不安
季節は秋。
春の終わりごろから作ってきた城が、ようやく完成しようと、していなかった。
まだ土台、基礎の部分しかできていない。
魔王クリムとその臣下たちは、決して怠けていたわけではない。しかし築城は思っていたよりもマンパワーを必要とし、クリムの部下は非力な者が多かった。
「うーん、年内にはできそうもないね」
「魔王様、年内どころか三年後にできてるかどうかも怪しいですわ」
木陰で休んでいた吸血鬼のヌレカが言った。
城の完成なんていつでもいい、と言うのがクリムの本音だった。城を完成させたら、いよいよ本格的に王都侵略へと乗り出さなくてはいけなくなる。けれど、クリムはもう王都を侵略しようなんて思っていなかった。
「やってるか?」
居酒屋に来るようなノリで、東の空から、悪魔の大群を引き連れて来たのは、魔王チリドペッパだった。彼はアンに倒され、投獄されていたが、夏の終わりごろ、サビの手引きで脱獄したのだ。
「城はどうだ?」
「見てのとおり、できてません」
「なんだと。俺の悪魔を貸してやる」
チリドペッパも石材をたくさん運んでくれた。
別の日、魔王ブルチズが、やはり部下と共に姿を見せた。彼はチリドペッパよりも長いこと牢屋に入っていた。脱獄を果たしたのもつい先日である。獄中でたくさんの書物を読んで、彼なりに考えがまとまったから出てきたのだという。
ブルチズは口から粘液を吐き出して、石と石をくっつけたり、森に住む少数種族との折衝もしてくれた。
さらに別の日、魔王ブーハが来てくれた。炭鉱を本拠地としているだけあって、ブーハとその臣下たちは力仕事に慣れており、城はみるみるうちに高さを増していった。
サビも時折顔を出していたが、特に何もしなかった。
「悪いね。私は労働が嫌いなんだ」
そんなサビは、来るたびに古今東西の珍しいお菓子の数々を差し入れしてくれた。甘味はみんなの士気を上げるし、食べると元気がでるから、ありがたかった。
ススパイも見学に来た。
「みんな、頑張っているな」
臣下たちが石を削ったり、運んだりしているのを見て、ススパイが言った。
クリムは内心、身構えていた。
まさか魔帝様が何の用もなくここに来るはずはないから、いつ本題には入るのだろうかと。
「ところで、聞きたいことがあるんだが、城が完成したら、お前はどうするつもりだ?」
「それはどういう意味でしょうか?」
「本当に意味が分からない、わけではないのだろう、クリム」
「はい」
王都の侵略をする気はあるのか、ということだ。
「勘違いしないでくれ。責めているわけではないのだ。そもそも、王都侵略を命じているのに、これまでの魔王はまるで成果を上げられなかった。なのにお前は、ギルドに潜入し、勇者アンと懇意になり、いつでも彼女を殺せる状況を作りだした。これはすごいことだ」
ススパイがアンに剣をプレゼントした理由もそこにあった。クリムがその気になればいつでも殺せる勇者など、取るに足らない。むしろ、聖剣が一つなくなったぐらいのことで、アンとクリムの仲が悪くなったままであることの方が脅威だった。だから、進んで聖剣のもとになる剣を進呈した。
「私はね、心配しているのだ」
「すみません」
「もし君が王都を侵略する以外の道を探しているなら、人間と共生した上での平和を成し遂げようとしているなら――」
クリムの目論見など、すべてばれていたのだ。
クリムは、キーケに鎌を振り下ろされたときよりも強く死を感じながら、魔帝ススパイの次の言葉を待った。
「それはすばらしいことだ」
「え?」
「平和へのアプローチは一つではないからな。お前のやり方の方が、案外早く平和を実現するかもしれない」
「お怒りにはならないのですか?」
「私は私のやり方が正しいなどとは思っていないからな。お前のように、私とは異なる考えを持つ魔王が増えればいいとさえ思っている。ただし、これだけは覚えておきたまえ」
ススパイが指を立てた。
「人間は裏切る」
ススパイはかつて、世界を平和にするため、世界で最も暴力的な種族である人間と約束を交わした。もう二度と戦争はしないと。しかし、戦争は二度、三度と行われ、終戦のたびに、人間は今度こそ戦争はもうしないとススパイに誓い、そしてまた、戦争を始めるのだった。
「裏切られ、傷ついて、もうどうしようもなくなったら、安心して私の考えに従いなさい」
「はい」
アンが裏切ることなどない。そう確信していても、ススパイの血の池のような瞳が波打つのを見ていると、アンがクリムの臣下を殺していく光景を想像してしまった。
大丈夫、大丈夫、大丈夫。
そう言い聞かせても、不安は消えなかった。クリムが選んだ道とは、その不安を抱え続ける道だった。
ススパイが来た次の日、アンとギルドメンバーが来た。
最初はクリムの臣下は、人間たちを警戒していたが、クリムが間に入って話をしている内に打ち解け合い、協働して築城にあたった。アン以外は。
「私はやらないわよ」
「まあ、アンちゃんはそう言うよね」
「城ができたら、どうするの?」
「え?」
「王都を滅ぼす?」
「そんなこと、できないよ」
王都には大切な人ができすぎた。
「なに甘っちょろいこと言ってんのよ、無化魔法で一発じゃない。やる気あるの?」
勇者に叱咤激励される魔王である。
「そんなことじゃ人間を滅ぼせないわよ」
「滅ぼす以外の道は?」
「そんなものないと思うけどなあ」
「アンちゃんは人間側でしょ。このままじゃ本当にススパイ様と魔王軍団が人間を一人残らず殺しちゃうよ。それでもいいの?」
「私は死なないわ。だって強いもの」
「聖剣にもキーケ様にも勝ててなかったじゃん」
「最後まで戦えば、私が勝ってたわよ。だから勝ったも同然ね。てか勝った」
あまりに強引だ。
「アンちゃん、自分より強い人なんていないと思ってたら、いつか痛い目見るよ」
「そんなの、分かってるわよ」
そう言ったアンの声はかすれていた。




