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超絶やさしい魔王とクズの極み勇者  作者: 仙葉康大
第三章 人気と差別
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本を借りたい魔王

「なぜだ? なぜ本を借りられんのだっ」


 怒声が館内に響き渡っていた。


 三メートルを超える巨体、浅黒い肌、緑の瞳。魔王チリドペッパが新規登録カードを貸しだしカウンターに叩きつけたそのとき、バーヘンと司書とクリムが奥の扉から現れた。三人は息を切らしている。


 館内はパニックそのもので、人々は本を放り投げて外へ逃げようと走り出し、出入り口は、惜しくらまんじゅう状態だった。職員が「押さないで。落ち着いて避難してください」と声を張り上げているが、みんな、聞く耳を持たない。


「チリさん」


 クリムは目を丸くした。魔王と言ってもたくさんいるから、誰が来たのかと思ったが、まさかチリドペッパが来るとは思いもしなかった。


「おお、クリムじゃないか。おい。俺はお前の活躍を毎日新聞で読んでるぞ。ええ? まったく大したもんだ。俺にはとうていできないことをやってのけているぞ、お前は」

「わ、私の話はいいです。チリさん、今日はどうしてこんなところに?」

「よくぞ聞いてくれた。昨日、俺は勇者にやられてしまってな。腹が立つが、何度やっても負けるんだ、くそったれ。やさぐれて酒を浴びるほど飲んでいたら、誰が来たと思う?」


「魔帝様とか?」

「だったら、どれほど嬉しかったか。来たのは、あのいけすかないサビの野郎だよ。あのクソはよく俺をおちょくりにくるのだ。まあ、それで、一緒に酒でも飲みながら、雑談していたのだ。そうしたら、奴があの嫌味な声で言うじゃないか。『チリドペッパ、君はもう少しここを使ったらどうだい』と」


 チリドペッパは自身の頭を指さして言った。


「俺はもう頭が沸騰(ふっとう)して奴をぶん殴りそうになった。しかし、暴力はあんまりよくないだろ。それに、奴の言っていることも一理あるから、殴るのはやめて、奴に勇者を倒すよい方法を教えてくれと、このチリドペッパ、恥を忍んで訊いたのだ。そうしたら、奴はなんて言ったと思う?」

「もしかして」


「そうだ。勇者を倒せる魔法があると。その魔法を会得するためには、魔導書が必要で、その魔導書は王都の図書館、そう、ここだ、ここにあると言いやがったんだ。だから来たのだ。ちゃんと王都の人たちにを必要以上に委縮させないよう、臣下は置いてきたし、人目につかないよう、透明魔法もかけてもらった。しかしだ、さすがに透明のまま本を借りることはできないだろう? だから、ここに入る前に魔法を解いて、俺は堂々と体一つで入館したのだ」


 チリドペッパとしては、今日は本を借りに来ただけだから、人を襲うつもりなどないのだろうが、人々にとってチリドペッパは、いつもアンと戦っている武闘派の魔王でしかない。そんなチリドペッパが目の前に現れたら、パニックにもなる。


「俺は図書カードとかいうやつをもっていなくてな、それをゲットするためには、この書類に記入が必要らしいから、書いてやった」


 言いながら、新規登録の書類を前に突き出した。


「だのにこいつらは、魔王は図書カードを作れないと言いやがる。これを差別といわずして何というのだ」

「まあまあ」


 なだめるクリム。その横で、目を鋭くしたのはバーヘンだった。カウンターにいる司書たちにきつい視線を飛ばし、


「今、この方がおしゃったことは事実ですか?」

「は、はい」

「なんてことを」

「ですが」

「ですが、何です?」


 その声は鋭さを増していく。司書たちは震える声で反論する。


「相手は魔王ですよ。魔王に図書カードを作っていいはずがないのでは?」

「そのような規則はありません。もし図書カードを特定の職業に従事する人には作ってはならない、などという規則があったらならば、とうの昔に私がつぶしています。今すぐ作りなさい。早く」


 司書たちが慌てて動き出した。

 バーヘンはチリドペッパに向き直ると、深く一礼した。


「このたびは、大変失礼なことをしてしまいました。申し訳ございません」

「いや、俺の方こそ怒鳴り散らして悪かった」


 チリドペッパが後頭部をかきながら言った。


「あの、じゃあついでに私のも作ってもらっていいですか?」とクリム。

「もちろんです」


 図書カードができた時には、人々は外へ避難し終わり、館内に残っているのは、館長のバーヘンと司書たち、職員たち、警備員、そしてクリムとチリドペッパだけだった。


「よし。これで、本を借りれるのだな」

「どのような本をご所望でしょうか?」

「ちょっと待ってくれ」


 チリドペッパは翼の羽に張り付けておいたメモをひきはがし、読み上げた。


「『ウマンジュの魔導書』とやらを借りたい」


 バーヘンが目を大きく見開いた。


「ウマンジュの魔導書の第何巻ですか?」

「えーと、九十九巻だ」


 バーヘンの顔が歪んだ。


「申し訳ありませんが、ウマンジュの魔導書第九十九巻は、貸し出すことができません」

「なんだとっ」

「理由があるのです。それは――」

「くそがっ。俺が悪魔だろう。くそっ、くそっ、くそ。いつもそうだ。俺は、これまでの人生で、一度たりとも図書館で本を借りたことがない。なぜか分かるか、館長」


 バーヘンは固まってしまっている。けれど、その瞳はチリドペッパを見つめ続けていた。


「俺が、悪魔だからだ」


 チリドペッパは話し始めた。


 子供の頃、人間の文字や文化を学ぼうと図書館へ行ったら、悪魔は出て行けと追っ払われたそうだ。悪魔の立ち入りを許す図書館はどこにもなく、チリドペッパはすねるぐらいしかすることがなかった。


「そんなとき、うなだれる俺に声をかけ、文字書きを教えてくれたのが、魔帝ススパイ様だ。俺はあのお方についていこうと決め、魔王となった。だのに、また、これか。悪魔に生まれたから、ただそれだけの理由で――」

「お聞きなさいっ」


 バーヘンが大声を出した。その場にいた者は唖然とするしかないほどの。


「ウマンジュの魔導書第九十九巻は禁書なのです。あなたが悪魔だろうと人間だろうとエルフだろうと、誰であろうと、貸出禁止の本は貸せないのです。どうかご理解を」

「しかし、勇者を倒すためにはあれがいるのだ。何とかならないか」

「ならないわよ」


 チリドペッパの巨体の背後から声がした。

 

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