王都へ
森を抜けて、街道に出た。
地図を広げる。
ここから都まで五キロメートルと三メートル。
馬車、翼、箒、瞬間移動魔法など、さまざまな移動手段がこの世界にはあるが、クリムが今とれる手段は一つだけだった。
右足を前に出して、次に、左足を出す。そんな簡単なことの繰り返しが、魔王クリムを王都へと誘うのだった。
一時間後。
クリムは壁の前にいた。
王都フィラデルフィアを囲む超弩級の外壁である。見上げるだけで首が痛い。
すごい。
巨人族と同じぐらいには高いかも。
聞いてはいたが、やはり、壁を登って侵入するのは無理そうだ。
魔法の可能性は無限大だ。地中を泳ぐ魔法や物質をすり抜ける魔法だって存在する。けれど、クリムはそのどちらも使えない。
使える魔法はたった一つ。
それを使ってもいい。
クリムは壁に手をついた。日光を受けてほのかに温かい壁は、ところどころ煤けていて、歴史を感じさせる。これを、作った人たちがいたのだ。どれだけの汗水が流れたろう。その努力を思うと、魔法を使うのをためらわざるを得なかった。
残っているのは、空からの進入路だ。
資料によると、王都の上空には、ドーム状の魔法結界が張ってあるそうだ。しかしそんなものは、クリムが魔法を使えば、刹那のうちに消失する。
問題は肝心の飛行能力を有していないことだ。クリムは風魔法も箒魔法も重力魔法も使えない。もちろん翼もない。
森に帰れば、飛べる臣下が何名かいる。その中でも一番戦闘に長けているのは、彼だろう。
リトルドラゴン、ベルギーヨ。
体調約二メートルほどの小さな竜。彼の戦闘力はクリムの臣下団の中ではずば抜けている。しかし彼は決して強者ではない。
むしろ。
「なぜあんな落ちこぼれを?」
臣下採用試験に落ちた竜族の誰もが口々にそう言ったのを覚えている。
山よりもでかい竜たちは、人間やエルフとそう変わらないサイズのベルギーヨを馬鹿にしていた。
ベルギーヨの体が小さいのには、訳がある。彼は竜と小人のハーフなのだ。異種配合の結果があのサイズなのだ。それを他者にどうこう言われる筋合いはないし、体の大きさなんかで強さは決まらない。もっと言えば、クリムは臣下の選考において、戦闘力を重要視していない。クリムが求めている強さと、ベルギーヨを侮辱した竜たちの誇る強さとの間には、リヴァイアサンの棲む海溝よりも深い溝があるのだった。
無論、ベルギーヨと力を合わせれば、王都への侵入はたやすい。が、クリムは目の前にたちはだかる壁に額をつけた。
やはりだめだ。勇者の抹殺は初めから終わりまで自分一人でやり切ると決めている。手を汚すのは、自分だけでいい。
思考の末、クリムが選んだ手は正攻法、正面突破だった。