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それからは、私とジョイスとケリーは昼休みは三人でランチを取り、放課後はそれぞれの彼氏と帰ることにしました。
卒業まであと少し。私達三人はお互いのこれからの話をよくします。
ジョイスは子爵家の彼が軍に入るので、結婚は二年先になるそうです。その間、慈善団体で働くと言っています。
ケリーは男爵家の彼と一緒に地方の領地に住むそうです。彼の実家がそちらで農園を営んでいるそうで、そこにお嫁入りするのです。
「美味しいワインを作るから、ぜひ買ってね」
と、ちゃっかり宣伝も忘れません。
私は大学で経営学を学びます。ブライアンは伯爵であるお父様の商会で一から経営を学ぶそうで、しばらくは忙しそうです。ですから、二年後の私の大学卒業を待って結婚ということになります。私は大学での勉強を活かし、ブライアンと共に商会を盛り立てていこうと思います。
そうそう、私は無事大学に合格したのです。恐怖のノート(私は心の中でそう呼んでいました)もやめることが出来たし、マデリンも婚約者と楽しくやっているみたいなので気掛かりが無くなったのが良かったのかもしれません。
マデリンはあれからずっとリリアナ達と一緒です。以前から、侯爵家の血筋に誇りを持っていたマデリンですから、在るべきところに収まったということでしょうか。
さて、私は三日後に控えた卒業パーティーをワクワクしながら楽しみにしていました。
授業が終わり、帰り支度をしているとマデリンが近寄ってきました。
「セシリア、遅くなったけど合格おめでとう」
「まあ、ありがとうマデリン! 嬉しいわ」
「あなたなら大丈夫だと思っていたわ。でね、合格したからもういいわよね」
そう言ってにっこり微笑んで渡されたのは、あの『恐怖のノート』でした。
「えっ……? これ、まだやるの? あと三日で卒業だけど……」
「だって、試験が終わるまでやめたいって言ってたでしよう? 合格したんだから再開出来るわよね。じゃあ、明日、返事待ってるわ」
(えー! 嘘でしょう……)
私は唖然としてマデリンの後ろ姿を見送りました。
家に帰ってノートを開くと、またしてもビッシリと文章が綴られていました。なんと、二十ページ分。
(これを読めと……)
気持ちを奮い立たせて読み始めましたが、内容はやはり愚痴だらけ。
結婚が決まったことでますます口うるさくなった母親のこと。
一足先に結婚する姉が公爵家に嫁ぐので、また比べられて辛いということ。
リリアナのグループ内から所詮伯爵家だと馬鹿にされている気がすること。
セシリアが羨ましい、普通に恋愛出来ているし、身分に縛られず生きていられる。
私は侯爵の血を引いているばっかりに、好きに生きられない。セシリアのようにただの伯爵に生まれたかった。
いつの日か自由になりたいと思う……
(あー、長い!)
途中で嫌になりそうでした。それでもなんとか読み終えましたが、なんと返事をしたらいいかわかりません。
結局、当たり障りなく『大変だね、頑張ってね』くらいしか書くことは出来ませんでした。
その短い返事のノートを翌朝渡すと、次の日にノートではなく封筒に入れた手紙が戻ってきました。
『今までたくさん話を聞いてくれてありがとう。やっぱりセシリアが私の親友だわ。このノートは二人の友情の証として大事に持っておきます。これからもよろしくね』と書かれていました。
(これからも続くのかしら。まあでも、マデリンはすぐに結婚するし私も大学が始まるのだから、会う機会もなくなるでしょう)
いよいよ卒業パーティーの日がやって来ました。私はドレスアップして、ブライアンのエスコートで入場します。
「ジョイス、ケリー! 二人とも素敵なドレスだわ! 似合ってる」
「セシリアも綺麗よ! ブライアンと二人並ぶと本当に絵になるわ」
三人で楽しく話をしていると、マデリンが婚約者と入場して来ました。十歳歳上だというその方は、それよりもだいぶ歳上に見えました。
「マデリンだわ。婚約者の方には初めてお目にかかるわね。ご挨拶に行きましょうか」
私達は三人揃って挨拶に行くことにしました。お相手は侯爵家の方なので、失礼のないようにと思うと少し緊張します。
「マデリン、ご挨拶してもよろしいかしら?」
すると婚約者はすっと片手を上げると、どこかへ行ってしまいました。
「ごめんなさい、不快に思われたかしら?」
「いいえ、あの人はこういう場が苦手なんですって。女性ともあまり話したがらないので、挨拶は無用よ」
「そうだったの。知らなくてごめんなさい」
「いいのよ。ああいう人だから仕方ないわ。一緒にいても本当退屈なの。あなた達は自由に恋愛が出来て、幸せそうで羨ましい。私は親に勧められた結婚だから……」
マデリンがそう言うと、ケリーが笑いながら言います。
「何いってるの、マデリン。立派な指輪も贈られているしドレスも豪華で私の方こそ羨ましいわ! 私なんて姉のお下がりのドレスなのよ」
ケリーは別に卑下している訳ではありません。お姉様のドレスを着ることに誇りを持っています。マデリンの気分を上げるために、わざと自虐ネタとして言ったのです。ところがマデリンに、
「私は姉のお下がりなんて着たことないわ。お母様がお下がりを着せるなんてみっともないと言って、新しいドレスしか着させて下さらないの」
お下がりはみっともないと言われてケリーは黙ってしまいました。
「えーと、マデリン、結婚式はいつに決まったの? きっと豪華なんでしょうね。楽しみだわ」
ジョイスが気まずい雰囲気を和らげようと質問しました。
「半年後よ。でも申し訳ないのだけれど、あなた達を招待出来ないの。侯爵家側の出席者が多いし、友人枠はリリアナさん達を招待するから……。後日、お屋敷に遊びに来てちょうだいね」
「あ、そうなの……わかったわ。では遊びに行けるのを楽しみにしているわね」
またしても気まずいムードが漂ってしまいました。
「じゃあ、私リリアナさんのところへ行くから失礼するわ」
向こうでリリアナ達がこちらを見ています。マデリンはそっちが気になって仕方がなかったようで、そそくさと行ってしまいました。
私達三人は顔を見合わせてため息をつきました。
「どうやら、私達は友達と認定されていないみたい」
「貴族なのに働こうとしている私達は、きっとマデリンのお母様にはけしからん友人だと思われているんでしょうね」
「貴族だってもう、働かずに食べていける時代じゃないんだけどね」
「裕福な方達とは最初から住む世界が違っていたのかも。学園にいる間は一応平等とされていたけれど……」
もう今後マデリンと付き合うことはないのだろうな、と私達三人は感じていました。