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働きものの少女と働きすぎな領主 ~死相を見られる令嬢は、夫に長生きしてほしい~  作者: 笛吹葉月


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本音を言うと少し煩わしい

「――うん、良いな。わかりやすくまとまっている」

「ありがとうございます!」

「司法局の面倒事なのに手間をかけさせる。ありがとう、引き続き頼んだ」


 ホクホク顔の使用人は、戸口のルーチェに気付くと軽く会釈をして部屋から出ていった。


「こんばんは。お邪魔ではなかったでしょうか?」

「構わない。最近は君も手伝ってくれるし」


 夜食を届けた時に部屋にいること。それがはっきりと前より嬉しい。約束をしたわけでもないが、そのまま話をするのは習慣になっていた。

 ノックの前は何度も鏡を確認するし、盛り付けはもちろん見栄えがするよう気を遣う。だが、前より少しは夫の存在を身近に感じられるようになったのも確かだった。


「予定より早く書き物が終わってな。夕飯は食べ損ねたから助かるが」

「もう……ちゃんと食べてください」


 呆れ声になってしまうのはどうしようもない。『影』は確実に薄くなっているのに、彼の忙しさはまったく変わらなかった。むしろ、日を追う毎にやることが増えているような気さえした。

 一方で、夜食を届けるという口実がなくなっては寂しいとも思ってしまう。これでは本末転倒だ。ルーチェの目下の悩み事である。


「今日は何を作ってくれたんだ?」


 今夜は少し早い時間なので、ハーブとスパイスで香ばしく焼いた肉を、大きなバゲットに挟んだサンドイッチ。胃にもたれないよう鶏肉を使っている。


「お昼と味付けが同じだと、つまらないかと思って」

「いい匂いだ。しかし気のせいかもしれないが……量が多く感じるな?」


 さすがは領主様だ。ルーチェは赤面した。すぐに気付いた上に、指摘にも遠慮がない。


「わ、笑わないでいただきたいのですが……あわよくば一緒にお食事ができないかと」


 二枚分の平皿をおずおずと取り出す。こうして話すようになったとはいえ、ゆっくり食卓を囲む機会はほとんどなかった。


「あっ、お夕飯は少なめにしたので!」


 ラジー達にはちゃんと断ってある。慌てて付け加えると、


「……ふっ、あはは!」


 エリオットは声をあげて笑った。珍しい出来事に、ルーチェは皿を持ったまま瞬く。


「エリオット様?」

「すまない。あまりにも可愛らしかったから」

「そっそんなに変でしたか……!」

「いい、いい。一緒に食べよう」


 恐らく子どものような扱いだ。顔に熱を感じながら、誤魔化すように切り分けたサンドイッチの片方を渡す。もちろん、大きい方がエリオットの分だ。


「いつもキノコが入っていないのは、わざとか?」

「はい、苦手だと伺ったので」

「あの風味がどうも受け付けなくてな。アーサーか誰かに?」

「お食事の様子を見た時に気付いて。それから食材の在庫を確かめて、ラジー達に訊いたんです」

「君は本当によく観察している」

「ふふ」


 どうやら、これまでの夜食にキノコが入っていたことには気付いていないようだ。細かく刻んで混ぜてしまえば意外とわからないもの。黙っておこう、と小さく笑うに留める。


 パーティーの場ではないし、誰にも咎められないからか領主様は大口を開けて齧りつく。ただ、欠片を溢すこともなく器用に食べ進める様は、やはり育ちの良さを感じさせた。

 この間の高級店への誘いも、きっと食事の仕方を鍛えるためだろう。妻として見合う振る舞いができるよう、頑張らなければと思う。

 しかしながら……ちらちらと視線が机の方へ向いているのは、行儀が良いとは言えないかもしれない。


「本当は、終わっていなかったのではありませんか?」

「え。いや、それは」


 わかりやすい反応に思わず笑ってしまう。


「もう少し遅い時間にすればよかったですね。召し上がりながらお仕事をなさっても構いませんよ」

「だが、せっかく作ってもらったのに」

「中途半端に作業を残してすっきりしない気持ち、わたしもわかりますもの」

「う……、すまん」


 書類を取りに立った後ろ姿も、どこか居心地が悪そうだ。手に持って食べられるものを選んで正解だった。


「出ていたほうがよろしいですか?」

「いや、居てくれて構わない。すぐに終わらせるから」


 ひとたび資料を広げ筆記具を手にすれば、ふっと雰囲気が変わる。真剣に思案しつつペン先を走らせる。

 国と言われるほどのレネシュの地を背負って立つ領主様。その素顔が不器用で、とても律儀で優しいことを、ルーチェはもう他の誰にも教えたくなかった。




「……これで終わりか。待たせて悪かった」

「お疲れ様です。新しい紅茶をお淹れしますね」

「俺が淹れよう。無礼の詫びだ」


 肩をすくめ、さっさと机上を片付けてしまう。


「砂糖とミルクは?」

「で、では、ミルクを少しだけ。ありがとうございます」


 彼の好みならルーチェは完全に把握している。食事の時とお茶菓子が添えられている時は何も入れず、それ以外は砂糖を二匙分。そして夕方に飲む場合だけ、ミルクを少し追加。……気持ち悪いかしら、と自分でも考えてしまうことはある。


「今日はどんなお仕事を?」

「見るか?」


 言うと、一度は横によけた帳簿をあっさりと差し出す。領地運営の資料は普通『他人』には見せない。そう思えばただの紙束でさえ、ずしりと重い。


「確かに、建物の維持費や衛生管理も必要ですものね……」


 城の修繕費用に関する文書らしい。読み進めていると、エリオットは小さく唸った。


「嫌味と捉えてほしくはないんだが。君はよく物を知っている。セシリア領の運営にも携わっていたのか?」

「いいえ、あまりそのような機会は。こっそりと帳簿を見ていただけです」


 機会も、権利もなかった。数字を見るのは嫌いではないが、義母達にとってはさぞ厄介だったに違いない。


「ああでも、父には内緒でいくつか数字を書き換えたり、執事に頼んで取引を中止してもらったりはしていました」

「書き換えた?」

「装飾品の購入数などを。支出が収入を超えなければ良いというものではありませんから。次年度以降の蓄えがなければ、有事の際に一気に崩れてしまいます」

「しっかりしている」


 呆れたような顔をしながらも、エリオットはどこか楽しげだった。


「母や乳母からたくさんのことを教えてもらいました。懇意にしてくださる本屋さんもあって、立ち読みを大目に見ていただいてましたから」

「その……学校は?」

「えっ、と……」


 何と答えていいかわからずに微笑むと、彼ははっとした表情ですぐに謝罪を口にした。


「不躾な真似を」

「こちらこそ申し訳ありません。エリオット様に恥をかかせてしまわないよう、周りの皆様には知られないように努めます」


 ただでさえ貴族としての位には天地ほどの差がある。お飾りにもなれなければ嫁いだ意味がない。

 ところが、エリオットは神妙な顔でかぶりを振った。


「気にしなくていい。俺も、高等教育は最後まで修了していない。家の事情で辞めている」


 学費に困るようなことはあり得ないはずだ。首を傾げる。


「ロディはそんなこと一言も言っていませんでした。ご学友だったとお聞きしていますが……」

「確かにあいつとは学生の頃からの付き合いだな。思慮深いわけではないくせに、なんだろうな、昔から勘所がいいというか」

「信頼されているのですね」

「うん。いい奴だ」


 彼はそれ以上を語らない。ルーチェも無理には踏み込まなかった。


「今となっては学歴をいちいちあげつらう者はほとんどいない。周囲の評価なんてそんなものだ。それに実際、君はよくやってくれているし……っと、侍女達が言っているんだ」


 大急ぎで付け足した声はなんとも力強く、わざとらしい咳払いをした頬はほんのりと赤い。


 ふう、と大きなため息が聞こえ、少女は俯かせていた顔を反射的に上げる。


「さて。今日はいくらか早く休めそうだな」


 嘆息はルーチェに対するものではなかったらしい。呟いたかと思うと、リボンを解いて頭を左右に振る。少し長めの銀髪が肩に当たって零れた。

 黙っているのを気にしてか、訝るような眼差しが向いた。


「……どうかしたか?」

「い、いえ……! 髪をおろされているのを見るのが久しぶりでしたので、つい」

「ああ、これか」


 見惚れていた、なんて口には出せない。

 頓着なく一筋をつまみあげる。これだけきれいに伸ばすのは簡単ではなかっただろう。


「別に魔物と取っ組み合いになることもないからな、構わないと言えばそうなんだが。本音を言うと少し煩わしい」

「煩わしい……ですか?」

「洗うとなかなか乾かん」

「ああ……」

「あと槍を背負う時に引っ掛かるな、たまに」


 なんとも、せっかちな領主様らしい。


「単に式典や祭事のためだ。短く刈ってしまうより多少の見栄えはするだろう」


 しかめ面をしていても顔立ちの端正さは隠せない。確かに婚儀のときはとても格好よかった。隣の自分が誇らしくなるくらいに。


「振るまいに華やかさが足りないのだから、せめて着飾った方が良いと言われて仕方なく」

「ひょっとして、メリルですか?」

「言わずもがなだな」


 肩をすくめる。この美貌を前にして平静を保てる侍女がうらやましかった。


「よ、よくお似合いだと思います」

「そ、そうか? それは、ありがとう」


 ルーチェはとてもではないが正面から顔を見られない。「たまには結わずにおくか」などと呟く声も耳に届かないのだった。


 だが、親しくなったからこそ、ふとした瞬間に頭をよぎる疑問がある。あの噂のことだ。火のない所に煙は立たないとは言うが、他人を、ましてや女性を殴るような人物とは露ほども思えないのに。


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