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そんなある日、私はマデリンから一冊のノートを渡されます。
「なあに? これ」
「交換ノートよ。下の学年で流行ってるんですって」
「ああ、お友達同士でいろいろ秘密や悩みを打ち明けあったりするんだったかしら。いいわよ。四人でやるのよね?」
「いいえ、セシリアと二人でやりたいの。あの二人には内緒で」
「内緒? どうして?」
「あの二人にはお母様のことや従姉妹のことも話していないし、お喋りだから人に話されちゃいそうで嫌なの。セシリアは信頼出来るもの。忙しくても、これなら家で書いてきてくれるでしょう?」
私は、軽い気持ちで了承しました。卒業までのふた月ほどだし、と。
「ありがとう。じゃあ今日私が書いて明日の朝セシリアに渡すわね。そしたら返事をノートに書いてね」
「わかったわ。じゃあ明日ね」
翌朝、渡されたノートにはビッシリと二ページ分、マデリンの気持ちが綴られていました。
セシリアと二人で話していた時が一番楽しかった。四人でいても深い話は出来ない。あの二人を信用出来ない。私の悩みを分かってくれるのはあなただけ、だからこのノートで悩みを聞いて欲しい…………
愚痴ばかりの内容に、私はウンザリする気持ちが湧いてくるのを抑えられませんでした。
それでもとにかく、返事を書いて翌朝渡しました。マデリンは嬉しそうに微笑んで言いました。
「ありがとう。家に帰ってゆっくり読むわね」
また翌朝渡されたノートには、ビッシリと三ページ、それも昨日私が返事をした内容への反論が書かれていました。
私は愚痴に対して励ましたり、こうしたらどうかという提案をして返したのですが、それは無理、私には出来ない、あなたはそれでいいだろうけど私は……と全否定です。
そしてそのあと自分の気持ちがつらつらと書かれ、最後はまた返事を楽しみにしていると結ばれていました。
皆さん、私の気持ちわかっていただけますか?
マデリンは自分の言うことは認めてもらいたい、でも私の言うことは決して聞き入れないのです。アドバイスなど必要なく、ただただ聞いて欲しい、優しい言葉をかけて欲しいのです。
私にとってマデリンは既にこの時、相当な負担になっていました。
ですが、こうなったのも私がブライアンと付き合い始めたせいなのだと思い、必死で返事を書きました。反論されないように細心の注意を払うため、気を使って何時間もかかることもありました。
大学を目指している私は、家での勉強時間を削ってまで何をやっているんだろう、と思うようになりました。それとなくマデリンにやめたいと伝えてみても、全く聞き入れてはもらえません。
私はつい、ブライアンにこのことを相談してしまいました。
するとブライアンは、負担になっているならハッキリ言った方がいい、と言いました。本当の友達ならわかってくれるはずだ、せめて試験が終わるまではやめることを提案したらどうか、と。
確かにそうですよね。試験日は卒業パーティーの一週間前です。それまではノートを書くのをやめたい、とマデリンに伝えてみました。
するとマデリンは悲しい顔をして言いました。
「私のことが邪魔になったのね」
「違うのよマデリン、試験まではそちらに集中したくて……」
「いいの。そうよね、セシリアは頭がいいし試験の方が大事だわ。私はどうせ頭が悪いから大学の試験なんて受けられないものね。あなたの気持ちは私にはわかりっこないわ」
そうしてマデリンは私を振り切って一人で帰って行きました。
私は彼女に悪い事をした、という気持ちと、清々した、という気持ちが自分の中に両方あるのを感じていました。
そんな事があった後の週末、せっかくの休日だけれど私は全く勉強に身が入りませんでした。週明け、マデリンがどんな態度を取るだろうと気になってしまったのです。
そして明けて登園し教室に入ると、珍しくマデリンの周りに人が集まっていました。
どうしたのだろう、と思っているとその輪から抜け出してジョイスがやってきました。
「おはよう、セシリア。マデリンの事、聞いた?」
「おはようジョイス。いいえ、何も」
「この週末にお見合いをして、即、婚約が決まったんですって」
「えっ? そうなの?」
ジョイスは頷いた。
「お相手は王都中心部にたくさんの土地を所有する侯爵の一人息子ですって。歳は十くらい離れているけれど真面目な人らしいわ。見合いの席で贈られた指輪を早速嵌めてきているわよ。すごく大きいの」
「へえ、そうなの。良かったわね!」
「でね、さっきマデリンに言われたんだけど、これから放課後は彼が迎えに来てくれるから、もう私達とは一緒に帰らないんですって」
「えっ」
「彼が最新の車で迎えに来るって言ってたわよ」
(マデリン、『私は絶対に友達を優先するわ』って言ってなかったっけ……)
ちょっとモヤッとしましたが、私達のためを思って彼と帰ることにしてくれたのかもしれない、と思い直しました。
その日の昼休み、私達はマデリンに口々におめでとうを言いました。
「ありがとう、みんな。私もやっとお相手が見つかったわ」
「すごいわね、侯爵家に嫁ぐなんて。やっぱり私達とは違うわ」
ケリーがしみじみと言います。
「本当にね。結婚後は気軽にマデリンともお話できなくなるのかしら」
「そんな事ないわ。卒業したらすぐに結婚する予定だけど、皆さん遊びにいらしてね」
何となくですが、マデリンの態度がよそよそしい感じがします。
「でね、皆さん。私、今日からリリアナさん達とお昼をご一緒することになったの」
リリアナは侯爵家のご令嬢で、侯爵家だけでグループを作っている同級生です。地位や階級に少し煩いところのある人です。
「私の婚約者がリリアナさんの従兄弟なの。それで、親戚になることだし私達のグループにいらっしゃいなって言われて。私は伯爵家だけど、侯爵家の血も引いているから引け目を感じることはないって言って下さったのよ。リリアナさんてとても優しい方だわ。じゃあ、失礼するわね」
そう言ってマデリンはさっさとリリアナのところへ行ってしまいました。私は今までのことは何だったんだと内心呆れていましたが、口にはしませんでした。