聖鎖魔法
誰も言葉を発することができなかった。
しばらくたって、ようやく、アンとクリムが同時に声を出した。
「な、なんで?」
「神様が言うには、君は危険なんだって」
「わ、私の魔法がってことですか?」
「いや、えっと、魔法うんぬんより、人間の人気を集めてるのが、とても危険なんだって。魔王が人間と仲良くしてもらっちゃ困る、みたいなことを言っていたような」
それからキーケは、ふと、紙の箱をのぞきこんだ。
「あ、シュークリーム。これ好き」
そう言うと、一つとって食べてしまった。
ぶち切れたのは、アンである。
魔力のすべてを拳に集め、キーケになぐりかかる。が、キーケは一瞬でアンの背後に瞬間移動し、眠たそうに発音した。
「聖鎖魔法」
手の平から鎖が伸びて、次の瞬間にはアンを縛り上げてしまっていた。
「絶対っ殺すっ」
アンは鎖を引きちぎろうと体に力を入れているが、聖なる鎖がちぎれることはありはしない。鎖魔法に聖なる力を付与した魔法、それが聖鎖魔法である。その鎖をひきちぎれる者は、神のみである。
キーケは紙箱の中のシュークリームをたいらげると、クリムの方を見た。
「お腹も膨れたし、そろそろ君を殺そうと思うんだけど、いいかな?」
「いいわけねえ」
その場にいたギルドメンバー全員がクリムの前に立った。
「みんな」
「安心しろ。大天使だろうと何だろうとクリムちゃんはやらせねえ」
「そうだ。クリムちゃんは優しいいい子なんだ。どう考えてもお前の方が間違ってるぜ、天使さんよ」
「このギルドを敵に回したことを骨の髄まで後悔させてあげる」
クリム以外は、すでに臨戦態勢に入っている。
「魔王ちゃん、愛されてるね。すごいね」
テンション低くそう言うと、キーケは瞬間移動魔法と聖鎖魔法を連続で発動し、その場にいた全員をまたたくまに縛り上げてしまった。
クリムだけは縛られた瞬間、鎖を無に還した。
「あ、そうだ。忘れてた。君、なんだっけ、なんでも消せる魔法が使えるんだよね。えっと、だから、どうすればいいんだっけ」
キーケは頭上の天使の輪を指で叩きながら考えている。
クリムも考えていた。このピンチを切り抜けるにはどうしたらいいのか。
そうだ。逃げてしまおう。
そして二度とギルドへは戻ってこない。
走り出すための一歩目。
「あ、困ったら、人質を使えって神様が言ってたんだった」
クリムは足を止めた。止めざるを得なかった。
「というわけで、逃げたり、私にその何でも消せる怖い魔法を使おうとしたら、ここにいる人たちを殺しちゃうね。鎖の縛りを強くすれば、人間の体ぐらいなら簡単に引きちぎること、できるから」
クリムは長く息を吐きだした。それから、笑った。
「分かりました。どうぞ殺してください」
両膝をその場について、頭を垂れる。
すると、
「なにしてるのよっ。逃げなさいよっ」
怒声を飛ばしたのは、アンだった。
「っていうか、そのくそ天使をぶっ殺しなさいよ。あなたの魔法ならそんなの簡単でしょうっ。どうしてっ、どうしてっ」
「ごめん、アンちゃん」
「うるさいっ。こんなときにまで謝ってんじゃないわよ。私はあなたのこと一生許さないわ。だからあなたは一生私のそばでその罪を償わないといけないのよ。それが罰よ。勝手に死ぬなんて許さないんだから」
「別に君に許してもらう必要はないから、殺すね」
大天使キーケの手元が光り、真っ白な鎌が現れた。その清廉な鎌を振り上げて、
「言い残すこととかある?」
クリムは首を振った。
王都であった人たち、その一人一人に言いたいことはあった。けれど、そんなことをしても、その人たちの悲しみが深くなるだけだ。
臣下を残して行くことだけが心残りだが、みんな、本当は、誰よりも強い子たちばかりだから、大丈夫だろう。
まぶたを閉じる。
鎌が風を切る音がした。
一秒、二秒、三秒。
「クリムちゃん、大丈夫?」




