黒猫、全裸待機!!
今回は闇闘技場3回戦編、
ライトに一話でお送りします。
今回以降だんだん闘技場のルールが変わっていくので
そのへんも楽しみに読んでくださると嬉しいです。
「………ん………」
瞼の裏を透かして柔らかな光が差し込んでくる。身体を包んでいるのは心地よい肌触りの寝具。ふと目覚めると、サイモンは知らないベッドの中にいた。…いや、これは新しい「我が家」だ。昨夜、否今日未明、酔っ払って吐き気を催す中無理やり引っ越したんだっけ。彼の記憶が確かなら、最後はビッグケットに抱きかかえられてこのベッドに入った。…はぁ、なんてカッコ悪い。
「…いて…」
頭がズキズキ痛い。完全に二日酔いだ。そりゃあこれまで飲んだ事もない本格的な酒をあんなにグイグイ飲んだんだ、酔わない方がどうかしてる。段階をつけて、少しずつ身体を起こす。吐き気は大分収まったけどこれ、今日動けるのかな。まだ買いたい物たくさんあったんだけど…。やっとベッドの中で身体を起こした。さて飲み物でも飲むか…て、この家で何か飲むためにはどうしたらいいんだ?あれ、飲み物買い忘れたな…なんにもないじゃねーか…。
心の中で悪態をつきながら扉に向かう。正直間取りもよくわかっていない。ふらつきながらリビングに出ると、左側に大きな出窓。その前にソファとチェア、ローテーブルのセットが向かい合わせで並べられている。なるほど、何もなけりゃここで寛げということだ。しかしビッグケットの姿はない。まだ寝てるのかな。
『おはよう』
「わぁ!?」
突然後ろから声をかけられた。やたらに大きい出窓が気になってそこばかり見ていたら、背後の様子に気づかなかった。慌てて振り返ると、収納で玄関と仕切られたスペース、部屋の隅に設置されたキッチン。に、ビッグケットが立っていた。微かに昇る煙といい匂い。え、こいつ料理してんのか!?
『エ、オ前、何ヤッテンダ』
『何って見てわかるだろ、料理だよ料理。悪いけどお前の財布から金出して食材買ってきた』
『エ!?テカ一人デ?!ヨク行ケタナ…ジルベールデモ叩キ起コシタカ?』
『いや、散歩がてらフードつきのマント被って、人間の商店街っぽいとこに行ってきた。喋れないフリで商品指さして銀貨出したらみんなちゃんと買わせてくれたよ』
『アーナルホド、頭イイ』
『とりあえず腹減っちゃってさぁ。外食ばかりもどうかと思ったからなんか作ろうかなって』
こちらと会話しながら、しかし彼女の手は止まらない。何を作っているんだろう?恐る恐る背後に忍び寄り覗き込むと、これは白身魚だ…白身魚のパン粉焼きを作っている。香草も使っているんだろうか、普通にいい匂いだ。
『これは白身魚の香草パン粉焼き。あとトマトスープとフルーツサラダ。パンも買ってきたから食え』
『エッ何ソレ、メチャクチャ豪華…』
『は?こんなんお手軽メニューだろ、大したことないよ』
ほい、と新品の皿に乗せられる魚の香草パン粉焼き。傍らには(量の偏りこそあれど)ちゃんと二人分、それぞれのメニューが並べられていた。意外。すごい意外。こいつのことだから、自分で用意出来る食事と言ったら豪快に肉焼きました!どーん!!って感じだと思ってた。
『ビッグケット…料理出来ルンダナ…』
『「料理は文明で教養だ」ってばあちゃんがよく言ってたぞ。さ、丁度良かった。出来たから一緒に食おう』
『女神。感謝シマス』
くるりとターンした黒猫は、すぐそこにあるテーブルに料理を乗せた。なるほど、キッチンの隣にダイニングセット。この物件は元々二人暮らしを想定しているのだろうか、このテーブルにも向かい合う形で椅子が二脚並べられていた。キッチンを背にビッグケット、その向かいにサイモンが座る。朝からほかほかの料理、そしてそれを用意してくれる存在。なんてありがたいんだ。
『いっただっきまーす』
「ゼウスの恵みと女王陛下にマジで感謝。いただきます」
出されたフォークで魚を切り分け、口に運ぶ。いや美味い。フッツーに美味い。これを仕込んだのはビッグケットのばあちゃん、元皇女か。きっと包丁を握ったこともない生活だっただろうに、練習して孫娘にも伝授してくれた。ありがたい。素晴らしい。いやホント…。
『メチャクチャ美味イ。料理教エテクレタノバアチャンダロ?スゴイナ』
しみじみ料理を噛みしめるサイモンと対照的に、ビッグケットは食べ慣れた味なのだろう。何の感慨もなくかっこんでいく。もしゃもしゃ咀嚼しながら返事を返してきた。
『ああそうだよ。ばあちゃんはホントにただの猫だったのに、小さな手でたくさん料理作って、家の近くに畑作って野菜だって育ててた。鶏飼って卵もくれたし…暇があれば山の中で木の実や果物も取ってきたし…川魚も食べたし…たまに私が動物捕まえたし。まぁ、自給自足ってやつだな』
『スゴイナ、ケットシーッテ生食文化ジャナカッタカ?』
『普通に生食だよ。肉なんて焼かなくても食べられる。でもこれからは他の人間たちと生きていくだろうから、って皇家から積極的に料理文化を広めたんだ。だから今ケットシーの間では人間の料理を食べるのが流行ってる。はず』
『ソウカ…』
だから彼女のばあちゃんも料理が出来たんだろうか。昨夜の話を思い出す。獅子人に弾圧され、そこからどうにか開放されたいともがき続けたケットシーの皇家。出来ることならなんでもする、子孫に幸せな未来を生きてほしい。そうやってどんどん色んな物を捨て、残ったのが目の前のこの子の姿だ。
『……ビッグケットモタクサン勉強シタリ、練習シタリシタンダヨナ。アリガトナ』
『え?あーうん…まぁ…そこは深刻になるとこじゃないよ。大丈夫。ご馳走さま』
『ハ?早!』
『お前がとろいんだよ』
大食いの彼女に合わせてそれなりの量が積まれていたはずの皿は、もうからっぽになっていた。サイモンも慌ててパンを頬張る。一方で食器を並べたトレイを持ち上げたビッグケットは、『あっ』と声を上げた。
『サイモン、水飲むか?この家とっても綺麗な水が飲めるんだ。美味いぞ』
『エ?家デ水ガ飲メルッテ?何ソレ』
『すぐそこのポンプ。押すと水が出るんだよ』
『ヤバイナ…井戸スラ行カナクテイインダ。アリガトウ、下サイ』
『はいよ』
さすがと言うべきか、高級マンションは何もかもが違う。家の中に水道が引いてあるなんて…しかも綺麗な水。ビッグケットが食器棚からコップを出し、奥に向かう。突き当りのキッチンだと思っていた場所で確かにポンプらしき物を操り、ジャーッと音がして、
『どうぞ』
サイモンの目の前に水の入ったコップを置いた。見事に透明だ。これが…そのまま飲める…だと…?
「いただきます…」
恐る恐るだが口をつけると、…!!飲める!飲めるし美味いぞ本当に!思わずがぶがぶ口に含み、一気に飲み干した。
「っはーー、美味い!!」
『美味いだろ?』
『美味イ!最高ダ!!』
『私さっきあまりに美味くて感動して、何杯も飲んじゃったよ』
『イヤワカル。俺モ飲ム』
サイモンが立ち上がろうとすると、ビッグケットが気を使ってコップを先に取ってくれた。また水が運ばれてくる。飲み干す。コップを差出し、もう一杯。また飲む。
『水 美味…』
『なっ、すごいよなぁ』
にこにこ話しかけてくるビッグケットに大仰に頷き、思わず神に感謝の祈りを捧げる。これはすごい。貧民が少ない金を積んで安酒買ってるのが馬鹿みたいだ。いや、それもこれも金があればこそ。むしろ祈るのはビッグケット相手かもしれない。サイモンはサッと黒猫に祈りを捧げた。
『で、今日はどうするんだ?もう昼過ぎたけど』
『エッ昼?…本当ダ…』
ビッグケットに言われて時計を見ると、とっくに12時を回って、もうすぐ13時だ(知らぬ間に壁にかけられているってことは、恐らくビッグケットがジルベールと買った物を設置してくれたんだな)。多少水でアルコールを薄めたとはいえ、出かけられるだろうか。…その前に。
『ビッグケット、ココノトイレッテ…』
『ああ、そこの扉の向こうだよ。ついていこうか?』
『イヤ、恥ズカシイカライイ』
流石、ビッグケットは先に起きただけある。この家の間取りをよくわかっていた。キッチンの隣に扉がある…その奥がトイレか。彼女の知見に感謝して扉を開けると。
『ワーー、コレ風呂カ!?』
『正面は風呂だな』
正面に摺りガラスの引き戸。がぱ、と開けると湯船と水道、洗い場がある。広い!
『コッ、コレハナンダ?!』
『横は洗面台って説明書に書いてあったぞ。戸棚に入ってたのを読んだ』
風呂の引き戸を閉めて、左側を見れば鏡と戸棚、ボウル状になった台と水道。これで顔を洗えって?なんて贅沢な!つーか、
『オ前字読メタノカ!!』
『読めるよ。ケットシー語とセクメト語は完璧に読み書き出来る。説明書にむかつくけどセクメト語の表記があったから、先に読んでた。あとはエルフ語も多少ならわかる…けどさ、
お前とりあえずトイレ行けよ。ションベン漏らすぞ』
『行ク!ケド!皇女ノ孫ガ汚イ言葉使ウナ!!』
相変わらず雑な言葉を使ってくる。色々知ると、女の子な上皇女の孫なのにこれでいいのかという想いが強くなる。教育は人並み以上に行き届いてるみたいだけど…まずそれより土台が…。いやまずトイレだ。最後に右側の扉を開ける。
『っワーーーーー綺麗!ココ二スルノカ!?』
『早くしろ!!』
新居のあまりの綺麗さに驚きが止まらない。
『ったく、気持ちはわかるけど感動しすぎだ』
『ダッテ…色ンナ物ガスゴスギテ…』
『最新設備の物件にして良かったろ?』
『イヤ、イイケド…アソコニ暮ラスノワリト怖イ』
『ビビりすぎだろ』
トイレと身支度を終えた後。新しい家に感動して一日を終えるのもなんなので、とりあえず二人で外に出た。ビッグケットは一回外出してるのでほぼそのままだが…サイモンの髪。乱れたみつ編みは見様見真似で直した。とりあえずこんなものだろう、それなりに元の見た目に出来たと思う。さて、今日もタイムリミットは17時まで。それまでに終わらせることは…
『今日は何するんだ?』
丁度ビッグケットにも聞かれた。魔法の絨毯で移動しながら返事を返す。
『今日ハオレノ服トオ前ノ鞄ヲ買ウ。別ニオレノ金クライ好キニ使ッテイイケド、完全ニ無断デッテノハ怖イカラ、オ前ノ鞄ヲ買ッテソノ中ニオ前ノ小遣イヲ入レテオク』
『なるほどね』
『アトハグリルパルツァーニ行ッテ金返スノト…闘技場ニ行ク服ハドウスル?』
『あー、じゃあ安いの買うか』
『安イノデイイノカ?』
『高いのはもったいないよ』
快晴の下、会話する間に住宅街をぐんぐん抜けていく。いつぞやのガレット屋の前を通り(店員気づいたかな?)、あっという間に人間用商店街に辿り着いた。魔法の絨毯はすごい。…ああ、これを持ち歩くための何か紐とかもあるといいかもな。二人で地面に降り、絨毯は丸めてかつぐ。なかなか珍奇な見た目だ。
『エート、俺ノ服。一緒ニ行クノツマラナイナラ、シバラクソノ辺見テテモイイゾ』
『やだよ、ここ人間の縄張りだろ?絡まれてもめんどくさいし、一緒に行く』
『ソウカ』
…と言われてもな。基本 人間エリアは閑散としている。訪ねてくる客が大概兵士だから、日中は誰も来ない。それでも店を開けているのは、限られた人数のさらに限られた存在、兵士たちの家族が来るかもしれないから。今ビッグケットはフードも被ってないし、じろじろ見られながら買い物するのは…いや、それは彼女を一人にしても同じことか。なら二人でいた方がマシか?
『それにサイモンがどんな服買うか見たいし』
『ハ?ソンナ大シタ物ハ買ワナイヨ』
『えー、買えばいいのに!』
黒猫がきゃらきゃら笑うが、女子じゃあるまいし。というか、サイモン自身服に対するこだわりは特にない。せっかく金もあるし、こだわった方がいいのか…?とは思うが、貧乏暮らしが板についたのか、服に金などかけたくない…と思ってしまう。それよかもっと楽しいことがしたい。例えばそう、いつか外に旅に出たりして。
『ジャアソコガ服屋ダカラ、さくさく行クゾ』
『はぁい』
せっかくだから、こないだ服を買った所に入った。ここで買えばなんとなくそれっぽくまとまるだろ。とりあえず洗濯の分も考えて何着か…色は濃い物にして、紺と、黒と、深緑に茶色…
『いやお前暗いな〜、もっと明るい色は買わないのか?』
サイモンが絨毯を店員に預け、服を選んでカゴに入れていると、隣からビッグケットが茶々を入れてくる。ド直球な物言いに顔をしかめるが、猫は意に介さない。
『サイモンは色白だから、派手な色でも似合うと思うぞ』
『からふるナノハムシロ有色系ノ方ガ似合ウダロ。俺ハコウイウノデイインダ』
『そーか?じゃあもっと開襟シャツとかさぁ』
ビッグケットが言いながら手にとるのは前開きのシャツ、だが、それを着崩すと即チンピラの服だ。金持ったチンピラが調子に乗って買う服って感じ。サイモンのキャラには合わない。
『ソレジャゴロツキダヨ。柄悪過ぎギ。オレハ一応知識階級のツモリデ生キテルカラ』
『知識階級www』
『イヤ笑ウナ』
サイモン本人は至って真面目に答えたつもりだが、何がツボに入ったのかビッグケットはげらげら笑い始めた。さすがにむかっ腹が立って冷たくたしなめたが、
『知識階級…!www』
肩を震わせてひーひー言っている。失礼な奴め。
『文句アルナラ家デ待ッテロ!』
『やだぁ、退屈だし!!』
しかし相棒は、相棒のはずの猫は、あけすけな態度を崩さない。両腕を頭の後ろで組んで辺りをきょろきょろ観察している。ったく、がさつだわ凶暴だわ素直通り越して失礼だわ、とんでもない女だな。
『オイ、俺ジャナカッタラモット怒ッテルカラナ!感謝シロヨ!!』
『はーい!』
ビッグケットが明るく返事した辺りで、だんだん頭が痛くなってくる。そういえば二日酔いだったっけ。サイモンが俯いて頭を抑えていると、これにはさすがに心配そうにビッグケットが寄ってくる。
『大丈夫か?カゴ持とうか?』
『イヤ…イイ…』
何が悲しくて連れの女に荷物持たせるんだよ…。いや、こいつの方が遥かに力持ちだけど…。
「そうやって男のプライドバキバキにしてくるとこも嫌いだよ…」
『今なんて?』
『ナンデモナイ』
気遣ってもらったところ悪いが、ビッグケットの申し出を断ってカゴを握りしめた。こうなりゃ意地だ、限界までこいつには荷物持ちさせないからな。
『ヨシ、次』
『まったく…無理すんなよ』
『ワカッテルヨ』
足元が若干おぼつかないけど気合いだ気合い!!
…いやすいません、調子乗りました。
『大丈夫か…?ほら、オレンジジュース』
『アリガト…酸味ガ超嬉シイ』
シャングリラ東部のメインストリート沿い、出店エリア。サイモンは買い物を終え根性でここまで来たが、ついに力尽きた。人間エリアと打って変わって通行人多数の中ベンチにへたり込む。頭が割れそうに痛い。普通この状態の人間は外出などしないだろうが、今回はもう外に出てしまっている。最悪魔法の絨毯に乗りさえすれば帰れるが、ここまで来てそれもどうなのか。とりあえずビッグケットが買ってきてくれたジュースをちびちび飲む。
『ビッグケットガ…チャント買イ物出来テ俺ハ嬉シイ…』
『そんなことはいいからどうすんだ?もう帰るか?』
『バカ、帰ッテドウスル。グリルパルツァーニ金返シテナイシ、闇闘技場用ノ服モマダダロ』
『まったく、大して酒強くないくせにガバガバ飲むから』
『ウルサイデース』
こちらを覗き込むビッグケットとぼそぼそ会話していると。
「…大丈夫ッスか?お兄さん具合悪い?」
二人を遠巻きに見ていた通行人のうち、一人の男が恐る恐る話しかけてきた。この街の亜人、獣人は他人に興味を持たない者が多いのに珍しい。話しかけられてるのはわかっているが、サイモンが頭痛で顔を上げられずにいると、空気を察したビッグケットが代わりに顔を上げる。その瞬間。
「うわっっビッグケット、さん!!!」
名前を呼ばれた。え?これにはサイモンも興味を引かれて視線を上げる。相手はパーン、ヤギの獣人だ。昨晩会ったユウェルと比べるとかなり人間の顔をしている。ヤギの耳と角こそついているが手足の被毛も薄く、あと一歩血が混じれば完全にモモやビッグケットと同じタイプの獣人になりそう、そんな若い男が。
「わ、わぁ、あのっビッグケットさんですよね?!あの、闘技場に出てた!!」
見る間に頬を紅潮させ、興奮した様子で話しかけてくる。もしかしてこいつ、闘技場の客だったのか?まぁ、二戦やってそれなりに話題なら、この街でビッグケットを知っている奴とすれ違うこともあるか。サイモンがそう判断している間、ビッグケットは彼が何を言っているかわからない。戸惑ったようにサイモンの服を引っ張った。
『?サイモン、こいつなんて言ってるんだ?』
『…オ前ガ、闇闘技場ニ出テタビッグケットサンデスカ?ッテ』
『えっ?もしかして闇闘技場で私のこと見てた奴か?』
『ソウミタイダナ』
パーンの男がキラキラした目でビッグケットを見つめている。…有り体に言ってファン、なんだろう。仕方ない…通訳するか。共通語を話せないビッグケットに代わってサイモンが返事を返す。
「そうだけど…あ、こいつ共通語わからないんだ。だから何か話したいなら俺を通してくれ。悪いな」
すると男は嬉しそうにサイモンを振り返った。
「あっもしかして、アンタは昨日オークの男とコボルトの女の人を助けてたオーナー?!鏡に映ってたの見たよ!」
「うう…やっぱり闘技場の客か…見られたくなかったんだけどな…」
「いや、すごいカッコよかったよ!握手して下さい!」
「は?俺と?」
「とりあえずアンタも!会えて嬉しいから!!」
こいつ節操なしかよ。若干引き気味のサイモンに対し、パーンの男は心底嬉しそうにサイモンの手を握った。ビッグケット相手ならともかく、オーナーの自分と握手して何が嬉しいんだ…?だが、男は笑みを崩さない。
「あの、ビッグケットさん!初戦から見てました、メチャクチャファンです!こんなに細いのにでかくて強そうな亜人獣人を次々ぶっ飛ばして、本当にカッコ良かったです!握手して下さい!!」
男の声が興奮で声が上ずっている。あまりに純粋に好き!という態度なので、まぁ…悪い奴ではなさそうだ。サイモンは傍らのビッグケットに彼の言葉を伝えてやった。
『最初カラ見テマシタ、コンナニ細イノニ強ソウナ奴ラヲ次々殺シテ本当ニカッコヨカッタ、握手シテ下サイッテ』
『…ふーん、最初から見てたのか〜物好きだな!』
話の概要がわかると、ビッグケットは満更でもなさそうに相好を崩した。握手を…と言われたのですっと手を出す。男は慌ててギュ!と両手で握った。
「うわ〜、メチャクチャ普通の女の子の手だぁ…!いやっ、ちょっとは筋肉っぽい?でもあんな怪力には思えないな?」
ぶつぶつ言いながら、ビッグケットの手をまさぐるパーンの男。気持ちはわかる。気持ちはわかるが、一応年頃の女の子の手なんだからさわさわするな…変態かお前は。いやでも気持ちはわかるよ。
「俺もそれすごい疑問なんだけど、すごいよな…どこからあんな力出てんだろうな?」
「ですよね!!いやー、闘技場は友達の付き合いでこないだ初めて行ったんですけどね、もぉーー行って良かったです!!ビッグケットさんの戦いぶり、チョーーー気持ちよかった!メチャクチャ勇気づけられました!」
「え、勇気づけられた?」
サイモンが言葉を挟むと、パーンの男はドヤ顔で続ける。
「ビッグケットさん、ケットシーなんスよね!獣人ランク的にはかなり弱い方のはずなのに、上位の奴らを玩具みたいに捻り潰して、いやぁスカッとしました!本人じゃないとはいえ、普段ああいうのにデカい面されてるから、応援もリキ入ったッス!!」
「はーなるほどね…」
そうか、草食獣の男。人間のサイモンにはわからないが、獣人の特に男の中では、種族の腕力なり社会的地位なりで強固なヒエラルキーがあるのだ。ビッグケットはケットシーのかつ女でそれをひっくり返した。熱狂的に好きになるわけだ。
「ほらっ、俺の言葉伝えて下さい!今夜も出るんですよね?!絶対見に行きますから!このまま殿堂入り掻っ攫って下さい!!よ!下位ランク期待の星!!」
「はいはい…」『エート、ケットシーハ弱イハズナノニ強イ獣人タチヲ玩具ミタイニ捻リ殺シテテスゴイ気持チヨカッタ、弱イ自分モ勇気ヅケラレタ。今夜モ出ルンデショウ、絶対見ニ行ク、デンドウイリシテクレ…ダッテ』
『ふんふん』
パーン男の言葉を噛み砕いてビッグケットに伝えると、猫耳がピクピクと震える。しばらく黙って耳を傾けていたが、全部聞き終わるとにやりと口角を上げた。
『そうか、お前も苦労してるんだな。じゃあお前の不満の分まで全員ぶち殺してやる。今夜も圧勝で片付けるから見ててくれ』
おまけに男を指さしてキメポーズ。サイモンは思わず笑ってしまう。
「あの、ふふ…。お前も苦労してるんだな、じゃあその不満の分まで全員ぶち殺す。今日も圧勝するから見ててくれ…だって」
「うおお、カッコイイッス姉御!今夜入れてあと3日で見れなくなるのが寂しいッス!!」
「いや、正直あの勝ちっぷりじゃ賭けにならないだろ…。だから殿堂入りがあるんだよ」
「いやでも…いや!最後まで見届けます!頑張って下さい!!」
そこでようやく手を離した。散々手を揉まれたビッグケットが気疲れした様子で手を握ったり開いたりしてるが、男は意に介していない。嬉しそうにぺこりと頭を下げた。
「それじゃまた闘技場で!もう超期待してます、全裸待機してますから!!」
「ぜんら。」
「楽しみすぎて裸になっちゃう!ってスラングですよ!!それじゃ!」
パーンの男はそのまま手を上げ、足取りも軽く去っていった。正直呆気に取られて二日酔いの頭痛もどこかへいった。その場にはぽかんとする二人だけが残された。
『…あの男、なんだって?』
『アト3日シカ見レナイノガ寂シイ、今夜ノ戦イモスゴク期待シテル、頑張ッテ下サイッテ』
『ふぅん………』
ビッグケットには普通に伝えた。まさか、楽しみすぎて服を脱ぐ(くらいだ)なんて説明は出来ない。とりあえず…
『ナンカ、頭痛イノドッカ行ッタ』
『そうか、そりゃあいつに感謝だな』
その後は雑貨屋でビッグケットの鞄を探した。アクティブな彼女には斜め掛けやら両肩掛けやらの鞄は邪魔だろう。入れる物も目下金だけだし、スッキリフィットするウエストポーチを選んだ。黒い猫部分に合わせて黒のポーチを買う。ベルトを調節して身につければ、新しいポーチは以前からそこにあったようにしっくり馴染んだ。サイモンは会計を済ませた後蓋のボタンを外し、中に金貨を2枚入れてやった。
『ハイ、ジャアコレガオ前ノ分ノ金ナ。欲シイ物ガアッタラココカラ出セ』
『ああうん、悪かった。ありがとな』
蓋を閉じ、ボタンを嵌める。軽く揺する。チリンチリンと微かな音がして、黒猫は嬉しそうに笑った。
『ふふ、私の金だ』
『子供ノ小遣イカヨ』
サイモンはため息をついたが、まぁわからんでもない。システムとしての売買は彼女も知っていただろうが、話を聞く限りこれまで自給自足の生活。買い物をすることなどほとんどなかっただろう。となるとお金を持っているというのはきっととても特別なことなのだ、馬鹿にするのも失礼か。さて。
『次ハ服』
『うーーん、今日は何にしようかな〜』
雑貨屋を出るとビッグケットが昨日も行ったのだろう、躊躇なく次の店に向かって歩き出す。サイモンは黙ってそれについていった。
『お前は何がいいと思う?』
『サァ…昨日ヒラヒラダッタカラ、今日ハタイトトカ?』
『あんまりぴちっとしてると動きにくいんだけどな〜』
会話しつつ次の目的地、獣人女性用の服屋に入る。入り口にコボルトのマネキンが置いてあって驚く。マネキンすら違うという事実も、その服の布面積の小ささも。
『ッテコレ、庶民向ケノ店ダゾ。着飾ラナイノカ?』
『…別にいいよ、あれはジルベールが選んだんだ。あんなこっ恥ずかしいの二度と着るか』
『ヘェ…』
あんなにノリノリで愛想よくしてたのに、実は本人的には恥ずかしかったのか。意外な事実にサイモンの口角が上がってしまう。
『ジャアアレダ、イッソ足首マデアルドレスデ戦ッタラ』
『お前馬鹿か?動きにくいだろうが、却下却下』
そんなやりとりをする二人の目の前に、ふとある服が目に入る。これは…
『ピナフォア…』
『なんだそれ』
『金持チノ給餌係、メイドトカガ着ル服ヲアレンジシタ物ダヨ。俗ニエプロンドレスッテ呼バレル奴ダナ』
『…………』
そこにあったのはむしろメイド服そのものだったんだろうが。白襟がついた、黒の膝丈ワンピース。白のエプロン。それはそれは立派なメイド服。
『ヨシ、今日ハコレダ』
『なんでだよ!?』
『猫耳膝丈メイド、完璧ジャナイカ』
服を見、ビッグケットを見て満足げに息を吐き出すサイモン。ビッグケットは瞬時にしっぽを膨らませて抗議した。が。
『おまっ…!…へぇえ、ふーーん、サイモンは「そういう趣味」があるんだぁ、モモに言ってやろ』
『ナンデダヨ!!?』
今度はサイモンがツッコむ番だった。いや、そういう…趣味…つーか、客のニーズを考えただけであって、別に特別そういうのが好きなわけではないぞ!?そもそもモモの名前はどこから来たんだ!?
『昨日モモがさぁ、生まれてからこの街に来るまでの話を聞かせてくれて。散々 人間に蔑まれてきたのに、この街で初めてサイモンに優しくしてもらって、そりゃあ嬉しかったって言ってたんだ』
『ウッ』
『そのサイモンが特殊性癖だって知ったら幻滅するだろうなぁ〜〜〜獣人にメイド服か〜〜〜』
ちら、ちら、とこちらを嫌らしく見てくる視線。半分以上ふざけているのは見てわかったが、お前だけは清らかな存在だと思っていたのに…と言いたげな顔をしてくる。いやそれもなんか違う、これはアグレッシブなビッグケットと清楚なメイド服のギャップが面白そうだと思っただけで、いやその、
『マッ、待テ待テコレハ別ニ俺ノ趣味ジャナイゾ!?客ガ何ナラ面白ガルカナッテ…』
『ふん、私は格闘大会に出るとは言ったが、下世話な意味で見世物になると言った覚えはないぞ。お前は私をなんだと思ってるんだ』
『エッ!?エーーーート、エエエ…』
なんだと思ってる?獣人のパートナー?獣人の、獣人を平等に扱って、うん??ジルベールの提案するドレスは獣人差別でもセクハラでもなくて、俺が興味半分で指さしたメイド服は良くないってのか??昨日セクメトのプリマヴェーラと一触即発になった空気、直後に聞いたビッグケットの苦悩が脳裏をかすめる。俺は、その他大勢のようにこいつらを玩具にしようとしてる…のか…?
『おや?即答出来ない?はーーーん、お前もそっち側の人間だったかぁーーー』
『エッチョ、ヤメテ!?マジデ、マジデヤメテ』
全身から血の気が引いていくのを感じる。サイモンは個人的な信条として、人間、亜人、獣人というのを一々分けて考えるのは嫌だと思っていた。皆平等に「人間」だ。見た目も文化も言語も違っても、この世界に生きる同じ有文化生物だ。だから困っている亜人獣人がいれば、人間だからこそ手を差し伸べねばと思ってきたし、そう行動してきた。なぜなら自分がそうやって助けられて、今生きているから。それが出来なければ、かつて助けてくれた人々に顔向け出来ないと思っているから。だからもし、隣にいるビッグケットに「これは差別だ、我慢ならない」と言われたら、彼は今までなんのために何をしてきたのか。
『………ふはっ、すげーーー顔!』
突然、ビッグケットが吹き出した。数秒の無言が永遠にも感じられた、その先の出来事。サイモンはハッと我に返り、自分がじっとりと汗をかいていたことに気づいた。傍らのビッグケットはキャッキャと笑っている。
『いやぁ、ごめんごめん!こいつ猫にメイド服着せたい奴なのかー!ってライトにからかいたかっただけなんだけど、大分深刻に受け止めちゃったみたいだな!』
『…オマ………クソッ…』
『…いや、』
そこでビッグケットが笑いを引っ込める。金色の瞳がまっすぐサイモンを見つめた。
『猫人に召使いの服を着せたいのか、なんて思った私が悪かったよ。お前がそんな奴じゃない事は、たった数日の付き合いでも私がよく知ってる。お前は獣人を下に見る奴でも、獣人を従えて悦に入る奴でもない』
『…!』
ビッグケットの静かな声を聞いて、サイモンの脳裏に昨晩の光景が蘇る。素っ裸のエウカリスに首輪と鎖をつけて引きずってきた人間の男。ああ、そうか。召使服ってそういうことか…。
『…ゴメン。俺、召使イナンテ抱エルヨウナ金持チジャナカッタカラ、ソウイウノ別世界ノ存在ダト思ッテタ。俺ハ、ビッグケットノコトヲ下トカ自分ヨリ身分低イトカ思ッタコト…一度モナイヨ』
『うん、そうだろうな』
『デモ、チョット、選ブベキデハナカッタナ』
そう。多分女性獣人たちにとって「召使服」という存在自体がセンシティブな一品なのだ。ビッグケットは冗談交じりにからかってきたが、あるいは1ミリでも不快や落胆の気持ちがあったなら、心底詫びなくてはならない。サイモンは無意識に頭を下げた。自分はまだまだ人間とその他の溝をわかっていなかった…。それを見たビッグケットは小さく微笑み、慰めるように彼の肩に手を乗せた。
『いや。お前のその気持ちが聞ければ大丈夫だ。お前はただ、ファッションとしてあれが可愛いと思っただけなんだよな』
『…ウン、清楚デギャップガアッテイイカナッテ』
『うん、じゃあやっぱりフェチとしてあれを選んだんだよな?イイ趣味してるな??』
『ハ???』
顔を上げた先のビッグケットは、とてもとても。イイ笑顔をしている。
『一切全く誰かを差別する気持ちがないからこそ、心のどこかで他人を支配したい、従えたい欲求があるのかなぁ〜?スケベだなぁ〜このこのー』
こ、こいつ…!!!!
『じゃあ至極クリーンにお前の趣味が確認出来たところで買うかぁ!すいませーん♪』
「フザッけんなよテメェ!!!!」
思わず素が出たわ。サイモンはげらげら笑うビッグケットの肩を掴み、ケットシー語じゃ上手く言えない文句を散々ぶつけたが、黒猫は全く意に介さない(意味がわからないから当然か)。そのまま自分の鞄から金貨を出し、ガチのマジでメイド服を買ってしまった。な、なんだよこれっ…まるで俺がメイド服フェチの男みたいじゃんか、勘弁してくれよぉ!!!!
『ひっひっひ、悪かったよ〜機嫌直せよサイモン〜〜』
『笑イナガラ言ウナ馬鹿猫。サスガノ俺モきれル』
『えーもー、ホントに。ホントにゴメンってば』
『言イ方ガ軽イ!!!』
必要な物を買い揃えた午後。夕食をとるにはまだまだ早いが、用事もあることだし一足先に食べてしまう事にした。そう、グリルパルツァー亭だ。なんだか既に懐かしい気すらする店内。西日が差し込むそこに、これまた懐かしい顔…サテュロスのディーナがやって来る。
「おっ、また来てくれたのね!…って、何揉めてるの?珍しい。喧嘩?」
「それがよーーー、聞いてくれよディーナ!こいつ今日の闇闘技場に着ていく服、軽ーい気持ちでメイド服はどうだ?って提案したら、俺の事変態かフェチ趣味みたいに扱ってくんだよ!」
ディーナがライトな様子でこっちの事を聞いてくるので、ビッグケットには申し訳ないが共通語で愚痴らせてもらう。これならビッグケットには内容がわからない。変な事を吹聴されずに済むと思ったのだが…
「や、それは…獣人的には複雑かなっ…。何 君、獣人を飼い慣らしたいタイプの人間だった?」
ド ン 引 き か よ 。ディーナは内心ショックを受けつつも、客相手だからと必死に笑みを浮かべているように見えた。いや、あーっ結局ディーナもサテュロスだからそっち側なのか?サイモンは思わず両手を振る。
「待って?ごめん、別に飼い慣らしたいとかじゃないんだけどさ。メイドさんって誰かに付き従ってすごく大人しいイメージだから、そういうのをゴリゴリに強いビッグケットが着てたら面白いかなって、ただそれだけなんだけど…え、ごめん駄目な奴か???」
「あ、ああ…えっと、ただのイメージ?イメージで着せようとしてるの?」
「いや、俺メチャクチャ庶民だから!誰かを金で従わせようとか屈服させようとか思ってないし、そういう趣味はないよ!?」
そこまで言ってもディーナの懐疑的な視線は変わらない。
「お金、しこたま持ってるくせに?」
「これはたまたま!結果論!金持ってるからって突然人格変わったりしないから!!」
「いやぁ、そういう人世の中たっくさんいるけどね…」
嫌な現実だなオイ。おかげで無駄に疑われてるじゃねーか、勘弁してくれよ。ふと会話が途切れると、にやにやしながらこちらを見ていたビッグケットが口を挟んでくる。
『その子、なんだって?メイド服可愛くていいよね!って言ってくれたか?』
『ソレハナイ。…クソ、ヤッパリチョット疑ワレタ』
『だよなー!!』
『嬉シソウニスルナ!』
猫が大笑いしたところで、一応誤解は解けたようだ(多分)。ディーナはこほん、と咳払いしてメニューを渡してきた。
「じゃ、今日は何食べる?またステーキ食べる?」
「うんじゃ、俺はステーキ1枚。ビッグケットは…」『オイ、ステーキ何枚食ベル?3枚クライデ手ヲ打ッテホシイナ?』
『それ、聞いてるうちに入らないぞ。じゃあ3枚』
「ビッグケットは3枚だって。あっあとセットでパンとスープ。二人分な」
「はーい、かしこまり〜」
メニューがソッコー決まったので、ディーナは一旦差し出したメニューをまたしまった。蹄を鳴らして軽快に厨房に戻っていく。すると入れ違いに、オークのおかみがやってきた。
「あっおかみさん!あの、こないだの肉代と窓代!払いにきました!!」
「アラアラ、本当ニ払ッテクレルノネ。アリガトウ」
サイモンがガタンと立ち上がり、鞄から袋を取り出す。金貨10枚と窓代で+1枚。ずしりと入ったそれをおかみに渡すと、オークのおかみは嬉しそうに袋を抱きしめた。
「マサカ、所持金銅貨数枚ダッタ子ガコンナニ大金用意出来ルトハネ…世ノ中何ガ起キルカワカラナイモンダワ」
「その節は大変申し訳ない…。あの、中身ちゃんと見てください。全額入ってると思うので」
「ウン、大丈夫ヨ。手触リデ大体ワカルカラ」
それもすごいな。サイモンが驚く目の前で、おかみが袋越しに金貨を確認する。チリ、チリ、微かな音が耳に届く。そうか、感触だけでなく音もか。やがておかみは満足そうに頷き、二人に向き直った。
「確カニ金貨11枚、受ケ取リマシタ。コレハ主人ニ渡シテオキマス。ジャ、二人共ユックリ楽シンデネ」
「はい…!」
思わず長い息を吐いてしまう。ずっと心の中でわだかまっていた案件がようやく片付いた。これであらゆる借金返済は終了だ。おかみが手を振りつつ去っていくのを見て、ビッグケットが話しかけてくる。
『おかみにお金返したのか?』
『アアソウダヨ。オ前ガ馬鹿ミタイニ食ッタステーキ代、ヤット払エタヨ。ハ〜長カッタ』
『とはいえ、3日前?だけどな』
『オ前ナ、貧乏人ニトッテノ10万エルスガドレダケ高イカワカッテナイダロ。メチャクチャ重カッタンダゾ』
『うんごめん…ありがとう』
『…ン。イイヨ』
その後は運ばれてきたステーキを黙々と食べた。…そう、ステーキ。やっとまともに味わえた気がする。噛みごたえのあるギッチギチの高級肉。赤身の旨味が口いっぱいに広がり、とろとろの脂の味と共に喉を駆け下りていく。ふわぁ…
「うっめえええええ」
『うん、美味い美味い』
これはもう神。神の領域。親父、お袋、俺を産んでくれてありがとう…主神ゼウス、この世に肉という食べ物を産んでくれてありがとう…女王陛下、この国にこんなすごい食べ物を流通させてくれてありがとう…全てに感謝。
『…ヨシ、コレデ今日モ余裕勝チダナ!!』
『マジそれな』
食事ヨシ。あのあと三つ葉食堂にも寄ってさらに追加飯をビッグケットに食べさせた。
荷物ヨシ。一旦家に帰って色々置いてきた。ついでにサイモンは今日買った新しい服に着替えた。これで古い服は全て処分。貧乏人の名残を全て捨て去った。一方ビッグケットは、あんだけ難癖つけたメイド服をあっさり着た。さらに合わせて買ったヘッドドレスと白いソックスも身につけた。これで彼女はどこからどう見ても品のいいメイドだ。本性はまるで逆だし、どうせまたすぐ真っ赤に染まって捨てる羽目になるが…。おまけにお気に入りの黒いストールもちゃんと持ってきた。ウエストポーチも身につけて、これで準備万端。いつでも闘技場に行ける。身支度ヨシ。
いざ3回戦。あの貴族男はまた来ているだろうか。あいつがどんな策を用意しようが、ビッグケットは必ず勝つ。サイモンはそう信じていたのだが…
「サイモン・オルコット様。出場者ビッグケット様について、主催者からメッセージがあります」
そう言われたのは、地下の大空洞、選手控室で例によって来ていた貴族男と小競り合いしていた時だ。案内係の男が恭しく佇んでいる。その目が、サイモンとビッグケットの二人を捉えて離さない。サイモンの記憶が確かなら、こいつはもっとフランクな口調でこちらと話していたはずだ。それがこうもビシッと敬語を使ってくるということは、よほど重要なメッセージがあるということだ。
「小僧!ついに小賢しいトリックがバレたか!?これは出場停止の通告かな〜??!!」
「はぁ!?そんなわけないし!てか、なんだよ突然メッセージって!俺たちは不正なんて何もしてねーぞ!」
やたら嬉しそうに絡んでくる貴族男。サイモンがそれをいなしていると。
「それは存じ上げております。しかしお聞きください」
案内係が静かな、そして低い声音で用件を告げる。きゃんきゃん叫んでいた二人は思わず口をつぐんだ。それだけ迫力のある雰囲気だった。
「…な、なんなんだメッセージって…」
「今読み上げます」
すると案内係は、脇に抱えていた白い紙を広げた。どうやらここに主催者からのメッセージとやらが書かれているようだ。目線を下に落とす。そして口にした言葉は…
「サイモン・オルコット登録、ビッグケットに告ぐ。貴殿は前2戦において目覚ましい戦果を上げた。鬼神のごとき戦いぶり、実に見事。このままいけば、あっという間に残りの3戦も勝ち上がり、殿堂入りを果たすだろう」
ざわ…。読み上げられた内容に、この場のほとんどの人間が動揺の声を上げた。3戦目はまだこれからだ。なのに主催者はもうビッグケットが勝つと言っている。もちろん、これまでの戦いを見ていればその結論に至ってもおかしくはない。しかし、今日これから戦おうとする出場者たちにとっては侮辱も同然。こんなに細く可愛く、なんならふざけてメイド服を着ている女に殺されると予言されたのだから、面白いわけがない。動揺が徐々に収まり、やがて彼らから噴出したのは怒りだ。
「は?何言ってやがる。こいつが殿堂入り?ゼッテーさせねぇよ」
「なんなら今からおっぱじめてもいいんだぜ。9対1の戦い、本気で勝てると思ってんのか」
各々関節を鳴らし、睨みを効かせ、不満を露わにする。案内係はそんな彼らの様子を眺め、皆様落ち着いて下さい。と言葉をかけた。メッセージにはまだ続きがある。
「そこで、あまりにも強い貴殿の実力を認めた上で、他の者に対してハンデをくれてやって欲しい。具体的には、
選手ビッグケットは全裸で戦うこと。
布一枚纏うことも許さない。これが嫌であれば、事前に出場を辞退すること。殿堂入りは目指せなくなるが、貴殿の貞操及び人権は守られるだろう。
…以上です」
………!!!!!!
一瞬静寂が訪れ、案内係が白い紙を畳む。次の瞬間、
「ワハハハハハハハ!!!そりゃあいいや!!おい嬢ちゃん、服脱げよ!主催者のご命令だぞ、嫌なら辞退しろってよ!どうすんだ!?」
「いいじゃねえか、全裸試合!俺たちゃ殺しが出来てカワイコチャンの裸も拝めるってか!最高だぜ主催者さんよ!!!」
ゲラゲラと下卑た笑い声が上がった。突然盛り上がった一同の意味がわからず、ビッグケットだけが眉根を寄せている。サイモンは、言わねばならない。言わねばならないが、あまりに過酷な通達にどこから言えばいいのか言いあぐねてしまった。
『サイモン?なんか面白いことあったか?なんかどいつも私を見て笑ってるんだが…』
訝しげなビッグケットの表情。何も知らない彼女に、言え。…言うんだ。
『ビッグケット…ソノ。主催者ガ、オ前が強スギルカラ他ノ奴ニはんでヲヤッテクレッテ。エット、全裸デ戦エッテ』
『はぁ!!!????』
予想通り、ビッグケットは苛烈な怒りと呼べる表情を浮かべた。あまりに心苦しくて、残りを告げるサイモンの声が小さくなる。
『デ、嫌ナラ出場ヲ辞退シロッテ。…ドウスル、コレハ多分オ前ニストレート勝チッテイウカ…一方的ナ試合サレタクナイカラダト思ウ…。俺トシテハモウ充分儲ケタシ、オ前ガソコマデ身体張ラナクテモ…』
『ハァ?上等じゃねえか』
「えっ」
確かに最後の方は尻すぼみだったけれど、サイモンの言葉はまだ終わってない。なのにビッグケットは、すっくと立ち上がり腰に手を回した。呆気に取られる一同の目の前で鞄を取り、エプロンを剥ぎ、ボタンを外し、バサリとワンピースを脱ぎ捨てる。ヘッドセットを取り、下着も靴も靴下も投げ捨てて。あれよあれよと言う間に全裸になった。
『裸がなんだ、私は猫だぞ。この程度で私を止められると思うなよ』
…っうおおおおおおお!!!!!
出場者も登録者も別け隔てなく、その場のほとんどの男が歓声を上げた。サイモンがハッと現実を認識した時にはもう、ビッグケットは一糸まとわぬ姿だ。どこを見ていいかわからない。と、とりあえず後ろから!これならダメージが少ない…!思わず急いでビッグケットの背中側に回る。
「えっ、小僧見てあげないの?せっかく出血大サービスで全裸になってくれたのに。君たちまさかとは思うけど、仲良くないの?まさかね?」
貴族男が余計な事を言ってくるが無視だ。こんなんマトモに見られるかよ。これまでだって必死に見ないようにしてたのに!!
『…ビッグケット!マダ、マダイインダゾ!ホラ、すとーる羽織ッテロ!』
サイモンが慌ててストールを渡そうとするも、ビッグケットは鋭くそれを払った。音もなく黒い布が床に落ちる。そこに刺さる鋭い声。
『うるせぇ黙ってろ。いいんだ、ここにいる全員に見せてやる。見ろ。全員だ。そして全員…
私がメタメタに殺してやる』
…ああ。ビッグケットは今きっと、修羅の顔をしている。女を、獣人を、人間を玩具にして遊ぶ全てのニンゲンを呪っているんだ。
『…ワカッタ。絶対マタ勝テヨ』
『当たり前だ』
「…では、検査をお願いします」
案内係の無慈悲な声が響く。
「今日の強化トロルはもう限界、攻撃防御共に4倍、スピード6倍だ!これ以上は金じゃない、純粋に魔導師が捕まらん!どいつもこいつも倫理がどうの、何に使うんだどうの言ってかけてくれなかった!だからこれが実質私たちの最後の戦い、今日こそ絶対こちらが勝つ!!」
ワアア…!!
大歓声が響くすり鉢状の闘技場。貴族男は鼻息も荒く本日のプレゼンをしてくれた。貴族男が創り上げた自称混血トロル、ルシファーはこれまで以上にガタイが良く、凶悪な面をしている。いっそバフキメすぎて頭がおかしくなったんじゃないかと思うほど、目がギョロギョロして、もはやマジモンの怪物の域だ。
「あっそうそう、今日は狂乱化の呪文もかけてきたぞ!ここぞでビビって戦えなかったらしょーもないからな、これで恐怖心ともおさらばだ!!」
あっなるほど…あの見た目もこの男によって作られたものだったのか。可哀想に、ただ無惨に殺されるためだけにここに連れてこられたなんて。サイモンにはそれを娯楽と呼ぶ神経がわからない。どいつも、こいつも、人間をなんだと思ってるんだ。
(…ま、無駄な殺生が嫌なら俺たちもここに来るなって話だけどな…)
それでも、ここに人々が押しかけるのは。みんなどうしても見たい物がある。人と人の、命を賭けた本気の殴り合い、その凄まじさ、尊さを目に焼き付けたいからだ。
〈あーっとビッグケット選手、あっという間にマザーファック選手に追いついた!首元を掴み、体勢が崩れたところを…蹴り上げたー!身体が真っ二つに泣き別れー!!!凄まじい蹴りの威力!!マザーファック選手退場!!〉
これで6人目。今日のビッグケットは過去イチ気合いが入っている。それも当然だ、素っ裸で屈辱の試合をさせられているんだ、とっとと終わらせたい一心だろう。例の大鏡にビッグケットの裸体がでかでかと映し出されている。あちこちから血飛沫を浴びて、もはやどこがなんだかわからない状態になっているものの。それは確かに全裸だ。他人にこんな風に見られていいわけないものだ。見たくない。でも、見ないわけにはいかない。彼女の頑張りを無駄にしたくないから。サイモンは食い入るように中継の大鏡を見つめた。
〈次の標的はトロルのハローグッバイ選手だ、速い速い!追いつくぞビッグケット選手…ッおおっ?!そこにさっきふっ飛ばされたルシファー選手が!向かってくる!とんでもない速度で割り込んできた!またしても一騎討ち!他の選手はあまりの迫力に手を出せない!さぁここで決まるのか!?〉
ルシファーはさすがに硬い。ビッグケットの恐らく本気の蹴りや突きでもすっ飛ぶのが関の山で、砕いたりましてや一撃死などまるで無理そうだった。今まで誰かにここまで粘られることもそうなかったのだろう、ビッグケットの顔に若干焦りの色が見える。例えば相手に目に見えてダメージが入っていれば落ち着いて捌けるんだろうが、何せ相手はバフとバーサクキメまくって衰え知らずだ。これがいつまで続くんだ?と思えば、さすがのビッグケットでも怯むのだろう。
「行けっ、殺れ!!お前にいくらつぎ込んだと思ってる!?今日こそ猫女をブチ殺せーー!!!」
『ソイツハばーさくノ魔法デ恐怖モ痛ミも飛バサレテル!トニカク殴レ!イツカ限界ガ来ル!!』
「ウオオオオオオオ!!!!」
『殺レッビッグケット!!!!!』
両腕をクロスしてルシファーの正拳突きを受け止めるビッグケット。トロルの腕力4倍だぞ、普通の人間ならむしろこっちがバラバラに砕けそうなもんだが、ビッグケットはなんとか堪えている。裸足で痛いだろうに、両脚を踏ん張ってトロルの連撃を耐え…あっ、後ろから他の奴が来ている!
『ビッグケット!!!!』
サイモンが叫ぶまでもなく、彼女は後ろの奴に気づいている。即座に蹴り飛ばした(そして絶命させた)。しかし隙が出来たら当然ルシファーの餌食になる。7人目を仕留めた次の瞬間、
「!!!」
横殴りの重い拳がビッグケットの横っ面にヒットした。歓声が一段と大きくなる。闇闘技場に来て初めて、ビッグケットが他人からの攻撃をまともに喰らった!
「よしっ、いいぞルシファー!!そのまま畳み掛けろ!!」
『立テ直セビッグケット!!ソンナンデヤラレル奴ジャナイダロ!!!』
声援が届いたか否か、それは定かじゃないが。空中にすっ飛んだビッグケットは、そのままくるくる回転して床に着地する。その瞬間を狙ったルシファーがダッシュしてくるが、血まみれの黒猫は怯まない。こちらからも仕掛けた。
『けっこー痛ぇじゃん!!!』
ゴスン!!!!
真正面からの正拳突き。綺麗に鳩尾に入ったはずだが、ルシファーは倒れない。もちろんそんな事、今日何度も拳を交えているビッグケットが一番わかっている。攻撃の手を緩めることはない。左、右、左、右のアッパー!2メートルオーバーのトロルから見れば170ほどのビッグケットは充分小柄だったが、その分すっぽり懐に潜り込める。そこから放つ並の男を遥かに越えるラッシュは、そうそう耐えられる物ではあるまい。ついにルシファーも顎を砕かれ脳震盪を起こしたようだ、ふらふら後ろに下がっていく。
「あーーーーーッ」
『今ダッ、畳ミ掛ケロ!!!』
言われなくてもビッグケットは。
『これで決めてやる!!!』
ダンッ!!!!
一歩駆け寄り左足で踏み切り、高いジャンプ。大きく右脚を上げ、下半身を捻って綺麗な回転を描いたハイキックがルシファーの頭を狙い、
ゴシャンッッッ!!!!
ついに砕いた!!もうバフで守るのも限界だったのだろうか、トロルの巨体が力なく床に崩折れる。ここまでくればもう怖いものなどない。ビッグケットに賭けた観客が勝ちを確信して大歓声を上げた。そこでふいにサイモンの耳に実況アナウンスが入ってくる。試合に熱中しすぎて無意識に排除してたのかな。
〈あーーーッルシファー選手!実に健闘しましたがこれが限界!ついに頭を砕かれました、退場!残りはあと一人です!!〉
(そういやあのパーンの男、来てるんだよな。見てるかな…)
唯一の対抗馬である8人目、ルシファーが敗れて残りあと1人。真っ赤に染まった、生まれたままの姿のビッグケットは最後の1人にすたすた近づき、
パカンッ
有無を言わせない速度で頭をかち割った。終了。ハンデがなんだ、ビッグケットは全裸であることなどどうでもいいかのような戦いぶりを披露した。振り返れば、どいつも最初の勢いはどこへ消えたのか。1日目の試合のごとく、ルシファー以外全員ビビって逃げまどう中順に殺されていった。やはり守らなければならない対象がいないと動きも軽快だ。囲まれるなどという醜態も晒すことなく、ひたすらルシファーを退けながら殺して殺して殺しまくった。
〈最後の1人、ハローグッバイ選手も絶命!本日の勝者はまたしてもケットシー混血女性、ビッグケット選手です!この強さ本物!!全裸のハンデもものともしません!!今日の勝者はビッグケット選手でーす!!!!〉
ワァアアアアアア…!!!
掛け値なしの大歓声に包まれて、サイモンがふぅ。と息を吐く。多分大丈夫…と思いつつ、万が一を考えると気が気じゃない。その緊張状態がようやく解除された。今日もビッグケットは無事だ。早くストールを持っていってやらなくては。
「ぅあ……あああ……私の強化トロルが……完敗、なのか…悔しい…!!連続5日のみという制限さえなければ、世界中から強い魔導師を探し出して強化するのに…!」
傍らでは貴族男が床に這いつくばって悔しがっている。そもそもグレーゾーンかましといて何言ってんだこの男。
「いや、強化でなんとかするのがもはや無理だったんだろ。諦めなオッサン」
ああ、ビッグケットが帰ってきた。
『ビッグケット!頬大丈夫カ』
『あ?大丈夫だよこんくらい。ちょちょっと冷やしときゃすぐ治る』
血まみれのステージから白と赤、マダラの身体で帰ってきたビッグケットは、ブスッとした表情で片頬を押さえている。わーおある程度近づいたらわかっちゃう、桃色の乳首も下の毛も丸出しだ。サイモンは慌てて走りより、しかし視線を反らしてストールを差し出した。
『ホラ、コレ羽織レ。モウ丸出シニスル必要ナイダロ』
『ハッ、散々見ただろうに今更何言ってんだか』
『見セタクナイダロウニ見チャッテゴメンッテ言ッテンダヨ、ワカレヨ!』
『………』
『…………?』
答えを返したのに、ビッグケットはただ不愉快そうに押し黙っている。脱がされたことが不満ならすぐストールを羽織ればいいのに、そうじゃないのか?
『ビッグケット?』
『……そういや、私の頬って映ってたか?』
『エッ?』
『右頬だよ。普段前髪で隠してるとこ。鏡に映ってたか?お前見たか?』
『エッ…サァ……ワカラナイ…』
『そうか、ならいい』
それだけ言うと、ビッグケットはサイモンの手からストールを奪ってくるりと身体を包んだ。…右頬、に?何か見られたくない物がある…?そういやこいつ、ずっと片側だけ不自然に長くしてるな。ファッションのつもりかと思ってたけど何か理由があるんだろうか。
(いや、でも突然皇女の孫とか化け物の子とか言い出す奴だ、詮索するとロクな事にならないぞ…やめよやめよ)
『…昔』
『ファッ?』
『ふざけてカマドの近くで遊んでて、ここをドロドロに火傷しちゃってさ。正直素っ裸見られるよりここを見られることの方が怖い。ヤバイことになってるから』
『アッソウナンダ!マァドウセソウイウ理由ダロウトハ思ッテタケド!ゴメン、モウ見タイトカ思ワナイカラ!』
『ああ、そうしてくれると助かる』
腕力4倍トロルに殴られたはずの右頬。それを仏頂面で押さえるビッグケット。…こりゃあ治療させてくれと頼んでも、見せても触らせてもくれないだろうな。だからこんなに不機嫌だったのか。仕方ない、帰ったら何か冷やす物だけ用意してやるか。触らぬ神に祟りなしだ。
『サ、行コウ。帰ル支度シヨウ』
『…こんなことなら、馬鹿なこと言いながらメイド服を買わなくても良かったな』
『…ソレハ言ワナイデクレ…』
二人の視線の先では敗れた各オーナーが悔しげな表情で小切手授与されている。…っと、もう後処理係が来てるのか。もう一回呼ばれちゃったかな?早く行かなくては。
『マ、今日モオメデトウ。オ前ガ無事デ本当ニ良カッタ』
『…ああ。ありがとう、サイモン』
黒猫の肩を抱くように叩けば、存外優しい声が返ってくる。片側しか伺いしれないが、蜂蜜色の瞳が柔らかく潤んでいる。さっきまでの鬼気迫る様子とは大違いだ。…いや、これが。これこそが、彼女の本質と思いたい。高い戦闘力も他人を殺すことを厭わない残虐さも、全て彼女のオマケだ。だってこんなにこいつはいい奴なんだから。
「…会長、『彼女』。予想以上ですね。全裸にひん剥いてもあっさり勝ち上がっちゃいましたよ」
「いや〜、これで3戦連続圧勝。この勢いどうします?あとどんな妨害を仕掛けましょう?」
暗闇に沈んだ空間。辛うじて椅子が何脚か、そして長机が1つ並んでいるのだけが見て取れる。机の上には等間隔でぽつりぽつりと蝋燭が並べられているが、椅子に座る人物たちの姿は照らしきれていない。影がいくつか「居る」。そうとしか形容出来ない。
「…口を慎め。誰にどう聞かれているかわからないんだぞ。軽々しく『妨害』などと口にするな」
「…はっ」
「しかしですね、これでは全く賭けになりません。僕は…『最初の試合』みたいな面白〜い試合展開が大好物でして。こんな一方的なの、エンタメでもなんでもないでしょう?せめてドキドキハラハラ、そうじゃないとお金を投資する意味がなくなっちゃいます」
「はン、なぁにが投資する意味、だ。お前あの試合でボロ儲けしたくせに。あんな大番狂わせ、そう起きるもんか。あのレベルのエンタメを求めてるならもう二度と拝めねぇよ」
…ふふ。小さな吐息が「誰か」から漏らされ、机上の蝋燭の炎が静かに揺らめいた。
「ないなら、作ればいいじゃないですか」
「…というと?」
「今日、既に会長の強権でルールを1つ捻じ曲げた。衣服を身に着けてはならないと。ならば、今後何を変えても一緒では?会場の皆さんもそろそろ、新しいパターンのエンタメを所望してますよ」
「…もったいぶってないで具体策を示せ。つまらん妄想は会長の求めている所ではないぞ」
「じゃあ、そうですねぇ」
穏やかな男の声。蝋燭の近くに指が一本差し出される。
「サイクロプスなんて、どうですか」
「サッ…!?」
「超弩級の怪物じゃないか、それをあの子供にぶつけるのか」
「戦闘力だけ考えるなら、あの女性はオーガに匹敵します。そのへんのつまらない亜人獣人では太刀打ち出来ません。なので、巨大なサイクロプスとケットシー女性の一騎討ち。これなら…そそりません?」
「ふむ、あくまで捻り潰すか」
「は、それじゃ結局一方的な結果になるだけじゃないか」
「いいえ。もしかしたらあの女性がサイクロプスに『勝つかもしれない』。その可能性で賭けをするのです」
………。しばし闇に静寂が訪れる。そして、
「わーっはっはっはっは!!!!君はいつもそうだ!クレイジー!実にクレイジー!!!」
男の一人が大仰に両手を打ち付ける。やがて他の男たちも、パラパラと穏やかな男の提案に拍手を捧げた。
「会長。いかがです?」
「ふむ…それ自体は構わないが。アテは、あるんだろうな?」
「当然です…。会長が望まれるなら、今すぐにでも連れてきますよ」
「………」
ふぅ。椅子がギシリと軋み、遅れて蝋燭の炎が揺らめく。
「わかった。明日はそれで行こう」
「…ケットシー対一つ目のサイクロプス。はてさてお強い子猫さん。君は生き残れるかな…?」
というわけで、全裸待機を
Wミーニングでいってみました。
サブタイって毎回悩みますね。
そそられなきゃいけない、
かといってネタバレもNG。
毎回さじ加減に試行錯誤です。
さて、今回謎の一団が登場しました。
彼等は闘技場の運営側なのですが…
次回、多分闘技場4回戦!
ビッグケットは怪物とタイマン張って
生き残れるのか!?
乞うご期待!!




