1. 公爵令嬢のモノローグ。
私はアザレア・ビアンカ。
少し目立つストレートの自慢の白髪を揺らして歩くのが私だ。
この国で強い力を持つ公爵家の一人娘。
そんな私には婚約者がいる。この国の第一王子、レナートだ。
幼い頃から一緒にいるレナートはすごく良い王子。昔からかっこよくて優しくて理想の王子様だった。
一点を除いて。
実際、優秀な王子とされていて、勤勉で剣も筋は良いのだそう。
貴族の令嬢が一度は憧れる存在である。
艷やかでサラサラの黒髪。鼻筋が通っていて、ぱっちりとした平行二重に切れ長な目。俗に言うイケメンだ。その顔を見ただけで惚れてしまう者は多い。人型の惚れ薬である。
私が婚約者になった後も彼の懐に入り込もうとする輩は大勢いる。
むしろ婚約者なんかに気を取らせまいと社交界でよく奪い合いが起こっている。私の事など壁に追いやって。
レナートも少しは構えばいいものを放ったらかしで他の令嬢と話すのだから許せない。令嬢が多すぎて物理的に抜け出せないのも大いにあるのだろうけれど。
「やあ、アザレア。元気かい?」
客室に入ると姿を見せるのはサラサラの黒髪を揺らすレナートだ。
その顔がとこかニヤニヤしていて後ずさる。
「アザレア、そんな下がらなくても良いんだよ」
「私は貴方にまた盛られそうで怯えているのよ」
盛られる。
そう、彼の唯一ダメなところは惚れ薬を持ってしまうところである。
何がしたいのか分からないが彼はやたら私に惚れ薬を持ってくる。あの手この手を使って。
惚れ薬というのは値段や作る人によって効果の早さも時間も違う。度合いも様々。
安ければ効果時間は短いし効果も薄い。少し好きだなというのが数分続くのみ。効果の強い惚れ薬だと延々と好きを言い続けるものなんて言うのもある。盛られてすぐ好きになるものもあれば数時間後に効果が出るものもある。傾向的に即効性のものは少し効果時間や効果が薄い気がする。逆に効果が出るまで時間がかかるものは複雑だと思う。
私がこんなに惚れ薬に詳しいのは間違いなくレナートのせいだ。
魔女が作った惚れ薬に唾液を入れると完成、それを飲んだ人は唾液の持ち主が好きになってしまう。
そして惚れ薬の評価点、否問題点。
それは既に好きな相手には聞かないというところだった。盛られても何も感じないし、何も起こらないのだ。
巷ではその力を使って好きな人を確かめるという技があるのだと言う。
……そして何を隠そうこの私、アザレア・ビアンカもこの仕様のせいで困っていた。
「残念だね、アザレア。そろそろ薬の効果が出てくるはずだよ。朝スープを出されたろう、あの中だ。今回は効果時間は一分と短いがいろんな表現で愛を伝えてくれるんだって」
最悪だ、もう盛られていた。
そういえば朝、スープを出される時侍女は申し訳なさそうに俯いていた。こういう理由があったのか。
レナートのお願いはとんでもないものだけれど彼は王子だ。公爵令嬢の侍女が断れるようなものではないだろう。可哀想に。
さて困った。
私は誠に遺憾ながらこの王子のことが好きなのである。
そう、つまり惚れ薬の効果が効かないということ。
初めて惚れ薬を盛られた時から嫌いになろうと本気で努力したが、できなかった。結局は優しくしてくれる姿に私は惚れてしまうのだ。
「おっ、そろそろだ」
ゴクリ、と唾を飲み込む。
様々な表現で愛を。
「レナート様……愛しております。婚約者という関係がなければ私はきっと生きていけないでしょう」
私の脳ミソの語彙力をフルに使う。
公爵令嬢として必死に勉強してきた言葉をこんな場面で使うことになるとは思いもしなかったけれど。
「私、その美しい二重幅で生きとうございます。サラサラの艷やかな黒髪を布団にして寝たいと思ってしまいます。その鼻筋を滑り台にして遊んでみたいと思っています。でもそんなことをしたらレナート様がボロボロになってしまう……心の中に愛を秘めなければなりませんわ」
……なんか違う気もするけどまあ良いか。
レナートはポカンと口を開けて呆けている。
まさかそんな表現をされるとは思わなかったのだろう。私も思わなかった。
思ってない、こんな事思ってないですからね。
「そのお優しい心を誰にも向けてほしくありません……」
少し本心が出る。
婚約者である私を放って他の令嬢と話さないでほしい。話しかけてきた令嬢に優しく対応しないでほしい。令嬢のハンカチを拾って手渡さないでほしい。転けそうな令嬢を抱きとめないでほしい。
その素敵な笑顔を見せるのは私だけにしてほしい。
全部私の我儘だけれど本心だ。
醜い私の嫉妬。
「アザレア。僕はアザレアしか見ていないよ」
そうやって優しく言ってくれるのは私だけだと信じたい。
キュ、と心が縮む。
レナートは肩に手を置いて私を引き寄せようとする。私もなんだか甘い気分になって身を預けようとする。
「……一分」
ボソッと呟いて頭を振る。
流されるところだった。危ない危ない。
もしもあのまま流されていたら素敵な時間だっただろうが確実に好意がバレてしまう。
そんなことになったら……恐ろしい。
「あーあ、もう少し楽しみたかったのに。アザレア、いつになったら僕を好きになってくれるんだい?」
「その態度を改めたらよ」
全くもう。失礼しちゃうわ。
ぷいっと顔を逸らす。やや恥ずかしくて赤らんでる顔を見えないようにして。
「アザレアの語彙力はすごかったなぁ。普段から僕の二重幅に住みたいとか髪を布団にしたいとか鼻筋を滑り台にしたいとか思ってるの? ねえねえ」
「…………」
そう、コイツは私の惚れ薬時間のことを揶揄うのが趣味である。
趣味が悪すぎる、最低。
「僕が他の令嬢に優しくしている姿に嫉妬しているのかい?」
その言葉だけが妙に優しくてレナートの顔を見てしまう。
やけに優しい顔をしていてドクリと心臓が音を立てる。
「僕はね、アザレアに嫉妬してほしくていろんなことをしていたんだよ」
酷く恋い焦がれる姿に心臓が止まりかける。
好きで好きで苦しそうで、私は今すぐ彼を抱きしめてあげたいと思った。
それってつまりレナートは私のことが好きってこと……?
だから惚れ薬を持っていた?
私がレナートを好きか確かめる為に。でも私がこんな演技をするから……。
違う、私はずっと貴方が好きなのよ。
そう言って抱きしめようとする。
「なーんて。いやーかわいかったなぁ、アザレア。すごく揶揄い甲斐があったよ」
「……最ッ低!!」
王子だろうと婚約者だろうと関係ない。
私の恋心をいたぶった罰だ。
淑女らしからぬ、拳に力を入れてゴンッとレナートのみぞおちを殴った。