可愛らしくなられましたね。色気が増したというか」

「殺すぞアーサー」

「エリオット様もですけど。妙な虫を寄せ付けないよう、自覚を持ってくださいね?」

「アーサー!」

「おっと、お食事中は立ち上がられませんよう」


 ルーチェが思わずメリルに目線をやると、彼女は素知らぬ顔で肩をすくめるだけだった。今日は叔父を止める気はないらしい。


「俺はな、おまえに訊きたいことがあるんだ」

「私に答えられることなら何なりと。それと人にスプーンを向けるのもお止めくださいまし」


 主人に睨まれても涼しい顔。矛先が自分に向かなくて良かったと思いながら、懸命にデザートのプリンを頬張る。地を這うような唸り声は、残念ながらルーチェにも聞こえてしまっているのだが。


「いつから気づいてた」

「いつから、とは?」

「とぼけるな。おまえ、全部わかっていてルーチェを連れてきただろう」

「ああ、そのことでございますか」


 執事は優雅に紅茶のおかわりを注ぐ。


「最初にローレンス家へとお迎えに上がった時にもしかして、とは。ご年齢も当時のエリオット様のお話とおおよそ一致していましたし、あの辺りには他にそれらしいご令嬢もいらっしゃらないので」

「俺の話?」

「可愛い女の子に会ったと得意気にお話しされてましたよ。まあ昔のことですからね、そこまで覚えていらっしゃらなくても無理はありませんけど」

「……ッ?!」


 だめだ、聞いていない振りも限界かもしれない。メリルも顔を背けているが、よく見れば肩が震えている!


「……確信したのは」

「メリルから相談された時ですね。お忙しいのはわかりますけど、初恋くらい普通は覚えていませんかねぇ?」


 二人は間違いなく親戚だ。

 どう文句を言おうか迷うルーチェとは違い、領主様の決断は実に迅速だった。両手をつき、再度立ち上がる。


「アーサー」

「はい?」

「減給」

「え……ええっ?!」

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