5. 公爵令嬢、敬語をやめる話。
「アザレアー!今日はタメ口で話す惚れ薬を盛ってるんだ!」
出会い頭、開口一番にこれである。
いつものように王宮に出向き、慣れ親しんだ客室に入った。
そしてこれ。
なぜっ!? ホワッツ!?
昨日あんな事があったのによくもまあなぜ!
あんぐりと開けた口を閉じることもままならない。
「昨日お詫びにってクッキーを渡しただろう?」
ああ、そういえば帰り際にクッキーをもらった。さすが、王子の持ってくるものは一級品でめちゃくちゃ美味しかった。
噛むとホロホロと崩れ、ほんのり甘い味。正直その味に惚れ込んでレナートを許してしまったところもある。
お詫びの品まで持ってくるなんてさすが紳士だなあとは思っていたけれど。
「あの中にタメ口で話す惚れ薬を混ぜこんでおいたんだ」
「はなっから反省する気ないじゃないですか!?」
そんなことある!?
なんのための謝罪だったのあれは!?
もしかしてただ私に惚れ薬を盛るためにやってきたってわけ?
本当にひどい、最低すぎる……っ!
レナートはニヤニヤしながら私の頬をつんつんと突く。
「そろそろ薬が聞く時間なんだよ、アザレア」
「っていうかタメ口ってそれもう惚れ薬なんですか」
ただタメ口で話すってもうそれタメ口で話すだけの薬じゃん。惚れ薬関係ないじゃん。
という私の疑問に人差し指を立ててノンノンと左右に振る。
なんかうざい。
「細かいことは気にしたらダメなんだよ、アザレア。……確かに惚れ薬とは言ってなかったかもしれない」
なんなんだよ、コイツは。
自信満々に語っておきながら不安になるなよ、そこで。
思えばレナート相手にタメ口を使おうと思ったことはなかった。
婚約者と言えど王子だし、それが当たり前だと思っていた。
レナート相手にタメ口を使う……考えるだけで燃えてしまいそうだった。
「きょ、今日は良い天気ね!」
あああっ! 何を言ってるんだぁ!!
コミュ障か、私は!
確かに良い天気なのには間違いないし晴れてて気持ちいいけれどこれはない。
さすがのレナートも予想外だったようできょとんとする。しばらく固まってからプハッと吹き出して笑い出した。
「薬の効果が気になるからってそれはないよ。アザレアは面白いね」
よほど面白かったのか一人大笑いしている。
その整った唇が半月を、目は弧を描いていた。
失礼、本当にすごく失礼。人に薬を飲ませた(実際は効いていないけれど)くせにその態度はいかがなものか。
……でも悔しいけどかっこいい。
見惚れていると笑い終わったらしいレナートはなぜか頷いた。
「良い天気だねぇ、うん」
バカにされてるっ!?
いや今のは私でもバカにしそうな内容だけれども。
「こんな時は外でお茶でもするかい?」
「まあ……楽しそうで、あ、だわ?」
「なぜに疑問形」
圧倒的喋りづらさ!
慣れないし恥ずかしいし……。
レナート相手にタメ口で話すなんて淑女としてどうなんだろう。
でも惚れ薬なのに効いていなかったら好きって気持ちがバレちゃうし……。
いやいや、そもそもなんなの。タメ口を話す惚れ薬ってやっぱおかしいでしょ。
でも私に効果がないってことはやっぱり惚れ薬なの?
……この確認の仕方はあまり嬉しくないけれど。
「ちょうどお茶を飲む時間くらいは効果があるから良いね。いじ……楽しめる」
「今いじれるって言いかけた!?」
聞きづてならない突っ込むも肩をすくめて素知らぬ顔をされる。
紳士な王子というレナートのイメージがガタガタ崩れていく。惚れ薬を盛られた時点で崩れていたんだけれども。
「なんのことやら」
「いや言ったでしょ」
「あのさアザレア、ツッコミだけスラスラタメ口で話せるのやめてくれないかな」
やや眉をひそめるレナートにぷいとそっぽを向く。
子供っぽいかもしれないけれど怒ってるんだから。
昨日あんなに誠意を込めて謝ってる風を装っておいてこれは酷い。しかも人のタメ口を笑うし、いじれて楽しいとか言いかけるし!
「わかったわかった、僕が悪い。ね、機嫌直して外でお茶にしよう?」
子をなだめる親のようにレナートは言う。
しょうがないと頷いて一緒に庭へ向かう、私の名の花が咲く庭へ。
いつ見ても生き生きと生を輝かせる花に思わずうっとりする。
花の色に合わせた白の丸いカフェテーブルにチェア。どちらも花の模様が描かれていて最高の雰囲気だった。
使用人にお茶の用意をさせ、私達は向かい合わせで椅子に座る。
「ま、まだ花は元気そう、ね」
「カタコト……今でも僕が育ててるからね」
慣れないタメ口に足を取られながら話すと少し恥ずかしそうにレナートは頬を掻く。
それを聞いて気分が良くなった私は頬が緩むのを感じる。
「冗談抜きに僕は土仕事が向いているのかもしれない」
「王子が何を言ってるの」
真面目な顔でぼやくレナートを冷ややかに見る。
輝く花を見て確かに才能はあるかも、と思いかけて頭を振る。
この王子は将来国王になって国を統治するんだから。
そして私も王妃に……とそこまで考えて頬を赤らめる。
何を考えているんだぁっ!!
「ごめん、なんで顔赤くしてるのか理解できないんだけどそれも惚れ薬の効果かい」
「え、ええ、ええ、そ、そうで……そう、そうよ」
ぎこちなさすぎる返事に不思議そうに見つめられる。
問いかけられないように目の前に置かれた紅茶を飲みかけて止まる。
「これに惚れ薬入ってたりしないわよね?」
「さすがに既に効果出てる相手に追い打ちをかけるように盛ったりはしないさ」
レナートならしそう、と思っていたことを詫ておこう。
安心してゴクリと飲むと紅茶のスッキリした甘みにホッと息をつく。惚れ薬が入っていても味は変わらないけれど。
「あ、時間だ」
ぼそっと呟かれた言葉に耳が反応する。
なんの時間、と目線で聞くと「惚れ薬」と返ってきてもうタメ口で話さなくて良いと知る。
肩の力が抜ける。
「それにしてもどうしてこんな惚れ薬を入れたのですか? 王子相手にタメ口を使わせて私を青ざめさせたいとか?」
お菓子と紅茶を満喫しながら何気なく問いかけると、レナートが軽く俯いた。
顔がちょうど彼のカップで隠されて見えないけれどどうしたんだろう。
「お、同い年なのになんで敬語なのさ」
「だって王子殿下じゃないですか」
至極当たり前に答えると文句が返ってくる。
「僕のことレナートって呼ぶくせに?」
「そっ、それは癖です」
「じゃあ癖で敬語も抜けるんじゃない?」
「いつ癖付いたんですか」
何が言いたいのやら。
小首を傾げても簡潔な言葉では教えてもらえず、結局お開きとなり家に帰った。
迎えにきた侍女のソフィアに馬車の中で今日の出来事と疑問を話す。
「お嬢様……殿下は同い年だから敬語を抜いてほしいだけだと思いますよ」
「レナートとは長く付き合ってるわ。今更そんなことあるのかしら」
「だからこそ言い出せなかったんですよ」
ふむ、ソフィアの言うことも最もかもしれない。
レナートにもかわいいところがあるのかもしれない。明日からはタメ口で話してみようかしら。
どんな顔をするのだろう、と考えると少し頬が緩んだ。
次回は今回匂わせ程度に出た過去のお話になります。
アザレアとレナートの出会いです。
タメ口という表現にするかとても悩んだのですが、友達口調とかの方がまだ王族、貴族らしいのでしょうか。