大天使
できたシュークリームを持ってギルドへ行ったはいいが、アンはいなかった。
ホールでだべっているギルドメンバーに訊いても、アンは来ていないと言う。
「アンは今は何の依頼も受けてないわね。家でだらだらお菓子食べてるか、カジノってところかしら。私、呼んでくるわ。クリムちゃんが呼んでも来ないだろうから」
「すみません。お願いします」
ナコが出て行くと、入れ替わりで、アンがやって来た。
他の冒険者や魔法使いがアンのもとへ集まる。
「ナコさんがお前を探しに行ったんだぜ。会わなかったのか?」
「知らないわ。そんなこと。でも、ナコがいないなら、都合がいいわ。あいつと仲直りしなさいってうるさく言われないで済むから」
アンを囲む人波が裂けて、道が開けた。その先にクリムがいた。
「アンちゃん」
アンはあごを上げて、何も言わない。
「おい、アン、何とか言ったらどうなんだ?」中年の冒険者が挑むように言った。
「何も言うことなんてないわ。私が今日ここに来たのは、こいつに会うためじゃないもの。もっと大事な、すごく大事な用事。そのために私は今日ここに来たのよ」
「大事な用事って?」肩に猫をのせている魔女が尋ねた。
「言えないわ。言ったら、ここに王都中の人々が殺到するから言っちゃだめってその人に言われてるの」
ここに誰かが来るらしい。ならばその前にシュークリームをわたして、謝罪をしたい。
クリムは紙の箱を開けて、中身が見えるようにして、アンに差し出した。
「あの、これ、私が作ったの」
アンはそれを数十秒も見つめていた。みんなが見守る中、アンが口を開いた。
「要らないわ」
クリムの心は折れてしまった。
せめてシュークリームだけでもわたして去ろう、そう思ったが、アンは受け取らなかった。クリムは紙の箱をテーブルの端に置いて、いつもより小さな歩幅で出口へと向かおうとした。そのとき、アンのかたわらが光った。
そこに現れたのは、絹の衣をまとった、美女だった。薄いブロンドの髪は長く結ばず垂れ流してある。まぶたは閉じてある。まっすぐ通った鼻梁からは神々しささえ感じる。
美女が人間でないことは一目瞭然だった。背中から、柔らかそうな羽の集合体としての翼が一対生えているからだ。しかもこの美女、頭に輪っかをいただいている。
天使だ。
そう認めた瞬間、その場にいた誰もが、王都の中央広場に立つ銅像と目の前の美女とを重ね合わせた。
「まさか」
みんながつばを飲み込む。
「そうよ」
アンが胸を張って誇らしげに言う。
「大天使がわざわざ私のためにここに来てくれたのよ。どお? 私ってすごいでしょ?」
ギルドメンバーのざわめきは止まらない。
「ほ、本物か?」
「本当に大天使キーケ様?」
「でも、大天使がアンなんかに何の用があって」
「なんかって何よ。こいつは私にあるものを届けに来てくれたのよ」
大天使をこいつ呼ばわりするアンに、みんな引いたが、当の大天使キーケ本人は、まぶたを閉じたまま、動かない。
「さあ、聖剣をよこしなさい」
キーケは動かない。
「寝てるの?」
アンが肩をゆすると、キーケがゆっくりと目を開けた。エメラルド色の瞳が素早く周囲を見回す。
「寝てたわけではないぞ。断じて」
そう言いながらも、キーケはあくびをしている。
「ま、まあいいわ。ちゃんと聖剣は持ってきたんでしょうね」
「あ」
「あ?」
キーケは手元をまさぐっているが、そこには何もない。
アンの目つきが山脈のように険しくなる。
「まさか忘れたとか言わないわよね?」
「うん。忘れた、とか言わない。忘れたけど」
「あなたねえ、どんだけボケてんのよ。二週間前に注文したときには三日でできるとか言っておきながら、三日経ってもできないからさらに三日の猶予をあげて、それでもできなくて、さらに三日待って。その繰り返しで、結局、あれから十五日も経ってるのよ。いい加減にしなさいよ」
「大丈夫。聖剣はできてる。ほんとだよ。持ってくるのを忘れただけ。というか、君と聖剣のことなんて忘れてた」
「はあ? それ、どういうことよ?」
「今日のお昼ぐらいに神様に呼び出されて、すごく大事な命令を受けた。だから君のことなんて忘れてた」
「私のこと忘れてた? ならなんでここに来てるのよ?」
「神様から命令を受けたから」
キーケが指をさす。
「君を殺してこいって」
その白磁のような人差し指の延長線上に、クリムがいた。




