サイモン&猫VS最凶の✕✕✕!(後編)
闇闘技場最終戦後編です!
追い詰めたはずが追い詰められたサイモン、
試合を引き伸ばされたビッグケットは
どうなる!?
運命の一戦、闘技場最後の結末を
ご覧ください!
(…やかましいアナウンスがなくなった…)
ステージの上、走り回るビッグケット。さっきまでサイモンと貴族が言い争う声が聞こえていたが、ぷつりと途絶えた。交渉が難航してるんだろうか、それとも…。
(いや、何かあれば離脱するはず。私はあいつを信じて待たなくちゃ)
決意を新たに、オーガの手からひらりと逃げる。しかしこいつの速さは他の生物と比べて段違いだ。さすがにずっと跳んで逃げて走り回って、息が上がってきた。一方オーガの体力はまだまだ尽きそうにない。鋭い攻撃がバンバン飛んでくる。これに一発でも当たればアウト。…いや、諦めるな。当たりどころさえ良ければ四肢の一本で済む。腕二本まではセーフにカウントしてやろう。脚さえ残ってれば逃げ回れる。とにかく捕まるな。特に胴体が押さえられたら、心臓一突きどころか肋骨ごと砕かれて一撃死だ。
『ハァ、ハァ、ハァッ…』
長い脚のキックがこっちに向かってくる。くそ、あいつ遊びモードだ。下から横に向かう蹴りだからこっちは跳ばなきゃいけない。実力差はハッキリしてる。あとはもうネチネチ体力奪って力尽きるのを待ってるんだ。
絶望したこちらの表情ごと美味しく食らうために。
(っざけやがって、一発でいいから殴りたい)
…いやいや、ヤケになるな。捕まったら終わりだ。私の仕事は勝負することじゃない。待つことだ。
(サイモン…ッ、まだか…、私がなんとか出来るのあとちょっとだぞ…!)
悔しいが認めるしかない。自分はそろそろ限界だ。ならば出来ることを出来る限りするのみ!ビッグケットはオーガとある程度距離をとった状態で急ブレーキをかけた。真っ赤な怪物を睨みつける。
「(お前!なんで人間なんかに従ってるんだ!)」
大声で話しかけた。会話してみよう。これで少しは時間を引き伸ばせるかもしれない。オーガはゆらり、とこちらを見た。
「(…従ってる?まさか。オレはやりたいことをやってるだけだ)」
「(それが猫一匹イビることか?みみっちぃな!天下の最強オーガが聞いて呆れるわ!)」
「(…お前。よっぽど死にたいんだな。よし、次は本気の一撃をくれてやる)」
オーガがごきりと手を鳴らした。ハッ、ヤバいヤバい、ついいつものくせで好戦的な言葉をかけてしまった。ビッグケットが首を振る。会話を引き伸ばすためには…そうだ。
「(グロームの野郎は元気か?)」
「(お前…やっぱりあいつと関係あるのか)」
唯一オーガで知っていると言える存在だ。試しに名前を出してみたら、おっ。食いついたぞ。
「(…知ってるんだな。で?今どうしてる?)」
「(どうもこうも。やってらんねぇよ、威張りくさりやがって。丁度いいや、色々イライラしてたし。お前をあいつの代わりにぶちのめしてやるぜ!)」
その言葉を最後に、オーガはまた戦闘態勢に入った。…くそ、引き伸ばすのもこれが限界か。全く、同族にこれだけ嫌われてるとは先が思いやられるな。
(…結局こうなるのか…!)
グン、とオーガが迫ってきた。少しくらいは身体を休められただろうか。これでほんの少し。1分でも引き伸ばせたら…!ビッグケットは脚に力を入れ、攻撃をかわす体勢に入った。オーガは身体能力こそ高いものの、フェイントなど出来ない。まっすぐ来たと思えばそれはまっすぐの攻撃なのだ。つまり永遠に身体能力勝負…!
(かわせ!)
全人類最速の突き。それをビッグケットがひと跳び右にかわしたところで、
(…!!)
着地した瞬間、がくりと膝が折れた。疲労が、脚に来て…ッ
(捕まる!)
衝撃を覚悟すると同時に、黒猫は必死に前へ身体を捻った。絶望するにはまだ早い!
『グゥッ、ウアアアア!!!』
バキリ。
嫌な音がした。咄嗟に腕を見る。
『!!!』
ビッグケットの肩から先が、丸々ない。左腕一本、丸っと捩じ切られた。遅れて激痛がやってくる。赤い血がとめどなく肩から吹き出した。
(…これで腕一本…!)
慌てて出来る限り跳んだ。後ろを振り返れば、丁度オーガがビッグケットの片腕を放り投げるところだった。あちらに急ぐ理由はない。ぶちのめすと言ったところで、「速攻」という意味じゃない。四肢を順番にもいでやるという意味だったようだ。
しかしビッグケットにとって、あくまでこれは「サイモンが勝負を決めるまで」という意味で短期決戦。特に傷口を押さえれば数分なら耐えられる。でもそれでどうやってかわす?…いや、まだ白旗は上げない。だって両足が残ってる。逃げ回る手段はある。諦めるな、ギリギリまで、命尽きる寸前まで!粘ってやる!!
にやつくオーガの前、左肩を押さえたビッグケットの金の目がさらに燃え上がる。
(私はあいつを信じるって決めたんだ!!)
「猫ちゃん…!!おい、もうやめようぜ!サイモンさんの様子もわかんないし、こっちの判断で撤退していいだろジュリアナ!!」
客のひしめき合う観客席。その一つに座っていたエリックが、自分の外見も忘れて立ち上がった。他の観客もどよどよと視線を彷徨わせている。先程、サイモンの大立ち回りであのオーガは危険な存在と大々的に知れ渡った。今のうちにと出口に向かう者、限界まで試合を見ようとする者、運営への文句をがなる者など、会場はかなり混乱していた。
「落ち着きなさいエリック、まだ。まだです。ビッグケットさんは合図を出してませんよ」
そんな中。ジュリアナは一人、取り乱すことなくちょこんと席に座っていた。その呑気な様子にエリックか血相を変える。
「馬鹿かお前!?もう腕一本やられたんだぞ、しかも惜しいミスとかじゃなく明らかに体力ガタ落ちの所を狙われてんじゃねーか!もうこれ以上待てない、死ぬまでやらせるつもりか?!」
「…ビッグケットさんなら、そう言うかもしれませんね。本当にギリギリ、死ぬ寸前でも勝ちをもぎ取れるならそれでもいいって。
だって腕一本取られた時点で降参してないんですよ。彼女はまだやる気なんです。それを私達が止めるなんて無粋じゃないですか?」
「粋とか粋じゃないとかじゃねーんだよ、急造とはいえ!オレたちチームだろ!パーティーだろ!!助け合わなきゃ駄目だろ!!!」
エリックが叫ぶと、ジュリアナはしゅるんと二人の変身を解いた。ハーフエルフの小さな少女。元の姿に戻ったジュリアナが、真っ直ぐエリックを見据える。口を開く。
「坊や、貴方も冒険者やってるなら知ってるわよね?蘇生魔法のタイムリミットは7日間。もしあの子が今ここで死んでも、貴方の転送魔法があれば楽々期限内で蘇生出来る。貴方のパーティーに腕のいい回復師がいるのも知ってる。だったら、今彼女が必死に頑張ってるのを応援してあげてもいいじゃない。あの子が痛くないとでも思ってるの?それでも助けを呼ばないのはどうしてなの?」
「…ッ!」
それは、自分の役目が「時間を稼ぐこと」と心得ているからだ。サイモンが勝負を決める前に負けを認め、試合を投げ出すわけにはいかない。だからビッグケットは、死にかけても痛くても必死に耐えているのだ。
「自分たちをチームだパーティーだと思うなら、信じて待ってあげなさい。それが貴方の仕事よ」
「……………ッ、でも…………ッ」
「気持ちはわかる。わかるわ。だから、せめて合図があれば即出れるように構えておきなさい。私だって…辛いんだから…」
ふとエリックが視線を上げると、ジュリアナは眉間にシワを寄せて唇を噛んでいた。握った手が微かに震えている。彼女もまた、耐えていたのだ。本当は助けてやりたい。けど、本人がそれを望まないなら…。
「…………わかった。限界ギリギリまで見守ってやる。けど、最悪サイモンさんと猫ちゃん拾ってゴーだぞ」
「わかってるわ、任せて」
二人は席に座り直し、改めてステージを見つめた。大きな魔法の鏡は、ゆらゆらと揺らぎだけを映して何も見せてくれない。…サイモンはどうなったんだ。二人が不安げに見上げる先。
「ビッグケット…!!!」
「さぁ、お前が迷ってる間に可愛い相棒の腕が無くなってしまったよ。知り合いに良い回復師はいるか?蘇生師は?いないなら…そろそろ撤退した方がいいんじゃないかねぇ」
「………………ッ、それは、ペルルと客の命なんてどうでもいいってことだな…!」
「ふん、お前の言葉を借りるなら…『それが出来るならとっくにやってる』。ここまで引き伸ばした時点で、お前はとんだ意気地なし。人を殺す覚悟なんてなかったってことだ」
客席から遮断された運営本部。形勢は完全に逆転してしまった。主催者がにやにや笑いながら、これみよがしにステージ上を見ている。今やあちこちに血が落ち、闘技場の底が赤く染まっている。あれはみんなビッグケットの血だ。腕一本もがれ、どれほど痛いことだろう。どうする、あと数秒で。決着をつける言葉はあるか!?ないなら撤退…最悪命だけは守らなくては!
「!!」
いや、今。今度はビッグケットの右腕が捕まった。遠くの出来事なので、全く臨場感がない。しかし、それゆえ逆に恐ろしい。見る間に右腕の肘から先が千切られた。また血が飛び散る。サイモンは、本当に自分の心臓が止まったかと思った。咄嗟にペルルから手を離す。机越しにステージに向かって身を乗り出した。
『ビッグケット!!!!モウヤメヨウ、ヤメヨウ!!!!』
「!」
撤退だ!そう叫びかけた瞬間。すん、と目の前に誰かが現れた。え、エリックか?!瞬間移動が出来る人間の知り合いは彼しかいない。だからサイモンが目を丸くしていると、
「…はっ…??」
それは全く知らない男だった。目深にフードを被り、マントを羽織った姿。…いや。こいつは…ッ
「貴様、持ち場はどうした!?人質のお守りを放棄したのか!!」
主催者が腕を振り回して叫ぶ。謎の男が机に脚を乗せ、静かに答えを返す。
「気が変わった。お前らは醜すぎる。下衆にもほどがあるぞ、人間」
その言葉と共に男がばさりとフードを脱いで…そうだ、こいつはさっき人質の女の人を捕まえていた男だ。会場のどこに居たかは知らないが、一瞬でここまで来たんだ。つまりこいつが…
(運営の切り札、高位の魔法使い…!)
フードを脱ぎさった男は長耳のエルフ。ひらりと机からこちらに飛び降りて、美しい銀の長髪をなびかせる。切れ長な赤い双眸がこちらを見据えると、カミーユともジルベールともまるで違う、ナイフのような鋭いオーラがこちらを刺した。魔法使いの知り合いなどほとんどいないサイモンにもわかる。こいつは攻撃魔法を多数身につけた、正真正銘のプロ。魔導師だ。その気になればこの会場全体すら簡単に破壊するだろう。そんな空気を纏っていた。
「だ、誰だアンタ!?ここまで何しに来たんだ!」
サイモンは思わず撤退のサインも忘れて魔導師の男を見た。嫌な想像だが、もしも彼の読みが当たれば撤退する前にこいつの魔法で会場中の人間が死ぬ。ビッグケットの様子が気にならないわけもないが、これはこれで見過ごせなかった。すると、男がずいとサイモンに顔を寄せる。真っ赤な瞳がサイモンを捉えた。
「少年、時間がないんだろう。単刀直入に聞く。即時答えろ」
「ハァ!?」
「お前は何者でどこへ行くんだ。返答次第であの猫を助けてやる」
「!!」
「今回の雇い主はあまりにも屑だった。私は根負けしたとは言え、依頼を受けたことを大変後悔している。なので出来ればお前に肩入れしてやりたい…が、お前が屑でも困る。だから、プレゼンしろ。お前を救うに値するかどうか」
「…!!」
矢継ぎ早に告げられて、サイモンは呆気にとられてしまった。えーと…こいつは俺を助ける気があるんだけど、クズじゃ困るから救うべきかどうか判断したい、自分が何者かアピールしろ、だって?えーとえーと、
時間がない。ちらと見たビッグケットは、もうさすがにへろへろだ。これ以上血を失えない。逃げ回れる体力もとっくにないはずだ…!
「俺はっ…、」
もういい、当たって砕けろ!本音でぶつかれ!
「俺は、サイモン・オルコット!しがない王国軍兵士の息子だ!昔から戦争で死ぬ人間、それで悲しむ人間を山程見てきた!」
魔導師は静かにサイモンを見ている。ビッグケットにはあと何秒残されてる!?
「俺は、誰も悲しまない世界が欲しい!今俺には誰より強いビッグケット、そして6億の金がある!これから、俺は夢を叶えたい、争いのない世界を作りたい!!それが俺の悲願だ!!」
かつて子供の頃見た夢。何度戦争に行っても帰ってくる父親。一方で、次々街の男たちが死んで遺留品になってしまった。親戚、お世話になった優しい近所のおじちゃん、隣に住んでた幼なじみの兄も。みんなみんな、死んで家族を悲しませていた。俺には何が出来る?隣のおばさんが泣き崩れるのをただ見守るしか出来なかったあの頃の自分。いや今なら、きっと世界を変えられる。それだけの材料が揃ったと思ってる!
「エルフのアンタからしたらしょぼい夢かもしんねーけどさッ、」
どうせこいつも100歳を超えてるんだろう。18の赤ん坊が何を言ってると思うんだろうが…。耐えられず、サイモンが顔を赤くしていると。
「合格だ!」
魔導師の男は一言言い放ち、ブンと手を振った。驚いてその先を見ると、
ドゴン!!!
爆音と共にオーガがぶっ飛んだ。爆発の魔法…!?もうもうと上がる黒煙の中、ビッグケットがぱたりと倒れた。えっちょ、死んだ?!
「…大丈夫、まだ死んでない。今私が完璧に治してやる」
真っ青になるサイモンの隣で魔導師が笑う。また手をヒュンと振ると、なんということだろう。放り投げられていたビッグケットの腕がふわりと飛び、ビッグケットの身体にぴたりとくっついた。遠目ながら、その身体がほのかに光る。やがてビッグケットはなんでもなかったかのように立ち上がった。
〈『あーあー猫君、今君の身体を完全回復させた。体力ごと元気になってるはずだ、確認してくれ』〉
こいつケットシー語話してるぞ…。しかも、拡声の魔法をつかいこなしている。
〈そして会場の皆さん、失礼。私は運営に雇われていた魔法使いだ。運営もといここの主催者は、あまりに卑怯な手立てで出場者の彼らを蹴落とそうとした。オーガしかり、人質しかり。私はそれが許せない。よって今から反旗を翻すことにする〉
「なっ…!?」
そこで、主催者がようやく反論の声を上げた。さっきから今まで、あまりにも驚いてずっとぽかーんとしていたらしい。いや、気持ちはわかるけど。
〈ここに居る者全員!よく聞け!私は今からそこの黒猫に肩入れする!主催者は客の安全を守る気がないみたいだからな、危険なオーガ退治をこの黒猫に頼もうというわけだ!これを八百長だの無粋だの思う奴は今すぐ運営本部まで降りてこい!火炎魔法でこんがり焼いてやる!!〉
うわっ、なんか無茶苦茶言い出した!けど…肩入れってなんだ!?サイモンは急展開についていけず、ただ隣の男を見ることしか出来ない。男は実に楽しそうだ。げらげら笑いながら会場を見渡している。
〈『そこの猫君、突然だが私は君の味方だ。今からあらゆる強化魔法をてんこ盛りにかける。オーガとマトモに戦えるだけの体力腕力防御力素早さをタイムアウトなしに授けるので、ぜひ今日の鬱憤を晴らしてくれ!さらばだ!』〉
そして、男は宣言通りビッグケットに何かの魔法をかけた。それに横槍を入れるのは当然主催者だ。
「ちょ、ちょっと待て!貴様何をしている!?何が反旗だ、契約はどうするんだ!」
「うん?反旗は反旗だ。たかが二桁しか生きてない人間ごときが私を顎で使おうなどと、聞いて呆れる。私は今からお前らの敵だ。文句があるならこんがり焼くぞ。それとも冷たい氷漬けがいいか?爆発四散したいか?」
「うぐっ…!」
さすが高位の魔法使い、属性のレパートリーは多いようだ。さらさらと流れる銀髪。凛と睨みつける横顔をあ然としたまま眺める。まさか、全く見ず知らずのエルフに助けられるとは。
「…あの、ありがとう。助かったよ」
ただぼんやりもしていられない。サイモンが深く頭を下げると、謎の魔導師はひらひらと手を振った。
「いや何。今回のことは、こんな奴の仕事を受けた私に落ち度がある。痛い思いをさせた猫君には大変申し訳無いことをした。これはほんの詫びだ。何が欲しいわけでもない、受け取ってくれ」
「…そうか、ありがとう」
いつぞや貴族男が「強い魔法使いは金じゃ動かない」って言ってた。つまり、今回のことは起こるべくして起こった仲間割れ…ってことか?まぁ理屈はどうでもいい、ありがたく乗っておこう。…さぁ、オーガ退治を頼まれた相棒はどうなったかな。サイモンが見下ろす先。ビッグケットは、元気いっぱい跳ね回っていた。
『よくわかんねーけど腕戻ってきたし元気出た!ラッキー!!』
闘技場中央、黒煙の上がるステージ。ビッグケットは未だ身体があちこち赤く染まったままだったが、突然飛んできて繋がった自分の腕を面白そうに眺めた。本当に、動く。問題ない。そもそもさっきまで本気でくたばりそうなくらいヘロヘロだったのに、妙にすっかり元気だ。
(さっきのアナウンス、なんだったんだろう…)
オーガと戦える何かをやるって言ってたな。なんなんだ?…まぁ理屈なんてどうでもいいか。これに乗らない手はない。…よし、反撃だ。煙に飲まれるオーガを睨みつける。
「ゴホゴホ、ごほっ…」
オーガはさっきの爆発が直撃したのと、煙を多量に吸ったのでしばらく動けなかったようだ。ようやく復活した。ゆらりと立ち上がる。
「(…なんだ今のは)」
「(私の仲間からだよ。とりあえず、今からお前ボコッから。覚悟しろ)」
「(はぁ?糞ちびが何を…)」
オーガが最後まで言い終わらないうちに。ビッグケットはダッシュで駆け寄った。さっきの言葉を信じるなら、もう逃げ回る必要はない。知らない誰か…これが嘘だったらキレるからな!
『喰らえ、糞デカ野郎!!!』
まずは小手調べ、相手の脚を狙う。
ガヅンッッ!!
ローキック。いい音がした。そして痛くない。オーガの防御力はドラゴンと同等かそれ以上と言われているのに、蹴っても全然痛くない。その上、べっこり相手の脚が凹んでいる。…ダメージが入ってる!
「(てめぇ…!!)」
痛みと憎しみで燃える赤い瞳。ビッグケットは一旦ジャンプで後方に引きつつ、手応えを感じてにんまり笑みを浮かべた。
「(よし、じゃあさっきまでのお返し。たっぷり味わえ…!!)」
「(急に調子に乗りやがって、ぶち殺す!!)」
両者走り寄り、真正面から一対一の接近戦。これまでとは一変、ビッグケットは恐れずオーガに向かっていった。残った観客がそれに声援を送る。
『ウオオオオオオオオオオ!!!!』
「グゥオオオオオオオオオ!!!!」
ワァア…!!
先に仕掛けたのはオーガ。鋭いパンチがビッグケットに襲いかかる。リーチに歴然の差があるので、先に相手に届くのはオーガの方…!誰もがそう思った。しかしインパクトの瞬間、
キュッ
ビッグケットが身体を捻った。咄嗟に一歩逸れ、わずかな差だが拳をかわす。そして目指すはその先。自分より小さい相手を殴ろうとして、完全につんのめる形になった無様なオーガの鼻先に向かって。猫のようにしなやかに距離を詰めて。最後の最後、顎先で踏み込みと同時に拳を突き上げる。
ガ ツ ン !!!!!!
見事なアッパーが入った。まるで大人と子供ほどの身長差があるオーガとビッグケットだったが、オーガは綺麗に宙を舞った。その鮮やかな逆転劇に観客が総立ちで盛り上がる。
(行け、ビッグケット!!)
サイモンが、ジルベールが、二人の魔法使いが見守るその前で。吹っ飛んでいくオーガを追いかけてビッグケットが跳躍する。
『死ね、デカブツ!!』
放物線の頂点で一回転。オーガの額目掛けて放った踵落としは、全ての人々の前で完璧に決まった。
ガッ
ズ ド ン !!!!
物理運動の軌道を変えられたオーガが床に叩きつけられる。自重150キロ前後の怪物は脳天を割られて動かなくなった。これだけの重量がある生物をいとも簡単にふっ飛ばしたエネルギーだ、さすがのステージも粉々に砕けてしまった。粉塵がもうもうと沸き立っている。…動かない。動かない。ビッグケットは手助けがあったとはいえ、最後の最後に自力で勝利を掴んでしまった。
「なっ、な、な…!!!」
「俺達の、勝利だ…!!」
唇を震わせる主催者とサイモン。そして謎の魔導師が微笑う。
「おめでとう、少年。さっ実況担当、仕事を放棄するな。伝えろ。勝ったのは誰だ?この結果に文句があるなら私がお相手するが?」
それすなわち殺すぞと同義。ペルルは慌てて拡声器の魔法を確認、調整し、拡声元であるアイテムを手に取った。
〈…えーと、波乱もありましたが!オーガ動かない!動けない!よってビッグケット選手がっ、本日の勝者です!つまりこれにて…〉
ペルルは一瞬主催者を見た。しかし主催者は動かない。それを了承とみなし、
〈ビッグケット選手五連勝!殿堂入り!殿堂入りです!!!金貨50枚と、この地獄の闘技場を生き抜いた名誉が与えられます!!!〉
わああああああああああああああ!!!!!!!
残った客は皆、自分が賭けた先に関わらず好意的な声援を送ってくれた。なんだかんだあったが、正直サイモン達が何もしなければその身が危険に晒されることもなかったわけだが、結果的に観客全員の命を守ったのはビッグケットだ。黒猫の勇敢な激闘に惜しみない拍手が捧げられた。
(勝った…)
思わずへたり込むビッグケットの元に。いつもならサイモンがやってくる場面だが、今日は違う。ダッシュで駆け寄ってくるのは、すっかり自分の姿を取り戻したジルベールだ。解かれた長い髪を振り乱し、血相変えてこちらに向かってくる。
『ビッグケットちゃん!!!!』
『おー、お前元に戻ったのか』
『ビッグケットちゃん…!!!!!』
呑気な様子の黒猫を見て、エルフはくしゃくしゃに顔を歪めている。走り寄り勢いよく膝をつき、ビッグケットを抱きしめた。その腕はぶるぶる震えている。
『い、生きてた…!生きてた!!無事で良かった!良かったよぉ…!!!』
そしてみっともないとツッコむのも野暮だろうか。わんわんと声を上げて泣き始めた。ビッグケットは苦笑しつつ、ジルベールの薄いが広い背中をぽんぽんと叩いた。彼の肩越し、彼女の目にも、あちこちにぶちまけられた自分の血が映っている。これだけ流してよく無事生きていられたな。ビッグケット自身そう思うくらいだ、血や闘争と縁遠いエルフのジルベールは相当肝を冷やしたのだろう。…心配かけたな。大人の男がこれだけ取り乱す様子に、彼の情を感じて嬉しくなった。
『大丈夫、大丈夫。私は生きてる。ほら、千切れた腕も手もちゃんとくっついてるし動くぞ。私は無事だ』
『知ってる、でも、すごっ…怖かったんだから…!!無茶しないでよ…!!』
『うんうん、これからはここまで無茶しない、多分な』
『多分じゃ嫌だーーー!!!!』
べそべそ泣き続けるジルベールはさておき、運営本部を見上げる。…居た。サイモンがこちらを見ている。目が合った気がしたので手を振ると、あっちも振り返してくれた。
(…勝ったぞサイモン)
いつものように拳を掲げる。すると意図を察してくれたようだ。サイモンも手を拳の形にした。距離は離れているが、今日も無事に。フィスト・バンプ(拳のタッチ)で互いの勝利を祝った。
これにて闇闘技場、無事終了。
五戦無敗。殿堂入り確定!!
はい、勝ちました!おめでとう!!
ラストの展開はもしかしたら賛否両論かもですが、
今まで公開した説明、設定を拾うと
こうなるよな〜って感じでお話を決めたので、
運営サイドの欲が裏目に出た、という形で
納得していただけると幸いです。
力を過信する者は力に溺れ死ぬのです。
そして無事生き残った二人。
最後の後処理はこれからです。
次回、勝った二人がどうなるか。
今後どうなるか。
物語は新たなフェーズに入ります。
二人の活躍をお待ち下さい!




