王立魔法図書館
翌日、クリムは王都の南区、王立魔法図書館へとつづく石段を登っていた。七百七十七段ある石段を登り切ると、平らな場所に出て、その先に、何本もの石柱に支えられた、四角い巨大な建物があった。
中へ入ると、広大なスペースが広がっていた。壁を囲む本棚は、天井に届くほど高く、マホガニーの机や椅子には傷がついていて、歴史を感じさせる。
利用者は、人間が七割、エルフが二割、その他の種族が一割といったところだ。
カウンターに行き、名乗る。
「お話はナコさんから聞いております。少々お待ちください」
そう言って司書は館長を呼んできた。
「バーヘン・クウムです。お会いできて光栄です。クリムさん」
クリムは挨拶を返しながら、相手を観察する。女性だ。灰色の長い髪、しわくちゃの顔や手。高齢であることは確かだが、背筋は伸びている。そして耳が異様に長くとんがっている。もしやと思い、聞いてみた。
「失礼ですが、バーヘンさんはエルフですか?」
「はい。ここの図書館の創始者は人間ではなくエルフですから、代々、館長はエルフが務めることになっております」
珍しいことではない。シュクルー王国の主要種族は人間だが、人間は、エルフに比べてあまりにも書物に関して疎い。これほどの大図書館は、エルフでなければ作れないだろう。
エルフはその知識や高度な魔法理論を、他の種族とも共有するために、あらゆる種族の国や里に図書館を建造しているのだ。知識の共有という手段で持って、世界をより良い方向へ導かねばならない、という使命感がエルフにはあって、そこは天界の天使たちも大いに評価している。
「こちらへどうぞ」
カウンターの中へ入り、奥の扉から通路へ出る。通路は迷路のように入り組んでおり、右折したり左折したりを繰り返すと、第九書庫と書かれたプレートが貼ってある扉の前に着いた。
バーヘンは指に魔力を宿すと、その扉に古代文字を記し、封印を解いた。
扉がひとりでに開き、二人は仲へ入った。
バーヘンが指揮者のように指を振ると、何も置かれていない燭台に光が灯った。
閲覧用のでかい机には、本が積まれていた。本の山は目に見えるほどの禍々(まがまが)しい魔力を帯びており、並の魔法使いでは手に負えないほどの強い呪いや封印魔法がかかっていることは明らかだった。
依頼内容を確認する。
「本にこびりついた呪いや封印魔法を払拭すればいいんですよね?」
「その通りです。危険な魔導書ばかりですから、くれぐもご注意を。まずは呪いがついた書物からとりかかりましょう」
二人は作業にとりかかった。クリムは一冊ずつ呪いを解呪し、バーヘンがそれを確認、点検し、本棚に戻す。
クリムは椅子に座って無化魔法をかけるだけだが、バーヘンはテキパキと書架と机の間を動いた。
高齢者を働かせることに罪悪感を覚えたクリムは、言ってみた。
「あの、他の司書さんを呼んだりはしないんですか?」
「なぜ呼ぶ必要があるのでしょうか?」
「えっと、バーヘンさん一人で本を戻す作業をしているので、疲れないかなと」
「お気遣いありがとうございます。しかし、これらの本は、特級図書、つまり、かみ砕いて言うと、とても貴重な書物なのです。並の司書はここへ入ってはいけないのです。そういう規則になっていますから」
バーヘンは表情を崩さずそう言った。
「そ、そうですか」
それからも作業は続いた。
一時間も同じことをしていると、クリムも飽きてくる。バーヘンだって立ちっぱなしで辛いはずだと思い、クリムは提案した。
「あの、ちょっと休憩しませんか?」
「そうですか。それでは、紅茶と菓子を持ってきます」
「あ、お気遣いなく」
と言ってはみたが、止まるバーヘンではなかった。
エルフの里でしか採れないという茶葉でわかした、黄金色のお茶を飲みながら、シュークリームを食べる。
「あ、これ、シオさんの」
「はい。お菓子通り三番地『ミゼラブル』のシュークリームです」
「シオさんとお友達なんですか?」
「面識があるだけです」
バーヘンが目を閉じ、ぴしゃりと否定した。
どこの地方の出身か、どんな本が好きか、休日は何をしているのか。色々と話題を振ってみたが、盛り上がりはしなかった。
バーヘンはまったく笑わなかった。クリムはだんだんもしかしたら自分は嫌われているのでは、という気持ちになってきた。
と、そのとき。
「クリムさん。あなたの魔法を、私は、知識としては知っていました」
「無化魔法のことを?」
「はい。この世の始まりと終わりを体現する二つの魔法、創造魔法と無化魔法。あらゆる魔法はこの二つの魔法の派生と言ってもいいかもしれません」
バーヘンはつづける。
「無化魔法は、あらゆるものを消し去ることができます。生物、無生物、気体、液体、個体、人工物、大自然。例外はありません。だから私は疑問なのです。あなたがなぜ、王都を侵略してしまわないのかと。人間を滅ぼすという目的のもと動いているはずの魔王、その魔王であるあなたがなぜ、人間を助けているのかと」
「えっと、実は私も、正直なところ、よく分かってないんです」
人間を滅ぼすべきか否か。答えは出ない。
「でも、一つだけ言えることは、無化魔法はとても強力な魔法で、だからこそ、無闇やたらに使ってはいけないと思っています。本当は、消し去っていいものなんてこの世には、ないはずですから」
それからクリムは笑った。
「こんなことを言いながら、今日、たくさん無化魔法を使っちゃってますけどね」
すると、バーヘンが初めて微笑を見せた。
「きっとあなたは、これまで人のためにその魔法を使ってきたのですね。そしておそらくこれからも、利他の精神のもと、その魔法を使うのでしょう」
クリムへとあたたかなまなざしを注いで、バーヘンは言う。
「無化魔法の使い手があなたでよかった」
「これからもそう言ってもらえるよう、頑張ります」
休憩を終え、次は封印書にかけられた封印魔法を無化していると、通路の方から足音が大きくなってきて、扉を乱暴に叩いた。
「館長っ、バーヘン館長」
「何ですか、騒々しい」
扉を開けると、女性の司書が青ざめて立っていた。
「すみません。緊急事態なんです」
「いったい何があったというのです?」
「魔王が、来ました」




