メンターとの闘い
メンターとは、企業などで若手社員の教育をする際に、あまり年の離れていない社員が中間管理職になる前の人材育成の練習として行う行為であったり、会社の業績自体をあげる目的で行われる社員のメンタルケアに従事する人のことだったりします。良い意味で使われている呼称ですが、この作品ではあえて悪として扱っています。
「お兄ちゃん!どこに行くの?」
荷物をまとめて出ていこうとする兄にミサは追いすがった。
「戦闘訓練所」
「なぜそんなところに?」
「俺も20歳だし、仕事もせずに家でゴロゴロしてるわけにいかないだろう?」
「だったら、いろんなアルバイトがあるじゃない?なんでよりによって戦闘訓練所?」
「俺のメンターが、俺に一番合ってるって言ったんだ」
「…」
「スポーツやってるときも、ゲームやってるときも、スリルを味わって生きてるって感じるんだ」
「お願い、お兄ちゃん行かないで!勝ち負けがあるってことは、負けたときのリスクを頭に置いておかないとどんなことになる?!」
「大丈夫。数年後には勲章とトロフィーだらけにしてやるからさ」
兄は出ていってしまった。
折しも、世間では法改正により、武力が認められ、隣国と小競り合いが勃発していた。
「オリト。どうして兄に戦闘訓練所をすすめたの?」
兄のメンターであるオリトの元にミサは出向いた。
「今一番必要とされている人材だよ」
「戦争を助長させるとても危ない考えだと思うわ」
「時代をよく見極めてごらん。ミサにもそのうちわかる」
グジャグジャグジャ。ミサの心の音がした。
オリトは、ミサの前ではいつも聖人君主のように振る舞っていた。憧れてさえいたのに、今、ミサの心が揺らいだ。
「PAO!メンターの存在意義は?」
コンピュータ端末に音声で尋ねる。
「現在のメンターは、人材を適材適所にいきわたるよう連携して育成に臨みます」
「どうやって連携してるの?」
「AIの指示に従って」
「そのAIはどこの管轄?」
「…お答えできません」
兄が出兵して、帰らぬ人となった。
葬式に参列していたオリトを連れ出して、ミサはその胸で泣きじゃくった。
「本来なら、善行に向けるべきベクトルをこの世界の上の方で捻じ曲げているのよ!」
「歴史は繰り返す。戦争はなくならない」
「それじゃあ、『私』が変えるわ!」
「えっ?」
「戦争はなくならない。それなら、『上』の組織と闘うわ!」
「俺はメンターとして見過ごせない。ミサ、君を告発する」
「それでも!私は揺るがない!」
オリトは親指の爪を噛んでいたが、なにか思いついたようだった。
「ミサ。俺が味方になったら俺の指示に従うかい?」
「何を考えているの?」
「君の言うところの『上』を掌握して、重要事項の決定権を大勢のメンターの位置に引きずり下ろす」
「できるの?そんなこと」
「俺とミサなりの戦争のやり方だ!」
コンピュータのAIに気づかれないようにメッセージを添付してメンターたちに賛同を募る。そして『上』の思惑を叩き潰す!他にも方法はいくらだってある。
泣き寝入りだけはしないでおこう。
ミサはオリトをもう一度信じてみようと思った。