魔導書
アンが説教を受けている頃、クリムは臣下たちと夕食を食べていた。今日の夕食は、串焼きにした魚とキノコの焼いたのと王都で買ってきたまんじゅうである。食べながら、今日の出来事を報告し合う。
図書館で起きたことを話すと、みんなは、咀嚼するのをやめて青ざめてしまった。
「ブルチズ様につづいてチリドペッパ様まで。魔王様、魔王様は大丈夫なのですか?」
「大丈夫だよ、ヌレカ。アンちゃんと私は同じギルドに所属する仲間だから」
「でも、お金にがめついんでしょう、その方。莫大な報酬を出すと言われたら、お金になびいて、親交のある魔王様まで殺してしまおうとするのではありませんか?」
ないとは思いたいが、ないとは言い切れない。
「そのときは、私も本気で戦うから大丈夫」
自然、クリムの声音は重たく鈍いものになってしまった。臣下たちのムードも暗くなる中、一人、目を輝かせているものがいた。
「ねえ、魔王様と勇者、どっちが強いんだい?」
「こら、ルピス、おやめなさい」
「いいの、ヌレカ。そうだなあ、こればっかりはやってみないと分からないよ」
アンの戦闘を何度か見たクリムだが、得られた情報は意外にも少ない。拳に魔力をまとわせ、殴る、蹴る。それだけだ。
懸念はやはり、あの聖剣だ。アンの剣の腕はどれほどのものなのか、どんな流派か、一切は謎に包まれている。
「魔王様、もし勇者に負けそうになったら、オイラが助けてあげるからね」
「ありがとう、ルピス。でも、私が逃げろって命令したら、逃げるんだよ」
「もちろんさ。オイラが魔王様の言うことを聞かなかったことがあるかい?」
「しょっちゅうじゃない」とヌレカが口の端を吊り上げた。「今日だって魔王様のあとをつけて王都へ行こうとしてたし」
「オイラだけじゃないやい。ヌレカだってシフォだって」
「俺以外の全員だ」
ベルギーヨの一言に、みんなが笑った。
談笑の温かさに相反するように、森は夜の冷たさにひたっていく。
「やあ、団らん中に失礼するよ」
何者かに背後を取られたことに死を覚悟しながらも、声を聴いた瞬間、強張った胸がゆるみだす。
突如現れたのは、勇者でも聖騎士でも天使でもなかった。
その男は、背が高く痩身で、燕尾服を着ている。目だけは蠱惑的に紫紺の光を放っている。
「サビ様」
みんな、一斉にサビを取り囲んだ。魔帝フレンズの中でも一番接しやすいサビは、大人気なのである。
「サビ様、一緒に遊びましょう」
「かくれんぼをやろう」
「鬼は誰がする?」
盛り上がる臣下たち。
「すみません、サビ様」
「いや、いっこうにかまわないよ」
夜のかくれんぼをした後、サビが本題を切り出してきた。
「クリム、君にこれをわたしておこうと思ってね」
サビが自身の影に手を突っ込み、何かを取り出した。
それは一冊の本だった。表紙からも中のページの一枚一枚からも強い魔力を感じる。
「魔導書、ですか?」
「ただの魔導書じゃない。チリドペッパが狙っていた、ウマンジュの魔導書第九十九巻だ」
「盗んできたんですか?」
「そうとも。私の魔法にかかればわけはないからね。さあ、受け取りたまえ」
クリムは眉をひそめた。
「なぜ私に?」
「この魔導書を使えば、とある魔法を使えるようになる。とても強力な魔法だ」
チリドペッパも言っていた。勇者を倒すための魔法だと。
「もしものときのために、この魔導書は君に持っておいてもらいたい」
それから、一呼吸置いて、
「君が死んだら、ススパイが悲しむ」
と冷たいような温かいような声音で言うのだった。
クリムはしかと魔導書を受け取った。臣下たちが拍手をした。
「君には仲間がいる。ここにいるみんなはもちろん、他の魔王や私、ススパイだって君の仲間だ。だからこそ、この魔法を使えば、君は無敵だ」
クリムは魔導書を開いて中を確認した。
確かに、この魔法をうまく使えば、アンにだって圧勝できるだろう。
「さあて、私は牢屋へ行って、チリドペッパとブルチズをからかってくるよ」
そう言ってサビは樹影の中へと姿を消した。
「魔王様、その魔導書の魔法、オイラに見せてよ」
「ごめんね、ルピス。また今度にしよう」
「いいよ。オイラ、楽しみにしとくね」
クリムは夜空の星々に祈る。
この魔導書を開くことが、一生、訪れないことを。




