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2. 公爵令嬢、初盛られの話。

 


 アザレア・ビアンカ。

 この国の第一王子レナートを婚約者に持つ公爵令嬢だ。

 昔はレナートがただ大好きで、まだ敬語も取れていなかった頃の話。



 今は彼にちょうど会いにいく最中である。


「どうかしましたか、レナート」


 サラサラの黒髪が柱の奥から覗く。彼はレナートだ。私を迎えに来てくれたらしい。

 こういうところは気が利く男だった。


「僕が紅茶を淹れてみたから飲んでみてほしいなって。アザレアが初めてなんだけど」


 毒味かしら。

 いや、レナートがそんなことするわけない。きっと婚約者だから初めに飲ませてあげたいとかいうそういうやつよね。


 ひょっこり現れたレナートは私の手を引いて客室へ引き連れていく。

 大人しく着いていくとたくさんのお菓子がお洒落にハイティースタンドに並べられていた。思わず感動したのも束の間、ぐいと紅茶入りのカップを手渡される。


 匂いオーケー、色オーケー。

 普通に美味しそうだ。


 そうは言っても王子の淹れた紅茶だ。料理など全くしたこともない彼が急に紅茶を淹れるなんて好きな相手であろうと信じられない。カップを疑り深く見つめる。

 戸惑っている私を見て、同じ紅茶をティーポットからカップに注ぎ、レナートは一口で飲んだ。


 私も覚悟を入れて飲む。


「美味しいですわ!」


 普通に美味しかった。

 素直に感想を言うとレナートは嬉しそうに笑顔を見せる。


「アザレアに喜んでもらえるようにここ最近紅茶の入れ方を教わっていたんだ。喜んでいてもらえて嬉しいよ」


 朗らかに微笑む彼に改めてレナートが私の婚約者で良かったなと思う。


 私はこんな彼のことが大好きだ。

 ずっと昔から恋をしている。


 だけどこの気持ちは一生伝えない。少なくとも彼を落とすまでは。

 言ってしまったら婚約は破棄されてしまうから。


 レナートが私を婚約者に選んだ理由。

 それは私が婚約者候補の中で唯一レナートに恋をしないからだそうだ。本当はずっと前から好きだし、バレなかったのは私が恥ずかしがってレナートのそばに行かなかっただけなのだが、レナートはずっと勘違いしている。

 でもそのおかげでレナートの正式な婚約者になれたのだから良かった。


 どの道、婚約者なのだから絶対結婚できる。好意を伝える必要はないはずだ。


 レナートが入れた紅茶をもう一口飲むとやはり美味しい。

 ちょっとでもまずいのではと疑ったことを謝る為、レナートを見るとそわそわしていることに気づいた。


「レナート? どうかしました?」

「いや? もう少しすれば分かるよ」


 この顔で私は察する。

 レナートは何かを入れた。レナートは変なことをするタイプではないが、これは絶対やっている。


 じーっと見つめるもその顔はニヤニヤするだけで何も教えてはくれない。


「なにか入れたでしょう」

「そんなことよりアザレア、好きな人はいるかい?」


 私の質問を無視してレナートは問う。


 好きな人……って!

 突然のことに耐性なく頬は徐々に火照っていく。


 好きな人は目の前にいるレナートである。

 そんな素振りを見せないように振る舞っていたつもりだが、もしかしてバレていたのだろうか。

 貴方よ、と言ったらレナートはどんな反応をするのだろう。


 いや、巷で好きな人を聞くのは相手が好きなことが多いと聞いたことがある。

 もしかしてレナートも私のことを……いやいや。あるわけない。


 なんと答えれば良いのか分からず、頬だけ赤くなっていく。


「あれ、少し効果が早いな」

「効果?」


 ん?

 効果という言葉に心が冷えて、レナートに鋭く睨みを利かせると慌てて両手を挙げて負けを認める。


「違うんだ! ちょっと惚れ薬を……」

「ほ、惚れ薬ぃっ!?」


 ギョッとして叫ぶとその目線を泳がせるレナートに私は固まる。


 ほ、惚れ薬ってあの惚れ薬……。

 なんて破廉恥な!


 唾液の入った相手のことを好きになるというあの惚れ薬。

 魔女が薬草などを駆使して作っているという噂の惚れ薬。

 ちなみに惚れ薬はもともと相手が好きだった場合聞かない。その為、相手が自分のことを好きかどうか試す為に使う者もいるのだと言う。


 私はレナートに惚れ薬を飲まされた。

 つまりレナートの唾液を飲んだってこと!?

 あの美しい唇から私の為に、私だけの為に唾液を吐き出し、惚れ薬の中に入れた。そんな幸せってあっていいのか。少しの粘り気が唇についてレナートはきっと拭ったはず。

 その様子を見たかった……っていやいや、そうじゃない!


 私は婚約者だもの、これくらいで狼狽えている訳にはいかない。


「薬が効きやすい体質なのかもしれないな。効果は五分だけだから我慢してくれ。ほんの悪戯心だったんだ」

「悪戯心で済まされるわけ!」


 怒鳴ると意外そうにレナートは私を見る。

 ……何かおかしな事を言ったかしら。


「惚れ薬なのに意識を保っていられるなんてアザレアはすごいな。噂によると好きだってずっと言い続けるらしいんだけど」


 まずい。このままでは私がレナートを好きな事がバレてしまう。

 私は覚悟を決める。


「好きです、もうレナートの事が大好きです。好きです好きです、大好きです!」


 恥ずかしすぎる。


 尋常ではない程全身の体温が上昇していく。

 こんな風に誰かに好意を伝えたのは初めてだった。レナートが初恋だったし、淑女たるものこんな風にめちゃくちゃに伝えるのは違うと思っていた。

 レナートの事を見ていられるわけもなく目をギュッと瞑ってただただ愛を伝える。普段言えない分の好きも込めて。


 恥ずかしい、恥ずかしすぎる……っ!


 でもこれもレナートに婚約を破棄されない為。

 我慢しろ、私!


「本格的に効き始めたのか……」

「レナート、本当に大好きです。結婚してください」


 恥ずかしいけど構っていられない。

 私の好意はバラしたくないから!


 婚約破棄もそうだけれど一生からかわれてしまう。そんなの嫌だ。


「もう少し年を取ったら僕達は結婚するんだよ、アザレア」

「好き好き好き好き好き好き」


 どうやら私にはこれ以外の語彙力はないらしい。


「アザレアが好き好きロボットになってしまった……」


 信じられないと呟くレナートに私は恥ずかしくて堪らないけれど好きというしかなかった。



「お、そろそろ五分だ。ごめんよ、アザレア」


 地獄のような五分が過ぎ、私は口を閉ざした。

 なんていうかしばらくレナートと話したくない。

 冗談抜きで嫌いになりそう。いや嫌いになってやる!


 ぷいっとそっぽを向くとレナートはそんな私の頬を優しく触れた。


「アザレア、ごめんね。乙女心を傷つけるような真似をして。君に辛いことをさせてしまった、僕がちゃんともらうから泣かないでおくれ……」


 親指で私の涙袋をなぞる。

 どうやら泣いていたらしい。


 なかなか泣きやまない私の頭を撫でて、その涙を拭い、私が泣き止むまで待っていてくれたレナート。また好きが更新されてしまったのだ。



「いやーあの時のアザレアはかわいかった!」

「いい加減にしてください、レナート!」


 後日、執行に揶揄われるのはまた別のお話。


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