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冬童話2021 『さがしもの』

くもの長ぐつ

作者: 小畠愛子

 あしながグモのハッチのじまんは、そのながぁい足と、八本全部にはいている、ピカピカの黄色い長ぐつでした。これさえあれば、雨の日でもへっちゃらです。今日も巣から出て、森の中を探検します。


「ピッチピッチ、ちゃっぷちゃっぷ、楽しいな♪ さぁて、今日はどこに行こうか」


 ごきげんで森の落ち葉の上を歩いていると、なんだか雨が強くなってきました。


「わわっ、おっきな水玉がいっぱい落ちてきたよ。どうしよう、長ぐつはいてても、こんな雨に当たったら、とっても痛いよ。早く帰らないと」


 ハッチはガサガサガサッと、じまんの長い足を器用に動かして、いちもくさんに自分の巣へと逃げ帰りました。巣について、ザーザーぶりになってきた雨をじっと見つめます。


「よかった、おっきな葉っぱの下に巣をつくってて。こんなすごい雨に打たれたら、ぼくの巣も破れちゃうからな」


 ハッチはホッと一息ついて、それからじまんの長ぐつを見ていきました。


「一足、二足、三足……あれっ、七足しかない。一足足りないぞ?」


 きっと先ほど、バタバタ走って帰ってきたときに、落としてしまったのでしょう。ハッチは大あわてで、巣のまわりを見まわします。


「どうしよう、やっぱり見つからないよ。あぁ、ぼくの大事な長ぐつが、どうしよう……」


 ですが、この雨ではどうしようもありません。ハッチは泣く泣く、雨が止むまで巣でじっと待っていました。




「よかった、やっとあがったよ」


 ようやく雨が小ぶりになったので、ハッチは急いで巣から地面におりました。いつもは八本の足全部に長ぐつをはいていましたので、落ち葉の上も走りやすいのですが、一足足りないとどうしてもつるっつるっとすべってしまいます。


「あぁ、こんなに走りにくかったなんて。早く長ぐつを見つけないと」


 ガサガサ進んでいくと、ハッチの前に、ブーンとミツバチが飛んできました。


「あっ、ハッチじゃないか。こんにちは」

「ミツバチ君、あのね、ぼくの長ぐつ見なかったかい?」


 ハッチに聞かれて、ミツバチは羽をブーンッといわせて、首をふりました。


「ごめんよ、見てないなぁ。でも、ハッチの長ぐつはいいなぁ、それがあれば、ぼくも花のミツを集めるときに、すべらないですむんだけど……」

「あ、そうか、ミツバチ君、いつも花粉とミツでべとべとになってるもんね……」


 ハッチはあらためて、ミツバチのからだを見まわしました。あちこちに花粉とミツがくっついていて、なんだかずいぶんかわいそうに見えました。ハッチはずいぶん悩んでいましたが、やがて足から、長ぐつを二足ぬいで、ミツバチに渡したのです。


「はい、貸してあげるよ」

「えっ、いいのかい? だってこれ、ハッチの大事な長ぐつだろう?」


 ハッチはこくりとうなずきました。


「うん。そのかわりさ、ぼくのなくしちゃった長ぐつ見つけたら、教えてね」

「おやすいごようさ! わぁ、ありがとう! これでぼくも、花粉とミツでべとべとにならなくてすむぞ!」


 ミツバチはハッチの靴を二足はいて、大喜びで飛んでいきました。




「あぁ、これで残りは五足になっちゃったよ。うぅ、すべるし、歩きづらいなぁ」


 さっきは七足長ぐつをはいていたのですが、今は五足です。そのぶん、つるっつるっつるっと、何度もすべってうまく歩けません。それでもハッチは、がんばって森の奥へと進んでいきました。すると……。


「うぅ、どうしてだよぉ、おれ、絶対食べたりしないっていってるのに……」


 落ち葉の上で、カマキリがしくしく泣いていました。ハッチはぽかんとしていましたが、すぐにカマキリに声をかけます。


「カマキリ君じゃないか。どうしたんだい?」

「あっ、ハッチ、うぅ、聞いてくれよぉ、おれさ、ちょうちょのアゲハちゃんが大好きだから、こないだ、勇気を出して好きだっていったんだ。でも……」


 そのままカマキリは、うわぁんと大声で泣き出してしまったのです。ハッチはあわててなぐさめます。


「泣かないでくれよ。ねぇ、どうしたのさ」

「うぅ、ヒック、アゲハちゃん、おれに、『そんなこといってわたしを食べようとしてるんでしょ』っていって、逃げちゃったんだよ、うわぁぁん!」


 泣き出すカマキリを見ているうちに、ハッチはだんだんかわいそうに思えてきました。どうにかしてあげたいけれど、いったいどうすればいいんでしょうか。そう思っているうちに、ふと、ハッチはひらめいたのです。


「そうだ、ぼくの長ぐつを貸してあげるよ」

「ふぇっ? 長ぐつ? でも、それでどうすればいいんだい?」

「アゲハちゃんはさ、カマキリ君の、その、するどいカマが怖くて逃げちゃったんだよ。でもほら、ぼくの長ぐつで、そのカマをかくせば」

「そうか、アゲハちゃんもおれのこと、怖いって思わないよな。ありがとうハッチ!」


 カマキリに何度もお礼をいわれて、ハッチはなんだかうきうきしてきました。足から長ぐつを二足ぬいで、カマキリのカマにかぶせてあげます。


「これできっと大丈夫だよ。あ、でもさ、そのかわり、もしぼくのなくした長ぐつを見つけたら、教えてね」

「もちろんだよ! ありがとうハッチ!」


 カマキリは大喜びで、アゲハちゃんのところへ飛んでいきました。




「うぅ、とうとう残り三足になってしまったよ。うわっ、すべっちゃった。危ない危ない。気をつけないと」


 ハッチはステンッコロンッと転げながらも、どんどん森の奥へ進んでいきます。すると……。


「あぁ、歩きづらいなぁ。でも、このあたりのはずなんだけど……」


 落ち葉の上で、細長い足のアメンボが、きょろきょろ、きょろきょろ、あたりを見ています。ハッチは不思議に思って、アメンボに声をかけました。


「やぁ、アメンボ君じゃないか。どうしたんだい?」

「あっ、ハッチ。久しぶりだね」

「そうだね、アメンボ君は、いつも森の水たまり池にいるから、あんまり会えないけど、今日はどうしたの?」

「うん。今日はぼくの親せきの、カメムシ君の結婚式に呼ばれてきたんだよ。でも、ぼくはほら、足が細くて、水の上を歩くのは楽なんだけど、落ち葉や土の上を歩くのが苦手でさ。どこかこのあたりで結婚式をするっていってたんだけど、探すのに疲れちゃって」


 ハッチはアメンボの足に目をやりました。ずっと歩いていたのでしょう。細い足にどろがついて、なんだかつらそうです。ハッチはしばらく考えこんでいましたが、やがて長ぐつを二足、アメンボにわたしたのです。


「さ、これをはいて。二足しかないから、まだちょっと歩きづらいかもしれないけど、ずいぶん楽になると思うよ」

「えっ、いいの、ハッチ? これ、君が大事にしている長ぐつだろう?」

「うん。せっかく親せきの結婚式に出るんだから、おめかししていきなよ。あ、でもさ、そのかわり、水たまり池に、ぼくのなくした長ぐつがないか探してくれるとうれしいな」

「もちろんだよ! ありがとうハッチ!」


 アメンボはさっそくハッチの長ぐつを二足はいて、スタッスタッと歩いていきました。さっきよりもずいぶん歩きやすそうに見えます。ハッチもホッと胸をなでおろしました。




「あぁ、とうとう残り一足になっちゃったよ。でも、どこに行ったんだろう、見つからないなぁ……。あっ!」


 森の奥深くで、ハッチはようやくなくした黄色い長ぐつを見つけたのです。すってんころりんと転げながらも、なんとか長ぐつのそばへやってきました。しかし……。


「あっ、あおむし君!」


 なんと、ハッチが探していた最後の一足は、あおむしがはいていいたのです。ハッチに気がつくと、あおむしは「あっ」と声をあげました。


「そうか、これ、ハッチの長ぐつだったんだ。ごめんね、雨が降ってきて、葉っぱから落っこちちゃって、足を痛めて動けなくなってたところに、この長ぐつが転がってきたから、ついはいてたんだ。もうちょっとで木に戻れそうだから、ハッチに返すね、ごめんね、イタタッ」


 あおむしが長ぐつをぬごうとして、苦しそうにうめいたのです。あわててハッチがかけよります。


「大丈夫? あ、ホントだ、足がちょっと傷になってるね。こっちの足もだ」


 長ぐつをはいた足と、その反対の足から、青い血が流れていました。ハッチはしばらく考えこんでいましたが、やがて長ぐつをぬいで、あおむしのけがをしている足にはかせたのです。


「ハッチ、どうして?」

「大丈夫、ぼくは長ぐつがなくても、ちょっとすべっちゃうだけでちゃんと歩けるからさ。でも君は、ずいぶん痛そうじゃんか。だからいいよ、その長ぐつ、あげるよ」

「でも……」

「ほら、またお空が暗くなってきてるよ。雨が降りそうだし、早く木に戻るんだよ。今度はしっかり葉っぱにしがみついていてね。じゃあ、ぼくもう行くよ」

「あっ、ハッチ!」


 ハッチはコロンッ、ズルンッとすべりながらも急いで巣まで戻っていったのでした。




「みんなありがとう。でもよかった、役に立って……」


 雨が上がって、しばらく日にちが経ってから、長ぐつをかしていたみんなが返しに来てくれました。みんなうれしそうで、ハッチに何度もお礼をいってくれました。


「でも、ハッチ、二足なくなってないかい?」

「うん。あおむし君にあげたんだよ。あのあおむし君、あれから見てないけど、大丈夫だったかなぁ」


 ハッチの言葉に、みんなも心配そうにしていました。しかし……。


「ハッチ、ハッチ、ありがとう! ぼくだよ、あのあおむしだよ! 君のおかげでちゃんとちょうちょになれたんだ! ハッチ、ありがとう!」


 ハッチのもとに飛んできたのは、きれいな白い羽をした、りっぱなちょうちょだったのです。その足には、ハッチがあげたあの黄色い長ぐつが、二足はかれているのでした。


「わぁ、よかったね、ちょうちょになれたんだ!」

「うん。ありがとうハッチ。それでね、さなぎになったとき、ぼくは糸を出したんだけど、その糸があまったから、こんなのをあんできたんだ。よかったら使ってね」


 あおむしくんは羽をパタパタさせて、なにかをハッチの前に落としました。


「わわっ、すごい!」


 それは、とてもあたたかそうなくつ下でした。もちろんハッチのために、八足分あります。長ぐつにぴったりおさまりそうなサイズでした。


「最後の一足だけ、ちょっと糸が足りなかったから、小さくなっちゃったけど、でも、いっしょうけんめいあんだから、使ってね」

「ありがとう。大事に使わせてもらうね」




 あしながグモのハッチのじまんは、そのながぁい足と、八本全部にはいている、ピカピカの黄色い長ぐつでした。でも、これからは、その長ぐつの中にはいている、白いくつ下もじまんです。寒い日もぬくぬくあたたかく、ハッチは今日も森を探検するのでした。

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― 新着の感想 ―
[一言] 優しいくもくんのおかげで、みんながハッピーになって本当に良かったです! 蛹の中でせっせと靴下を編んでくれた蝶々さんも、義理堅いですね〜。 リアルくもくんとの対面はちょっとご遠慮願いたいので…
[一言] 青虫さん、さなぎの中でちょうちょに変身しながら一生懸命靴下を編んでいたのでしょうね。 とても微笑ましかったです。
[良い点] 王道というか、お手本みたい。素晴らしい完成度ですね。尊敬します。 [一言] 靴下の落ちが素敵です。 テレビ絵本に出てきそうなお話ですね。 みんな優しくて可愛い。
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