くもの長ぐつ
あしながグモのハッチのじまんは、そのながぁい足と、八本全部にはいている、ピカピカの黄色い長ぐつでした。これさえあれば、雨の日でもへっちゃらです。今日も巣から出て、森の中を探検します。
「ピッチピッチ、ちゃっぷちゃっぷ、楽しいな♪ さぁて、今日はどこに行こうか」
ごきげんで森の落ち葉の上を歩いていると、なんだか雨が強くなってきました。
「わわっ、おっきな水玉がいっぱい落ちてきたよ。どうしよう、長ぐつはいてても、こんな雨に当たったら、とっても痛いよ。早く帰らないと」
ハッチはガサガサガサッと、じまんの長い足を器用に動かして、いちもくさんに自分の巣へと逃げ帰りました。巣について、ザーザーぶりになってきた雨をじっと見つめます。
「よかった、おっきな葉っぱの下に巣をつくってて。こんなすごい雨に打たれたら、ぼくの巣も破れちゃうからな」
ハッチはホッと一息ついて、それからじまんの長ぐつを見ていきました。
「一足、二足、三足……あれっ、七足しかない。一足足りないぞ?」
きっと先ほど、バタバタ走って帰ってきたときに、落としてしまったのでしょう。ハッチは大あわてで、巣のまわりを見まわします。
「どうしよう、やっぱり見つからないよ。あぁ、ぼくの大事な長ぐつが、どうしよう……」
ですが、この雨ではどうしようもありません。ハッチは泣く泣く、雨が止むまで巣でじっと待っていました。
「よかった、やっとあがったよ」
ようやく雨が小ぶりになったので、ハッチは急いで巣から地面におりました。いつもは八本の足全部に長ぐつをはいていましたので、落ち葉の上も走りやすいのですが、一足足りないとどうしてもつるっつるっとすべってしまいます。
「あぁ、こんなに走りにくかったなんて。早く長ぐつを見つけないと」
ガサガサ進んでいくと、ハッチの前に、ブーンとミツバチが飛んできました。
「あっ、ハッチじゃないか。こんにちは」
「ミツバチ君、あのね、ぼくの長ぐつ見なかったかい?」
ハッチに聞かれて、ミツバチは羽をブーンッといわせて、首をふりました。
「ごめんよ、見てないなぁ。でも、ハッチの長ぐつはいいなぁ、それがあれば、ぼくも花のミツを集めるときに、すべらないですむんだけど……」
「あ、そうか、ミツバチ君、いつも花粉とミツでべとべとになってるもんね……」
ハッチはあらためて、ミツバチのからだを見まわしました。あちこちに花粉とミツがくっついていて、なんだかずいぶんかわいそうに見えました。ハッチはずいぶん悩んでいましたが、やがて足から、長ぐつを二足ぬいで、ミツバチに渡したのです。
「はい、貸してあげるよ」
「えっ、いいのかい? だってこれ、ハッチの大事な長ぐつだろう?」
ハッチはこくりとうなずきました。
「うん。そのかわりさ、ぼくのなくしちゃった長ぐつ見つけたら、教えてね」
「おやすいごようさ! わぁ、ありがとう! これでぼくも、花粉とミツでべとべとにならなくてすむぞ!」
ミツバチはハッチの靴を二足はいて、大喜びで飛んでいきました。
「あぁ、これで残りは五足になっちゃったよ。うぅ、すべるし、歩きづらいなぁ」
さっきは七足長ぐつをはいていたのですが、今は五足です。そのぶん、つるっつるっつるっと、何度もすべってうまく歩けません。それでもハッチは、がんばって森の奥へと進んでいきました。すると……。
「うぅ、どうしてだよぉ、おれ、絶対食べたりしないっていってるのに……」
落ち葉の上で、カマキリがしくしく泣いていました。ハッチはぽかんとしていましたが、すぐにカマキリに声をかけます。
「カマキリ君じゃないか。どうしたんだい?」
「あっ、ハッチ、うぅ、聞いてくれよぉ、おれさ、ちょうちょのアゲハちゃんが大好きだから、こないだ、勇気を出して好きだっていったんだ。でも……」
そのままカマキリは、うわぁんと大声で泣き出してしまったのです。ハッチはあわててなぐさめます。
「泣かないでくれよ。ねぇ、どうしたのさ」
「うぅ、ヒック、アゲハちゃん、おれに、『そんなこといってわたしを食べようとしてるんでしょ』っていって、逃げちゃったんだよ、うわぁぁん!」
泣き出すカマキリを見ているうちに、ハッチはだんだんかわいそうに思えてきました。どうにかしてあげたいけれど、いったいどうすればいいんでしょうか。そう思っているうちに、ふと、ハッチはひらめいたのです。
「そうだ、ぼくの長ぐつを貸してあげるよ」
「ふぇっ? 長ぐつ? でも、それでどうすればいいんだい?」
「アゲハちゃんはさ、カマキリ君の、その、するどいカマが怖くて逃げちゃったんだよ。でもほら、ぼくの長ぐつで、そのカマをかくせば」
「そうか、アゲハちゃんもおれのこと、怖いって思わないよな。ありがとうハッチ!」
カマキリに何度もお礼をいわれて、ハッチはなんだかうきうきしてきました。足から長ぐつを二足ぬいで、カマキリのカマにかぶせてあげます。
「これできっと大丈夫だよ。あ、でもさ、そのかわり、もしぼくのなくした長ぐつを見つけたら、教えてね」
「もちろんだよ! ありがとうハッチ!」
カマキリは大喜びで、アゲハちゃんのところへ飛んでいきました。
「うぅ、とうとう残り三足になってしまったよ。うわっ、すべっちゃった。危ない危ない。気をつけないと」
ハッチはステンッコロンッと転げながらも、どんどん森の奥へ進んでいきます。すると……。
「あぁ、歩きづらいなぁ。でも、このあたりのはずなんだけど……」
落ち葉の上で、細長い足のアメンボが、きょろきょろ、きょろきょろ、あたりを見ています。ハッチは不思議に思って、アメンボに声をかけました。
「やぁ、アメンボ君じゃないか。どうしたんだい?」
「あっ、ハッチ。久しぶりだね」
「そうだね、アメンボ君は、いつも森の水たまり池にいるから、あんまり会えないけど、今日はどうしたの?」
「うん。今日はぼくの親せきの、カメムシ君の結婚式に呼ばれてきたんだよ。でも、ぼくはほら、足が細くて、水の上を歩くのは楽なんだけど、落ち葉や土の上を歩くのが苦手でさ。どこかこのあたりで結婚式をするっていってたんだけど、探すのに疲れちゃって」
ハッチはアメンボの足に目をやりました。ずっと歩いていたのでしょう。細い足にどろがついて、なんだかつらそうです。ハッチはしばらく考えこんでいましたが、やがて長ぐつを二足、アメンボにわたしたのです。
「さ、これをはいて。二足しかないから、まだちょっと歩きづらいかもしれないけど、ずいぶん楽になると思うよ」
「えっ、いいの、ハッチ? これ、君が大事にしている長ぐつだろう?」
「うん。せっかく親せきの結婚式に出るんだから、おめかししていきなよ。あ、でもさ、そのかわり、水たまり池に、ぼくのなくした長ぐつがないか探してくれるとうれしいな」
「もちろんだよ! ありがとうハッチ!」
アメンボはさっそくハッチの長ぐつを二足はいて、スタッスタッと歩いていきました。さっきよりもずいぶん歩きやすそうに見えます。ハッチもホッと胸をなでおろしました。
「あぁ、とうとう残り一足になっちゃったよ。でも、どこに行ったんだろう、見つからないなぁ……。あっ!」
森の奥深くで、ハッチはようやくなくした黄色い長ぐつを見つけたのです。すってんころりんと転げながらも、なんとか長ぐつのそばへやってきました。しかし……。
「あっ、あおむし君!」
なんと、ハッチが探していた最後の一足は、あおむしがはいていいたのです。ハッチに気がつくと、あおむしは「あっ」と声をあげました。
「そうか、これ、ハッチの長ぐつだったんだ。ごめんね、雨が降ってきて、葉っぱから落っこちちゃって、足を痛めて動けなくなってたところに、この長ぐつが転がってきたから、ついはいてたんだ。もうちょっとで木に戻れそうだから、ハッチに返すね、ごめんね、イタタッ」
あおむしが長ぐつをぬごうとして、苦しそうにうめいたのです。あわててハッチがかけよります。
「大丈夫? あ、ホントだ、足がちょっと傷になってるね。こっちの足もだ」
長ぐつをはいた足と、その反対の足から、青い血が流れていました。ハッチはしばらく考えこんでいましたが、やがて長ぐつをぬいで、あおむしのけがをしている足にはかせたのです。
「ハッチ、どうして?」
「大丈夫、ぼくは長ぐつがなくても、ちょっとすべっちゃうだけでちゃんと歩けるからさ。でも君は、ずいぶん痛そうじゃんか。だからいいよ、その長ぐつ、あげるよ」
「でも……」
「ほら、またお空が暗くなってきてるよ。雨が降りそうだし、早く木に戻るんだよ。今度はしっかり葉っぱにしがみついていてね。じゃあ、ぼくもう行くよ」
「あっ、ハッチ!」
ハッチはコロンッ、ズルンッとすべりながらも急いで巣まで戻っていったのでした。
「みんなありがとう。でもよかった、役に立って……」
雨が上がって、しばらく日にちが経ってから、長ぐつをかしていたみんなが返しに来てくれました。みんなうれしそうで、ハッチに何度もお礼をいってくれました。
「でも、ハッチ、二足なくなってないかい?」
「うん。あおむし君にあげたんだよ。あのあおむし君、あれから見てないけど、大丈夫だったかなぁ」
ハッチの言葉に、みんなも心配そうにしていました。しかし……。
「ハッチ、ハッチ、ありがとう! ぼくだよ、あのあおむしだよ! 君のおかげでちゃんとちょうちょになれたんだ! ハッチ、ありがとう!」
ハッチのもとに飛んできたのは、きれいな白い羽をした、りっぱなちょうちょだったのです。その足には、ハッチがあげたあの黄色い長ぐつが、二足はかれているのでした。
「わぁ、よかったね、ちょうちょになれたんだ!」
「うん。ありがとうハッチ。それでね、さなぎになったとき、ぼくは糸を出したんだけど、その糸があまったから、こんなのをあんできたんだ。よかったら使ってね」
あおむしくんは羽をパタパタさせて、なにかをハッチの前に落としました。
「わわっ、すごい!」
それは、とてもあたたかそうなくつ下でした。もちろんハッチのために、八足分あります。長ぐつにぴったりおさまりそうなサイズでした。
「最後の一足だけ、ちょっと糸が足りなかったから、小さくなっちゃったけど、でも、いっしょうけんめいあんだから、使ってね」
「ありがとう。大事に使わせてもらうね」
あしながグモのハッチのじまんは、そのながぁい足と、八本全部にはいている、ピカピカの黄色い長ぐつでした。でも、これからは、その長ぐつの中にはいている、白いくつ下もじまんです。寒い日もぬくぬくあたたかく、ハッチは今日も森を探検するのでした。