返事をしなさい
夏の日差しから逃げるように、冷房魔法のよく効いた店内に入る。
「いらっしゃい、クリムちゃん」
白いコック服を着たシオがショーケースの向こうに立っていた。
クリムはシュークリームを一つ買って、店の隅の木椅子に座って一口食べた。
二口目をなかなか食べないでいると、シオがそばに来てくれた。手にはオレンジジュースの入ったガラスコップを持っている。
「もしかして、あのことで悩んでるのかい?」
とガラスコップを差し出してきた。
「ありがとうございます」
受け取って、一口飲む。
やっぱり、おいしくない。
最近、あまり味を感じない。食べても満たされないのだ。
「アンちゃんは強情だからなあ。自分から謝ったりはしないし、謝られても許さない、そうだろう?」
「その通りです」
聖剣を消し去ったあの日から二週間が経っていた。クリムは何度も謝ったが、アンはクリムに対して、睨むか、キレるか、無視するかで、仲直りの糸口は見つからない。
いまや魔王クリムと勇者アンの仲が悪くなったことは、王都中の人々が知っている。
「どうすれば許してもらえるんでしょうか?」
「うーん。難しい問題だなあ」
「ですよね」
「ごめんなあ。いいアイディアを出せなくて」
「いえ、話を聞いてもらっただけでも楽になりました」
クリムはシュークリームを口に詰め込んで、おいしかったですと言ってから店を出た。
向かった先は、王都中央広場の外周に建つ、王都魔法警察署である。
受付で面会を申し込むと、面会室へ通された。四方を鉄の壁に囲まれた部屋で、魔法警察官四人が四隅に立っている。クリムが椅子に座ると、魔法警察官は呪文を唱え、部屋を二つに区切る結界魔法を発動させた。青白い光の壁が出現し、クリムはその向こうに、扉から入ってくるブルチズを見た。
「同志クリムよ。元気、そうではないな」
「分かりますか?」
「我でよかったら、相談に乗ろう」
クリムは、アンと仲違いするに至った経緯を説明した。
「難しい問題だな」
ブルチズがうなった。
「一つ言わせてもらえば、もはや謝罪は無意味な段階に来ているのではないか」
薄々は分かっていた。
どれだけ言葉を費やしてもアンが許してくれることはないと。
「やっぱりもう無理なんでしょうか」
「無理と言うことはないであろう。何かきっかけさえあれば、汝たちはいともたやすく仲直りできるだろう」
「つまりは時機を待てと?」
「ウム」
クリムは待つことにした。いつか、そのときがくるまで。けれど、もしそのときが永久に訪れなかったら。そう思うと、胸の奥の虚無が宇宙よりも速く膨張していくのだった。
ギルドへ行くと、アンがいた。ホールの真ん中あたりの机に両足をのせて、椅子を傾けて、天井をにらんでいる。
いつもならすぐ謝りに行くクリムだが、今日はブルチズの助言に従い、声をかけないことにした。
なんとはなしに依頼掲示板の前に立つ。
「クリムちゃん」
後ろから両肩に手を置かれた。振り返ると、ナコがいた。
「ちょっとお願いがあるんだけど、いい?」
「私にできることであれば、なんでも」
「今度、魔法学校で模擬戦闘の授業があるのよ。それで、ウチからも何人か派遣して、模擬戦のお手本を見せたり、生徒の相手をしたりするの」
「それに参加してほしいということですね」
「そう。どう?」
「いいですよ」
ナコは両手を合わせて片頬につけ、微笑んだ。
「よかった。あ、アンちゃんも行くからね」
「え?」
「アンちゃーん、クリムちゃんも行くことになったからー」
声を伸ばしてそう伝えたナコは、鉄壁の微笑みを崩さないまま、アンのもとへ行くと、
「いーい? 分かってるわよね?」
アンは頬杖をついて、クリムとナコがいない方を見つめたまま、返事をしない。
「アン。返事をしなさい」
ナコの声がほんの少しだけ冷たくなった。
「アン」
「うん。分かってるわよ。ほんとうざい」
小さな声でそう言うと、アンはたちまち立ち上がり、早足でギルドを出て行ってしまった。
「ごめんなさいね。アンも仲直りしたいと思ってるはずなんだけど、あの子ってこれまで友達がいなかったから、仲直りの仕方を知らないの」
苦笑いするしかない。
あ、でも。
クリムはずっと以前、シオが話していたことを思い出した。
「たしかアンちゃんにはお姉さんがいるんですよね。姉妹でけんかとかしなかったんでしょうか?」
「しょっちゅうしてたわよ。けんかというか、戦争だったわ」
「戦績は?」
「アンの全戦全敗」
「お姉さんは勇者をやめて旅に出たって聞きましたけど、いまどこで何をしてるんですか?」
「さあ。分かっているのは王都にはいないってことだけ。どこかで何かはしてるはずなんだけど。ほんと、親友の私に手紙の一つぐらいよこしてもいいのにね」
ナコは小さく笑った。瞳の輪郭がにじんでいる。
「お二人はほんとのほんとに親友だったんですね」
「あら。あなたたちだってそうじゃない。違う?」
はいそうです、とは即答できない。少なくとも今は。
「大丈夫よ。きっと仲直りできるわ」
そう言ってナコはクリムを抱きしめた。母親を知らないクリムは、母親がいたらこんな感じかなと思った。




