始まりはいつも突然に
俺は今日、高校を卒業する。
まだ3月だと言うのに、桜はすでに満開だ。
「おーい、義星ー」
「おー、勇翔。おせーぞ!」
汗を流しながら登場した友人に俺は、一言文句をつけた。
「ごめんごめん。今日に限って寝坊しちゃってさ。これでも急いで来たんだぞ」
本当に起きてから急いで来たようで、走ってへとへとの主人より卒業式だと言うのに寝癖はとても元気だ。
「そんなんで大丈夫かよ? ちゃんと高校卒業出来るのか?」
「だ、だいじょーぶに決まってんだろ!」
「本当かぁ?」
横目でおちょくるように勇翔を見ると、勇翔は膨れっ面で「本当だし」と返してきた。
「――ってそんなことより、急げよ! 遅刻すんぞ!」
卒業式に遅刻するなんて洒落にならない。それだけはごめんだ。
「こうなったら学校まで全力ダッシュだ!」
「え、ちょっ、待てよ」
そう言って二人で信号を一歩踏み出したとき――
――ドンッ
鈍い音がして体が弾き飛ばされた。
どうやら車に跳ねられたらしい。チャラそうな男性が運転席で青ざめているのが窺える。
痛みで意識が遠ざかるなか、頭から血を流しながら勇翔が倒れていくのを見たのを最後に、俺は意識を手放した。
チャラララ~♪
変な音で目を覚ますと、道路でもなく病院でもない、白い壁に囲まれた庭のような場所に俺は居た。
ここは……? なんでこんな所に……?
思い出そうとすれば、記憶は直ぐに蘇った。
まず、俺は勇翔といつも通りに待ち合わせして……あいつは遅れて来て……卒業式だから絶対に遅刻したくなくて……全力ダッシュしようとして……
車に……跳ねられた……
思い出すだけでも痛い。
はずなのに……
打ったところは全く痛くない。それどころかかすり傷一つすらない。右から突っ込まれたのだから、右のあばら骨一、二本折れていても不思議じゃない。
俺より奥にいた勇翔ですら頭から血を流していたのに。
……。
そういえば勇翔はどこだ……?
と言うか、ここは?
順を追ってもなんでここに居るのかさっぱり分からない。
「お前さんは、ついさっき死んだんだ」
「……は?」
「だからぁ、死・ん・だ・の」
「いや……あんた誰?」
いきなり声をかけられて、振り向けばヘラヘラとした感じの男がさっきまでは無かったであろう椅子に座っていた。
男は紺色の着物に下駄、片手には煙管という近頃ではあまり見ない変わった格好をしていた。年齢は、二十代後半位だろうか。結構整った顔立ちをしている。
「俺はサク。まぁ、お見知りおきを」
サクと名乗ったその男は、つかみどころのない笑顔でそう言った。
「……」
俺が黙っていると、流石に怪しまれていると気付いたらしい。
「まぁ、それに座って話を聞いてくれ」
サクが指を指した方向に目を向けると、さっきまで無かったはずの椅子が置いてあった。
「うお!? 一体どこから……」
「いいから、いいから」
遮るようにして、急かしてきたので渋々俺は椅子に腰を下ろした。
サクに向かい合うようにして座ると、サクは煙管を口に運んで一息吸ってから、俺を落ち着かせるようにゆっくりと吐いた。
タバコのような匂いはせず、煙だけが二人の間に漂った。
「俺はいわゆる神様だ」
「嘘だろ」
「いや、本当だ」
「いや、嘘だろ。信じられない」
俺が反論すると、サクは参ったように頭をかいた。
「お前みたいに否定するやつは初めてだわ」
「信じねぇーぞ」
「信じなくても別に構わねぇよ。しかし、伝えることがいくつかある。それはしっかり聞け」
「わかった……」
「まず、さっき言ったようにお前は死んだんだ」
「いや、いきなり死んだと言われても……意味わかんないんですけど」
「お前さんだって心当たりあるだろ?」
「まぁ……」
「それだ。それでお前は死んだんだ」
「いや、流石に納得は出来ないだろ」
「でもお前は今、怪我してないだろ?」
「そうだけど……なんで?」
「それはここが天国だからだ」
「へー、そうだったのか。信じたくはないけど、それなら分からなくもない」
「おぉ、物分かりが良いな」
「まぁ、雰囲気とかもあるしな……あっ!」
「どした?」
「勇翔は? 谷崎勇翔はどうなった?」
「あー、お前のお友達ねぇ。彼も死んだよ」
「それは何となくわかるけど、どこに居るんだ?」
「彼はもう行ったぞ」
「どこに?」
「まぁまぁ少し待て、その行き先なんだけどお前も一緒なんだ。で、その行き先でやるミッションがある」
「ミッション?」
「ミッションを達成したらもとの世界に戻れる。高校の卒業式にも参加できるぞ」
「まじか。めっちゃ良いじゃん」
「もちろん?」
「やるに決まってんだろ! で、そのミッションは?」
「お前のミッションは、勇者を倒すことだ」
「は? 勇者を倒す?」
「そう」
「え、勇者? 何で?」
「まぁ、それは行けばわかるさ」
サクがそういうとオレの周りが光に包まれた。
「ちょっと待て、まだ聞きたいことが……」
しかし、声は届かないようで、サクは不適な笑顔を浮かべながら
「まぁ、頑張れよ」
美味しそうに煙管を吸い始めた。
おい……待てよ……
オレの意識はそれを最後にまたも途切れた。