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3. 公爵令嬢、惚れ薬選びの話。

 


「アザレアはどんな惚れ薬が良い?」

「そうですね……」


 って、なんじゃそりゃあ!?


 昨日惚れ薬を飲まされて、警戒していたけれど思いの外いつも通りで、触れる素振りはなかった。なのに、さっきまでレナートが初めてビスケットを焼いた話を聞いていたのに、なんの脈絡もなく問われる。


 どんな惚れ薬がいいってどういうことだ。その惚れ薬って間違いなく私が飲むやつだし。何を聞いているんだこの王子は!


 私が固まっているのをいいことに嬉しそうに話し出した。


「惚れ薬っていろんな種類があってね。効果時間や効くまでの時間、どんな効果が現れるのか……本当に様々なんだ。僕が買いに行った時もどれも良くてすごく悩んだんだよ」


 買うな、まず買おうとするなよ!

 淑女たるもの、言葉遣いには気をつけなければいけない。だがこれはあまりにいかがなものか。心の中くらい口悪くても許していただきたい。


「……ち、ちなみにどんなものが?」


 おそるおそる問うとレナートは分かりやすく顔を輝かせて身を乗り出す。

惚れ薬オタクか。


「よくぞ聞いてくれたね! 効果内容なんだけどすごいんだ。前アザレアに飲ませたのは好きを言い続ける惚れ薬。他にも猫になった感じで告白してくるものもあるし、ハグしたくなるものもあれば……」


 興奮気味に語るレナートに若干引いていると急に耳元に口を近づけてきた。

 生暖かい息が耳にかかり、耳に柔らかいものが一瞬触れる。レナートの唇だ。

 突然の出来事に真っ赤になるも顔を近づけているレナートにはバレていないはず。


「キスしたくなるものもあるんだ」


 低く耳元で響く声にうっとりする。

『キスしたくなるものもあるんだ』と何度も耳元で響き、十回くらいリピートしたところで気づく。


「なんて破廉恥なっ!!」

「別に破廉恥では……顔真っ赤だね、アザレア。かわいい」


 その真っ赤は耳元に近づいてきた事による赤さなのだが勘違いしてくれて助かった。

 かわいいという揶揄い言葉にすら少し赤くなるのだから惚れた弱みとは恐ろしい。


「それで何が良い?」


 何が良い、じゃないんだ。恥ずかしい!


 レナートには嫌だと言っても答えるまで執行に聞いてくるだろう。

 私は少し考えてから答えを捻り出した。


「何も言わずに恥ずかしがってるのが良いです……」


 それが一番楽だから。

 なかなか良い答えだと思う。


 でも違ったらしい。


「恥じらう姿を見てほしいのかい? アザレアも積極的だねぇ」

「積極的じゃないです!」


 なにがどうなったら積極的に!?

 恥じらう姿を見せるのって積極的なことなの!?


 頭の中がハテナマークで埋め尽くされる。

 でも確かに恥ずかしがるよりも何も変わらない方が良かったか。私にとって照れを隠すのは難しいことでついつい恥ずかしがっているを付け足してしまった。そもそもあるのかどうかも知らないし。

 思えば惚れ薬にすごく積極的なのでは?

 恥ずか死ぬ!


「分かったよ。ちょうど持ってきてるんだ。はい、あーん」


 ビスケットを急に取り出したレナートは私の口の中に突っ込んだ。

 閉じる瞬間にレナートの指が触れ……それはそれはおいしかった。ポンッと湯気が出そうなくらい熱くなる。

 ビスケットも普通に美味しくてもぐもぐしてしまう。


「恥ずかしがっている姿を見せてくれる即効性の惚れ薬入りビスケット。美味しい?」


 なんつーもんを食べさせてるんだ、この王子は!


「味は美味しいです……」


 俯いて恥ずかしがっている姿を見せるとレナートは少し目を丸くした。そんなに変なのかしら?

 レナートは私の頬をちょんちょんと突き出す。そんなことをされるのは初めてでカァッと頬が熱くなる。

 ……この惚れ薬がなかったら私は間違いなく好意がバレていた。


「効果は十分だけだからね」


 その甘い声に私は耐えられる訳もなく赤く染まる。


「どうしてそんなに照れてるの」

「どうしてってそういう惚れ薬を盛ったんじゃないですか」


 わざわざ聞かないでほしい。いや薬関係なく照れてるんだけど。

 そういう設定なんだもの。


「そっか、そうだよね。おいで、アザレア」


 ふわっと手を広げて抱きしめられる。なんでこんなことに!

 私はレナートが好きだけれどレナートは私のことを好きでも何でもない。だから抱きしめられる訳が分からなくて、それでも嬉しくて口角が上がる。


 レナートの手は背中までぐるっと一周回されている。硬い胸板の鼓動が心地よくて恍惚としてしまう。私の鼓動は尋常じゃなく素早く脈打っているけれど。


 揶揄っているのかしら。

 ふと浮かんだ答えが一番正しい気がする。だけれど今は惚れ薬で恋をしているという設定。この揶揄いを指摘してしまえばレナートに恋心を知られてしまう。

 そんなことになれば……それんなことになれば夢のような婚約者生活も終わりを迎えてしまう。隠さねば、隠し通さねば。


「アザレアー、よしよし」


 レナートが私の頭をゆるゆると撫でる。

 髪の毛が手にあわせて動き、たまにおでこに手の指先が触れる。たまに伝わる熱に耐えながらなんとか火照らせるだけで我慢する。


 なにこのラブラブカップルみたいなやつは!

 恥ずか死ぬ!


 それにしても便利な惚れ薬だ。照れるだけで私には何も求められない。感じるままに照れるだけで良いのだから。

 見た目には何も変わらない惚れ薬を飲んでいたら私は終わっていた。あるのかどうかは分からないけれど。


「うーん、後三分か」


 あっという間だなぁと寂しそうにするレナートは本気で私のことが好きなんじゃないかと勘違いしてしまう。そういうのはいらないのに。


 私知ってるんだから。

 レナートが私を婚約者に選んだ理由は私がレナートを好きじゃないからだって。今更好きなふりをしたって遅い。

 とっくの昔にレナートから好意を向けられるのは諦めている。レナートの良き婚約者として、第一王子の配偶者として立派になれればそれで良い。


 レナートはこの国の第一王子。その配偶者ということは私は一国の王妃になるということだ。レナートに認められるように、私を選んで後悔させないようになればそれで私は良かった。


「あれ、嫌なことあった?」


 顔に出ていたのだろうか。

 覗き込まれて慌てて首を横に振る。

 今の私は惚れ薬で照れなければいけない。こんな風に悲しい表情を浮かべてしまえばバレてしまう。


「な、なにもないです……」


 顔が近い。鼻と鼻が触れそうなほど近寄ってきたレナートに言葉が詰まってまた体の熱い体温を取り戻した。


「そっか。でもまあ薬が切れてきたのかもね。そういうことってあるみたいだし」


 そうなのか。

 早めに薬を切れたことにしてこの心臓の悪い体制をやめたい。このままだと一生赤みが取れなくなりそうだ……。


「あ、ごめん。アザレアがかわいくてつい」


 私がもぞもぞしたことで気付いたのか体を話してくれる。

 ふう、と少し体の力を抜く。


 あれ、今かわいいって言われた?

 時間差で耳が赤くなる。耐えろ、私……!


「お、十分だ。いやぁー、アザレアかわいかったなぁ! 耳を真っ赤にして恥ずかしいって」


 どこか面白おかしく言う口調にピクリと耳が反応する。


「もしかしてもじゃなく揶揄ってます?」

「ご名答」

「なぁっ!!」


 嫌い、本当に嫌い!

 本当に嫌いになりたい!



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