牢屋で読書
王都魔法警察署の地下一階には人間の囚人が収容されている。
地下二階は、人間以外の囚人、悪魔やゴブリンを閉じ込めておくためのフロアだ。
そして地下三階。魔王専用の牢屋。
その最奥にブルチズはいた。鉄格子のなかで、ランタンの明かりを頼りに本を読んでいると、彼の影が揺らめき、そこからクリムとサビが顔を出した。
「ブルチズさん、こんにちは」
「おお、同志クリムよ。久方ぶりだな」
ブルチズは、その八本ある足を鎖でつながれていた。鎖には無効化魔法がほどこされているから、魔法を使って脱獄することはできない。
クリムとサビは影から抜け出して、その全身をあらわにした。
「おや、ブルチズ、私にあいさつはなしかい?」
「汝は毎日何回もここに来るではないか。いちいち挨拶するのも面倒になって来たのだ」
「サビさん、そんな頻繁に来てたんですか?」
「かたくなにここを動かないブルチズが面白くてね。私の手を借りれば、いつでもここを抜け出せるというのに」
サビ・ワワワは、序列第四位の魔王であり、影魔法の使い手だ。人影、物陰、木陰、ありとあらゆる影にひそみ、影と影の間を行き来することができる。他にもできることはたくさんあるが、サビの能力の全容を知る者は、魔帝ススパイただ一人である。
強力な能力を持つサビだが、そのくせ、魔王の仕事はほとんどこなさず、世界中を遊び歩いて回っている。
「君が出て来ないこと、ススパイも心配していたよ」
魔帝の名を呼び捨てにしたのは、彼が普段からススパイに対してため口を聞いているからである。サビは、魔帝フレンズの一人なのだ。魔帝フレンズとは、魔帝ススパイにため口をきく魔王たちのことで、彼らはススパイに従うつもりがなく、各々が自分勝手にやりたいことをやっており、時にススパイに反発することもあるが、ススパイはそんな彼らを面白がっている。友とすら思っている。
ブルチズは手元の本を閉じて言った。
「同志クリムが王都で民の心を集めている最中、獄中の魔王が脱獄したとあってはまずいだろう。だから当分我はここにいよう」
「ブルチズさん、私なら大丈夫です。脱獄する日時さえ教えておいてくれたら、ちゃんとアリバイを作ります。もう魔王城へお帰りください」
「しかし、ここもなかなか住み心地がよくてな。本を読むにも集中できるし」
「何の本を読んでいたんですか?」
「ああ、これは聖書である」
「あ、私も聖書好きなんです。特に大天使キーケ様の道徳観には納得するところが多くて」
「同感だ。我も多くを学ばせてもらっている」
「本気かい? 君たち。魔王が聖書を読むなんて、実に愉快だ」
それから、二人は聖書の好きな話をそらんじあい、サビは薄い笑みを顔に張り付けて聞き入っていた。
「人間がみな、聖書に出てくる大天使キーケのように清い心であってくれたならば、別の道もあったかもしれぬな」
ブルチズはクリムの目を見た。
「汝はこれからどうするつもりだ?」
「私は」
人間を滅ぼすべきか否か。クリムははまだそんなところで迷っていた。
「答えはまだ出ていないようであるな。なに、汝は若い。これから見つけて行けばよい」
「はい。でも一人ではきっと無理なので、ブルチズさんも協力してください」
そう言って、クリムは差し入れにと買ってきた哲学書をわたした。
「しかし我は汝の考えとは違う考えを持っているかもしれぬぞ」
「だからこそです。おそらく人間を滅ぼすべきか否か、この大問題については、私一人の哲学では太刀打ちできません」
「ならば我も手を貸そう。無論、同志サビも手を貸してくれるな」
「いやあ、私はやめておくよ」
「なぜだ?」
「忙しいんだ。このあとだって、ある戦いを見物に行かなくては」
サビは口元を押さえて笑いをこらえている風だった。
「君たちにも関係のある戦いだよ」
そのとき、王都にサイレンが響き渡った。




