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働きものの少女と働きすぎな領主 ~死相を見られる令嬢は、夫に長生きしてほしい~  作者: 笛吹葉月


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何やら楽しくやっているらしい

「少しは言葉を選んでくださいませ」


 部屋に入るなり、メリルは主人の着替えをやや乱暴にベッドに置いた。勝手知ったる様子で、ついでとばかりに手近な場所を片付けていく。


「昼間の厨房での件は聞きました。ただでさえ圧が強いんですから」

「……怖がらせるつもりはなかった」


 あそこでロディが申し出てくれて助かったというのが本音だ。私情を挟むまいと思うあまりに素っ気ない対応をしてしまった。

 侍女の眼差しは未だに非難がましい。


「彼女は?」

「今日はもうお休みになられました」

「慣れない環境だ、疲れも溜まっているだろう」

「直接そういうお言葉をかけて差し上げたらよろしいのに」

「気持ち悪くないか? 観察されているみたいで」

「そのようにお思いで?」


 むしろ観察されているのは彼の側。何を意図してかは知らないが害もない。少し考え、「いや」と首を振る。


「特には。なんというか、屋敷に棲む小人のようだとは思うが」

「小人……そこはせめて妖精では?」


 脱力する侍女を放り、顎に手をあてる。新しい妻は本当に妙なことを言う。


「あれは水仕事をしていた手だな」

「軟膏ならお渡ししておきましたよ」


 子爵家の令嬢とは思えない荒れた手が痛々しく、薬を手配したのはエリオットだ。痩せた体に髪も乾燥していて、とても栄養状態が良いようには見えなかった。


 自らの手を見下ろす。インクで汚れた、肉刺と傷痕だらけの手。優美さからはほど遠い。魔物の命を奪い続けている身では、あれだけ怯えられるのも仕方がないのだろう。

 実際、前妻達からも不評だった。この手はまったく『貴族らしく』ないらしい。いつの間にか、女性の前では必ず手袋をする癖がついた。


「お話を伺う限り、ローレンス家の皆様からは信じられない扱いを受けてきたようです」

「事実だと思うか?」

「同情を買う目的ならもっと効率の良い方法があるかと。事情は存じ上げませんが、仮にも貴族のすることとは思えません。腹立たしい」

「名ばかりの貴族なんて腐るほどいる」


 砦での出来事を思い出す。怠れば、苦しむのは臣下や民だ。


「そんな生活の後に、遠い地で独りとはな」

「奥様も、今となってはレネシュの民ではないのですか?」


 髪を結うリボンをほどいたところで、メリルが小さな疑問を呟いた。咄嗟に答えられなかったのは迷いを的確に突かれたからだ。


「彼女は……ただ責務を果たしているだけだろう」


 アーサーを各地のパーティーへと遣ること数ヶ月。離婚歴は既に知れている。普通に募ったところで期待はできないと判断し、そうして金をちらつかせて近付いてきたのがルーチェの父親、ローレンス卿だった。

 爵位で言えばまったく釣り合わないが、せっかくの僥倖と比べればどうでもよかった。当然、謂れのない中傷が彼女に及ばないよう気を付けるつもりでいる。

 他に慕う相手がいるというのは全くの誤算だったが。


「怪しい動きは?」

「まさか!」

「ふん。おまえにしては珍しく、彼女のことは気に入ったと見える」

「……無礼をお許しください」

「ほう」

「正直、すっごく可愛いです」


 一瞬だけ迷ったが、エリオットは笑わなかった。

 侍女の表情はほとんど変わらないものの、言葉には熱が入る。


「高身長かつ鍛え上げた肉体を持つ夫と小柄で奥ゆかしい妻の取り合わせだなんて最高に画になるじゃありませんか。体格差というのはとても尊いんですよわかります?」

「さっぱりわからん」

「コホン……失礼を。つまり、エリオット様の女性運の無さからすれば奇跡ということです」

「言ってくれるじゃないか」

「結婚はお仕事ではないんですよ? 没落貴族ならいざ知らず、うちは余所の家の力を借りる必要もないじゃありませんか」


 両手を腰に、主人を見上げる。彼女が同僚達から『女帝』と呼ばれているのは、エリオットも耳にしていた。


「毎ッ回毎回、勢いで結婚なさるから。少しは相談してくださっても良かったのに!」

「だが向こうの家に貸しができただろう。何をそこまで咎める必要がある」

「おかげさまで、仔羊のソテーが食卓に並ぶ度に複雑な気分になりますがね」


 一人目の妻の出身地からは、不貞の詫びにと香辛料の優先取引権を約束してもらっていた。結果的に良かったと彼は考えているが、どうやら侍女の側はそうではないらしい。


「前の奥様方は絶対にエリオット様とは気が合わないと、城の誰もが反対したと思いますよ」

「俺だって好きで結婚するわけじゃない」

「ええ、ええ、そうでしょうとも」


 つらつらと並べられる不満は初めてではなかった。エリオットは反駁の代わりに、渋い顔で唸るばかりだ。


「せっかく先代は、お相手を決める自由を与えられたのでしょうに」


 国の要地であるレネシュは裕福だ。王都の下手な貴族よりも。

 加えて、恵まれた容姿と生真面目な性格。縁談には困らないどころか、返事だけでも一苦労。あの有能な執事長ですらあまりの代筆の量に発狂しかけた……なんて噂もある。

 疲れきった本人が格好の取引材料を『仕事』と割り切るまでには、そう時間もかからなかった。


「急に『婚姻届に署名してきた』だなんて仰るから、城中がびっくりどころの騒ぎではなかったんですからね」

「レネシュのためになるならこの身だって使うというだけだ」

「我々はエリオット様の幸せを願っているんです。何度申し上げれば?」

「領主を失っても人々は生きていける」

「縁起でもないことを」

「立ち止まっている間に災害が起きたら? 凍える者がいたら? 俺は一体何のために家を継いだ。この地を、皆を、守るためだろう」


 視線の先には、額に入れた新聞記事の切り抜き。もう七年も前になる。日に焼けて色褪せたそれは、彼にとっての戒めだ。

 苛立たしげな返答にもメリルは不機嫌さを隠さない。


「奥様が可哀想です」

「何もそんな言い方は」

「親しくなってみればよろしいじゃありませんか。あの男が選んだという点は信用なりませんが、決めつけるのは早計では? ……それともやはり、女性と話すのはお嫌ですか?」

「嫌ではない。ただ、」


 素直に褒めてくれたり慕ってくれたりするのは悪い気はしない。それは本当だ。

 婚儀の時も……少しだけ、ほんの少しだけ、可愛らしいと思ってしまった。

 思わず片手で口許を覆う。そのせいで誓いの口付けを慌てて済ませようとしたこと、本人に悟られていなければいいのだが。


「エリオット様もご覧になったでしょう? たったあれだけのドレスで、あんなにも恐縮して」

「今回はおまえに八つ当たりをされなくて済むなとは、思ったが」

「やれ首飾りの石が小さいだの、ドレスの色が気に食わないだの、香水が今日の気分に合わないだの、あれやこれやと注文されなくて、本ッ当に良かったですよね」


 どうやら、こき使われた侍女の恨みは相当らしい。激昂されたほうがまだましだ。言葉を飲み込み、着替えを抱える。


「わかった、わかった。おまえの不満は理解したが、まだ仕事が残ってる。続きは明日にしてくれ」

「……」

「いいか、役目を忘れるなよ。今回は問題を起こさなければそれでいい。俺も妻を罰するのはもう御免だ」

「……御意に」


 強引に会話の終わりを告げれば、メリルは不服を滲ませながらも部屋を出ていった。

 侍女は監視役を兼ねている。あの少女のことは、まだ信用したわけではない。



 三度目もどうせすぐに寂しがり、責めにくると思っていたのに。


「薪割りを手伝いたいと仰って! 危なっかしいので見学だけしていただいたんですけど」

「奥様はもう少し太ったほうが良いですよ。今度ぜひ騎士団の食堂にお呼びしましょう」


 ……何やら楽しくやっているらしい。エリオットは若い騎士や使用人達からよく彼女の話を聞いた。


「明るくて親しみやすい方ですよねえ。団長って、本当はああいう女性が好みだったんです?」


 相変わらず陰から窺われるばかりで近寄ってすら来ないのだから、明るいのかも話しかけやすいのかどうかも彼は知らない。最初にあんなことを言えば、怖がられて当然だという自覚はあった。

 所詮は契約だ、何事も起こらなければ気にかける必要もない。メリルからも特に妙な報告はなかった。



 そんなある日。仕事を終えて、夜遅く。

 自室に戻った彼は見慣れぬものをテーブルの上に見つけた。一瞬、部屋を間違えたかと戸惑う。


「なんだ……?」


 簡素な来客用のテーブルセットの上に、深皿が一つ。

 恐る恐る覗き込んでみると、琥珀色の液体に浮かぶパンと、焦げ目のついたチーズ――どうやら玉ねぎのスープ、のようだ。

 傍には折り畳まれた紙片も。一応周りを気にしてから開いてみると、見慣れない筆跡で彼女の名が記されている。


「例の夜食か」


 恐る恐る匂いを嗅いでみる。こんなもので気を惹こうなどと――


「……」


 腹が情けない音で鳴く。昼からほとんど何も口にしていないのだから当然だった。

 率直に言って……かなり食欲をそそる見た目だ。いっそ感心すらした。料理の経験があるのは本当らしい。

 添えられた紙片はもう一枚。


『団長へ。こっそり棄てたりしたらダメですからね!』

「……あいつめ!」


 心を読んだかのようなロディからのメモに、エリオットは堪らず悪態をついた。

 もう一度じっくりと妻からの手紙を読む。そこに記されていたのは、勝手に部屋へ入ったことへの謝罪と、労いの言葉、それから健康を気遣う旨。扉の鍵はアーサーが開けたらしい。

 控えめな箔押しが洒落た紙は、元から部屋にあったものではなかった。これほど気の利いた品物など彼は持たない。


 ここは……ロディを信用するべきだ。

 無理やりに言い聞かせ、スプーンを手に取る。どこにもおかしなところがないことを慎重に確かめてから、緊張しつつ一匙を口に運ぶ。


「…………うまいな」


 思わず声が漏れた。まだほんのりと温かい。疲れた体に、甘く香ばしいスープが沁みる。

 今のところは……体調に変化もない。


 油断を誘って、後々騙すようなこともあるかもしれない。だが最低限の礼儀として、この礼は伝えるべきだと彼は考える。

 しかし、利があったから急に態度を軟化させたなどと思われないか。狭量と思われるのは避けたいし、何よりそれは彼女に失礼な気がする。

 ぐるぐると考え込みながらも、いつの間にか空になった器は、余計に彼を困惑させた。食べるのに夢中ですっかり考えから抜けていた。この皿、どうしたらいいのだろう?



 痕跡を侍女達に朝から見られるのも恥ずかしい。悩んだ末に自分で厨房に運ぶことにしたのだが。


「団長! まだ起きていらしたんですか」


 主人が現れるとは思ってもいなかったのだろう、夜番の騎士達は慌ただく姿勢を正した。


「遅くまでありがとう」


 彼が軽く手を振れば、安堵した様子で会釈を返す。


「団長の代わりはいらっしゃらないんですからね、ほどほどになさってください」

「俺がいなくたって何とかなるさ」

「おや、それは……?」


 普段まともに食事も摂らない主人が、夜中に小さな深皿を手にしている。騎士達が不思議がるのも当然だった。

 言い訳を考えるよりも彼らが表情を輝かせるほうが速い。


「あ、奥様の!」

「ああ! 運んでいらしたのをお見かけしたんですよ」

「仲がよろしいんですねえ」


 即座に看破され、エリオットは慌てて流し台に器を置いた。


「いや、別にそういうわけでは……っ」


 熱い顔を見られる前にと足早にその場を後にする。翌朝になればラジー達に同じことを言われるかと思うと、仕事よりもよほど憂鬱だった。


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