ナコ
その声にクリムが目を開けると、ナコがそばにいた。
キーケは離れたところで、床にささった鎌を抜こうとしている。
今の一瞬のうちにクリムは移動したのだ。いや、させられたのだ。ギルドに帰ってきたナコのもとに。
「出たあっ、ナコさんの他者瞬間移動魔法っ」
縛られたままでもはやし立てるみんなに、ナコさんが頬を赤らめる。
「もうっ、そういうのはいいっていつも言ってるでしょう」
他者瞬間移動魔法とは、自分以外の他者を、瞬間移動させる魔法である。当然、自分が瞬間移動するよりも難易度が高くなる。
キーケは鎌をなんとか抜いて、ナコとクリムがいる方へ向き直った。
「君、何者?」
「私はナコと言います。このギルドの受付嬢です。失礼ですが、お名前をうかがっても?」
「キーケだよ」
「え? 大天使様? 本物?」
クリムやみんながうなずくと、ナコは深々と一礼した。
「でも大天使様がこんなところに何をしに来られたのですか?」
「神様に言われて、その子を殺しに来た」
ナコの目の色が変わった。
「その子というのは、クリムちゃんのことですか?」
「そう」
「申し訳ございません。お引き取りください」
「でも、神様に言われたから、殺さないと」
「誰がなんと言おうと、私の見ている前で、ウチのギルドの仲間を殺させるわけにはいきません」
「じゃあ、見てないところでするから」
「そういうことではなくてですね、お帰りくださいって言っているんです」
「ごめん。それは無理。だってその子を殺さないと神様に叱られる」
「叱るって何か罰を受けたり、暴力を受けたりするんですか?」
「ううん、二、三、小言を言われるだけ。お前はなっとらんとか。お使い一つ満足にこなせないのか、とか」
「もしかしてそれが嫌だからクリムちゃんを殺すって言ってる?」
「うん、言ってる」
ナコが真顔になった。
瞬間、ギルドメンバーが悲鳴を上げた。
アンだけがせせら笑ってる。
「キーケ。あなた終わったわね」
「え? どうして?」
次の瞬間、キーケの体から鎖があふれ、彼女自身を縛り上げた。
「なあに? これ」
キーケは首を傾げている。
「反逆魔法です」ナコが答えた。
この魔法を受けた者は、自分が最も信頼している魔法をその身に受けることになる。
「まあ、別にいいけど」
キーケは瞬間移動した。しかし移動した先は、キーケが意図したところではなく、ナコの目の前だった。
「瞬間移動先指定魔法、そしてこれが、煉獄火炎魔法よ」
ナコの手の平から放たれた黒い炎は、キーケの胸から全身へと広がり、その肌を焼いていく。
キーケが床に倒れ、足をばたつかせる。みんなを縛っていた鎖は消えた。今のキーケには鎖を維持するだけの集中力がないのだ。
「うううううう」
苦しそうに声を出すキーケを見下ろしながら、ナコは言った。
「空間固定魔法であなたの瞬間移動は封じさせてもらいました。天界へ逃げようとしても無駄ですからね」
みんなが苦しそうにもだえるキーケから目を逸らしているというのに、アンだけは大声で笑いながら、
「ざまあみなさい。バカ天使。そこで一生苦しんでたらいいんだわ。私のシュークリームを食べた罰よ。バーカバカバカバーカ」
と、キーケを足蹴りにしている。
そのいつもの極悪ぶりに、クリムは我に返った。
「アンちゃん、人の不幸を笑ったりしたらダメだよ。それに、蹴らないのっ」
「クリム、あなた、こいつに殺されかけたの、忘れたの?」
「そうよ。クリムちゃん。敵は殺し切っておかないと、あとで復讐しに来るんだから」
ナコの言い分も理解はできる。けれど、クリムの瞳は揺らがなかった。
「ナコさん、助けてもらっておいて、こんな勝手なことをするのは、許されないのかもしれないけど、ごめんなさい、でも、私」
そう言って、クリムは黒い炎に手を当てた。無化魔法が煉獄の炎を消火した。
「なんで?」
仰向けのまま、キーケが尋ねた。
「苦しそうだったので。あと、あなたは私を殺そうとはしていたけれど、そこに殺意はなかった。あるのは、ただの義務感。神様に命令されたから、仕方なくやっていただけなんですよね?」
「そうだけど、そうじゃない。神様に逆らうことだって、やろうと思えばできなくもない、かもしれない」
「歯切れ悪いわね。大体あなたねえ、私のシュークリーム勝手に食べたでしょ。許さないわよ。絶対に。どうしてくれるのよ」
「アンちゃん、シュークリームならまた作ってあげるから」
「いいえ、ダメよ。やっぱり殴らないと気が済まないわ」
アンはキーケの顔面を一発殴った。
しかし、キーケは平然としている。人の手で大天使にダメージを与えるなど、あり得ないのだ。普通なら。
異常なナコがため息をついた。
「しょうがないから、クリムちゃんの意見を尊重して、キーケ様を殺さないでおくけど、どうするつもり? 神様がクリムちゃんを殺したがってるんでしょ? さすがの私も神様に勝つ自信はないわ」
「私、神様と同じぐらい強い人を一人知っているので、その人に連絡して相談してみます」




