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働きものの少女と働きすぎな領主 ~死相を見られる令嬢は、夫に長生きしてほしい~  作者: 笛吹葉月


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ただ一人として扱われたのなら

「視察に同行?」

「ええ。私の代わりにお願いしたく」


 ニコニコ顔のアーサーから、ルーチェが提案されたのはつい数日前のこと。

 いつも領主へ秘書のように従っている彼は、有能なだけでなく、やり取りは家族のようですらあった。だからとても信頼されていることも伝わるのだが、その役割を任されるとなると、どうしても戸惑いが先んじる。


「お願いしたいのは商業施設などの視察でございます。奥様にとっても良い経験になるかと」


 ……実は、一緒に仕事をしているのがほんの少しだけ羨ましかった。バレていたとしたら恥ずかしい。


「お嫌でしたら断っていただいても」

「嫌では! ……ないわ、ないけど」


 拳を握って俯く。視界には上等な布地のスカートと靴。


「わたしみたいな余所者が、そんな大切なお役目」

「何を仰ってるんです? 奥様はレネシュの方じゃありませんか」


 はっと顔を上げる。アーサーはわざとらしく肩をすくめた。


「と、勝手に思っておりましたが。ご迷惑でしたか?」

「……いいえ、いいえアーサー。ぜひ、わたしに行かせて!」


 覚悟を決める。卑屈になっていては申し訳ない。それに、彼と一緒にいられるのと、何より認めてもらえたことが嬉しかったのだ。



 エリオットは普段通りの様子で、同行する妻を見ても特に表情を変えなかった。

 目的地は遠いため、城からは馬車で出発する。体に伝わる振動もどこか小気味良い。


「悪いな。ついてきてもらって」

「いえ!」


 少女はぶんぶんと首を振った。メリルと乗る時はまったく平気だっだが、大きな体と向かい合うとやや窮屈に感じる。

 彼は頬杖をついて車窓へと顔を向けながら、眉間に軽く皺を寄せていた。同じ二人きりでも部屋で話す時とは違う、領主様の顔だ。

 美しい姿を目に焼き付けようとしていると、ふっと注意が向いた。一瞬きょとんと仮面が剥がれる。が、すぐに小さく咳払いを。


「ああ……そういえば詳しい話がまだだったな。今日の予定は午前と午後に一件ずつ。前から懇意にしている美術商のところと、最近レネシュの外から移ってきた香水屋の店舗に行く。いずれも単なる視察だから、基本的には先方の案内に従っていればいい」

「わかりました」

「あともしかすると、道中でモランの支援者に刺されるかもしれん……」

「さ、刺される?!」


 慌てて『影』を凝視したが、昨日から大して変化はない。もはや注視しなければわからないほどの薄さだ。

 モランはまた、次の町へと公演に旅立った。また半年も経たずに戻ってくると言いながら、エリオットに思いきり抱きついて別れを惜しんでいたのを、少しだけ複雑な気分で見送ったのが数日前のこと。


「それは、あー、冗談としてだな。昼はまあ、適当にどこかの店で食べるとしようか」

「本当に、一日ずっとエリオット様と居られるのですね」


 ルーチェが嬉しさにぼうっとしていると、彼は落ち着かない様子で腕を捲った。


「それで、その……俺と共に居るのを見られたら君にとって都合が悪いだろう? 領の外に話が広まる可能性だってあるし」

「わたしにとって?」

「そうなったら例の――いや、ともかく! 妻とは明言しないよう気を付けるから」


 それだけを言うと、どことなく不機嫌そうにまた窓の外へ視線を向けてしまう。

 いくら親しくなれた気がしていても、やはり自分のような貧乏人を連れ歩くのは恥ずかしいだろう。

 気づいてほしい、でも、望んではいけない。溢れそうな感情をもて余す。一人でぐるぐる考えながら思わずため息をつくと、ぎょっとした顔がルーチェを見た。


「どうした? 慣れない仕事はやはり不安か?」

「いっいえ!」


 慌てて下を向く。恋煩いだなんて正直に言えば、軽蔑されてしまいそうだ。



 まずは美術商のところへ向かうと聞いていたが、到着したのは街から離れた丘の上。

 木こりでも住んでいそうな小屋だ。入口脇には薪が積んであり、奥には煙の出ていない煙突がある。


「領主様、こちらです」


 見るからに上等な身なりをした壮年の男性と、恰幅の良い青年。若者のほうは煤に汚れた服を着ているし、恐らく前者が昔から取引があるという商人か。


「ご足労いただきありがとうございます。そちらは……ふふ、領主様のお気に入りですかな?」

「しっ親戚だ、遠縁の。珍しくレネシュに来ているから、観光がてら連れてきただけで」


 宣言通り、エリオットは急いで否定する。


 会話を聞くに、どうやらここは工房らしかった。商人と共に出迎えてくれたあの大柄な男性は職人だそうだ。


「見事でしょう?」


 商人が鼻を膨らませつつ見せてくれたのは、まるで夜の深い紺碧を固めたような大振りの魔石。


「先日、狩猟協会から持ち込まれたものです」

「この純度の高さ……まさか竜か? 久し振りに見た」


 エリオットは顎に手をあてる。外れていることを願うような声音は、あまり望ましいものではないと如実に示している。


「ご明察でございます。翼竜の雛から得たと」

「翼竜の雛だと? この時期に?」

「そのようでございますな。まあ我々としては出所はどこでも――」

「一緒にするな」


 初めて職人の青年が口を開き、吐き捨てる。憮然とした態度に商人は肩をすくめた。


「『我々』だって? 知っていたら研磨の仕事は請けなかった」


 黙したままのルーチェをエリオットはちらと見た。


「魔石は魔物の命の結晶ともいえる物質だが、翼竜の遺骸から採取できるものはとても貴重なんだ。竜種というのは魔力量が桁違いだからな。が、雛となると……」


 口ごもり、再び目をそばめる。


「まずいかもしれないな。巣を荒らしたか」


 ルーチェにもようやく事の重大さが理解できた。魔物が普通の動物と同じかはわからないが、無用心にも巣に立ち入って雛を狩ったのだとしたら。


 どことなくぴりついた沈黙を破ったのは、奥から聞こえた金属を打つような甲高い音。石の加工中なのだろう。

 職人は気を取り直したように、夫妻を別の作業台へと案内する。


「領主様。お見せしたかったのはこちらなんです」

「新作か?」

「はい。ああ、この石は『まっとうな』手順で採取されたものですから」


 さりげなく商人を睨む。台に載っていたのは……


「虹色の魔石……?」


 こんな色は見たことがない。エリオットも感嘆のため息を漏らす。


「見事だな。熱でこの色が?」

「ええ。高温下で強い衝撃を加えると、稀にこういった複雑な模様が現れるんです。力加減が難しいのですが」

「動力源としての能力は?」

「なくなります。完全に装飾用で」


 遠目には無色透明。あまり大きくはない石の中に、よく見ると虹色の縞模様が閉じ込められている。


「きれい……」

「ああ。すごいな……」


 夢中になって覗き込んでいたら、やけに声が近く聞こえた。驚き隣を見ると、ぶつかりそうな距離に顔がある。


「っ、す、すみません!」

「いやっ、こちらこそ!」


 互いに急いで姿勢を正したものの、真剣な面持ちはばっちりと記憶に刻まれてしまった。


「いかがです? こちらの虹色の石、魔石を特産とするレネシュの領主様に相応しい品では?」

「商売上手なことだ」


 手揉みしながら近づく商人のたくましさに、エリオットは嘆息しつつも、何やら差し出された書類にその場で署名をした。


「あとで城に届けてくれ。言い値で買う」

「資格をお持ちの領主様に価値を誤魔化そうだなんて、誰も思いませんよ!」


 資格という単語に、ルーチェの背筋も自然と伸びる。もうすぐ試験の日を控えていた。

 エリオットは少しだけ考える素振りをし、今度は職人へと目を向ける。


「この石。まだ素材は残っているのか?」

「小ぶりなものなら多少は」

「それも買おう。あとで図面を送るから、その通りに加工してほしい」


 さらっと大金を支払う約束をし、そのまま工房を後にする。彼の判断ひとつで、あれだけのお金が動くのだ。

 ルーチェはほうと息を吐く。この買い物もきっと彼らのためだった。優れた技術には対価を。同じだけのお金があればもっと贅沢な暮らしも出来るだろうに。



「歩くのは平気か?」


 次に向かうのは香水屋。しかし、その前に昼食を。町へ向かうゆるやかな坂道を並んで歩く。


「はい。お散歩は好きです。エリオット様にご用意いただいたこの靴も、とても歩きやすいですし」


 レネシュの町はいつ来ても明るくて素敵だ。スカートの裾をつまみ、片足を軽くあげて見せる。


「ん。それなら良かった」


 優しい眼差しを見留め、ルーチェはさらに嬉しくなった。


 大通りに差し掛かると一気ににぎやかさが増してくる。好きな店を選んでいいと言われ、キョロキョロと辺りを見回した。たくさんの人が行き交う中でよそ見をしていると……急にぐっと肩を抱き寄せられた。


「おっと」


 固まる。すぐ頭上から、声? たくましい体と密着していると理解するまで、数秒。


「あっ……すまん?! つい」

「いっ、いいえぇ?!」


 バッと離れたエリオットは、慌ただしく両手を広げた。

 通行人とぶつからないよう庇われた。それはわかる、頭ではわかっている。お礼を言わなくてはいけないのに、思考は空回りするばかりで言葉が出てこない。

 あのほんの一瞬。動作に逡巡も遠慮もなかった。体のかたさ、ふわりとした指先の優しい力加減。触れ合った箇所がひどく熱い。

 彼に抱き締められたら。想像すると体の奥が熱くなるようだった。この人にただ一人として扱われたのなら、どんなにか幸福なことだろう?


「あ、ええと――そこの店でいいか? ちょうど客が出てきたところだし、待たなくても良さそうだ」


 早口の提案に、ルーチェは俯いたままコクコクと頷くことしかできなかった。


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