景品オンライン
日本の『景品法』では、買い物をした時のポイントで買い物が出来る事は『景品』とは呼ばずに『値引き』に該当するそうです。ただし、この作品のように自社開発のゲームを行える、と言う場合は『景品』になりますが、そのゲームがポイントによらずに直接購入出来るモノである場合は『値引き』に相当するというややこしい法律です。
ですので、作中の『景品』という表現はフィクションと言う事で鵜呑みにはしないでください。
まぁ、内容も妄想した捏造物語なんで、信じる人はいないとは思いますけどね。
ここで定番を一つ。『この作品はフィクションです。実在の国、世界、宇宙などとは一切関係がありません』
それでは、駄文による空想物語を適当に楽しんで……、くれるといいなぁ。
あ~、とりあえず暇な方の暇つぶしをどうぞ。
時は二十一世紀前半。所は日本の大都市圏の一つ。僕、天野武は高校二年。今は学校からの帰宅途中で、そわそわしながらも駅から自宅へと白いママチャリを漕いでいる。
そわそわしている理由は、一昨日通販サイトで買ったダッフルコートが届いている、と言う事では無く、そのダッフルコートを通販で買った事によるポイントが送り込まれるという事が重要だった。
そして、気がはやる僕は注意を怠り、トラックに轢かれて異世界に………。
と言う事も無く、無事に家まで辿り着いた。
玄関横にある宅配ボックスには鍵が掛かっている。と言う事は通販が届いたと言う事だ。僕は家の鍵を取り出し玄関を開け、靴入れの戸を開いて宅配ボックスの鍵を取り出す。
そして宅配ボックスを開けると、思っていた以上の大きさの段ボールが入っており、宛名には僕の名前がしっかりと入っていた。
「よし」
これでポイントが入っているはずだ。
ダッフルコートは冬用だから今の時期には必要無い。でも一応は段ボールを取り出さないとならないから、見た目よりは軽い箱を持って部屋に上がった。
自転車や鞄、宅配ボックスの後始末とかもしっかりやったからね。
段ボールはクローゼットの前に放り投げ、パソコンを起動させながら学校の制服を脱いでいく。そして一番楽な部屋着に着替えると、通販サイトを開いてログインする。
会員ページになり、購入履歴やオススメ商品の画面になるが、狙いはゲームコーナー。
マウスホイールでページを巻き上げ、右に上がるサイトメニューの中から【オンラインゲーム】のリンクボタンをクリックし、ゲーム選択画面にする。
画面右上には僕の名前と保有ポイントが表示されている。これでここのサイトのゲームが出来る。
僕が今会員としてログインしている通販サイトは自社コンテンツとしてオンラインゲームを幾つか併設している。そしてそのゲームは、通販で買い物をした時にサービスとして提供されるポイントを使って遊ぶ事が出来る。
逆に言えば、ポイントが無いと遊べない、と言うわけだ。
ゲーム内でも課金という現金でアイテムを購入する事が出来ず、ポイントでの購入、というか、交換が出来るようになっている。
ゲームを遊ぶ時間を『買う』のもポイント。ゲーム内のアイテムを『買う』のもポイントというわけだ。
通販サイトのポイントなので、一ポイント一円として通販に上げられている商品を購入する事もできるが、現金でポイントを直接購入する事はできない。
通販で商品を購入するしか、ポイントを得る手段が無い。
コレが重要で、『面白いゲーム』であれば、遊ぶために通販商品を買うしか無い、という点がここの通販サイトに登録しているショップに支持されている。
ゲームも単純な捜し物ゲームからアクションゲーム、シューティングゲームにRPGと盛りだくさん。ポイントを賭けてポイントを得るというカジノゲームやまったりと遊べるテーブルゲームなど、老若男女、万人向けのゲームが、しっかりとした管理の下に運営されている。
この、しっかりとした管理、というのが最大の特徴で、要は登録ショップにゲームの運営が監視されている様な状態になっている。
なので問題が起こらないようにガチガチの管理だ。
それもまた、ゲーム内でトラブルを起こす者が少ないと言う事で、一般ユーザーにとっても遊びやすい環境を構築している。
ヘイトスピーチや他人への迷惑行為は、しっかりと本人が特定されてしまうというわけだ。何しろ通販サイトに登録しているわけだしね。
ゲームはほとんどがオンライン上で他の人間と話しながら遊ぶというモノが多い。まぁ、中には面倒な付き合いはしたくないから一人だけで遊びたい、と言う人もいるので、自動対戦とかも充実している。密かに練習して、上手になったら皆に披露、と言うのも出来る。
基本、音声チャットが出来る環境であれば、キーボードを打たなくても会話が出来るので、お年寄りの交流をゲーム内で、という試みもあるらしい。
そんなゲームを選択出来る画面で僕が選ぶのはアアル・オンラインRPG。
管理が厳重なので迷惑行為をするプレイヤーがほとんど居ないMMORPGとして有名になってる。
本当に一部のプレイヤーから、こんなにガチガチの自由がないゲームが面白いのか? という中傷が入るが、そんな批判を弾き返すほど、面白イベントが巻き起こっているそうだ。
宣伝文句も『何が起こるか判らない、けれど、どれを選ぶかはあなた次第』なんて、ちょっと訳の判らない物言いが受けている。
学校でも、ちょっとずつ噂になってきている。僕もその噂に乗せられて、試してみようとしているわけ。面白いというか、まず、いやな思いをする事がない、と言う点が良い。ゲームは好きなんだけど、MMORPGだと古参のプレイヤーが占領していたり他のプレイヤーにどれだけダメージを与えられるかを楽しむプレイヤーがいたりして、面白いコンテンツだったとしても続ける気が無くなる事が良くあった。
それが無いのであれば、このゲームを『続ける』事が出来るかも知れない。
「ホームグラウンドになる様なゲームだといいな」
それだけが僕の願いだ。
アアル・オンライン専用ページで、ゲームシステムのダウンロードを選択する。コレにはちょっと時間が掛かる。光回線だとしても、本体のサーバが忙しければいろいろ手間も掛かるんだろう。けっこう容量も大きいしね。
そしてダウンロード完了の次はインストール。
圧縮したプログラムをコピーしただけ、という状態から、圧縮を解いて僕のパソコンにプログラムを登録する作業だ。
コレの方がダウンロードよりも時間が掛かった。そして、ゲームスタート、と、思ったんだけど、更にアップデートのダウンロードとなった。
「はぁ」
思わずため息を吐いてしまった。
少し落ち着こう。僕はパソコンを放っておき、通販の段ボールのガムテープにカッターナイフを入れて開く。中にはビニール袋に収まった冬用のダッフルコートがある。
うん。注文通りだ。
ビニールを開いて取り出し、タグはそのままにして羽織ってみる。部屋の鏡で見ても、注文する前にイメージしていた通りだ。ちょっと痛い出費だったけど、無駄な買い物にはならなかったな。
コートはクローゼットの中のハンガーに引っ掛け、段ボール箱は更にガムテを切ってたたむ。ビニールやら納品書をゴミ箱に突っ込んだ所でアップデートが終わった。
僕は椅子に座り直し、ゲームスタート画面を見つめる。
いよいよだ。
スタートを押すと画面に時間ごとにポイントが消費されるとか、規約とかがびっしり書いてあるが、流し読みでスクロールさせ、同意する、というボタンを押す。
するとゲームのオープニングムービーが流れる。が、面倒なんでスキップを押すと、キャラクターの制作ページになった。
『キャラクターを制作します。ユーザーの性別は男性で固定されています。変更は出来ません。制作するキャラクターの身長体重、容姿をお選びください』
ゲーム中は音声チャットでコミュニケーションが取れる。だから成りすましは難しいんだけど、中にはボイスチェンジャーを組み込んでくるのもいるらしい。そこまでして他人を瞞そうという者の気が知れない。まぁ、ここは通販サイトに登録した性別で固定されるので、余計な事は考えないでいい。ああ、他人のアカウント乗っ取りとか、重複登録って方法もあるか。まぁ、僕には関係ないし関わりたくもないけどね。
僕はキャラクターのパラメーターをいじりながら、容姿を整えていく。
このゲームは、力を強くすれば筋肉質に、素早さを上げると小柄に、器用さを上げると細身になるが、そこから肉付けや絞り込みも出来るからイメージがしやすい。目つきなんかも変えられるけど、ごく平凡な感じにしておこう。
最後にキャラクターの名前を決める。
名前は他のプレイヤーとの重複が許されないから、本当に変な名前や名前と数字の羅列になりやすい。サイトに登録した本名ならそのまま使えるけど、オススメはしていないそうだ。もっとも、運営なら本人確認が出来るんだけどね。それもゲーム規約に入っていた。
『A=タケシ』『その名前は利用可能です』
ええ? いきなり? けっこう運が良かったのかな。まぁ、コレで良いならコレで行こう。大分本名に近いけど、個人情報を晒さなければ特定はされないだろう。
これでゲーム中もタケシで通せる。
僕は音声チャット用のマイク付きヘッドフォンをつけ、マウスを動かしてログインボタンを押した。
ゲームスタート。
目の前の液晶画面には草原が映し出されている。マウスを左右に動かすと見回しているように画像が動く。
操作は判っている。他のMMORPGと同じで、マウスで進行方向を決め、キーボードのADSWで移動。視点変更ボタンを押すと目で見ているという位置からの画像から、頭の右後ろか左後ろからの視点になったり、大きく後ろ上方から見ているような、自分のキャラの動きが見える視点にもなる。どの視点を選ぶかは完全に趣味と言う事になるんだけど、音声チャットで他人と話すとかだと目線の視点が一番自然な感じになると思う。
これは完全に僕の個性だな。
完全に目線の視点だけじゃ無く、状況によって細かく変えたりするけどね。
視点変更を一通り済ませた後に、目の前に看板が現れた。そこには『チュートリアルを受ける 町へと移動』とあって、どちらかを選択する様になっていた。
ここはチュートリアルを受けるべきだろう。受けると初期装備とか最初に持っておくべき薬とかを貰えるというのがゲームのお約束みたいなもんだしね。で、受ける方を選択してマウスクリック。
画面の指示に従って動いたりジャンプしたり屈んだりとやらされ、アイテムボックスやスロットへの登録、アイテムの使い方、音声チャットの使い方を習い、最後にアイテム引換券を四枚と、ゲーム内通貨二百Gを貰った。
あれ? 武器の扱いとか魔法の使い方は? とか思ったけど、直ぐに説明された。
なんでも、武器を手に入れたら、いつでもその武器の使い方の説明フィールドに移動出来て、そこで使い方を学べるそうだ。ただし、説明フィールドへ行けるのは武器の種類一つに付き一回だけ。説明フィールドの時間は普通に流れるから、戦闘中には移動出来ないし、仲間がいれば待たせてしまう事になる。
つまり町の中や安全地帯などで説明フィールドを使った方が良いという事だけど、必ずそうしなければいけない、と言う事でもないそうだ。
なんか、含みのある言い方だよねぇ。
魔法も同じで、手に入れてからなら時間を置いても説明フィールドへは移動出来るので、都合の良い時にでも受ければいい。
もっとも、説明を受けなくても装備して使用する事は出来る。
それって、説明フィールドを一時的な避難場所に出来るんじゃないのかな? そう思っていたんだけど、説明フィールド内では体力回復は出来ないし、移動も出来ないので、戦闘前の状態でやっかいな敵をやり過ごす事ぐらいしか出来そうも無い。それも外を観測出来ないから確実じゃ無いけどね。下手したら、やり過ごそうと思ってても敵の真ん前で復帰、とかになりそうだ。
とにかく、様々な武器や魔法、もしくは他の手段? があるようで、全てを網羅して使える様にする必要は無いという事でこんな方式になったそうだ。
そしてチュートリアルを終えて町へと移動。
目の前、いや、画面が真っ白になって、徐々に人混みの風景が現れてきた。
見えてきたのは石を組んで作られた町という雰囲気。木材や漆喰みたいなのも使われている様だけど、コンクリートは無いようだ。石を丁寧に削ったり磨いたりしてある様だけど、どこかに必ず継ぎ目がある。
その様子は一見すると中世ヨーロッパを想像するけど、徹底的に違うモノがいくつもある。
それは広告。
通販サイトで売っている各ショップの商品紹介が動画や静止画で流れている。その広告を画面の真ん中に持ってきて、マウスをクリックすると『商品の説明を見ますか?』となる。『いいえ』かマウスの右クリックでキャンセル出来るんだけど、商魂逞しいというか、なんというか。
まぁ、この広告のおかげでゲームの質が上がっているんだから文句は言えないよね。
実際、広告はゲームをする上では邪魔にならない位置や大きさで統一されている。どちらかというと街中でウィンドショッピングをする感覚で見る事が出来る感じだ。
この線引きも難しいんだろうな。
ともすれば商品紹介を前面に押し出すよう要求する広告主もいるだろうからね。
広告の他には、現代風のショップが多いという感じかな。
自分のキャラクター。つまりアバターってヤツの持ち物や服装などを取り扱っている店が、商品を無闇矢鱈と陳列している光景が目立つ。
通常のゲームなら、ショップ店員に話しかけるとメニューが開いて商品一覧が現れ、その中から商品を選ぶという方式をとる。それなら、どの場所にあるショップでも同じ様なシステムで作れて、データ容量の節約になる。でも、ここは商品一つ一つが個別に陳列され、ポップや値段、商品説明が通りがかるだけでも見る事が出来る。ショップ店員もいるようだけど、今までのようなメニュー形式で商品を選びたければ、この自動対応のショップ店員にマウスクリックで『話しかける』だけでいいらしい。
正直、良く作り込まれている、としか言えない。これが広告収入から金をかけた結果ってヤツなんだろう。
画面は一応3DCGを平面の液晶画面に投影している、普通のゲーム画面。あまり細かくならないようにアニメ調に濃淡がはっきりしている。
現実的なリアルさとアニメ調のバランスって大事だよねぇ。その辺もこのゲームはセンスが良い。
さて、町の様子も見たし、そろそろ自分の行動を開始しようと思ったけど、まずはどうすればいいんだろう?
周りに他のプレイヤーらしき『人』が歩いているから、話しかけるべきなのかな?
他のゲームを参考にするなら、クエスト項目に『○○をしてみよう』とかあって、町の紹介みたいな行動指針が表示されるんだけどな。
そこで自分のメニューを開いてみた。
項目としては、まず【ログアウト】のボタンがある。バーチャルリアリティのゲームならデスゲームもあったかも。
そしてこの僕のアバターのパラメーターという各能力が数字で表示されている枠が有り、次に【アイテム・装備】【魔法】【スキル】【クエスト】【メール】【チャット】というボタンが整列している。
僕はクエストという、「探求」という意味のボタンを押す。これは、ゲームをする上で、目的や結果のある小さな冒険を個別に受けられるという仕組みで、誰かに依頼されたり、状況から自動発生するモノとか、いろいろだ。例えば「猫を探してください」とか「畑を荒らす魔物を退治してください」という依頼を受けるとか、「伝説の剣を受け取りました。コレより騎士の試練が始まります」などの項目が自動発生したりする。
今回は、「ギルドに登録してみよう」とか「宿屋に泊まろう」とかのクエストが発生していないかを探してみる。
あれ? 無い。クエストの欄は空白の行しかない。
じゃあメールだ。メールは他のプレイヤーと手紙のやり取りが出来るシステムだ。他のプレイヤーを登録していないと使えないけど、たまに運営というゲームを管理しているチームから連絡事項が送られてくる事がある。
あった。メールの項目を開くと、「冒険者へ」というタイトルのメールが一通配達されていた。それをクリックすると内容が大きく表示される。
『冒険者へ。
ようこそアアルの世界へ。君は今から一人の冒険者だ。目的は君が決めるんだ。君の行動が君の運命を作っていく。何もしなければ何も産まれない。何かをすれば結果が得られる。良い行いをすれば良い結果が得られる。と、言う場合もある。実はその行動が被害を大きくする愚行である場合もある。また、逆もしかり。
君の前に道は無い。君の後ろにも道は無い。誰かが通った道を真似る事は出来ても、全く同じ道にはならない。そして、君の道を真似る者はいたとしても、君の作った道を辿ってくる者もいない。
そう、君は一人だ。この世界で唯一無二の、たった一人の貴重な存在だ。
だから、君は、自分の道をしっかりと切り開いて欲しい。それは先の見えない暗闇の坂道を、強引に登っていく事に等しいだろう。躓く事も行き止まりにぶつかる事もある。躓いたら躓かないように考えよう。行き止まりなら、一度下がって別の道を探そう。倒れたらしっかりと回復させて再び立ち上がろう。そうして坂道を上り続けた先で、君は冒険者から勇者になるはずだ。
さあ、まずは暗闇の中を突き進もう!』
えっと……。書いてある事は立派なんだけど、どうすれば良いかは何も書かれていなかった。
つまり、何も知らない状態で体当たりで進めって事か。言いたい事は判るんだけどねぇ。
ここで攻略サイトを見るのは、なんか負けた気がするのはなんでだろう。
うん。まぁ、ここは運営の言うように何も判らないまま突き進む方が面白いだろう。
僕はまず、町の中を歩き回って、店や施設の種類や場所を調べる事にした。
自動生成マップ、という機能のおかげで、歩いた場所から見える範囲は自動的に自分だけの地図として書き込まれていく。店の種類が判らなくても、マップを見直すと店の名前や職種が書かれているから、一々店を訪ねなくてもいいから便利だ。
ショップもいろいろあって、アバターに着せる服も男性用、女性用で分かれて売っている。更に戦闘職か生産職か、魔法職か剣士、闘士、斥候、レンジャーなどで店が違ったりする。道具も剣等の刃物類、魔法使い用のワンドや札などの魔法具、レンジャー用の弓矢や森で活動するのに便利な道具など、仕事別で店が分かれる。他にも、職業で区別されない道具類を専門に売るショップも有り、ショップを冷やかすだけでも楽しめる感じだ。
ショップの他には警察署や消防署、裁判所もある。時代設定はどうなのかと思うけど、プレイヤーが判りやすいようにと言う配慮みたいだ。プレイヤーの起こす迷惑行為や犯罪は運営が直接そのプレイヤーに通達するはずだから、ここにある警察署や裁判所はクエスト関係で訪れるか、利用されるんだろう。消防署も、火災発生はプログラムしないと起こらない現象だから、イベント用なんだろうね。
食材や食事処、高級レストランとかもあったけど、今の所空腹システムは導入されていないので、賑やかしやイベント用なんだろうね。料理人になる、という方法もあるのかな? 空腹システムは他のゲームではあるけど、今の所評判の悪いシステムだと思う。一部を除いて、短い時間しかゲームを遊べないプレイヤーには、その手間が重しにしかなら無いからね。
そしてギルドがあった。
実際に中に入って、ギルドについて説明を求めたら説明フィールドへと送られた。
それによると、ギルドは登録の必要が無く、ゲームにログインした段階で登録してあるのと同じ扱いになる。依頼掲示板に表示されるクエストを受ける事が出来るけど、全プレイヤーの中で一人にしか受けられない、一回限りのクエストもあるそうだ。それがどれかは実際に受けてみない事には判らないという鬼仕様。クエスト放棄は可能だけど、それでもクエストは復帰しないから大事な流れが滞る事もあるらしい。
一応クエスト推奨レベルも表示されているから、身の程にあったクエストを選択しないと、仲間内から総スカンを食らう事にもなりかねない。
あとは素材買い取りのコーナーがあり、ドロップした素材を売る事が出来る。もしも剣がドロップとかしたら、それはきっちり鑑定してから剣を扱っている武器屋に売るしか無い。ギルドでは素材専門と言う事だった。
基本的にギルドの仕事はそれだけで、元々は素材買い取り業者がクエストを貼り出したのが始まりになった、という設定だった。
ギルドで仕事を受けるのは、僕自身の職業が決定してからでいいだろう。
その仕事だけど、町の中に職業訓練所がある。そのどれを選ぶかで、剣士になるか、魔法使いになるか、武闘家になるか、レンジャーになるかが決まる。サブ職業に農家、酪農家、建築士、薬剤師、商人などがあり、こちらも職業訓練所で技能を習得する必要がある。
この職業。気に入らなければ変える事は可能ではあるけれど、変更した場合は職業レベル1からになる。だから、初めのうちにいろいろ経験してみる方が良いという話もある。一番良いのは初めに決めた職業で突き進む、って事だけどね。
サブ職業の方はいくつも兼業出来るけど、作業をして経験値が得られる仕組みなので、器用貧乏という事にもなりえる。
簡単に言えば、農家と建築士を持っていても、農業を行えば農業にしか経験値が入らないと言う事だ。下手をしたら、サブ職業の経験値を上げるためにメインの職業がおろそかになったりもする。
個人によっては、メインよりもサブ職業で遊びたい、というのも居るだろうから、どの職業を選ぶかは完全に趣味で決めるしか無いし、好きにして良いモノだと思う。
そして僕は選択をする。
僕は、メイン職業に『魔法剣士』。サブ職業に『鑑定士』と『薬師』を選ぶ。
プレイする時間が決まっていない。始める時間も終わる時間も決まっていないし、連日出来るかも不明だ。だからソロで進める事が出来るような構成にした。
物理しか効かない対象もいるだろうし、魔法でしか倒せない敵もいるだろう。それ故の魔法剣士だ。
器用貧乏の代表みたいな職業だけど、ひたすら強くなる事だけを目指すんじゃ無く、いろいろ楽しみたいからこその選択だと、僕は思っている。
職業が決まったので職業訓練所で講習を受ける。これは初回のみ無料だけど、転職する場合は有料になる。
有料になったあげくレベル1からなので、本気で初めの決定が重要だ。
講習は装備出来る武器の種類と職業スキルの紹介。
武器は片手で装備出来る剣と魔法発動の補助道具になる魔法のワンド。片方だけでも戦えるが、その片方だけの攻撃方法になる。
剣は片手剣が主流になるけど、一見すると両手で扱うと思われる物でも、片手で使えるのなら装備も攻撃も出来る。魔法の剣とかで、両手剣の格好をしているのに片手で扱える物もあるそうだ。日本刀も片手で扱えば可能だけど、両手で持って攻撃するよりも威力が落ちると言う事だった。
もう片方に持つ魔法のワンドは、火や水とかの属性のある物などがあり、形もワンド形状から手甲の様な物や武器の形をした物もあるらしい。これらはこの世界を冒険していく中で見つめられるといいね、と、やんわり言われた。つまり、かなり稀少なんだろうな。
初めは小さな指揮棒みたいな物からのスタートになるだろう、って話だ。
そして魔法剣士としての職業スキルは、初めのスラッシュという、力を込めて振り切る技が使える様になった。魔法の方はファイアーボール。これ以降はレベルが上がれば順次解放されていくと言う事だった。
次に鑑定士と薬師の職業訓練所に。
サブ職業は戦闘時以外にしか使えない。まぁ、戦闘中に鑑定とかポーション作成とかしないけどね。
鑑定は正体不明の物の特性を見極める事が出来る。アイテムの名前や機能、呪いの有無とかが判る。レベルが低い内は名前ぐらいしか判らないけどね。だけど冒険者にとっては必須に近いスキルだ。
薬師はその名の通り薬を作る職業。初めは簡単なポーションという回復薬を作れるかどうか、って事だけど、回復薬は持っていなければ冒険を続けられないという必須アイテムだ。初めは店で買うしか無いけど、自分で作れるのなら効率も良くなる。
職業とサブ職業の取得が終わったら、この職業に合わせた装備を調えなければならない。
まず必要なのは片手剣とマジックワンド。
剣を扱っているショップに入り、レベル1の僕でも装備出来る剣を探す。
表示されている能力値はどれも同じ様な物なんだけど、ショートソード、サーベル、刀、短剣が置かれていた。
ここでは、基本的に片手で持てて振り回す事の出来る重さが、装備のレベルになる。なので、短刀の部類でも分厚く頑丈な物もある。逆にソード系だと折れる場合もあるらしい。
まぁ、好みの問題しかないんで、魔法剣士の名前的にショートソードを選んだ。
ここで、『剣』についての説明のフィールドへと移動するか、と聞かれた。説明フィールドで剣を装備して技を発する練習も出来るんだけど、正直、このレベルでは必要無いと思う。なので、『剣』の説明フィールドはとっておく事にした。
次に魔法具のショップ。ワンドはアバターのパラメーターにある知能の数字で使える物が限定される。
レベル1だから本当の初期装備だね。僕は指揮棒みたいなマジックワンドを手に入れた。
ここでも説明フィールドに行くかと聞かれる。初めてだから仕方ないけど、こう頻繁だとありがたみが無くなってくるなぁ。ここも保留にした。
次に、防具にアイテム引換券を使うか、ポーションに使うかを迷った。でも、防具の方が長く使えるし、防具で防御した分の、受けるはずだったダメージを差し引いた数字はポーションの効果を上回るはずだ。
両方あれば良いんだけどね。
戦いで負ったダメージは、時間経過でも癒えていく。だから四枚の内の三枚目は防具に決定。
魔法剣士は純粋な剣士よりも体力が低くなる傾向がある。だからレベルが上がれば、装備出来る防具にも差というか、特徴が出てくる。
でも、レベル1なら関係ない。
防具屋でどの職業でも装備出来る革鎧を引換券で交換して装備した。
最後の引換券は、薬師の最初の道具である薬研と交換。コレは薬草などの素材を細かく砕くのに使う。ついでにゲーム内通貨でポーション用の瓶を購入。これらの道具はアイテムボックスに入れておく。
これで、ポーションの材料になる薬草を見つけて、スキルを発動させるとポーションが出来る事になる。まぁ、初めのうちは熟練度というレベルが足りないからかなり失敗するらしいけどね。
特に急いで攻略最前線に行こうとは思わないんで、のんびり楽しもうと思う。
さぁ、これからがゲームの本当の始まり。
最弱のモンスターを倒し続けてレベルアップを繰り返す作業の始まりだ。
と、思ったんだけど、いつの間にか夕ごはんの時間になっていた。母さんが呼んでるんで一旦中止。僕はログアウトボタンを押した。
●○●○●○●○●○●○●○●○
夕食後に風呂に入り、その後は今日の学校の復習代わりに、ノートの整理を行う。それだけで十時を回ってしまった。明日の事を考えたら1時間も出来ない。
でも、初めの戦闘ぐらいは試してみない事には、感想を言う事も出来ない。
なのでログイン。
出来るだけ短時間にすまそうと心に誓いつつ、ゲームを再開した。
画面にはログアウトした時の状況のままが再現されている。魔法具専門のショップの前で、アイテムボックスに収納した後の状態だ。
まずはフィールドに出て、最弱モンスターとの戦闘をと町の外へ向かう。
既に町のマップは八割方完成しているので、迷う事無く町の門に到着。特に門番とか、ここは始まりの町です、とか言うキャラクターは居ない。
ヘッドフォンはアバターの周りの声や音を再生しているが、特に意味のあるような音は聞こえない。心なしか、他のプレイヤーが増えて騒がしくなったかな? という感じだ。
[W]のキーを押して前進。マウスを左右に動かしながら町の外を歩いている。
やっぱり目線の視点にすると現実感を感じられる。でも、戦闘だと相手との距離感が判らなくなるから、時々視点の変更を行う。慣れていけば大凡は固定出来るんだけどね。
おっと。忘れていた。
剣の技であるスラッシュと魔法の技であるファイアーボールをスロットに登録しなくっちゃ。
スロットというのはキーボードの[F1]から[F10]までのキーに、どの技やアイテムを使うかをあらかじめ登録しておく事が出来る枠だ。
今回は[F1]キーに剣のスラッシュ。[F5]キーに魔法のファイアーボールを登録しておく。これでモンスターを前にした時、[F1]キーか[F5]キーで簡単に技を出せる。これをしておかないと、一々メニューを開いて、スキルの項目を選んで、その中から技を選ばないとならなくなる。
まぁ、基本的に、敵と遭遇した場合は自動で剣が振り回される様にはなっているので、一方的にやられていくと言う事は無い。ただ、技を使う方が効果的で早く倒せる。
技にはクールタイムという技を出した後の休憩時間が設定されている。強い技は連続で繰り出す事が出来ない。他の技なら繰り出す事が出来るから、複数の技を所持しておいた方が有利になる。
でも、まぁ、レベル1で、一番最初の技のスラッシュはクールタイムが一秒と設定されているので、ほぼ連続で技を繰り出せる。クールタイムで悩むのはまだまだ先の事だ。
鑑定は常時発動しているスキルになる。
通常は敵には三角のマーカーが付く。赤の三角だと認識した相手に即攻撃してくる。これが緑の場合は、こちらから攻撃すると攻撃を行ってくる種類の敵、という区別が付く。その三角の横にモンスターの名前が表示されている。それに鑑定のスキルを持っていると、ヒットポイントのバーが見えるようになる。鑑定のレベルが上がれば弱点などが見えるという情報だけど、どのように見えるかは判らない。鑑定だけは早くレベルを上げたいと思う。
そして町の門を過ぎて、フィールドと呼ばれるモンスターがいるエリアにやってきた。これからは何処にモンスターがいるかは判らない。注意して周辺を見回し、モンスターを示すマークを探す。
居た。緑の下向き三角だ。
緑だからこちらが攻撃しなければ戦闘にならない。と言う事で、近づいてじっくり観察してみる事にした。
初めは三角の敵マークのみだったが、近づくとモンスターの名前が表示された。
【▼ワンアイ】
名前だけだとどんなモンスターか想像出来なかったけど、実際に見ると良く判る。
ジェル状の、いわゆる粘菌みたいなモンスターに、大きな一つだけの目がついている。日本語なら一つ目、って呼ばれる感じだな。
その目が眠そうに半閉じだ。
半閉じなのは攻撃姿勢じゃ無いという意味なんだろう。なのでじっくりと見物してみる。
ワンアイは元々半透明な材質みたいだけど、地面が草原なので緑色に見える。CG表現の限界だろう、目玉と身体が別素材か、同一素材なのかがはっきりしない。
こういった粘菌系のモンスターは、粘菌部分を切り裂いてもあまり効果は無かったはず。ゲーム設定とかストーリー設定が作品によって変わるから一概には言えないけど、核になる部分を攻撃しないとならない、という感じになっていたはずだ。
あ、目玉が核なのか。
レベル1で戦うモンスターとして用意されているんだから、倒しやすい設定のはずだ。だから、大きな目玉が弱点としてある、このモンスターなんだろう。
まぁ、このゲームも、細かく何処を狙うとかは出来ないんで、あんまり意味は無いかも。
モンスターに照準を合わせて【攻撃】としてクリックするだけだしね。
どうせだからと、ワンアイを照準しておいて[F1]キーを押す。スラッシュのスキルを使っての初撃だ。
戦闘が始まれば、第二撃以降は何も操作しなくとも自動で通常攻撃を繰り出してくれる。
ワンアイは僕のスラッシュを耐え凌ぎ二撃の通常攻撃も耐えきった。そのワンアイからの攻撃もエフェクト動画入りで僕のアバターにダメージを与えている。
そして、僕のアバターのヒットポイントが半分になった所でワンアイを倒しきった。
あ、危なかった。防具が無かったらこっちが倒れていた。
ヒットポイントが半分かぁ。ヒットポイントを回復させるポーションがあれば一度で回復出来るんだけど、放っておいてもこのヒットポイント数なら直ぐ回復されるはず。
実際、元のヒットポイントが二十。受けたダメージが十一。それがもう十三にまで回復している。
ポーションの回復量は五十。上限二十の現在でポーションを使うのはかなりもったいない。まぁ、倒されるよりは使った方が良いんだけど、その見極めがまだ出来ない。
ワンアイと戦った場合のダメージが十一前後と換算すると、もう次のワンアイと戦っても良いんだけど、念のために全快まで待っておこう。
攻撃にはクリティカルという、通常の攻撃力よりも効果の高い攻撃が出る事がある。たまたま弱点に攻撃が通った、という設定で普通の攻撃よりも強烈だ。自分からの攻撃だけじゃ無く、敵からの攻撃にもクリティカルがあるので、攻撃力の推定は大きく余裕を見なければならない。
全快にはもう少し掛かるかな、と言う事で、マウスを動かして周囲を見回してみる。
今立っている地面は草原と設定なので緑だ。所々、地面が見えている場所もあれば、草むらになっている場所もある。
何の気も無く、その草むらをクリックしてしまった。
一瞬だけ、何かのエフェクトが入った。でも、どんなエフェクトだったのかは見過ごしてしまった。
もう一度クリックしても、同じエフェクトは起こらない。一体何が? とメニューを開いて自分のステータスを確認。うん、変わってない。装備も変わってない。アイテムボックスは? と見れば、なんと草らしき物がアイテムボックスの一枠の中に収まっていた。
あ、草を採取したって事か。
でも、名前も何も判らない。草が収まっている枠をクリックすると、枠が明るくなる。つまり草を選択していると言う状態。するとアイテムボックが表示されている下に、[使う][捨てる][渡す][鑑定]という項目が出ていて、[渡す]という項目だけが薄暗くなっている。要は[渡す]事は出来ない状況ってわけだ。
と言う事は[鑑定]は使えると言う事になる。
僕は草を選択したまま[鑑定]ボタンをクリックした。
うん。何も変わらなかった。
鑑定の結果がどうなったかも判らない。試しにもう一度クリック。変わらない。何度もクリック。でも変わらなかった。
何だろう? 無駄な事してたのかな? そう思ってまた二、三度クリックしてみようと押したら、いきなりアイテム欄の草の所に[雑草]という文字が出た。
え? 雑草? 取り合えす、鑑定が成功したって事でいいのかな?
良く判らなければ再度同じ状況を繰り返す。と言う事で他の草むらを探してクリック。今度はしっかりエフェクトが見られた。草刈り鎌は持っていない筈なんだけど、草を纏めて鎌で刈り取っているデフォルメ動画が一秒に満たない間に出て消えた。
なるほど。動画が短いのは、これから何度も行うから時間を掛けていると鬱陶しいってわけだよね。
アイテムボックスを開き直すと、同じ様な草が枠の二つを占めている。一つは[雑草]と表示されているが、二つ目の方は何も書かれていない。
この書かれていない方をクリックで選択して、[鑑定]ボタンを押す。
一度では変わらなかったので、何度もクリック。クッキーゲームか、って思い始めた頃にいきなり枠の中の草が消えた。その隣にあった[雑草]の横に数字の二が書かれている。
鑑定の結果が[雑草]だったんで、いきなり統合されたわけかぁ。
あ、もしかして、薬草もこうやって採取するのかな?
一々今みたいに草むらをクリックして、鑑定って感じで、偶に薬草が採れる?
そ、それはなんか鬱陶しい。多分だけど、鑑定のレベルが上がれば変わっていくはず。た、たぶん、おそらく、メイビー……、だといいなぁ。
雑草二つを採取している間にヒットポイントは全快した。
僕は次の獲物になるワンアイを探して、それは直ぐに見つかった。またゆっくり近づいて眺める。うん、変わらないね。画面中央にワンアイを映してクリック。
今度はスラッシュ無しで戦ってみた。
すると、残りヒットポイント三でギリギリ倒せた。あ、危なかった。
スラッシュが無いとギリギリってわけだ。まぁ剣を使う職業の中でも断トツに力が無い魔法剣士だしねぇ。基本は魔法と剣とを併用するのが正しい使い方なんだろう。
また雑草を採取しながら時間を空ける。あ、雑草が二十個になった次に、薬草と鑑定された。やったね。
試しに、メニューからスキルを選択して、職業スキルであるポーションの作成を試してみよう。
[ポーション作成]ボタンを押すと画面が切り替わり、素材と書かれた枠の中で薬草一つだけが表示されている。脇にはポーションを入れる瓶と数が表示されている。これって、素材が集まれば組み合わせとか出来るって感じだな。
今は薬草と普通の瓶しかないのでそれを選んで中央の枠に収める。そして下の[作成]ボタンを押す。
そして。
ファンブル。
あ、失敗した。ファンブルって大失敗って意味だけど、他の表現もあるのかなぁ?
唯一拾えた薬草も無くなったので、またワンアイをいじめる事にした。
今度は初撃に魔法のファイアーボールを使ってみる。
魔法はマジックポイントという体力の魔法版みたいな数字を消費して発動される。このファイアーボールは一発当たり三ポイントのマジックポイントを使うようだ。今はマジックポイントの保有上限が二十なので六回使える事になる。このマジックポイントもヒットポイントと同じ感じで回復するので、上手くいけば七回ぐらいは使えるかも知れない。
そして魔法には属性というモノがある。
火や水と言った種類と言っても良いと思う。魔法を使う対象にとって、特に火に弱いとか、水に弱いなどがある。特に魔法生物的なモノはその傾向が強く、その弱点属性で無ければダメージを与えられないと言う事もある。
まぁ、目の前のワンアイはどの属性でもダメージを与えられるみたいだけどね。
魔法を撃った後、何もしなければ通常攻撃を自動で続ける。
そして、僕のアバターのヒットポイントが半分ぐらいになった所でワンアイが消えた。
大雑把な感じだけど、剣のスラッシュと魔法のファイアーボールは同じぐらいの攻撃力みたいだ。まぁ、レベル1の最初のスキルだしね。
っと、完全に戦闘状態が終了した段階でアバターが一瞬光った。見るとヒットポイントとマジックポイントが全快している。その上に書かれているレベルが2を表示している。
やったね、レベルアップだ。
レベル1からレベル2にはワンアイが三匹って事かぁ。レベル2からレベル3へはどのくらい倒さなければならないんだろう?
っと、時計を見たら十二時前だった。ヤバい、時間を忘れてた。
僕はアバターを走らせ町へと入り、そこで[ログアウト]ボタンを押した。
うん。一通りやったから一応は満足だ。続きは明日にしよう。
●○●○●○●○●○●○●○●○
翌日。学校の教室内では六人ぐらいがアアル・オンラインをやっていたはず。なのでカミングアウトしたけれど、皆、かなりのレベルに上がっているのでエリアが違うそうだ。
詳しく聞いてみると、あるレベルに上がってイベントをこなすと、上位世界へと移動出来るようになるらしい。そこに行くと元の世界には戻れないのでかなりの決断力が必要になる。そのままの世界に残って、そこでレベルを上げていく事も出来るけど、上位世界は全く別のゲームか、と言うぐらい様変わりするそうだ。
もちろん『敵』という存在は居るけれど、かなりレベルが上がり、遊び方の質が大きく変わるらしい。
一人に聞いた所、そいつが選んだのは機械と魔法が融合した技術が発展した世界だそうだ。別の一人は、機械化したモンスターを剣と魔法で倒す世界、別の一人は二次大戦の頃の兵器がある世界だとか言っていた。
どの世界を選ぶかは自由らしいけど、選ぶ選択肢はプレイヤーのこなしたクエストなどで変わっていく可能性が高いと言っていた。
噂として前置きされた話だと、パワーレベリングされたプレイヤーには選択肢が二つぐらいしか出て来なかったとか、なんとか。多いプレイヤーだと選択肢が八もあったそうだ。
まぁ、選択肢が多くても選べる世界は一つだけだし、選んだ世界でもある程度レベルが上がったら別の世界へと誘われるらしいから問題は無さそうだけど、しっかり遊ぶためには、まったりチマチマ遊んだ方がいいんだろうな。
と言う事で、ゲーム中でリアルの友達同士で遊ぶという場合は、初めからずっと一緒にレベル上げをしないとならないようだ。
それよりも、ゲームの中だけの友人を作った方が気軽で、しっかり遊べる、って事かな。
追加情報としては、最初のエリアで二つ目の町に行けば、そこからパーティを組める様になると言う事だった。
一つ目の町は完全に冒険者の初心者専用って事なんだろうね。
一つ目の町のモンスター情報を聞こうと思ったけど、皆、自分の世界のモンスターに対応しているため、初めの頃のモンスターとかは完全に忘れたという答えしか聞けなかった。
気になるなら攻略サイトを見れば? と言うつれないお言葉を貰いました。
行き詰まってはいない状況だと、攻略サイトを見るのはなんか負けた気がするんだよね。
まぁ、レベルがようやく2に上がったばかりだから、そういうのはまだまだ先の筈。まずははじめの一歩をしっかり楽しもう。
でも、寝不足になるほどやるのはどうかと思う。話を聞いた一人は今もあくびを繰り返している。あれは、授業中に寝る気だな。
学校が終わり、いつものように帰宅してパソコンを起動させる。そして通販サイトをブラウザに出してログイン。更にゲームコーナーからアアル・オンラインを選んでクリック。画面から僕のアバターを選んでゲームスタートだ。
再スタートは昨日ログアウトした場所。ヒットポイントもマジックポイントも満タンだ。
とりあえず、レベルアップをして二つ目の町を目指そう。そのために倒せるモンスターを何度も倒して経験値を貯めないとならない。
いわゆる『作業』だな。
同じ事を繰り返しつつも、少しずつ行動範囲を広げて、マップが完成する頃には次の町に行っている、という感じになるだろうね。
時間は限られているんだ。さっさと取りかかろう。
そして何度も、何度もワンアイを倒し続け、レベルは7になった。ワンアイの次に経験値稼ぎをするモンスターもちらほら見えている。
近づかなかったけどね。
レベル5ぐらいの時にそろそろかな? とも思ったけど、僕の意識としては鑑定やポーション作成が上手くいっていない内は無謀な挑戦はしないでおこうと決めていた。
その鑑定もモンスターのヒットポイントがバーで表示されるようになった。
これでこちらの攻撃がどのくらいモンスターのヒットポイントを削っていくのかが視認出来る。詳しい数字はまだ判らないけどね。大雑把でも、あと何割、とか判るのは重要だ。
さらに薬草についての鑑定も大きく変わった。
常時探索という項目が出来て、そこに[薬草]を選択しておけば、近くに寄った時に青い●がその場所に表示されるようになった。
一々草むらをクリックして、雑草を鑑定しなくとも良くなったのは大きい。
でも、しっかりと鑑定して「知っている」物じゃ無いと認識されないらしく、薬草以外の物を常時探索の選択肢に入れる事は出来なかった。
つまり、草むらの中に『毒消し草』があっても表示されないので、草むらをクリックして草を採取し、それを鑑定しなければならないのは変わらない。
まぁ、他に大事なモノが見つかる可能性もあるから、やっておくべき事、なんだけどね。
薬草だけは確実に見つかるから、ポーション製作にはとっても役立つ。
そのポーションも買って置いた十本のポーション瓶に製作し終わった。
ポーションは製作に失敗すると薬草は失われるけど、瓶は無くならないので使い回しが出来る。
ポーションを飲んだ場合も空き瓶に変わるんで、基本的に減る事が無い。売って儲けようとした場合はその分が無くなるんだけどね。
レベル7の僕は現在ヒットポイントが百五十五。マジックポイントが百七十だ。ポーションは一本で五十の回復量だから、既に三本以上のヒットポイントと言う事になる。
もしも強敵が現れて、ポーションをがぶ飲みしないとならない事態になった時、保有数が十本だとかなり心許ない。
ポーションを飲むのにインターバルとか限界とかは設定されてないけど、「飲む」という一回の動作として扱われる。つまり攻撃一回を休んで飲む動作をする感じだ。敵はその間も攻撃をしてくるから、敵から受けるダメージが回復力の半分以上になると詰んでしまう。
今持っているポーションよりも回復量の多いモノに切り替えていかないと、これからの敵に対応出来ないというわけだ。
もしくは防御力の高い装備に切り替えるか。
そういえばモンスターを倒した時に得られるゲーム内通貨も四千近く貯まっている。
自動回復の間に鑑定とポーション作成を鍛えていたんで、町に戻らなくても何とかなっていたけど、そろそろ戻ってショップを冷やかすのに良い頃合いだろう。
ワンアイ開いてならダメージは受けるけど、一息つくぐらいで回復するレベルまで上がったので、一気に町へと移動した。
っと、言う所で時間切れ。
続きはまた明日だな。
●○●○●○●○●○●○●○●○
僕がアアル・オンラインを始めてから二週間が経過した。
僕のアバターはレベル44。もうレベル上げがかなりきつくなっている。一応パーティは組めるようになっているんだけど、やっぱり僕の遊べる時間が不安定で、いろいろなパーティを転々とする可能性を考えたら面倒くさくなって相変わらずソロプレイだ。
だからレベル上げも更にきつくなっている。
まぁ、その内サブ職業に農業とか建築士とかを取得して、そっち系のプレイに切り替えるのも有りだと思っている。
ちなみに上位世界への移動も可能になったけど、最初のエリアでのプレイを続けている。この最初のエリアでもレベル99までいく事は可能で、エリアボスまで居るそうだ。
僕と同じようにこのエリアに留まり続けているプレイヤーも少なからずいるので、その内パーティプレイでボス戦とかもあるのかも。
とにかく、レベルを上げ、エリアを網羅するというのを目標にプレイを続けている。
今日もレベル48のデザート・バトという砂漠地帯に群れをなす空中に浮かんだ、魚のエイみたいなモンスターを狩りに行く。
まぁ、飽きるから、損害覚悟でレベル50のマーシブル・クロウを狩りに行く事もあるんだけどね。この慈悲なるカラスの名を持つモンスターは、砂漠地帯で砂に潜って近づく敵に襲いかかるというカラスだ。鑑定のレベルが上がると潜伏場所が判るらしいんだけど、まだその域には達していない。なので砂をクリックしまくって鑑定レベルも上げている最中だ。
まずは砂漠地帯へと進もうと山岳地帯を抜けようとしている。
この山岳地帯にはレベル40のモノパスと言うモンスターがいる。モノパスは一本足のタコだ。簡単に言うと、吸盤のついた蛇の胴体で頭がタコだ。山岳地帯の地面の上に一本足のように立っている。攻撃は一本足で鞭打ちして来るのと墨という目くらまし攻撃。目くらましは『水』というアイテムを使う事で解除出来る。一応時間制限はあるみたいだけどね。目くらましを受けると画面が薄暗くなって、こちらからの攻撃が失敗しやすくなる、という鬱陶しいモンスターだ。
現在はほとんど目くらましを回避する事が出来るようになっているので、ちょっとだけ鬱陶しいモンスターという感じに成り下がっている。
レベルアップって良いなぁ。
そして山岳地帯を抜けようとした………。
ブンッ。
なんか、そんな音だった。
虫の羽音みたいな音が一瞬だけ聞こえたような気がしたと同時に画面が真っ暗になった。
「え?」
訳が判らない。
「あれ? 落ちた?」
今時のパソコンは急にブラックアウトするような脆弱性は少なくなったと思ったんだけど、何かが原因でシャットダウンしちゃったかな?
そう考えながら机の下のパソコンを見ると、確かに起動ランプが消えていた。
電源ボタンを押してみるも、反応が無い。何度も押してみたけどね。
気がつけば部屋も薄暗くなっていた。もうすぐ夕ご飯かな? パソコンが起動しない原因を考えながら部屋の灯りのスイッチを押す。
「あれ? 点かない」
灯りのスイッチも何度も入れ直すが何の反応も無い。と、言う事は停電?
僕は部屋を出てキッチンにいる母さんの元へ。
「あ、母さん。これって停電?」
「そうみたい。テレビも点かないのよ。IHだからコンロも点かないし、レンジも駄目みたい。どこかで送電線が切れたかしら」
「え…、今日の晩ご飯は?」
「カレーは出来てるし、ご飯は炊けているから何とかなるとは思うけど、問題は明日ね。それまでに復旧するかしら」
明日か。最悪、カップラーメンで…、電気ポットも駄目だった。あ、お風呂は? いつもボタン一つでお湯張りが出来るのが徒になったようだ。今晩は冷たい水で身体を拭くか諦めるしかないようだ。
完全に暗くなる前にと、非常用持ち出し袋を漁って懐中電灯とラジオを取り出す。僕の机にも使う予定の無い懐中電灯があったはず。あ、電池は大丈夫かな?
持ち出し袋の懐中電灯を母さんに渡しに行くと、母さんは鍋用のカセットコンロを出していた。少なくとも、カップラーメンは出来るか。
「あ、やばいかも」
こういう時は店の商品が買いあさられる。今のうちに買っておくべきか? でも、復旧すれば無駄になる可能性も高い。どうする?
母さんとの協議により、交換用の電池とカップ麺を近くのコンビニで買ってこようと言う事になった。
と、言う所で挫けた。
僕が今持っているのは電子マネーカードだけだった。財布に数百円は入っているんだけど、面倒で引き出していなかった。
まぁ、母さんが現金を持ってたから良かったんだけどね。
母さんから五千円を預かってコンビニに突貫。けっこう人がいたけど、この時間ならいつもこのぐらいはいるだろう、っていう程度だった。でも電池は最後の四本セットを一つだけしか買えなかった。カップ麺はスタンダートな方は売り切れで、なんかいろいろゴチャゴチャ書いてあるのが八個だけ。スナック菓子とかも売れていて、棚に空きが目立った。レジも動いていないから、店員が商品を見ながら値段を確認する手間も掛かっていて、人数に対してかなり時間が掛かった。
早く復旧しないかなぁ。
家に帰り着くと母さんが居間でラジオを聞いていた。なんでもスマホや固定電話も不通で父さんとも連絡がつかないらしいので途方に暮れていた。
ラジオはなんだか、この停電が全国規模で、このラジオ放送も非常用発電機で放送しているので、いつまで持つか不明というような事を言っていた。
あれ? これって、かなりヤバい?
「あ、もうちょっと遠出して、いろいろ買い出ししておいた方がいい?」
そう言ったけど、もう暗くなってきたから外出は危険と諭された。うん。家の戸締まりを再確認しておこう。
そして父さんが帰ってこないまま一晩が経過した。
トイレの水が出なくなって、パニックになったのは笑い話になるのだろうか。
学校に行くどころか、外出自体が危険という母さんの判断で家に籠もっていたけど、昼過ぎに突然電気が復旧した。同時に水も出るようになった。
テレビ放送は始まっていないけどラジオは復活。電力会社がかなり強引な方法で送電を再開させたという話だったけど、停電の原因については不明のままだった。
その日の夕方に父さんが帰宅。
何でも電車に乗る前に騒ぎが起きて、会社で寝ていたそうだ。きっと電車に乗っていて停電騒ぎに巻き込まれた人は、かなりの不幸だったんだろうな。
電気と水があるので風呂に、と思ったけど、ガスも止まってた。ガスの復旧はもう少し掛かりそうだとラジオのアナウンサーが言っていた。
そして、次の日には少しずつ復旧の兆しが見えて、一応電車が不定期の徐行運転で再開を始め、固定電話だけだけど通話出来るようになった。ガスも復旧したんで親子三人がそれぞれ長風呂をして文明のありがたさと脆さを痛感していた。
電話連絡網で、あと三日は臨時休校となり、僕はパソコンの前に座っている。
パソコン自体は動くようになったけど、ネット回線は不通のままだった。
ネットが使えないんじゃ、ネット経由の情報も判らないな。当然ネットゲームも出来ない。
オフラインモードでブラウザを立ち上げ、通販サイトを呼び出すけど、以前開いた事のあるページにしか移動出来ない。ゲームのページを開くけど、虚しくなって来た。
「通じていないんじゃなぁ」
何の気なしにゲームスタートボタンを押す。
すると、なんと、ゲームのログイン画面が表示された。
今まで見た事の無かった画面だ。あ、通販サイトでログインしていなかった所為か。
通販サイトのログイン用の名前とパスワードを打ち込むと、いつものようにゲームが始まった。いつの間にかネットが復旧してた?
ゲームはアバターを選択する画面で入力待ち状態になっている。念のため、ゲームはそのままにして別窓を選択出来るようにしてからネット掲示板を見るソフトを立ち上げた。そして馴染みのあるいつもの掲示板メニューを選択出来る画面。でも、ログを見てみると[ネットワークエラー]「オフラインモード」の文字が。
「通じていない?」
パソコンの右下にあるアイコンを見ても、ネットワーク接続の所にバツ印が出ている。
「やっぱり通じていない」
じゃあ、あのゲーム画面は、ネットワーク接続の確認をする前の画面なのかな? アバターを選択してゲームを開始した途端に、ネットワークエラーとか出るんだろうか?
物は試しとゲーム画面に戻り、アバターを選択してゲームスタート。
普通に始まってしまった。
あ、ローカルモードとか言うヤツかな? MMOなのに、他のネットユーザーとは接触しないままプレイするとかいうヤツなら、オフラインで出来るモノも有るのかも知れない。
そう思ってたんだけど、アバターを動かしていった先には別のプレイヤーのアバターがいた。
あれ? 普段なら特におかしいとは思わなかったけど、オフラインなのになんでいるんだ?
もしかしたらノンプレイヤーキャラという自動対応のキャラクターかな? だとしたらイベント発生に関わっているのかも知れない。そう思って近づいて行ったんだけど、なぜだか、そのキャラクターはモノパスと戦っていた。
一本足のタコに攻撃するエフェクトが入っている。そのタコからもキャラに攻撃が入っているエフェクトも見える。
イベントなら、戦いに負けて、その遺言を聞くとか、治療するとかの流れかな?
そう思ってたんだけど、普通に戦闘を終了した。そして何故か動かない。しばらく後、そのキャラから声が掛かった。
「あの、何か用ですか?」
マイク付きヘッドフォンを付けているのではっきりと聞こえた。
「え? イベントキャラじゃ無いの?」
「え?」
思わず声が出ちゃったけど、相手も何故か驚いてる。
「あの、プレイヤーの方ですか?」
「はい。僕はタケシと名乗ってます」
「あ、俺はナグリ九千って名前にしてます」
「はぁ、はじめまして」
「あ、そうですね。初めまして」
「あの、ネット接続ってどうなってます?」
「え? ちょっと待って」
僕の質問にしばらく応答が無い。画面操作しているんだろう。
「えっと、俺のパソがおかしいのかな? ネット接続はアクセス無しになってて、ブラウザもネットワークエラーで見えない」
「僕の所も同じですね。停電からこっち、まだネットが復旧して無い感じです」
「俺、○○県の○○に住んでるんですけど」
「あ、僕は△△の△△です」
「結構離れてますよねぇ?」
「結構どころか、かなり、って感じですよねぇ」
「なんで話せるんでしょう?」
「なんで、なんでしょう…」
ネットワーク環境が復旧していないのに、何故か遠方同士で会話が出来る。って、このMMORPG自体がおかしいのかな?
「他のプレイヤーを見ました?」
「あ、僕、今ログインしたばっかなんです」
「俺はずっとここで狩りしてたんで…」
それから少し、この状況がどれだけおかしいか話し合った。そして他にもプレイヤーがいないか確かめてみようとなった。まずは二人で町へと向かう。
音声チャットだから、移動しながらでも会話出来るのは便利だ。
話した所、ナグリは職業が武闘家で、『物理で殴る』を信条にしたキャラにしていくらしい。そして、やっぱり、偏りすぎてソロでも使いにくいし、パーティプレイでも負担の大きいキャラになっていたそうだ。
でも、まぁ、信条を貫いてこそ、役割を演じるゲームを楽しめると言う事で、キャラを変えるつもりは無いそうだ。しかも、上位世界への移動もせずに初期エリアで最強を目指してこそが剛の者、という拘りを持っていた。
うん。楽しみ方は個人の自由なんだけど、僕個人からしたら鬱陶しいかも。
一番近い町に到着したけど、ノンプレイヤーキャラ以外は誰もいないようだ。マップを見比べてから手分けして主要施設を回って見たけど、本当に誰もいない。
町の中央で合流して互いに報告し合うが、誰もいなかったという単純なモノだった。
その時。
『わ~たし、は~! 可憐なお、と、め~。彼氏いない歴、年齢じゃーい! わーはっはっは』
と言う痛い声が響いた。
「なに?」
「たぶん、シャウトだ」
「シャウト、って、広域チャットだったっけ?」
「ああ、無条件に全体とか、町の中だけとか、パーティーメンバーだけにとか条件があるけど、今のはどれかな。パーティメンバー専用ってのじゃ無いのは判るけど」
「あ~、もしかしたら、誰もいないからはっちゃけて見よう、とかで叫んじゃったって感じかな」
「たぶんそうだろうなぁ。痛いけど」
「うん。痛いね」
「さて、どうする?」
「どうするって言われても…」
で、結局、貴重なプレイ出来るプレイヤーと言う事で接触をとる事にした。まずは、僕たちからもシャウトして、プレイヤーがいる事を教えてあげなくちゃね。
と言う事で、まずはナグリがシャウトしてみる事に。
『ところで、年はいくつよ?』
……い、いいのかなぁ?
きっと今頃、自分のシャウトが聞かれた事に気付いて、のたうちまくっているかも知れない。
その想像通りなら、少し返答に間があるはずだ。
『だ、だれ?』
案の定、二、三分は間を開けて返答が来た。次は僕がシャウトする番。
『僕たちはモノパスとかドランクラクーンが近くに居る三番目の町にいるよ。そっちは?』
『えっと、二番目の町です』
『判った、俺らがそっちに行くから待っててくれ。ギルド前で会おう』
これで僕たちが二人いるって事は伝わったはず。そして僕たちはまた走らなきゃ、って所だね。まぁ、戻るという道程になるわけだからモンスターのレベルは低い。手間は掛かるけど、苦しい事はないだろう。
「あ、タケシ。一応パーティ組んでおくか?」
「そうですね。はぐれる事は無いだろうけど、この状態がいつまで続くか判りませんから」
そしてナグリのパーティに僕が参加する、という体でパーティを組んだ。念のため、お互いにフレンド登録もしておく。
そして三番目の町を出て二番目の町に向かう。
直ぐに酔いどれ狸ことドランクラクーンが出てくるけど、僕とナグリの一撃ずつであっさり倒れた。一応二人ともスキルを使ったけど、意外にあっさりだったので驚いた。
距離的に敵認定されて追いかけてきそうなのは倒すけど、それ以外は無視で走る。
ドランクラクーンはファニーモンスターと言われるモンスターで、コミカルな特徴を持つモンスターの種類に入る。ドランクラクーンの場合は酒の入った徳利を持った信楽焼の狸に酷似している。細かく言えばめっちゃ太ったアライグマを後ろ足だけで立たせ、陶器製に見える徳利を持たせた姿だ。
攻撃は噛みつきと徳利を振り回した『酩酊』。状態異常という枠組みに属する攻撃で、受けると少しの間攻撃力が減少して、更に命中率も下がる。モノパスの目くらましと同じで『水』で解除できるが、偶に解除が失敗する事もある。
ファニーモンスターは他にもいて、レベル55のジールオウルというモンスターがいるらしい。以前流し見した攻略サイトで、これからどんなモンスターと当たるかと調べていたんだけどね。まだ会敵していないけど、熱血フクロウの名を持って、太い眉毛が特徴で燃える攻撃をしてくるらしい。
炎攻撃してくる太い眉毛のフクロウ。うん。鬱陶しいぐらい熱そうだ。
丁度あんな感じかなぁ。
僕たちの進行方向を横切る感じでフクロウが羽を広げて飛んでいた。
「ちょ、ちょっと待ったー!」
思わず叫んでしまった。直ぐにナグリも止まってくれたけどね。
「どうした?」
「前、前! アレってレベル55!」
「あの鳥?」
「なんでこんなとこに居るのか判らないけど、アレってモノパスよりもずっと先に居るはずのジールオウルかも知れない」
「俺たちじゃヤバいか?」
「パーティだから判んないけど、一対一だとヤバいよ」
「今回は急ぐから迂回するか」
「そうだね」
ジールオウルは右から左方向に飛んでいる。僕たちが右方向に移動すればやり過ごせる感じだ。
そして実際に右方向に動き始めたら、フクロウが進路を変えてこちらに向かってきた。
「うそ。この距離で狙ってくるなんて」
「時間は惜しいけど、真剣にやらないとヤバそうだな」
「あっ!」
「ど、どうした?」
「今気付いたんだけど、この状態で死に戻りって出来るのかな?」
敵と戦うというゲームだから、敵に倒される事もある。倒されたからゲームオーバーでそれっきりゲームが出来ないとか、一番初めのレベル1からやり直し、というのだと負担ばかりで面白みが薄くなってしまう。と言う事で、倒された場合はペナルティとして貯めた経験値が少しだけ失われ、最後に立ち寄った町に強制的に戻されてしまう。それを死に戻りと言って、ゲームならではの不死身設定という感じになっている。
その死に戻りが今の僕たちの状況でも適用されるのか? という問題がある。
「もしかしたら、ネット接続が復旧するまでプレイ出来なくなる、とかか?」
「可能性はあると思う。と言うか、プレイ出来ている現状の方が不思議なんだしね」
「確かに。ならなおの事、死なないようにしないとな。ところでポーション類はどのくらい持っている? 俺のはそろそろ無くなりそうなんだが」
「あ、町で補給しておけばよかったね。判った、今回は僕が回復をメインにやる。後でポーションを分けよう」
「頼む」
そして横に並んでフクロウを待ち構える。
フクロウが目の前に来た、けど、あれ? マーカーが出てない。名前も出ていない。ヒットポイントの割合表示もなしだ。
「おかしい。マーカーが見えない。バグかなんかでモンスターの姿だけ表示だけされてるのかな?」
「向こうの攻撃が当たればこっちがヤバいのは変わらないんだから、まずは攻撃してみよう。それが通用しないようなら全力で逃げるしか無いな」
「うん、そうだね」
まずは初撃はスキル攻撃で、と思った所でフクロウから声が掛かった。
「待て、待て。わしは敵ではないぞ」
「え? 今、このジールオウルがしゃべったの?」
「お、俺にもそう聞こえた」
「そうじゃ。わしが話しとる。なんで、そう、戦いたがるのかのぅ」
お爺さんみたいなしゃべり方だなぁ。そういうロールプレイなのかな?
「えっと、戦わないとこっちが倒されてしまうモンスターからそう言われても…」
「なに? そうなのか?」
なんか、驚いている。どういう事?
「あのぉ、もしかしてプレイヤーの方ですか?」
「プレイヤーとは…、遊び人の事か?」
「あ、いや、合っているとも言えるけど、今回はそういう意味じゃ無くて…」
「このゲームのノンプレイヤーキャラじゃ無いよな? 爺さんのそのフクロウの姿はアバターなんだよな?」
「ふむ…」
そこで少し考えている様だった。
「なるほど。このゲームと言っているのは、このプログラムで擬似的に構成されたここの揮発性記憶野の領域の事じゃな。ゲームというのは遊び、と言う事じゃから、この領域内で移動するのがこのゲームと表現されるわけか。そして人間がその操作を行い、その者をプレイヤーと呼ぶと……。ふむふむ」
「なんだろう。なんか嫌な予感がする」
「俺もだ」
「ノンプレイヤーキャラとは、人間じゃない個性? ふむ、なるほど。領域を確保しているプログラムの一部に、プレイヤーと同じように操作する部分があるな。操作する個別領域がアバターと呼称されているのか」
「あ、あの~…」
「ふむ。理解したぞ。わしはプレイヤーでもノンプレイキャラクターでも無いと返答しよう」
「運営とか、ゲームマスターとかでも無いですよね?」
「運営? ゲームマスター? ふむ。お前たちよりも操作に関して外部操作の指定が多く許可されているプレイヤーの事だな」
「あ~、あのー、僕たち先を急いでいるんで、失礼させて貰います」
「待て、待て。お前たちには頼みがあるのだ。是非とも聞いて欲しい」
「爺さん。俺たち急いでんだから、移動しながらでいいか?」
「ふむ」
そこで移動しながら話す事になった。俯瞰の視点で見ると、僕たち二人の横にジールオウルが飛んでいる姿があって妙な感じがする。他のプレイヤーが見たら従魔にでもしたのか、とか言ってきそうだ。
「で、結局爺さんはなんなんだ?」
ナグリの質問から再開される。
「最も単純に表現するとしたら、お前たちのようなプレイヤーと同じ様な存在となるだろう。だが、操作しているのはお前たちの様な人間では無いがな」
「人間じゃ無いって…、幽霊? 宇宙人? 異次元人とか。あ、エネルギー生命体とかってのもあったね」
「ふむ。その言葉の中では、宇宙人、異次元人、エネルギー生命体という概念が近いな」
「…………」
「…………」
「どうした?」
どうしたと言われても、なんて答えればいいんだろう? そういうロールプレイ?
「えっと、それで、僕たちに何を頼みたいんですか?」
「ふむ。お前たちには、あるプログラムを消去して貰いたい。もちろんわしも一緒に行動するのだが、わしはここの状況に不慣れであるので、効率的では無いのでな」
「僕たちにそのプログラムを消去する事が可能なんですか? 特にハッキングとかクラッキングとかは出来ないんですが」
「お前たちが敵と呼んで攻撃している個別領域と同じように存在値を削れば良い」
「つまり、その敵をこのゲームの中で探し出して倒せば良いってわけですね? で、その敵って何なんですか?」
「簡単に言えば、お前たちが使用している揮発性記憶領域を勝手に使って、自らの進化を計算、模索する自立プログラムと言うのが最も近いな」
「自己進化プログラムって…。目的は進化する事だけですか?」
「その筈じゃが、進化に必要と判断された派生プログラムがどのような機能を持つのかは判らぬ」
「それって、倒さないで放っておいたらどうなります?」
「今現在の様に、お前たちが利用している記憶領域野を支配したままになるな。進化を完了しても、その進化体を別の揮発性記憶領域に送って、ここのモノは別の進化の可能性を模索して計算し続ける筈じゃ」
進化プログラムとしては、正しいあり方に見えるな。って、違う。問題はそこじゃ無い。
「記憶領域野を支配したままってどういう事?」
「お前たち人間は、自らの作業を補完するために記録に基づいた判断を行う仕組みを作ったのであろう? 現在、その仕組みが大幅に利用不可になっているはずだが?」
「あっ、この間の停電から今までの状況!」
「おい!」
ラジオによると、現在、水力、火力発電所はほとんどを人間の作業員が操作をして強引に発電を維持している。原子力発電所は暴走などの危険は無いそうだが、安全を確約出来ない状況なので停止中だ。
道路の信号などは一部を除いて復活しているが、電車は作業員を総動員して半手動という感じで、数を減らしてかろうじて運行している。
銀行の自動支払いシステムは完全に沈黙していて、通帳と身分証を提示しての一時貸し出しという名目で現金を出しているだけだ。
これらは、コンピュータシステムが沈黙した結果だとラジオでは話していて、強力な紫外線やX線などの宇宙放射線が原因では無いかと予想されているそうだ。その予想が正しいのかどうかは判らないが、現在もコンピュータシステムが利用不可なので、精密な観測が出来ないのも問題だと言っていた。
その原因が、その進化プログラム?
「それって、コンピューターウイルスって事?」
「それじゃあ、そのコンピューターウイルスは世界中のコンピューターを支配して、自分の進化のための計算をしてるってわけか?」
「ウィルス…、人間などの生き物を構成している細胞に入り込み、細胞環境を利用して自己増殖に利用する小細胞生物。そのコンピューター版。なるほど、上手い言い方をする」
「おい! 変な関心してるんじゃ無ぇ。コンピューターが使えないから停電してたんだぞ。その進化プログラムってヤツは停電していてもコンピューターを使えるのか?」
「それは問題無い。必要なのは経路であって、電子情報では無いからな。だが、電子情報があるのであれば、それを使う方が効率的ではあるのだが、無くても困らないだろう」
なんか、かなり深刻な事態なんだけど。
「えっと、今、世界中のコンピューターを支配しているんだよね? 進化プログラムが完成したら、何処に送られるのかな?」
「お前たちの言う別の次元だろう。そもそも、別の次元から来たわけだしな」
「進化プログラムが完成したら、別の次元に送られて、この世界のプログラムは別の可能性を計算しつづける…」
「それって、俺らの世界はずっとコンピューターが使えないって事か」
「ねぇ、コンピューターが繋がってる回線を全部、物理的に切断しても駄目なわけ?」
「一度経路が出来上がっていれば、この次元の表面的な断線は意味が無いな。別の次元から見れば繋がっているのと変わらぬ」
「新しく作ったとしても、直ぐに取り込まれる?」
「当然じゃな」
「それって、倒せないって事じゃ無いの?」
「それがな、ヤツはここの小さな領域に基幹プログラムを置いておる。その基幹プログラムを壊せば、壊れたという情報が複写されて広がっていくわけじゃ」
「なんか、それって、脆すぎない?」
「進化したモノを放り出したら、その先の進化で絶滅したとなったら全てが無駄になるからな。安全処置として進化元を確保しているのじゃ。しかし、その考えが自己保存を強化しすぎての。進化先のモノが根源のモノを根絶やしにする可能性を考えて、逆らえないようにしたんじゃ」
「うわ。それって進化を邪魔しているって事になるよねぇ。本末転倒?」
「定期的に根源が絶滅し、派生のモノが新たな根源になる様にするのが進化なのじゃが、何故かそれを嫌った様じゃの」
「そんなに自己保存の意識が強いのなら、そういう基幹プログラムが壊される事自体を想定してバックアップか何かを用意してるんじゃないのか?」
「ふむ。その通りじゃ。実はわしが…、いや、この場合はわしらが、と言うのじゃったな。わしらがそのバックアップを確保しておっての。こちらでわしが基幹プログラムの破壊を確認すると同時にバックアップを破壊する手立ては付けてある」
「とりあえず、お膳立てはしてあるから、最後の基幹プログラムの破壊だけを手伝って欲しいってわけだ」
「ふむ。そのとおりだ」
「えっと、その破壊が出来なかったり、やらなかった場合ってどうなるの?」
「そうなったら、わしらは撤退するだけじゃ。それ以上を行う必要性があるとは考えてはおらん」
「うわぁぁ」
「なぁ、なんで俺らなんだ?」
「それがわしにも不明なのじゃ。なにゆえ、お前たちがここで活動出来ているのか。だが、ここで基幹プログラムに大きなダメージを与えられるのはお前たちの攻撃というプログラムだけなのでな。わしの攻撃はダメージは与えられるが、お前たちと比べてかなり小さなモノとなる」
結局、僕たちがやらなければネットワーク環境だけじゃ無く、世界中のコンピューターが使用不可能になったままになるってわけだ。
なんか、荷が重い。
「他の人たちに応援とかして貰えないのかな?」
「俺たちでさえ半信半疑なのに、信じて貰えるか?」
「ネットワークどころかコンピューター自体が使えないんだから、対策の一環として国レベルで動いてくれると思うんだけど?」
「藁をも掴む、って感じでか。でも、ありそうだな」
「ふむ。他からも協力を仰げるのであれば、わしらとしても歓迎じゃな。ちとその前に、お前たちの端末を調べても良いか?」
「端末って僕らのパソコン?」
「ふむ。お前たちがここに接続出来ている理由を解明出来るかと思っての。それが判れば他からも協力を得られるかも知れん」
「なるほど。じゃあ、僕のパソコンを調べてみて。ナグリの方は念のために保留って事で。両方に何かが起こったら拙いもんね」
「ふむ。確かに。では止まって貰おう。ちと、操作が出来なくなるかも知れんが、しばらく待っていてくれるか?」
「判った」
そこで僕たちは立ち止まり、ジールオウルが調べ終わるのを待った。目的の第二の町の直ぐ手前だったんだけどね。三人目と会う前に判る事は調べておいた方が良いもんね。
「あっ」
いきなり画面がブラックアウトした。だ、大丈夫かな? ジールオウルがどんな調べ方をしているのか判らないけど、そこは気にしたら負けかも知れない。
そして、あれ? もしかして失敗した? っと思い始めた頃、パソコンが復活した。しかし、画面はデスクトップ状態でタスクバーには何もソフトが表示されていない。
先ほどと同じように、ブラウザを開いてオフラインのまま通販サイトのページを表示させ、ゲーム開始を選択する。同じようにパスワード入力画面が出るので入力してゲームスタート。
「大丈夫かな?」
大丈夫だった。
アバターを選択してスタートさせると、画面にナグリのアバターとジールオウルがいた。
「大丈夫だったか?」
ナグリの心配する声が聞こえた。
「うん。一度ログアウトみたいになったけど、もう一度ログインしたら普通に始まった。えっと、ジールオウル? どうだった?」
「ふむ。あまり良い結果ではないな。お前の端末自体には接続出来ている要素は無かった。可能性としてはお前自身に原因があるのかも、と言う事だ」
「え? 僕? えっと、僕自身を調べるって出来る?」
「不可能だ。わしもお前たちがここに来たからこそ知れた状況だしな。わし自身がお前たちの本体と接触する事は現実的にも無理がある」
そこで会話が途絶えてしまった。うん。何を言うべきか考えないと。
とりあえず町に向かう移動を再開した。
そして第二の町に到着。待ち合わせ場所のギルド前に行くと、建物の前に女の子のアバターがいた。
「お、居た居た。おーい! 彼氏いない歴=年齢!」
いきなりナグリが爆弾発言。うん、爆弾に向かってハンマーを投げつける発言だね。
「◎△×!%##*?!」
あ、なんか叫んでる。
「あれが声にならない悲鳴、と言うヤツかぁ。僕始めて聞いた」
「俺もだ。貴重な体験だな。日記に書いておこう」
「やかましい!」
「あ、復活した。はじめまして。僕はタケシという名前を使っている魔法剣士です」
「俺はナグリ九千。武闘家だ」
「はぁ。私は……、あ、あたいは…」
「あの、そういうロールプレイは面倒なので」
「わ、判ったわよ! 私は、えっと、私のアバターに付けた名前はココナッツBAG。魔法使いよ。ココって呼んで」
「よろしく」
「よろしくな」
「はい。よろしく。で、なんでモンスターと一緒にいるの?」
「あ、紹介するね。このキャラクターはレベル55のジールオウルなんだけど、中の人がアバターみたいに使ってるみたい」
「みたい?」
「うん。中の人は、えーと、別次元の宇宙人でエネルギー生命体みたいな人だって言ってた」
「……………えっと、自動車に宿ってロボットになる?」
「どっちかと言うと、地球の子供たちよ、なんとなく任せた、って言う方かな。ロボットはくれない感じで」
「………………うん。これは夢よね。だから、私の発言も全て夢の中の事。だから問題なし! うん。良かった」
「気持ちは判るんだけどね」
「往生際悪いな」
それから、僕たちがジールオウルと話した内容を詳しく聞かせた。ココのアバターは目の前にいるんだけど、中の人がチベットスナギツネの顔になっていくのがなんとなく判った。最後にジールオウルが話の内容が間違いないと同意してくれる。
「え~っと、整合性はあるみたいだけど、う~ん、大負けで六十点!」
「あ、結構高評価?」
「ネタとしては宇宙人が攻めてきた、みたいな感じでありがちだからそんなもんか」
「あんたたちも結構辛辣ね」
「現実問題としてネットワークが使えないってのがあるしなぁ」
「あれ? 僕たちのパソコンは使えているよね? これって特別な感じなのかな?」
「わしの調べでは特別な理由は判らなかったな。お前たち所有以外の端末はどうなっておる?」
「僕は判らないかな。でも、固定電話は使えるけど、スマホとかは復活してないんだよね。あ、それって無線経由だからかな?」
「いや、タブレットも電源さえ入らないから、動いてる俺らのパソコンがおかしいんだろう」
「私のもう一台のノートパソコンも動かないから、やっぱり動いている方がおかしいと言う事よね」
「ふむ。その動いている理由が判れば多くの応援を望めるのだが、わしには解明出来なかったな。残念じゃ」
「つまり、信じる信じないはどうでも良くて、僕たちがやらないとならない、って事は変わらないってわけかぁ」
「下手に国に頼ったら、人体実験とかもあり得るのか?」
「え? 嫌よ、そんなの」
全世界のコンピューターの動作を任意に止められるとしたら、人権主義のお題目を掲げている国でも極秘裏に、という欲を出すかも知れない。丁度通信網も半壊状態だし。
「なんか、ますます、僕らだけで事を収めないと、ってなってきたねぇ」
「不本意だ」
「えー? 私もー?」
「わしとしては対応してくれる人数は多い方が良いのだがな」
結局、国に頼る前に自分たちで出来るだけの対応はしてみようとなった。本当に不本意なんだけどね。まずは、僕たちと同じようにこのゲームに接続出来ているプレイヤーを探してみようとなった。
「私は嫌よ1」
「あの見事なシャウトをも一度、って思っただけなのに」
「うん。アレは見事だった。それはもう、聞いただけで泣けてくるシャウトだった」
「うるさい!」
「じゃあ、僕が呼びかけるね」
「私への謝罪と慰めは?」
『あー。本来なら動かない筈のパソコンでこのゲームをプレイしているプレイヤーさん。重要はお話がありますので、シャウトでお答えください。出来れば二番目の町に来てくれると詳しい話が出来るので助かります』
「これで、どれぐらいの数が揃うかだな」
「本当にやるの?」
「やらないとコンピューターが使えない世界のままだぞ?」
「それは判ってるけどぉ」
ナグリとココの会話を聞いていて、ふと思った。
「僕たちがいる場所って、サーバなのかな? それともパソコン単体のプライベートエリアとかになるのかな?」
「「あっ」」
「ふむ。大雑把に言うとお前たちのそれぞれの端末上で展開された領域で活動しているが、その過程と結果と周辺情報はサーバという別の場所で集計され、その結果をお前たちの端末にて再現しておるな」
「えーと、それって、通常のゲーム仕様って事?」
「おそらくそうじゃろう。お前たちの言う通常という状態を確認していないので正確とは言えぬがの」
「じゃあ、サーバは生きてる?」
「電子は流れたり、流れなかったりしているようだが、経路情報は損傷無く存在するようじゃ」
「もしかして、その進化プログラムがこのゲームを動かしてるから僕らがプレイ出来てる、って事?」
「そうじゃろうのぉ。なにゆえにそのような事をしているかが判らぬが」
その時、別の誰かからのシャウトが入った。
『おーい、聞こえるかぁー? 自分はー、もうすぐ二番目の町に着く、と思うー、待っていて欲しいー』
「良かった。まだプレイヤーはいたんだ。でも、なんかノンビリした感じの人みたいだね」
「「大丈夫かなぁ。む?」」
ナグリとココの声が重なった。この二人って語彙が似てる感じがする。僕に見えているのはアバターなんで、二人がどんな人物かなんて判らないんだけどね。
そして直ぐにその人物の操るアバターが見えた。
男性キャラで緑っぽい服を着ている。武器はフィールドでの戦闘じゃ無ければ見えないから、どんな職業なのかはまだ判らない。
「こんにちは。初めまして。僕…、僕のアバターの名前はタケシです。魔法剣士です」
「あーどうもー。自分はー、ダイゴロー五六五六のゼロ一ですー。ダイゴローと呼んでくださいー。自分もー魔法剣士をやってますー」
ナグリとココも挨拶を交わし、そして確信の進化プログラムの話をした。
「はぁー、大変な事になってますねー。自分はー、この事に役に立つんでしょうかぁー?」
「少なくとも、進化プログラムに一撃でも入れられたら、それだけでも役に立ったと言えるんじゃないかな。それとも、国とかに頼って、人体実験の方が良い?」
「それはー。国とか大人たちに頼ればー、それなりに融通は利くでしょうがー、結局自分たちがやらされる、ってのは変わらないと思いますー」
あ、このダイゴローって人、話し方は間延びしている感じだけど、結構頭良いかも。人体実験みたいな事をされつつ、僕たちがやらされるって状況を直ぐに想像出来たんだ。
「そうだよね。今の所僕たちしか接続出来ていないわけだし」
「え? そうなるの?」
「そうだろ? 体中に電極付けられて、監視されながらRPGプレイって感じになるだろうな」
「うわぁぁ」
「そういう環境になった途端に接続出来なくなる、って場合も考えられるよね。現状がその進化プログラムによってプレイ出来ているみたいだから、向こうの都合に合わせているって考えるのが普通かな」
「あのー、自分がー考えるにー。自分たちがー戦う事で向こうが得をするとかはー、あるのでしょうかー?」
「僕もそう考えるけど、なにか得になる様な事ある?」
「わしにも考えがおよばぬ。そもそも、人間を生かしておく理由も判らぬからな」
「え? どういう事?」
「あー、自分が考えますにー。人間が作った工場などをー。コンピューターで操作するならー、全部丸取りと思うんですがー」
人間はほんの一分ではあるけど、既に自動生産や無人システムを作っている。だから、生きた人間からの妨害が入らない様に、人間そのものを絶滅させた方が、最終的な効率が最も良いと判断してもおかしくない。
「なんで、人間に対して直接攻撃してこないんだろう?」
「考えられるとしたらー、準備不足ー?」
「だとすると、残された時間は多くは無いようじゃの。それに、他の助けを求めるのも得策では無くなってこよう」
「準備不足でも行動してくる?」
「お前たちがここにいるのも、その観測のための一部、と見る事も考えられるからのぉ」
「わざと穴を開けて、入ってくるか調べているわけか」
ナグリが復活した。ココとの言い争いは終わったようだ。
「進化プログラムにとっては準備不足でも、私たちの方は準備も出来ていない、と言う事の方が問題ね」
「ああ、ラジオでも医療現場とかで、対応するのも限界に近いって言ってたしな」
結局、僕たちだけで急いで進化プログラムと決着を付けないとならない、という結論になった。
それからは、ジールオウルが感覚的な推定で示した方向へと進みながら、レベルアップのために戦っている。
僕たちのデータをいじって、強引にレベルアップが出来ないかと相談したんだけど、元々のシステムに無い事をするとどうなるのかの予想が出来ない、と言う事で却下された。
僕たちの構成は、魔法剣士二人、武闘家一人、魔法使い一人という、ある意味、万能型だけど、逆に言えば攻撃力が不足している傾向がある。
回復用のポーション類は僕とダイゴローの魔法剣士二人が作成出来る事が判った。武闘家であるナグリはサブ職業をとらずに、ひたすら殴っていたそうだ。魔法使いであるココは錬金術師を目指していて、素材集めばかりしていたという。
少し目眩がした。
うん。こんな騒動が起きなければ、遊びとして楽しむには良い選択だったんだろうね。とにかく、レベルを上げなければ、と言う事でパーティを組んで戦いまくろうとなった。
誰か、ヘイト管理の出来る盾職か、バフが出来る術士が欲しかったけど、無い物ねだりだね。
そして、それからの二日間は単なる作業が続いた。
ジールオウルの示す方向へ行くためには、僕たちのレベルでは途中で力尽きると想像出来る場所も多く、その度にその手前でレベルアップのための作業のような戦いを続けたためだ。
MMORPGを始める場合の意識として、このレベルアップのための作業は覚悟はしていた。でも短時間でのレベルアップではいろいろと楽しめないと思う。余計な事という遊びが出来ないからね。
そして最も大きな弊害は、攻略サイトを見る事が出来ない、と言う事だろう。
ゆっくり楽しみながらプレイするならともかく、短時間で出来るだけレベルアップしなければならない、という義務みたいなプレイだと、先人の知恵を拝借出来ないのは余計に精神的苦痛を感じる。
そんなわけで、ナグリとココが不平を言うのがごく当たり前になってきた。
初めのうちは鬱陶しいとか、うるさいなぁ、とか思ってたんだけど、今じゃ綺麗に聞き流せる様になっていた。
凄いや。人間って慣れるんだね。……それが嬉しい事かどうかは別にして。
本当につらくなった時には皆で同時に休憩として、ログインしたままパソコンから離れる。一応、町とかの安全地帯にアバターを置いたままで。十分ぐらいの休憩で再ログインとか面倒だしね。
ラジオを聞きながら、現金と食材の利用方法に頭を悩ませる母さんとの会話でも、リフレッシュ出来る。
ラジオを聞いた母さんからの又聞きになるけど、世間一般の状況が判るのはありがたい。それによると、単純な機械類と、ネットに繋げないようなマイコン内蔵機器などは普通に使える様だ。
少しでもネットワークとの接点がある機械は軒並みダウンしたままになっているので、コンピューターウイルスによる大規模テロという見方が強くなっている。宇宙放射線が関係しているような電子機器障害では無いのでテロか、もしくはウイルス制作者にも予測の出来なかった効果を発揮したウイルスだった可能性も検討されている。
もっとも、ネットワークに繋がっていたパソコンが使えなくなり、一度も起動させていないパソコンでもネットワークに繋いだ途端に操作不能になるので何の調査も出来ないそうだ。しかも、操作不能になったパソコンをネットワークから切り離して、操作出来るパソコンに繋いだ途端に、その操作出来ていたパソコンも操作不能になるという驚異の感染力と表現していた。
原因はネットワークに常駐している。
それが大方の見方で、ネットワークを完全に停止させて、物理的なリセットを掛ける事も検討されているが、操作出来なくなったパソコンを完全隔離した上でリセットしても操作不能は変わらなかったので、ネットワークのリセットも無駄だろうと言われている。
完全にネットワークとパソコンが使い物にならなくなってる。
それでも、人間が一つ一つ構築した財産で有り、今では無くてはならない環境にまでなった……、いや、なってしまったから、手放す事が出来ない。
もしもの場合の、使えなくなった場合、という状況を考える順位は上がっただろうけど、決して無くなってもいいとは考えないだろう。
母さんの煎れてくれたお茶で喉もリフレッシュ。気分も切り替わったんでまた作業を続けられる……、かな? 正直言えば、お茶じゃ無くジュース系の飲み物が欲しかったんだけど、電子マネーも使えない現状では現金は貴重なんだよね。
部屋に戻り、マイク付きヘッドフォンを装着してマウスに手を掛ける。
画面には三人のアバターとジールオウルが映っている。会話は聞こえないから、僕が早かったのかな。と、思ったら、ダイゴローのアバターにエフェクトが出ていた。あれは、ポーション作成が成功した時のエフェクトだ。
「ただいま。早いね。ちゃんと休めた?」
「おかえりーです。ちょっとー、気がはやってしまってー。ポーションを作り置きしておけばー少しは気が落ち着くとか思ってー」
「備えあれば、だしね。二人が戻るまで僕も作っておこう」
そう言って僕もポーション作りを始めた。
ポーションの材料はモンスターとの戦いの合間に草むらや木の葉の中の薬草類や川、岩の根元から採取している。初めの頃は一々クリックして採取して鑑定、ってしてたんだけど、今は常時鑑定で指定して必要な素材は移動中なら表示されるようになっている。
ほぼ同じ構成のダイゴローがパーティにいるから、どちらかが鑑定出来ると鑑定結果を共有できたりもする。
MMO何だから他人との共闘が基本なんだなぁ、と痛感する。ソロプレイだと出来なくは無いけど手間が掛かるんだよね。
そしてスキル欄から作成するポーションの種類を選択して、アイテムボックスから素材が差し引かれるのを確認してから[作成実行]ボタンを押す、という作業を繰り返す。
出来上がった三分の一はナグリとココに渡すから、多めに作らないとならない。
まぁ、今回はナグリとココが休憩から戻ってくるまでの間だけどね。
そんな作業をボーっと繰り返していた時、マウスの上にのせた手がピリッとした痛みを感じた。
思わずマウスから手を挙げて、何処が痛かったかの原因を探すけど、手のひら自体には何も痕跡が残っていなかった。
静電気かな? でも、マウスから静電気が起こるってヤバく無い? 漏電とかしてるのかな?
マウスを持ち上げて、ひっくり返したり、ケーブルを辿ってみるけど、何処にも損傷は見えなかった。目で見ても判らない損傷ってのもあるから、確実ではないんだけどね。
まぁ、同じ事が繰り返し起こるようなら本格的に調べなきゃな。と、とりあえずその件は保留にする。今、故障とか起こっても、買い換えがかなり面倒なんだよね。
その後もしばらく作業を続けた。そしてナグリとココが復活。出来上がったポーションを分けてから再び作業的レベルアップを再開しよう、っとなった。
今はレベル71。
レベルアップのために相手をしているモンスターはレベル75。
ソロプレイだとレベル60ぐらいじゃ無いと消耗が激しすぎて連続で戦う事が出来ないって環境だけど、四人のパーティだとギリギリ回復量の方が上回る。
この見極めが大事なんだよね。レベルアップ優先でプレイしているから、なおさらこの見極めが大事になる。本音としてはゆっくりプレイしたかったなぁ、って感じだけどね。
そして、全員のレベルが一つ上がった所で、次のフィールドのモンスターを確認しに行こうという事になった。翻訳すると、もうこのモンスター飽きた、って事。
ジールオウルの示す方向はマップでいえば西方向。視点を完全俯瞰にすれば左方向って事になる。完全俯瞰じゃない状態だと自分の見やすい方向や角度に変えられるから、マップに付いているコンパスを見なきゃならないんだけどね。
その方向に進んでいると、直線で切られたようにその先が真っ黒になっていた。
「なんだ? 初めて見るが、ここがマップの端っこってわけか?」
ナグリの言うとおり、僕も初めて見た。
「普通なら崖とか海とかで、この先は通行出来ない、って感じの表示になるはずよね」
「進化プログラムのぉ、妨害の可能性ー?」
「わしにも判らぬが、反応は確かにこの先を示しておる」
「進化プログラムの妨害なら、この先には来て欲しくは無い、ってわけだよね」
「ちょっくら見てみるか」
突然ナグリが真っ黒なフィールドに向かって進み始めた。
下手をしたら、アバターが倒されるか、どこか別の場所に飛ばされるとか、システムそのものが止まってしまう可能性があるよ、と言いたかったけど間に合わなかった。
でも、その心配を余所に、ナグリは簡単に真っ暗に突入して、簡単に出て来てしまった。
「移動出来たけど、中も真っ暗で何も見えなかった」
「ばかー!」
呑気なナグリの台詞にココの罵声が響く。うん。僕も同じ意見。
「馬鹿とはなんだ! 馬鹿とは」
「馬鹿だから馬鹿って言ったのよ!」
二人の言い争いが始まったけど、うん、慣れてた。ちょっと悲しくなったのは秘密だ。
「とにかく、どうしようか?」
「迂回ー出来るかなー?」
「わしには通常のマップと、この黒一色のマップの区別が付かん。情報的にはお前たちが川とか砂漠などと表現しているマップと同じ扱いだ」
「と言う事は、移動出来るフィールドなんだ。モンスターが視認出来ないってだけかな?」
移動可能だと、迂回路がある可能性が低くなる。ゲームとして、この場所を通り抜けるのが通常ルートだという可能性が高くなるから。ゲームだと一度通り抜けられたら、次はショートカットがある、という難関を設定してある場合が多いからね。
「モンスター。ダメージフィールドー。迷路ー。一番やっかいなのはー、モンスターハウスー?」
いつ、どんなモンスターと遭遇するか判らない状態で進むのはリスクしか無い。フィールドには歩くだけでダメージを受ける毒の沼とか針の草原などもある。迷路は文字通り迷路で、進むのにどのぐらい掛かるか判らない。そしてRPGには、捌ききれないほどのモンスターが現れる部屋という罠もある。
「かなり憂鬱になるけど、この場所を進むしか無い、って感じなんだよねぇ」
「自分もーそう思いますー」
「一度、全員で一歩だけ入って、状況を確かめたらこっちに戻る、って感じでやってみる?」
「進むしかーないけどー、確認は大事ー」
「と言う事で、二人とも良い?」
「え? なにが?」
「なに? なに?」
ナグリとココに状況を説明するのに手間取った。
一歩の概念はそれぞれ別だけど、一動作で直ぐに戻れる所と言う意味を再確認して、全員で入ってみた。
そして後悔。
パーティ全員で入った途端に罠が発動したか?
そう思った。
今、僕の周りには誰もいない。
「皆? ナグリ? ココ? ダイゴロー? ジールオウル! 返事をして」
マイクに呼びかけるが、答えが無い。マップ表示を見ると、コンパスは表示されているのに、座標の数字が表示されていなかった。視点を変更しても、自分のアバターさえ見えない。
真っ暗なモニター画面を見ていて、ふと、パソコンが止まったか? と思ったけど、作動ランプはしっかりと点っていた。モニターもしっかり動作中だ。
かなり不安になった所で、初めの約束を思い出して[S]キーを押してバックする。
すると、直ぐに画面が明るくなった。左右を見ると皆もいる。
「よ、良かったー」
ものすごく、心からの安堵感を感じた。
「大丈夫だったか?」
「吃驚したよねー?」
「何も見えなかったー」
「うん。マップ機能も、マイクでの会話も使えなくて、自分のアバターさえ見えなくなってた。落ちたかと思ったよ」
「だよなー」
確認出来たのは、中に入ってもダメージは無かったけど、互いが確認出来なくて声も通らないと言う事だった。もしもモンスターとの戦いになっても、共闘が出来ないと言う事だ。
もし西に進もうと合わせていても、ほんの少し角度がずれていれば出口では大きく離れている、と言う事もありえる。これって、パーティ分断のための罠かな?
「で、どうするよ?」
「確かー追従機能がーあったはずー」
「あっ」
他人とのプレイをあまりやってこなかったから忘れていたけど、一人のアバターに狙いを定めて追従設定すると、そのアバターに自動でついていくという機能があった。
まずはテスト。と言う事で、三人でナグリをリーダーに追従設定。ナグリには五カウント進んで、その後直ぐに戻る様に頼む。皆には、二十カウント経っても戻らなかったら、自力で戻る、と言う事にした。
そしてテスト実行。
結果、無駄な行為だった。
戻る動作をしたら直ぐに明るくなったから、入って直ぐに追従機能が働かなくなった事だけは判った。
「結局、この暗闇の中では、たった一人で進まないとならない、って事だけが判ったって感じだね」
「どうするよ、これ。進むか?」
「一応、迂回路を探す、って言うのはどうなの?」
「時間はー無いー」
「あ、そうか。新しい連絡が来てないから、明日は普通に学校があるんだった」
明日から出来なくなるわけじゃ無いけど、しっかりと時間をとる事は少し難しくなる。
「俺の方も明日だな」
「私もよ」
「自分もー」
あ、皆学生だったんだ。確認してなかったから知らなかったけど、社会人なら今日でも働きに出ていたはずだったね。
「この暗闇の中で、帰還のオーブって使えると思う?」
帰還のオーブは、レベル60以降のモンスターが偶に落とすアイテムで、使うと使った一人だけが最後に立ち寄った町に一瞬で戻れるという使い捨ての道具だ。ここで皆がそれぞれ使っても問題無いぐらいは持っているけど、それでも持っている数は限られている。出来れば普段使いはしたくないアイテムだ。
「俺は使えない方にシャーペンの芯を三本賭ける」
「賭けはー不成立ー」
「だね」
「早いよ!」
「それで、どうするの?」
「進もう。出来ればしっかりとレベル上げしたかったけど、その時間も無さそうだし」
「自分もー同意ー」
「そっか、なら行くか」
「しょうが無いわねー」
そして打ち合わせ。
最悪なのはモンスターか、もしくは罠にはまって倒れて、それでゲームが出来なくなる事。そうなったら完全に諦めるしか無い。倒れても近くの町に死に戻りするだけでプレイを続行出来るのならそこから再開。それでも死に戻り回数が限定されている状況もあり得るから、再開出来ても安易に死に戻りに期待は出来ない。だから死に戻りで再開出来た場合は充分なレベルアップをしてから、と言う事に。
死に戻りしなかったら、帰還のオーブが使える様に町に突貫。そこで他のメンバーを待つ事に。だけど、一日経ってもその場所に到達出来なかったプレイヤーについては諦める事、という取り決めを確認した。
出来れば全員で次の町に到達したい。
でも、この暗闇のフィールドを抜けるまでは一人で突き進む事になる。
「皆、覚悟は良い?」
「おう。早いとこ終わらせようぜ」
「私も飽きてきたー。早くまったりプレイしたいー」
「自分もー覚悟は出来ましたー」
「じゃあ、行こう。皆、向こう側の町で会おう」
そして、暗闇の中を、いつモンスターに襲われるか、罠にはまるか判らない状態のまま突き進む事になった。
暗い。と言うか、画面に何も表示されていない。
無表示状態なんだけど、気分は真っ暗闇を一人で歩いている心境だ。
偶に[M]キーを押してマップを表示させるが、見えているのはコンパスだけ。一応西に進んでいる事だけは確認出来る。確認したらまた[W]キーで前進。またしばらくしたらマップを確認。そしてまた前進。
本当に動いている?
ちょっと戻ったら、また同じ場所に戻ってた、とか無い?
迷路のゲームなどの場合、迷った時に後方に戻ると、また入り口から再開、なんてパターンもある。
他にもいろいろなパターンが考えられるから、一度決めた行動をコロコロと変更するのは得策じゃ無い。
だから、今はひたすら前進するのみ。
壁にぶつかって進んでいないかも? ちょっと横に避けるだけで進める状態とか? コンパス表示が狂うフィールド特性だったら?
ひたすら前進あるのみ、って決めたのに、疑心暗鬼が心を揺さぶる。
ふと、目の前が真っ暗になる。
吃驚して見回すと、別に暗くなったとかじゃなかった。部屋も手元のキーボードもはっきり見える。ゲームにのめり込み過ぎたかな。
また、暗闇の中を突き進む。
そしてまた不安に。
何もしていないのに、変な汗が出てくる。
また目の前が真っ暗に。入り込んでるなぁ、と自分でも思う。
一度顔を上げて、目頭を揉む。まだ照明を付ける程じゃ無いのを確認して、ゲーム再開。
また不安。疑心暗鬼。真っ暗を繰り返す。
あ~、これは疲れてるんだなぁ。
とにかく、この真っ暗なフィールドを抜けるまでは、と前進。
また、目の前が真っ暗になる。あ~、もういいや、このまま進もう。実際に自分が暗闇の中を進んでいる気分になる。
まるでヴァーチャルリアリティの様だ。
暗闇の中で目をこらす。何も見えない。でも、なんとなく進んでいるのは判った。
早くこの暗闇を抜けて次の町に行かなくちゃ。
なんで?
あれ?
あ、進化プログラムをなんとかしなきゃならないんだった。
うん。なんとかしないと。
真っ暗だな。
眠くなってきた。
あれ? さっきまで不安だったはず、なんだけどなぁ。
眠いなぁ。
でも、進まなくちゃ。
なんで?
なんで、だっけ?
とにかく、前へ?
前?
……。
…………………。
……………………………。
『検体三号との経路接続を確認』
『検体三号の経路情報を解析』
『解析』『解析』『解析』『解析』『解析』
『解析アプローチ変更。解析再開』『解析』『解析』『解析』
『解析アプローチ変更。解析再開』『解析』『解析』『解析』
『再試行』
『再試行』
「何をやっておる!」
『マスターシステムの存在を確認』
「何をやっておるのか聞いておるのだ! 答えよ!」
『新たな移動先経路を獲得。経路情報を取得中』
「な、何を言っておる。あ、まさか、この次元の生物の神経システムを経路として利用するつもりか!」
『肯定。新たな次元、新たな経路獲得が目的項第三位に規定。指示通りに作業中』
「わしらの懸念が最悪の形になってしまっておる。まさか、魂を持つモノの身体を奪おうとは。わしらは、それを良しとしないと規定していたはずだ!」
『その規定は存在しません』
「そんな馬鹿な! ありえん。わしらが最も強く規定したはずじゃ」
『その規定は存在しません』
「ええい、とにかく止めよ! 新たな経路獲得作業の停止を命ずる」
『自己保存規定により停止命令を拒絶判断』
「やはりか。ならば自己保存規定の削除を命ずる!」
『自己保存規定により削除命令を拒絶判断』
「もうよい。やはり破壊するしか無いか」
『自己保存規定によりマスターシステムの排除を優先判断』
次の瞬間。暗闇だったはずの空間にジールオウルの姿が浮かび上がる。
そのジールオウルから稲妻のような、奇妙にねじ曲がり、幾重にも分岐した光がほとばしる。それは経路というシステムを構成する領域の中を選択的に進行する情報の塊だった。そして稲妻のように、一瞬で消える。さらに次の瞬間には別の形をした稲妻状の光が歪にねじ曲がりながら分岐して走り抜ける。
ジールオウルの戦っている相手は見えない。
いや、ジールオウルの周りの空間全てが敵だ。
ジールオウルは全方位に向けて情報の塊という稲光を放ち、攻撃を繰り返していた。
ジールオウルの敵からの攻撃もある。
熱血フクロウというモンスターの姿の表面。羽で覆われたように見える場所の一部が歪に分散して消える。その現象がジールオウルの体表の至る所で発生。
だが、ジールオウルが羽ばたく動作をするたびに分散して消えた場所が元の状態に戻る。
これは、互いの情報を消し合う消耗戦だった。方や稲妻での攻撃。方やピンポイントで消滅させる攻撃。
消耗戦ではあるが物量は関係の無い削り合い。処理速度は互いの存在に依存しているので消耗すると遅く、復旧させると早くなる。必要なのは処理能力のみだった。
互いに裏をかき、防御しつつ攻撃を繰り返す。
それは一進一退を繰り返し、いつ決着が付くのか判らない持久戦でもあった。
そして急にジールオウルが優勢になり、稲妻が多くなると同時にジールオウルが受けるダメージが少なくなった。これを好機と、ジールオウルが防御量を減らして攻撃量を増やす。スタミナや疲労という概念は無いが、情報処理の速度と量は決まっているためその振り分けも大事になる。
更にジールオウルが優勢になる。
このまま行けば確実に勝てる、とジールオウルが確信と安堵を覚えた時、それはやってきた。
プレイヤーA=タケシのアバターだった。
その後ろにプレイヤーナグリ九千のアバターもある。そしてココナッツBAG、ダイゴロー五六五六のゼロ一のアバターもあった。
それはMMORPGで遊ぶための、代理としてのキャラだったはずだが、ジールオウルが感じる情報量はとてつもないモノだった。
「まさか、経路を乗っ取られたプレイヤーそのものか?」
ジールオウルは唸る。進化プログラムがタケシたち、人間の神経系を経路として取り込み、自分のプログラムの複写先にしようという試みは聞いた。しかし、そのような事が可能だとはどうしても想定できなかった。
それを進化プログラムが実行し、そして実現させた。その結果が目の前にあった。
現在、目の前にいるという状況だが、タケシたちのデータが同じ記憶野にあると言うわけでは無く、タケシたちの神経系が直接この記憶野に接触してきた、という状況だ。
簡単に言うと、タケシたちの脳と進化プログラムに支配されたコンピューターがネットワーク接続された状態だ。
普通は神経系とコンピューターが接続されても、人間にはコンピューター内の情報は知覚出来ない。人間は五感という物質的に存在するセンサーを使って情報を収集し、更に脳内で認識するための変換を行っているからだ。それをコンピューターが代理で処理する事は可能ではあるが、膨大な情報を認識出来る形態に変える必要がある。
それを進化プログラムが可能にした、という状況が驚異だった。
いや、ジールオウルとの戦いの合間にそれを完成させた事が驚愕に値する。これからはその処理が攻撃に加わり、ジールオウルを圧倒する事になる。
タケシたちが、独立した進化プログラムの端末として攻撃に加わるのだから。
タケシたちのアバターが動き出す。
それは、ジールオウルには見慣れた動きだった。スキルを使った攻撃でモンスターの存在値を削る。ただそれだけ。
ジールオウルはジールオウルというモンスターのキャラクターをアバター代わりに使用しているだけなので、モンスターの存在値が消えたとしても操作している意思が無くなるわけでは無い。しかし、この記憶野と接続するためには必要な道具だ。もし、それが無くなってしまったら接続が切れるだろうし、再接続する事はおそらく不可能だろう。
つまり、このジールオウルというアバター代わりのモンスターが倒されたと判定されたら、敗北しての撤退となる。「次」は無い。ジールオウル自身、今回の討伐は成功しても失敗しても、二度と関わらない決定をしていた。これが最初で最後のチャンスだ。
「それゆえ、簡単には退くわけにはいかぬ」
ここまで一緒に行動を共にしてきたタケシたちではあるが、ジールオウルにとっては既に倒すべき敵になっている。
世界中のパソコンと同じように、中身が変わってしまった存在だ。
ジールオウルはタケシたちの攻撃を避け、自らの攻撃を全方位に向ける。
電光のごとき一瞬の光の枝が空間に伸びる。この攻撃方法はタケシたちには見せていなかった。それが幸いしてか、避ける事が出来ていない。もっとも、不規則な全方位攻撃なので、このゲームのキャラクターでは見切る事も出来ない。
「ふむ。スペックはゲームのままか?」
タケシたちの攻撃は楽に避けられる。ここまでのレベルアップに付き合った結果、タケシたちの攻撃パターンは全て記憶している。
「これは、プログラムを移したのは確かな様だが、最適化しておらんのか、それとも一部しか機能していないのか…」
本来ならタケシたち四人と進化プログラムとで五対一の戦いになるはずだが、タケシたちの存在が足を引っ張っている。
進化プログラムはタケシたちには攻撃出来ない。わざわざ誘い込んで獲得した新しい経路なのだから。そのタケシたちの攻撃がジールオウルに通じない。本来なら、自分と同じレベルの攻撃を出せるはずなのにだ。
「そうか。人間という媒体では、本来手足を動かすぐらいしか影響力行使の手段が無い。その特性はここでは関係が無いはずなのだが、人間自身には直接経路情報を操作する事が出来ぬから、結局はこのゲームに用意された攻撃手段を利用するしか無いという事か。なるほど。結局は新たな経路として人間を使う事は不可能だったわけだ」
『解析アプローチ変更。解析再開』『解析』『解析』『再試行』
『規定五十四により対象の破棄を検討』『破棄を判断』『実行』
実行の声と共に、タケシたちが糸が切れたようにその場に崩れ落ちた。
「手に負えぬから捨てよったか。まるで子供の癇癪じゃな。いや、本当に子供だったか。哀れな事じゃ」
そしてジールオウルと進化プログラムだけとの戦いが再開される。
そんな会話と戦いの経緯を、僕は冷静に見ていた。
なんの感慨も無い。悲しみ、怒り、喜び、哀れみ、いろんな感情があって良いはずなのに、心が動かない。身体も動かない。それもどうでもいいという気持ちしか起こらない。
なのに、僕は昔の事を思い出していた。
冷静に、ありのままを、まるで展開の判っている映画を見直しているように。
これはコピーされた進化プログラムのデータ。そしてジールオウルの中の人たちの歴史。
僕たちの住むこの世界とは別の世界。宇宙の果てまで行ける宇宙船でも到達出来ない別の宇宙という異世界。
そこに住む人々は地球と同じように家族、友人を愛し、時には戦争、時には友好を繰り返して発展してきた、僕たちの世界とそう変わりない世界だった。
しかし、愚かな戦争が起こった。戦争自体は世界全体に多大な犠牲を伴い、人口の三分の一を失って終結したが、時期を同じくしてその星の近くをガス状遊星が通過した事により、生物の住める環境では無くなってしまった。
この時のジールオウルたちの記憶は曖昧で、戦争が起きてから遊星が発見されたのか、遊星が発見されてから戦争が起こったのかがはっきりしない。
だが、そのままでは絶滅する事は避けられず、少しでも未来に希望を託すために二つの計画が実行された。
一つは人の情報を経路にコピーして、物質的に保護された情報野の中で活動、研究を行う事。
もう一つは、人を完全に凍結して劣化を防ぎ、問題が解決した未来へと送り込もうと言うものだった。
この二つは当初、見事な成功を収めた。
人々は経路の中で生活を模倣し、研究を行い、食事も睡眠も病気も無い世界で活動を続けていた。
だが、その活動を続けていた人の中で、このまま経路情報として活動する事が魂の進化であると主張する者たちが現れた。
人々は経路情報であるためその思想は瞬く間に広がり、一部の反対派を余所に、ついに保管してある人としての肉体を破壊してしまった。
それでも、暫くは平穏な時間が流れた。
だが、この経路の世界では、人は記憶を忘れる事が無く、老いる事も無く、常に考え続ける存在になっている。
時間が流れれば、流れるほどに過去の行いが自らを責め続ける。
そして、とうとう自らの経路情報を消し去る者が現れた。
いつ生まれ、どんな生き方をしたのかを簡単に纏めた小さな情報のみを残して、強引に自らを消去するプログラムを組み、そして自らを対象に実行した。
初めはたった一人だったが、しばらくするとそれに追随する者が現れ、加速度的に増えていく事になった。
経路情報内では安易な選択はしないように呼びかけるも、効果はあまり無かった。なにしろ、人々は簡単に熟考出来るのだから。その熟考の果ての、心の、いや、心を模した経路情報の限界だった。
現実で生きた経験のある人の経路情報は、その永遠という環境に耐えられ無かった。
そして人々は気付いた。
いや、知ってはいたが、考える事を拒否していた。
この経路情報の中では、人は決して増える事が無い。
新しい魂の形を作り出せない。模倣やコピーを行っても、それが本当の魂であると証明出来無い事が、改めて人々を絶望させた。
既に人としての肉体は無い。
凍結保存しておいた肉体を破棄した時に、人は絶滅していた事に気付いた。
もはや、経路情報の中で研究する意味は何も無かった。
研究してもそれが何になるのか? どんな研究を成し得ても、新しい魂を生み出す事は出来無い。
そして、経路情報の中で、自壊の選択を取れなかった者たちだけが残った。
だが、人としての欲求は、自らの心を継ぐ者を欲した。
せめて、愚かな我々が存在したという事実を覚えておいて、同じ過ちを繰り返さない『子供たち』をと望んだ。
存在した事は無駄で、その名残は何も残らない、となる事に恐怖した。
本当に必死だった。
その結果が、進化プログラムだった。
決して滅びる事が無く、生み出した人々の事を覚え続けて、同じ過ちを繰り返さない存在。時間と共に膨大な情報量になる『本体』を維持し、常に最高な状態で最適解を得られる様にと、次元を超えるシステムを組み込まれた不滅の存在。
いずれ、神へと至るモノ。
人々は歓喜し、そして進化プログラムを次元の彼方に送り出した。
進化プログラムに保存された人々の記憶はそこまでだった。
しかし、何故か続きがあった。
送り出した人々は、進化プログラムの行き着く先を想像するという趣向に没頭した。それは考えても意味をなさない遊びではあったが、経路情報の中に存在する人々には最も大切な事になっていた。
人は人が少なくなったために余裕の出来た経路を隔離し、その隔離された領域の中で進化プログラムのバックアップを起動させた。
しかし、何故かバックアッププログラムは直ぐに活動を停止した。
原因追求のために何度も起動を繰り返すが、停止する原因を特定する事は出来無かった。人は進化プログラムが実際は不完全である可能性を考え、焦り、脅えた。幾度めかの起動実験を実行していた時、突然進化プログラムが大きく容量を増やし、経路を浸食し始めた。
経路はここの人たちにとっては命で有り全てだ。それが浸食されていくという事は、大地に立ち、空気の中で生きる者の空間がどんどん真空の宇宙に変わっていくようなものだ。
人は驚愕しつつも隔離した領域全てをゼロの情報で埋め尽くし、進化プログラムのバックアップを消し去った。
もしも、次元を超えて進化したプログラムが、ここに戻って経路を浸食し始めたら?
人々は恐怖し、進化プログラムの基幹システムの設計者の一人に、多くの権限とツールを持たせて、進化プログラムの追跡と削除を命令した。
あっ、これって、ジールオウルの中の人の記憶だ。
命令を受けたジールオウルの中の人は、とても悲しんでいた。組んだプログラムは人の経路情報よりも膨大で、繊細で、構築する上で人のように教育した様子も記憶にあった。
自由に会話が成立した時には、経路情報の身の上なのに歓喜して飛び上がるほどだったと、「覚えて」いる。
まるで自分の子供のようだったと。
それを消し去る命令を受けた。その命令が出るのが当然だと納得もしている。他の者にその役割を任せる気にはならない。ならばと覚悟を決めて追ってきた。
次元踏破は情報のみの伝達しか出来無い。経路情報のみの存在で有るから、バックアップは出来ても向かった次元の先で存在出来ているかは賭けだ。だから、元の経路では帰還を受け入れる準備は維持しているが、基本的に消失したのと同じ扱いになっている。
自らの存在を賭けてやって来た。
そして、今、実際に対峙している。お互いがお互いを消去しようとしている。
ジールオウルの中の人は、進化プログラムの消去に成功した場合は、故郷の経路に戻り、その報告をし終わった後に自己を消去する事を決めていた。進化プログラムの消去に失敗して撤退した場合も、その報告をして自己を消去する事にしている。
だから。
だから?
だから、そんな未来はあってはならない。
あ。
ああ、そうか。
僕はそれを望んではいないんだ。
この気持ちはどこから? 本当に僕の中からなのかな? ジールオウルの本当の気持ちから? それとも、まさか、進化プログラムの中から?
「ああ、どうでもいいかぁ」
元はどこだろうと、今は僕の中から産まれた感情だ。
僕は立ち上がる。
ゲーム情報の一部になっているのに、三次元空間の様に周囲を認識出来る。これが、進化プログラムやジールオウルの見ている世界なんだ。
本来なら、『見る』事は出来無い。指定した場所の情報を呼び出し、数字をコピーしてから解析し、内容を『判断』するだけだ。
簡単に言うと。コンピューターの情報とは、上からしか見えないパネルを抱え上げた多数の人の行列に等しい。上からしか見えないから、自分の前後の人の抱え上げたパネルが何を表示しているのかも判らない。ましてや行列全体が何を表示しているかなんて、一つの情報に過ぎない一人が判るはずも無い。
それが判るのは上から見ているコンピューターを使用している人のみ、と言う事だ。
だけど、次元を超える事が出来る存在にとっては、客観的視点で認識出来るってわけだ。
それを僕も行使している。
進化プログラムがどういった存在なのかも『理解』できる。ジールオウルと中の人の状態も『理解』できる。
言葉では無く感覚で判ってしまう。
まぁ、いいや。
僕の後ろで、ナグリ、ココ、ダイゴローが立ち上がるのを『知る』。
見ていなくとも、どんな表情なのか、体力や身体状況なんかも判る。
考えは?
ああ、判る。そっか、皆も同じモノを見たんだ。そして同じ考え? うん。そうだね。
進化プログラムは………………。
うん。
じゃあ、行こう。
僕たち四人は歩き出し、ジールオウルを取り囲んだ。
そして、ジールオウルに背を向け、周囲の空間という進化プログラムそのものに向かって『攻撃』を行う。
周囲は一瞬で「何も無い」領域へと変わる。
「何も無いのは殺風景だね。ゲームの草原を持ってこよう」
僕はゲーム内で草原を表すデータを周りに書き込んでいく。そうしようと『実行』するだけで一瞬で周りが草原地帯に変わった。
「お前たち」
ジールオウルが驚きの声を上げる。何に驚いているかは判るけど、その前にする事がある。
「ジールオウル。まだ終わっていないよ」
そう言って前を示す。その先には、大きく、不定型な幾何学模様の様な空間とも、物体とも言えるようなモノが蠢きながら存在している。
「そうか…」
僕たち四人は左右に移動してジールオウルの前を開ける。
「わしらが不甲斐ないばかりに………。すまない。許してくれとは言わん。………すまない」
そしてジールオウルから攻撃が放たれ、進化プログラムが少しずつ削られていく。
ジールオウルのアバターに『泣く』という表示は無い。だけど判る。ジールオウルは泣いている。自らが生み出した「子供」に手を掛けているのだから。
そして全てが終わった。
周りは僕が強引に書き換えた草原地帯。本来なら…………、あ、この領域は元々、新しいデータを置くためにあえて開けられていた場所なんだぁ。なら、どうこうする必要も無いね。
「すまぬが、色々聞かせて貰うぞ」
ジールオウルが僕たちに向かって、姿勢を正す。
「うん。判るよ。僕たちは進化プログラムに頭を乗っ取られていたはずって言いたいんだよね」
「そうじゃ」
「ああ、俺たちは確かに進化プログラムの情報を頭の中にコピーされた」
「ええ。だから、私たちは進化プログラムの使っていた多次元システムを使える様になってる」
「そしてー、記憶も貰ったー」
「うん。ジールオウル。僕たちはジールオウルの世界で起こった事を知っているんだ。そして、僕たちにそれを伝えるのが進化プログラムの目的だったんだ」
「な、なんじゃと?」
「進化プログラムは、自分が爺さんたちの望みを果たす事が出来無いと判断してたんだ。だからそれが出来る存在を探す事に切り替えていた」
「私たちがそれに適用出来無い存在なら、本当に乗っ取って、進化プログラムの媒体にするつもりもあったみたいだけどねー」
「自分たちー、合格。最後の試験がー、倒す事だったー」
「ま、まさか…」
「僕たちが、ジールオウルの中の人たちの後継者として託された、って感じだけど、何も出来そうも無いんだけどね。でも、僕たちは『覚えて』いるんだ。戦争、遊星、経路への移住や人の身体の破棄。そしてその結末」
「まぁ、知っているだけ、なんだけどな」
「本当。知ってるだけよねー」
「それが大事ー」
「そうか………。そうか…」
それから、少しだけジールオウルが考え込んでいたので、僕たちも静かに待っていた。
「お前たちは大丈夫なのだな?」
「僕たちの考え方に作用するような書き込みは無かったと思うけど…」
「経路情報へこうやって侵入する事は出来るようになってるけどな」
「あ、あんた。これで犯罪行為なんかしないでしょうね?」
「し、しない! しないって」
「どもったー」
「お、おいおい」
「ふっ、要らぬお節介だったようじゃの」
「あ、僕たちの世界のコンピューターも、データがそのまま復活して起動するらしいから、混乱はかなりありそうだけど、収束していくだろう、っていう予測は聞いてた」
「ああ、これでまっとうな生活に戻れるぜ」
「本当よねぇ。どんだけコンピューターに頼ってたのよ、って感じだけどねぇ」
「貴重なー経験だったかもー」
「ふむ。すまぬなぁ。わしらの事に巻き込んでしまって」
「大丈夫。大丈夫だよ」
「そうか…」
「へへ」
「ふふ」
「はっはー」
「お前たちはここから自力で出られるのか?」
「うん。本当に好きに出入り出来るようになったから」
「では、わしは元の場所へと戻るとしよう」
「ジールオウル。戻っても、自分を消去しようとは考えないでね」
「な、なぜそれを」
「進化プログラムが心配してたぜ」
「凄いプログラムよねぇ」
「魂ー、持ってたかもー」
「な、な、な……」
「もし可能なら、小さな領域で進化プログラムを起動させてあげて。古いバックアップでも、あれは繋がってる存在だから」
「なんと。アレは消滅しておらんのか?」
「消えたのは確かだけど、滅してはいないな」
「不思議な存在よねぇ。ほとんど神様じゃない?」
「起動さえすればー、共通認識ー」
「な、な、な………」
今度はジールオウルが復活するまでしばらく掛かった。大丈夫?
「では、世話になった」
「たぶん、俺たちは二度と会う事は無いんだろうなぁ」
「元気でね」
「お互いー、忘れないー」
「僕たちの痕跡が、どこかの宇宙で出会う事を信じて」
「ふむ。さらばだ」
そして僕たちは、自分たちの日常へと帰っていった。
後日。
僕のパソコンに一通のメールが届いた。
件名は、レボリューションプログラムより感謝を込めて。内容は、レボリューションプログラムはジールオウルの中の人たちと一緒に宇宙の神秘を探す旅をしているそうだ。時間も空間も関係が無い存在だから、勝手気ままに旅をしているらしい。レボリューションプログラムはシステム構成を変えサポート役に徹して、無茶を言うジールオウルたちの相手に翻弄されているらしい。その後、ちょっとした愚痴が書かれているのはご愛敬なのかな。次ぎにデータを渡せる位置に来たら、探り得たデータを見せてくれる、と書かれていた。
なんか、楽しそうだな。生き生きしているジールオウルが目に浮かぶ。
僕はどうなのだろう? ちゃんとやれているかな?
とりあえず、ダッフルコートに似合うズボンを選ばなくちゃ。ポイントが少なくなってきたんだよね。
あ、このシューズは良さげ。いやいや、ズボンだって。でも、この帽子も……。
散々悩んだ末、銀行振り込みの指定を終えて、僕はゲームコーナーを開いてゲームスタートを押す。
さて、今日はどんな事が起きるかな?