肥料の使い道
「お兄ちゃん! 新型の肥料が届いたのを知っていますか?」
朝早くからアリスは仕事の話を振ってくる。農作業に熱心なのは悪いことではない。
「おう、この前の命脈草で大分土が痩せたし肥料を足しておくかな」
しかしアリスは首を振った。
「違いますよ! 今回の肥料の詳細を知らないんですか?」
「ちょっと待ってくれ」
俺はスキルで肥料の詳細を調べる。
『新型肥料、硝酸アンモニウム、土壌への影響:良』
「新型の肥料だな。それがどうかしたのか?」
アリスは呆れたようにため息をつく。
「お兄ちゃんのスキルも農業以外へはダメみたいですね……」
なんだか酷く馬鹿にされているような気がした。
「なんだよ、肥料としての詳細が分かってないのがダメだっていうのか?」
「違いますよ! 今回の肥料は使い道があるんですよ!」
「使い道?」
「ええ……とっても楽しい使い道があるんですよ……ククク」
その笑みはどこか残酷な様子を想起させた。というか碌でもないことを考えているであろうことは予想が付いてしまう。スキルなど関係ない兄妹として暮らしてきての直感だ。
アリスは俺について農業ギルドにやってきた、そして着いて早々受付のシャーリーさんに無茶振りをする。
「新型肥料、全部買います!」
「ええっと……そう言われましても……」
シャーリーさんからのすがりつくような目線が刺さる。ごめんなさい俺でもどうしようもないことがあるんです。
俺は黙ってアリスの交渉を眺める。
「お金ならちゃんと出しますよ? 文句は無いでしょう?」
「ちょっと待ってください……そうです! ここは農業ギルドですので賢者様といえど所属していない方にお売りすることはできないんです!」
気丈なシャーリーさんの回答、そこでアリスが俺を担ぎ出してきた。
「大丈夫ですよ、何しろ買うのはお兄ちゃんですから! 農業ギルドの所属は間違いないでしょう? それともお兄ちゃんを追放でもしますか?」
それは交渉と言うより圧力だった。逃げ道を塞がれたシャーリーさんは売買契約書を渋々差し出した。
それを俺に渡して名前を書けという。『ラスト』と書いて提出するがその前にアリスが購入量を書いていた。あくまでも俺が買うという名目だけが欲しいのであり、その他のことはアリスが決めるらしい。
「これで何の問題も無いですよね?」
「は、はい……確かに問題ありません。肥料のお届けですが……」
「あ、それは収納魔法で運ぶので結構です、どこに肥料はおいてありますか?」
シャーリーさんも困惑気味だ。
「裏の倉庫にありますけど……」
「よし、お兄ちゃん! いきますよ!」
そうして農業ギルドを出て裏に回ると大量に袋に入った白い結晶が大量においてあった。
「じゃあこれは頂いていきますねー!」
『ストレージオープン』
そして俺たちの使うであろう肥料はまとめてストレージに入れられてしまった。
俺はこれだけ買い占めて大丈夫かなと思って念のため土壌鑑定スキルを使用する。
周囲の土壌で弱いところは……無いな。
「お兄ちゃん? どうかしましたか?」
「いや、これが無いと困る人がいるんじゃないかと思ってな、周りの畑をスキルで調べてみた」
アリスは興味深そうに聞いてきた。
「ちなみにそのスキルでどのくらいの範囲を調べられるんですか?」
「ん? この村全部くらいなら一発だぞ? まあもっと大規模な農園とかだと無理かもしれんが」
「なんでそう局所的にしか役に立たないスキルを持ってるんですかねえ……」
農民の基本好きだろうに、一体何に呆れているのだろう? アレか? 俺が他の人を気遣うことがおかしいとでも言いたいのか?
「俺だってたまにはスキルくらい使うよ、なんたって「農民」だからな」
「普通の農民はそんな広範囲な鑑定スキルなんて持ってないんですがね……」
「そうか? 俺でも使えるんだから誰でも使えると思ったんだが」
「まあそれは追々話しましょうか、とりあえずポータルを出しますね」
目の前にいつもの光の柱が立った。俺はもう慣れたので迷わず飛び込む。いつの家の風景に切り替わる。
「ところでアリス、あの肥料を全部畑に撒くのか? さすがに栄養過剰のような気がするんだが」
「撒きませんよ、畑仕事なんてそんなに熱心にやるよりも楽しいことがありますからね!」
「たのしいこと?」
ヤバいことだ、本能がそう告げている。コイツがこの微笑みをする時などロクな考えを持っていないことくらい知っている。
「さて……ここからは錬金術の世界ですが、お兄ちゃんは興味がありますか?」
「……いや、知らなくていいことを知ろうとは思わないかな……」
さて、俺は畑に行くとするか。ここ数日薬の配布で畑の面倒を見られなかったからな。そろそろ手入れが必要な時期だろう。
俺は現在の天候にマッチする作物を検索する。アリスの超魔法で育成速度は常識外に速いが植えれば全部が育ちきるわけではない、なるべく歩留まりの良い作物を選ぶ必要がある。
『キュウリ』
なんとも代わり映えのしないありきたりな作物だがこういったものが案外効率がいいのだろう。俺はスキルではじき出したキュウリを育てるために種を持って畑に行くことにした。
「じゃあアリス、俺は畑に行ってくるよ」
「いってらっしゃい、私は面白いものを作っておきますね!」
そう言って俺を送り出すアリス。俺はこれから家の中で何かが起きることを知った上で無視することにした。深く関わらない方が良いことはある。
そうして俺は久しぶりに一人で畑にやってくる。アリスの魔法には雑草を育てる効果はないらしく畑には雑草が生えているなんて事はなかった。
『警告、畑に侵入の痕跡あり、要注意』
なんだ? 動物でも入ったのだろうか?
俺は畑の様子を観察する。足跡がある……それも人間でも動物でもない、少なくとも人間や陸上に生きている動物に五本指と水掻きが付いている足を持った者は居ないはずだ。
「まあグダグダ考えててもしょうがないか……」
俺は畑にキュウリの種を植えていく。一通り植え終わって、蔓を這わせる木の枝を挿して畑を後にした。
そうして一通りの細々とした手入れを終えて帰宅するとアリスが楽しそうに飛びついてきた。
「お兄ちゃん! すごい物ができましたよ!」
「落ち着け、俺は農作業やってきたんだよ! お前の部屋着が汚れるだろうが!」
深呼吸してアリスが離れる。
「じゃあお兄ちゃん、ちょっと家の裏にいきましょうか!」
「なんでだ?」
「室内でやるには危なくて、目立つところでやるのも危ないからですよ?」
俺はもうどうにでもなれと思いながらアリスに手を引かれるままに家の裏に来た。
「では錬金術で作ったブツをお見せしますね!」
アリスがストレージから一本の筒のようなものを取り出す。小指ほどの太さで金属製のようだ。
「それがどうしたんだ?」
「まずこれを投げます」
ぽーいとアリスはそれを俺たちから離れた場所に投げた。
「そしてそれに火炎魔法を使います」
『ファイアーボール』
ひゅうと飛んでいった火球は先ほどの筒に当たる、その瞬間に俺たちに轟音が襲ってきた。
バゴーン!!
「なんだ? 一体何が!?」
「ふふふ……お兄ちゃん、これが面白いもの……つまり『爆薬』です!」
とんでもないものを作り出したことに自慢げなアリスを見ながら、とんでもない奴に力と知識を与えたものだといるかどうかも分からない神に文句の一つでも言いたくなる。
「で……まさか今日買った肥料を全部コレにしたのか……?」
にこやかに頷くアリスを見てからうっすらと気が遠くなるのだった。