4. 公爵令嬢、嫌いになりたい話。
「嫌い嫌い、あんなやつ嫌い……!」
ボソボソと窓から見える王宮に向かって文句を言う。
最後は優しい王子様だったけれど婚約者に惚れ薬を盛るなんて最低。しかも二日続けて!
「お嬢様、どうかなさいましたか?」
「ソフィア!」
声が聞こえたのだろう。私の侍女であるソフィアが優しく尋ねてきた。
婚約者に惚れ薬を盛られたなんて破廉恥な話を伝えるべきなのか。
悩みつつ、ソフィアに話した。
「ソフィア、私、惚れ薬を盛られたの」
ああ、恥ずかしいっ!
惚れ薬を盛られたなんて恥ずかしい話をどうしてしなければいけないの。でも誰にも聞いてもらえないのも辛い。
本当にレナートなんて大嫌い!
「ほ、惚れ薬ですか!? 誰に!」
「れ、レナートに……」
ソフィアの圧に思わず顔を引く。
そこまで来るとは思わなかった。やっぱりおかしいわよね?
控えめにレナートの名を出すとソフィアは立ち上がって小躍りし始めた。どうしてかしら。
「おめでとうございます、お嬢様 ついに両想いですね!」
「な……っ!」
好きな人と両想い。もはや願いすらしなかったが想像すると幸せ……じゃなくて。私はレナートのことなんて嫌いなんだから。
火照る頬を手で冷やしながらぶんぶんと首を振る。
「違うの、からかわれたのよ」
「惚れ薬を好きな相手以外に出しませんよ」
「いいえ、からかわれたわ。」
レナートはずっと紳士だと思っていた。でもあのニヤニヤした顔と言い、絶対からかっている。
ソフィアが見ていないから知らないだけだ。
「それにもうレナートのことなんて好きじゃないの、嫌いよ」
「お嬢様。素直になってください」
「私は素直よ! レナートなんてもう嫌いなの!」
子供っぽいと言われてもいい。あんな風にからかってくるやつをどうして好きでいられようか。
あんな奴もう知らないんだから。
「そうですかねぇ……ソフィアはお嬢様の味方です。なんでもおっしゃってくださいな」
納得していないという顔だが追求するのはやめたらしい。優しく私に微笑んだ。
その表情を見て私は惚れ薬でした対応を話した。
「その、好きだった頃。好きだった頃の話ね?」
念を入れておく。
だってもうレナートなんて好きじゃないんだから。
「はいはい、好きだった頃のお話ですね?」
「そう。その、惚れ薬って好意を持っていたら効かないでしょう?」
うんうんと頷くソフィアに言葉が詰まる。これを言ったら馬鹿だと思われるかもしれない。
少し恥じらってから小さく呟く。
「……私、効いているふりをしちゃったの」
「まあ!」
目を丸くして声を上げるソフィアに私はため息をつく。
恥ずかしかった、本当に。なのに延々といじり続けるレナートなんて嫌い。
「バレたらどうしよう、絶対レナートにからかわれるわ」
地獄のようにいじり続けるレナートが目に見えている。
「へぇ、あれは演技だったんだぁ。いや本気で好きだもんね?」とかなんとか言う姿が目に見えている。最悪だ。嫌い。
「お嬢様、本日は殿下に会わないおつもりですか?」
「うん」
また会ったらからかわれる。惚れ薬を飲まされる。
もうそんな生活は嫌なのだ。そう思っていた。
部屋の扉が叩かれ、返事をすると家の使用人が困った顔つきで言う。
「失礼致します。その、王子殿下がいらっしゃいました」
なんで!
ソフィアと顔を合わせる。何がどうなって私の家に来るの!
大慌てで私は支度をしてレナートのいる客室へ向かう。
「やあ、アザレア」
「れ、レナート……」
嫌い、嫌いなのに家のソファに腰掛ける姿がかっこよくて心臓がドキドキと音を立てる。悔しいがまだ好きだ。
幼い頃のあの思い出から変わらず私は好きだった。
もごもごと口元を動かすも何も言えずに突っ立っているとレナートは立ち上がり、私のそばにやってきた。
「今日来てくれなかったのは惚れ薬のせいかい?」
「あ、当たり前です……」
ぐいっと顔を覗きこまれ、目線を逸らす。
これ以上近づかれると惚れ薬も盛られていないので照れてしまう。そうしたら好意に気づかれてしまう。
「ごめんね、アザレア。僕が小心者なのがいけなかったんだ」
言われる言葉に驚いて目を丸くする。
小心者ってどういうこと、と問おうとするもレナートが先に話しだした。
「ねぇアザレア。僕が悪い、だから嫌いにならないで」
私が王宮に向けてブツブツ言っていたのが聞こえていた? 超能力者か何かですか貴方。
嫌いになりたいのになれなくて困っている私にこんなことを言ってくるレナートはやっぱり罪だと思う。
「アザレアをいじるとかわいい反応をしてくれるから。かわいくてしかたないんだ」
なにそれ。レナートは私が好きだとでも言うの?
それともまたからかってる?
甘い空気に流されそうになりながらなんとか自我を保って考える。
レナートが何を考えているのか全く分からない。私の知るレナートはずっと紳士だったのに急に惚れ薬を盛ってくるし意地悪になったし本当に分からないのだ。
婚約者になってからも少し紅茶を一緒に飲むくらいであまり仲良くしていなかった。それもこれも好意がバレてはいけないという恐怖からだった。
ソフィアは「お嬢様なら落とせますよ」と言っていたけどそんなことはない。レナートなんてたくさんの綺麗なご令嬢から好意を持たれている。私なんかが落とせるわけない。
「ご、ご冗談はやめてください」
きっと冗談だ。私はからかわれている。
私は冗談に釣られないぞと態度で示してみる。
「冗談じゃないよ。君のかわいいところが好きなんだから」
なにこれ。いじりがいがあってそういうところが好きってこと? それってバカにされてる?
混乱しているとスタスタと私の前に来て頭を下げられた。
「えっ?」
「ごめん。僕が悪かった。惚れ薬を盛ってごめん。もう盛らないから許してくれ」
王子が公の場ではないとはいえ、公爵令嬢に頭を下げる。真摯さが伝わった。
こういうところが好きなんだ。自分の気持ちを再度確かめて手を握る。
いじけてるままじゃいけない。
「私がいじけてしまったのがいけないんです……。その、惚れ薬を盛られたことよりずっといじってきたことの方がずっと嫌でした」
はっきり言おう。そう決めて言うとレナートは少し驚いてすぐに顔を輝かせた。
なぜだ。
「そうか……そうか!」
「あの、なぜ喜んでおられるのですか?」
おそるおそる聞くとレナートは自信満々で笑顔になる。
「僕が執行にいじった事が問題なんだろう? これからも惚れ薬を盛るよ」
「あのっ! そういうわけでは!」
慌てて声をかけても動じないレナート。
「ははっ、いいんだよ。アザレア」
「だからぁっ!!」
なんで、なんでそうなったぁ!!