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ある日、マデリンと一緒に昼休みのカフェから教室に戻っている途中で、同級生のブライアンに声を掛けられました。
「セシリア、ちょっと話があるんだけどいいかな」
私はマデリンと顔を見合わせてから、
「ええ、いいわ」
と返事をしました。
ブライアンはいつも教室の後ろでみんなを一歩引いて見ているような、少し大人びた同級生でした。もちろん話をした事はあるけれど、取り立てて仲良しでもない、普通のクラスメイトです。
しばらく、三人で無言で立っていましたがブライアンがマデリンに言いました。
「ごめん、マデリン。僕はセシリアにだけ話があるから、少し外してもらえるかな」
するとマデリンは
「ブライアン、私はセシリアの親友よ。二人の話を人に喋ったりしないから、私に構わず話を続けてちょうだい」
そう言って動こうとしませんでした。
(あら、私達っていつの間に親友だったのかしら……)
秘かにそう思いましたが口には出しませんでした。
マデリンの言葉を聞いたブライアンは一瞬驚いた顔をしましたが、キッパリと言いました。
「マデリン、プライベートな事なのでセシリアと二人で話したいんだ。悪いけどセシリアを連れ出すよ」
ブライアンは私の手首をパッと取ると、少し強引に引っ張って中庭の方に連れて行きました。
私は、実は前から素敵だなあ、と気になっていたブライアンに話があると言われてドキドキしていたので、引かれるがままに彼について行きました。
少しだけ気になってマデリンをそっと振り返ると、なんだかとても怖い顔をして私を見ていたので、私はすぐに目を逸らしてしまいました。
(もしかしてすごく怒ってる……?)
その時、不意にブライアンが手を離し謝ってきました。
「ごめん、勝手に手を取って」
マデリンの事を考えていた私はブライアンに意識を戻しました。
「いえ、大丈夫よ。ちょっとびっくりしたけど……」
「君が一人になる機会がなかなか無くて、つい。前からずっと、君に話し掛けたいと思っていたんだ」
私はブライアンを見上げました。少し癖のある黒髪、涼しげな目元。いつもより上気した頬が素敵です。
「もし君に今好きな人がいないのなら……もし、僕のことを少しでも好きでいてくれるなら。僕と、付き合ってもらえないかな」
「えっ……ブライアン」
「いつも優しい微笑みを絶やさない君のことが好きなんだ。教室でもいつの間にか目で追ってしまっている。もっと、君のことを知りたい。そして僕のことも知ってもらいたいと思っているんだ」
私はとても嬉しくて、声が震えてしまいます。
「私なんかで良かったら……よろしくお願いします」
するとブライアンは目を輝かせました。
「本当に? 本当にいいの?」
「私もブライアンのこと、前から素敵な人だと思っていたの。私も、もっとあなたのこと知りたいわ」
「なんだか夢みたいだ。嬉しいよセシリア、ありがとう。良かったら、今日の放課後一緒に帰らないか」
「ええ。喜んで」
私達は並んで教室まで帰りました。中に入ると、ブライアンの友達がニコニコして、席についた彼を取り囲み無言でバンバン背中を叩いて祝福しています。
私もジョイスとケリーに囲まれました。
「もしかしてセシリア、ブライアンと……?」
私は顔が熱くなるのを感じながら頷きました。
二人は小さな声でおめでとう! と言って抱きついてきました。ただ、マデリンだけは自分の席に座ったまま、こちらを見てはくれませんでした。
授業が終わると、マデリンは私のところにやって来ました。
「セシリア、一緒に帰りましょう」
「ごめんなさい、マデリン……私、ブライアンとお付き合いする事になったの。それで今日は、一緒に帰ろうって言われているのよ」
「だって私、今日はセシリアと新しく出来たカフェに行こうと思っていたのよ! ブライアンとは明日帰ればいいじゃない」
「でもマデリン、今日は交際初日だから……ブライアンと一緒にいたいの。ごめんなさい、カフェはまたにしてもいい?」
「ひどいわ、セシリア。あなたってそんな人だったのね。やっぱり、私のことなんて誰も気にしてくれないんだわ。私なんてどうでもいいと思ってる。私が可愛くなくて頭も悪いから……」
「マデリン、そんな風に思ってないわ。ごめんなさい、今日だけ……今日だけはブライアンと帰らせてくれない?」
するとマデリンは涙を浮かべたまま頷きました。
「わかったわ。今日はブライアンと一緒でいいわ。でも明日からは私と帰ってね?」
その言葉に頷くしかありませんでした。
放課後、私とブライアンは学園近くの昔からあるカフェに寄りました。彼は新しく出来たカフェへ行こうと誘ってくれたのですが、マデリンが行きたがっていた場所なのでお断りしたのです。
「ま、僕はセシリアといられるならどこでもいいからね」
そう言ってくれたのでホッとしました。
ブライアンとのお喋りはとても楽しいものでした。教室ではクールな雰囲気だったのですが、彼はとても話し上手で、私はずっと笑っていました。
それに彼は聞き上手でもあり、自分が話した後は私に質問してくれて、私がたくさん話せるようにしてくれたのです。いつの間にか、家族のことや趣味のこと、将来のことなど楽しい話をいっぱいしていました。
「今日はとても楽しかったよ。卒業まであと三ヶ月、毎日君と帰りたいな」
「ありがとう、ブライアン。私もそうしたいわ。でもマデリンが一人になってしまうの。だから一緒に帰ってあげないと」
ブライアンは少しだけ不満そうでした。というのも、交際を始めたカップルはたいてい一緒に帰りますし、お昼も一緒に食べるのです。ジョイスとケリーのように。
婚約者が学園外にいる人達はそれが出来ませんので、そういう人同士で帰ったりします。もっと自立している人は、一人でいても平気なようです。
「マデリンは他に友達はいないのかな」
「そうね、よく考えたら私達としか話してないかも……」
私もジョイスもケリーも、もし一人になっても他に話せるお友達はいます。でもマデリンは、そういえば他の人と話しているのを見た事がありません。
「君が友達思いなのはわかったよ。そんな君だから好きなんだし。でも時々は、僕とも帰ってくれるかな」
「ええ、もちろん! 私もそうしたいわ」
家まで送ってくれたブライアンと別れるのは名残惜しかったけれど、いつまでも手を振って彼を見送りました。