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働きものの少女と働きすぎな領主 ~死相を見られる令嬢は、夫に長生きしてほしい~  作者: 笛吹葉月


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領主様はもう運命の相手に出逢っている

「ここがレネシュ領で最も大きな地区です。毎日のように市が開かれています」


 華やかな賑わいを前に、ルーチェは感嘆を口に出すことしかできない。メリルも無表情のまま心なしか胸を張る。


 食料品や服飾用の素材、雑貨の買い付け。物資の仕入れを管理するのは一応、女主人の務めだ。

 別に使用人に任せてもいい。現にローレンス家ではそうしていた。

 しかしこれまでエリオットが自ら足を運んできたのなら、倣わない理由はない。夫の眠る時間を確保できる上に、町をゆっくり見られるなら一石二鳥というもの。


 パンやチーズ、燻製は城内で作っている。買い出しが必要なのは、魚介類、葡萄酒、他領から取り寄せている塩など。

 それから衣服を作るための布地やレース。侍女長からの要望の一覧には、領主が承認した証として署名が記されている。


「字もおきれいよね。メリルのお母様のおかげ?」

「ここだけの話、書き取りの練習ではしょっちゅう泣きべそをかいていたそうで」

「意外だわ」

「昔から完璧主義の負けず嫌いだったと」

「ああ……」


 当たり前だが彼にも子供時代があったのだ。いずれにせよ、乳母の教育がしっかりしていたのは間違いないだろう。


「メリルも、それにあなたも。今日はついてきてくれてありがとう」

「いえ! お礼を言っていただくようなことでは」


 若い騎士が護衛として同行してくれている。振り仰ぎお礼を述べると、彼は恐縮した様子で敬礼を返すのだった。



 地元セシリアはのどかな地だったから、中心街といってもここまでの賑わいを見るのは初めてだった。たくさんの人が行き交っていてくらくらする。従者を引き連れている人もいるし、身分も様々のよう。

 露店には品物を入れた木箱が並ぶ。一周するだけで数刻かかってしまいそうに大きな市だ。


「この月桂樹の葉は安いわよね?」

「そうですね。相場と比べてもお買い得かと」


 流麗な筆跡が走る過去の帳簿を捲りながら、あれこれと見比べる。彼ほどの目利きはできなくとも、事細かに確認すべき点が記してあるおかげで品質の良し悪しはなんとなくわかる。


「こんにちは! 見かけない顔ですね」


 青果商の前で値札とにらめっこをしていたら、店主が明るい声をかけてきた。

 つられて笑顔で挨拶を返すと、メリルがずいと前に出る。


「領主様のご命令ですので」

「こ、これは失礼しました!」

「いいんです、かしこまらないで」


 慌てて両手を振る。他の商人達から贔屓と思われても悪い。


「ええと、お嬢様は……」

「その……お、お手伝いのようなものです! 領主様はご多忙なので代わりに」

「ああそうでしたか! 領主様、たまに咳き込んでいらっしゃったからみんな心配してたんですよ。品物の一覧はありますか? こちらで見繕いますよ」


 店主は少し緊張しながらもおすすめの品を教えてくれた。予定にはなかったが、西方の珍しい果物が入荷していたのでいくつかを買う。夫にも食べてもらいたいのだと言えば、メリルは快く代金を渡した。



 さて、市場での注文は終わったが、ついでだからと促され町を歩く。

 確かに、領民の生活を肌で感じるのは大切かもしれない。そう納得して商店街を散歩していると、テラスで葡萄酒を飲む農夫達の会話が聞こえてきた。


「なあ、領主様がご結婚されたと聞いたけど本当かな?」


 びくりと顔を向けるも、ルーチェ達に気付いてのことではないらしい。彼らはほろ酔いで軽食を楽しそうに頬張っている。


「単なる噂だろ? 前にもそんな話があったけど、結局は嘘だったじゃないか」

「先代のご結婚は早かったのにな。あんな美男子なのにもったいない」

「公爵家からの求婚も断ったと聞いたぞ。はあ、羨ましい」


 メリルがそっと耳打ちしてくる。


「お披露目の前に離縁されたので、城の外には二度の結婚のことも知られていないのです」


 なるほど、と頷く。二ヶ月しか夫婦の期間がなかったなら当然か。

 それにしても、こうして噂をできるくらい領民との距離が近いようだ。彼の心配りが認められているようでルーチェも嬉しくなる。


「何を言ってるんだ? 領主様はもう運命の相手に出逢っているぜ」

「なんだって?」

「あの生真面目なお方は仕事と一生添い遂げるのさ!」

「あっはは、違いないな!」


 一斉に上がる笑い声に、ルーチェ達は思わず顔を見合わせるのだった。



 なおも進めば、辺りには飲食店が多いのか、香ばしい匂いが風に乗って漂ってくる。


「そこの可愛らしいお嬢さん!」


 屋台に立つ腕まくりをした女性と目がばっちり合う。

 匂いにつられて近づくと、店頭には熟したプラムが並んでおり、鍋にたっぷりの油が熱されている。


「これは何ですか?」

「プラムのフリットです。おひとついかが?」


 ラジー達が作ってくれる料理ともまた違う。おやつ感覚で食べ歩くのだと教えてくれた店主は、簡単な紙の器に、揚げたてをひょいひょいと詰めていく。


「あのエリオット様も召し上がったんですよ」

「エリオット様……って、領主の?」

「あら、お嬢さんも領主様に惚れてるクチですか? わかりますよ、可愛いですもんねえ! あたしもあと二十くらい若かったらと思いますよ」

「か、かわいい……?」


 ぱちぱちと目を瞬いていると店主は軽快に笑った。

 彼が屋台の食事を口にするのは仕事絡みの可能性は高い。しかし、アツアツを頬張る様子を想像すれば少し可愛らしい……かもしれない?


「メリル。これ、食べたことはある?」

「いえ」

「じゃあせっかくだし、味見してみましょう。まだお小遣いは足りるかしら?」

「お金はお好きなだけ使っていただいて結構です。そのように仰せつかっていますので」


 エリオットは毎月かなりの大金をルーチェに渡してくる。だがそれはレネシュの人々が働いた結果だ、使わせてもらっていることを忘れてはいけない。いつもメリルに頼み、決まった小遣い分だけを取り分けるようにしていた。


「店主さん。三ついただくわ」

「毎度あり!」


 彼と経験を共有できるのは嬉しい。うきうきしながら近場のベンチに腰かけ、紙箱をひとつ差し出せば、メリルはおずおずと受け取った。


「あなたもどうぞ。良かったら座ってください。疲れたでしょう?」

「そんな、お構い無く……!」


 ずっと警護をしてくれている騎士にも。彼は見るからに動揺してわずかに身を退いた。


「一緒に来ているのに自分だけが満喫するなんて、そんなの不公平だし楽しくないもの。せっかく買ったのだから」

「いえ、しかし」

「あなた達の団長に何か咎められるようなら、無理やり付き合わされたとでも言って?」

「は……わかりました。では、お言葉に甘えて頂戴いたします」


 立ったまま遠慮がちにつまむ。緊張する様子が初々しい。

 その光景もまたルーチェには尊いものだった。この先……レネシュを出ていかなければならなくなった時に、思い出は一つでも多い方がいいに決まっている。


「甘じょっぱくておいしい!」


 軽やかな衣の中はとろとろ、ほどよく香辛料がきいていて、手が止まらない。


「胡椒を食べる度、忌々しいあの女のことを思い出します……」

「どうしたの?」

「いえ、お気になさらず。ごちそうさまでした」

「早いわねメリル?!」

「すみません、おいしくてつい」

「わたしなんてまだ半分も食べてないのに」


 侍女はきょろきょろと通りを見回し「あ」と小さく声を上げた。


「あそこで物産展をやってるみたいです。運が良かったですね」

「……もしかしてお腹空いてる?」

「…………バルグ諸島のシードクッキーは絶品なんです」


 憮然とした声音に堪らず笑ってしまった。どうやら彼女は意外に食いしん坊らしい!


「あなたのおすすめならぜひ食べてみたいわ。お土産に買って帰りましょう?」


 はふはふと頬張りながら往来を眺めていると、道行く人がちらほらと細長い箱を抱えているのに気付く。


「ねえ、あれは何かしら?」

「恐らく花祭りで使うガラスの花ですね」

「花祭り?」

「はい。収穫祭と並ぶ大きな祭りです。別名、愛の祭りとしても知られています」


 食べ終えた容器を二つとも騎士に渡しながらメリルが答えてくれる。


「男性は意中の女性に、ガラスの花を一輪贈るのです。壊れ物を扱うように大切にするという誓いと、偽りのない誠実な関係が続くことを願って。その日に結ばれた男女はずっと仲睦まじくいられると、そういう言い伝えもあります」


 確かに箱を大事そうに抱くのは一様に男性ばかり。……彼らには、その花を渡したい相手がいるのだ。


「素敵なお祭りね。知らなかったわ」

「観光客に向けた行事ではありませんから。領主が宴で挨拶をするのが恒例です。領の運営方針が発表されると共に、人々が領主と交流する機会でもあるのです」

「花祭りのお話ですか?」


 ごみを捨てに行った騎士がいつの間にか戻ってきていた。彼もレネシュに暮らして長いなら馴染みのある行事なのだろう。


「あなたも誰かにお花を渡したことはある?」

「あ、はい……一応は」


 頬にさっと朱が差す。微笑ましさに、ちょっとした悪戯心が疼いた。


「騎士の皆さんってどうやってお相手を見つけるの?」

「えっ、ええと」

「例えば、そうね。助けた相手に惚れられることはあるのかしら?」

「それほど劇的な出会いはあまり。地元の幼馴染みとか、昔からの知り合いが多いですかね。ああでも、酒場で奥さんを見つけた同僚なんかもいますよ」

「まあ!」


 もし自分がレネシュに生まれていたなら、と想像する。町でエリオットと偶然出会ったら、きっと同じように一目惚れ……したかもしれない。


「そういえば奥様が心の支えだと以前仰っていたのも、騎士の方でしたよね?」

「あれは……! ええと、本当は騎士様ではないかもしれなくて」


 失態を憶えられていたことに気恥ずかしさが増した。勢いでそう言ってしまったが、当時の彼は子供で、勝手に小鳥の騎士様と呼んでいるだけで。メリルへと言い訳を連ねる。


「名前も知らないし、お顔もよく覚えていないのだけど」

「お嫌でなければ詳しく伺っても?」

「あの、笑わないでね?」


 首をすくめる。彼女から話題を振られるのは珍しいし、興味を持ってくれるのは嬉しかった。中身がこんな夢と妄想でなければいいのに。


「わたしが四歳か五歳くらいの頃の話よ」


 見ず知らずの男の子が慰めてくれたこと。自分を優しいと評して励まし、家族の死を乗り越える勇気をくれたこと。

 小鳥の騎士様と勝手に呼んでいることまで話し終え、怖々と様子を窺うと、なぜだか地面を見つめてじっと考え込んでいる。


「十数年前……」

「ごめんなさい、変な話をして!」

「奥様のご出身は、セシリア領でしたよね?」

「え? ええ、生まれも育ちも」


 ルーチェが再び声をかけるまで、彼女は長い時間何かを思案していた。

読んでいただきありがとうございます!

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また、ブックマークやいいねも本当にうれしいです!

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