表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

とある青年の、なんたる不幸な一日の話

作者: 広野狼



 王宮のとある一室では、本日もうら若き乙女の罵声が響いていた。

 「近寄んないで、変態っ」

 「ああ、素晴らしい」

一人は侯爵令嬢、もう一人は、この国の王子である。確実に罵られているのは、王子であった。

 「姫様も諦めればいいのに」

と、俺は部外者の顔をしてそう言った。

部外者でいたかった。けれど、王子の従僕なので、部外者になれない。

なんたる不幸。

 「一人優雅に椅子に座って、アンニュイになってんじゃないわよっ。お前の主なんだから、何とかしなさいっ」

 「私は王子の従僕なので姫様のご要望ではなく、主である王子の願いを叶えねばならぬのですよ。なんたる不幸」

そっとカップとソーサーをテーブルに置き、悔しげに視線を落とす。もっとも、王子の願いも叶えてはいない。邪魔をしないことが叶えているのだとすれば、今、まさに違えているとも言える。

 「だいたい、何で誰もこの変態を止めないのよっ」

本日も絶好調で王子を罵る姫様。それが王子にとってご褒美だと分かっていても、止められない己の未熟さを嘆くしかないと思われますよ。なんてことは、口が裂けても言えない。

俺は王子の従僕なので。

王子も王も、鬼ではないので、姫様が諦めるまで、立場は婚約者候補であるが、おそらく、適齢期になったら、もう行き遅れになるよね。なんて、親切ごかして、そのまま婚姻するんだろうと予測している。

おそらくそれは、あながちはずれではないだろう。王子の婚約者候補である限り、ほかの婚約は結べない。王子は諦めない、姫様も諦めない。だが、身分からして、すでに姫様は負け戦だ。

ちなみに、王子は、罵られて喜ぶたぐいの変態ではない。姫様が自分に話しかけてくれていることが嬉しいだけの変態だ。

おや、どちらにしても変態だった。己の主人が紛うことなき変態だったとは、なんたる不幸。

 「それは姫様がいらっしゃると、王子の作業効率が上がるからでございます。そして、お話しされると、さらに上がりますので、姫様のご登城を家臣一同心待ちにしております」

 「最悪だわっ。最低だわっ。私の心は誰も慮らないのっ」

だったら来なければ良いだけのこと、と思うだろう。

しかしながら、ある程度すると、王子自らが、登城しろと、書簡を認める。家臣である姫様は、それを拒否できないため、父である侯爵様とともに城に来ることになる。

そして、毎度のごとく、姫様が王子を罵りながらのお茶会が開催される。

ちなみに、俺が座っているのは、王子の後ろで控えられていると、王子に話しているように見えるので、同じ席に着け、でなければ顔だけ出してすぐ帰ると、姫様が王子を脅したからである。

いつもの配置で待っていたところ、本当に顔を見せただけで帰ったため、かなり渋られたが、このようなことになった。

座席は姫様の隣が王子、王子のすぐ横に俺。いかに姫様から俺を遠ざけるかを苦心した王子の苦肉の座席配置だ。

場所は遠いが俺が姫様の対面になるのは嫌であるし、自分の対面に配置しても姫様と近くなるので嫌だ。しかし、四角いローテーブルでは、どうがんばっても俺も一緒に対面になる。ならば、丸テーブルにすれば、四人掛けの時の隣同士に自分と姫様を配置して、自分のすぐ隣に俺を置けば、姫様からは見づらい位置になる。と言うことで、この座席となった。

姫様が王子を無視して俺に話しかけても、王子が視界に入るという点も、良かったらしい。なんでそんなことを知っているかと言えば、王子に直接教えていただいた。なんたる不幸。

 「姫様のお心を慮るのであれば、早めのご婚約、ご結婚をおすすめいたします」

さすがに行き遅れても粘着されるなどとは、口が裂けても言えないので、穏便な言葉で最善策をおすすめしてみる。

もっとも姫様に聞き入れられるはずもないのは分かっている。

これを聞き入れられるなら、姫様は、こうして罵ることもないので。

 「この変態をどうにかする方法教えなさいよっ」

それが婚約か結婚なのですが。姫様は相変わらず無理をおっしゃる。粘着しすぎてて、人としての何かも売り渡しているような王子を退けることなど、姫様ご自身でも無理だというのに、一介の従僕である俺がどうこうできるはずもない。そんな無茶を言われるなど、なんたる不幸。

 「誠に残念なことですが、先の方法以外ですと、息の根を止める以外思いつきません」

 「一気に物騒にならないでよっ」

少しお話ししすぎたようで、王子がだんだん物騒な気配を漂わせていて、俺の息の根の方が止められそうですね。本を正せば、王子が好かれてないのが問題だというのに。なんたる不幸。

 「シレネ」

俺の方を向いていないというのに、圧を感じる。俺が見ていても見ていなくとも、姫様の対応が辛いのは変わらないと思いますけど。

俺が見てると照れて、ちょっと言葉の勢いがなくなるのが微妙に気に入らないのかもしれない。なんという狭量。そんな主人に尽くさねばならぬとは、なんたる不幸。

この不毛でしかない攻防は、姫様のお父上である侯爵様の迎えで終わる。

名目上、姫様は侯爵様の王城での執務に、ついてきているだけなので。

王子は、姫様の滞在時間を延ばそうと、あの手この手で侯爵様を足止めしようと、書類に細工してるらしい。

侯爵様はすっかりと慣れ、緊急性のない仕事は、右から左に流されているそうで、時折、無駄な仕事が増えすぎだと俺に苦情が入る。

俺に苦情を言われても、準備は王子がされていて、俺は内容の確認はしていない。

そういうのは、俺の仕事ではないので。俺のやることなど、せいぜい書類を運ぶだけ。

なにより苦労は俺の方が多いというのに、王子付きの従僕と言うだけで目の敵にされるなど。なんたる不幸。

そうして、仕事を終わらせた侯爵様が、いらしたようで扉がノックされた。

やっと衝動が落ち着いて姫様を口説こうとしていた王子は、俺にしか分からない程度に舌打ちする。あまりに度が過ぎると、教育係と王様に、俺が報告しなくちゃならなくなるので控えてください。

あの二人、本当怖いんですから。

 「お父様」

侯爵様の登場で、すっかりと場の雰囲気が変わり、俺のいたたまれなさが減る。

あと、あまりにも表情が対照的すぎて、腹筋が辛い。笑ったら絶対に王子に息の根を止められる。死活問題すぎる。俺は悪くないというのに、なんたる不幸。

 「失礼いたします。王城での執務も終わりましたので、娘と下がらせていただきます」

こんな王子に礼を尽くされるなど、本当に侯爵様は人が出来ている。いっそ、接近禁止をされてもよいと思いますよ。まあ、俺からはそんなこと言えませんが。

 「ああ。また、執務のあるときはシレネと来てくれ」

 「かしこまりました」

 「では、アジュガ様、失礼いたします」

姫様はきれいなお辞儀をすると、くるりと王子に背を向けて、侯爵様の腕を取られる。

本当に仲の良い親子ですね。

と、必死に侯爵を見ながら、王子を視界から排除する。出来れば振り向きたくない。

出来るなら、このまま俺も一緒に退室したい。





 「ペンタス」

ドアが閉まり、幾分かして、王子が地の底から響いているような声を出す。

 「なんでしょう」

 「何でお前の方が親しげに話をしてるんだっ」

あれをして、親しげと言えるとは、さすが姫様が関わるとおかしくなる。

こんな王子の相手を一人でしないとならないなんて、なんたる不幸。

 「俺としては、ご自身の行動を、王子が一番嫌ってる人に置き換えて考えてみるのが良いと思います」

 「考えるまでもなく気持ち悪いだろう」

秒もあけずに即答するくらい、嫌いな人がいるんですね。王子。

ちょっと誰なのか気になりますよ。候補として5、6人いるんですが、このうちの誰かなのか。

答え合わせが出来ないのが辛い。いや、これからつぶさに態度を見ていれば答えが分かるかも知れない。

よし、ちょっと、王子付き内で賭でもしてみよう。

 「姫様はそういうお気持ちなのでは?」

 「お前は俺がシレネにそんな風に嫌われているって言うのかっ」

怒鳴られますが、少なくとも。

 「好かれてはないですよね?」

核心を突きすぎたらしく、王子がいすの背もたれに抱きつくように体を預け、うなだれている。

好かれていない自覚があるから空回りするのか。空回りが好かれない原因なのか。

姫様に罵られることになったきっかけを、俺は知らない。

どうも原因は、俺が従僕になるずっと前の、幼少期に遡るらしく、じいと呼ばれる古参の執事は知っているらしいが、聞くと必ず笑って誤魔化される。

よっぽど愉快なことがあったんだろう。

俺が王子の身の回りのお世話をするようになった頃には、すでに今の状態だったので、原因の想像など出来るはずもなく、今もって、原因は藪の中。

希望としては、嫌われてないし、何のかんのと言いながら、ここで侯爵様の執務が終わるまでいてくれているのが、答えの一つなのではないかと。

憶測が間違ってたら、本当に王子に息の根を止められかねないので、正解か分からないことを、迂闊に口には出来ない。

おかげで、俺はまだまだ、この二人に振り回されるのは確定だ。

ああ、なんたる不幸。


地の文で、ひたすらアホらしく嘆いてみせるって面白そう。

と、思った書き出しから、ひたすら、何かに着け、「なんたる不幸」って言う台詞を突っ込みつつ、書き上げました。

出来るだけ、王子とか、姫様とかの細かい行動を排して、青年がそれを見て感じたことだけを書くようにしたものの、ちょっと、排除し切れてないのが悔しいところ。


そして、今回の名前は。

シレネ ピンクの花

アジュガ 紫の花

ペンタス 白い花

という感じで決めました。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ