そんな平和
みんな、何と言えばいいのか分かっていないようだった。
クリムは、震えだすアンを見て、アンの前に立った。さらにその前にナコが立った。
「ウルチ。なにも殺すことないじゃない」
「何を言っているの? ナコ。殺すことあるのよ。私は勇者になってから、自分以外の他者に尽くすことだけを考えて生きてきたわ。勇者をやめてからは、世界中を旅して回り、やはり、自分以外の生き物のためになることを考え、世界がよりよいものになるよう行動してきた。だって、私には力があるんですもの。強者は、自身のことではなく、他者のことをいつくしみ、助けなければならない。そんなことあなただって分かっているでしょう?」
「だからアンを殺すって飛躍しすぎじゃない?」
「いいえ。全然、まったく、ちっとも飛躍していないわ。自分のことしか考えていないこの子なんて、いなくなった方がいい。そうすれば、世界は平和へと一歩近づくわ」
「そんな平和、要りません」
ナコ、ではなく、クリムが言った。
「私には、正しいことが何なのかなんて分からないけど、けど、あなたは間違っています」
「クリムさんは優しいのね。でも残念。優しさは暴力には勝てないのよ。証明してあげましょうか。今、ここで」
ウルチが戦闘態勢に入った。
「ダメよ、クリムちゃん。あなたじゃウルチには敵わない」
ナコも戦闘態勢に入る。
「私がやるわ」
「あら、嬉しいわ、ナコ。あなたと久しぶりに喧嘩できるなんて」
「ここだとみんなに迷惑がかかるから、場所を移しましょう」
ナコとウルチが一瞬で消えた。
「何だ? 何が起こったんだ?」
「おそらく瞬間移動魔法と他者瞬間移動魔法を、あの人間の娘さんが使ったんだね。瞬間移動魔法の併用など、大天使でも難しいと言うのに、それを人間がやってのけるとは実に興味深い」
「興味深くなっている場合じゃないだろうがっ、サビ。あのくそいまいましいウルチは、クリムの城が完成した記念のこのパーティーの出鼻をくじきやがったんだぞ。ただじゃおかないって思うのが普通だろうが」
チリドペッパは荒ぶっているが、他の悪魔の士気は低い。みんな、ウルチの魔力を見て、怖気づいているのだ。
「このへたれどもがっ」
「同志チリドペッパよ、そう言ってやるな。ウルチの強さは汝も知っておろう。我と汝とブーハ、三人がかりで挑んで何度殺されかかったことか」
「ハッハッハ。あれは傑作だったよ。君たち、いつもずたぼろの状態で、助けに来た私の脚にしがみついてくるんだからね」
ブルチズ、チリドペッパ、ブーハの三人は、十年以上前から王都を侵略しようとしていたのだが、何度も何度も何度も、勇者ウルチに返り討ちにされてきたのだ。
「で、どうするんだい? クリム」
ブーハが言った。
「ここはあんたの城だ。今日この場に限り、私たちはみんな、あんたに従うよ」
ナコの強さを、クリムは知っている。
けれど、ウルチはそんなナコと久しぶりに喧嘩ができると笑っていた。
「ナコさんの加勢に行きましょう」
「そうこなくちゃなあっ」
チリドペッパが吠えた。ほぼ同時にアンが叫んだ。
「何馬鹿なこと言ってるのよっ」
「アンちゃん?」
「絶対ダメ。あんな奴に勝てっこないんだから」
「でも、ナコさんもいるし」
「ナコがあいつに喧嘩で勝ったことなんて一度たりともないわ。あいつは、負けたことがないのよ。誰にも、一度も」
「そんなに強いの? いったいどんな魔法を使うの?」
「強化魔法」
一同、息をのむ。
「あいつが使える魔法はただそれだけ。でも、あいつの本気の一撃は、山を一つ吹き飛ばす。いいえ、もしかしたら、星だって壊せるかもしれない」
同じ強化魔法の使い手であるアンだからこそ、ウルチのことが怖いのだろう。手が震えている。
「なら、その強化魔法さえ封じれば、勝ち目はありそうだね」
サビが何でもないことのように言った。
「そうだよ、アンちゃん。私の無化魔法で」
「あいつに触るなんて無理よ」
アンがその場にへたり込む。
「アンちゃん」
ここまでネガティブなアンは初めてだった。
「こんなことになるなら、もっといっぱいお菓子を食べておけばよかった。私の命もあと少し。ねえ、クリム、今までいろいろと振り回して悪かったわね。あなたと過ごした日々は、とても、楽しかったわ。楽しいってこういうことなんだって、教えてくれてありがとう」
「アンちゃん、そんな死ぬ寸前に言うようなこと、今言わなくても」
「だって私、もうすぐ死ぬんだから、今言っておかないと、言う機会がなくなっちゃうわ」
クリムはアンを見下ろしてため息をつき、それから、サビのもとへ行った。
「私、行くね」
「無駄よ。やめなさい」
「大丈夫。こう見えて私、けっこう強いから」
そう言うとクリムは他の魔王と共に、サビの影へと潜って行った。




