魔王サビ
王都中央広場へとつづく大通り、そこにあるとある本屋さんに入る。人を避けながら、右に左に交互に視線をやって、目当ての棚を探す。
あった。
その棚には哲学書が並べてあった。分厚いの、薄いの、古典、最近のもの。何冊か選び購入する。
本屋を出て、中央広場へ行き、大天使キーケの銅像の前を横切って、目当ての建物と正対する。空へとそびえ建つ黒煉瓦の建物、この建物こそ王都魔法警察署である。
今のクリムならブルチズとの面会も許可してもらえるだろうが、監視の者はつくだろう。
クリムはいったん、広場の片隅にある公衆魔法電話ボックスに入った。硬貨と魔力を投入し、電話をかけ、交換手にナンバーゼロゼロゼロマイナスセブンにつないでもらう。
「こちら魔帝城通信部、メアです」
「こんにちは、メアさん。クリムです」
「あら、クリム。久しぶりね」
「そうですね、二カ月ぶりです」
「そっちは色々大変みたいね」
「ちょっと思ってもいなかった方向に話が進んじゃって」
「いいんじゃない。人間に好かれ、人間の社会に溶け込む、そういう魔王が一人くらいいても。多様性よ、多様性」
「多様性」
「そうそう、クリムから電話がかかってくるやいなや、ススパイがダッシュしてここに来たんだけど、どうする? 代わる?」
「じゃあ、お願いします」
「別に代わらなくてもいいのよ。話すことも特にないでしょ」
「まあ、ないと言えばないですね」
「あー、ススパイがうるさいから代わるわね」
「クリムか」
「はい。魔帝様」
「お前の活躍は、王都の新聞シュガデルフィアタイムズを通して知っている。よくやっているようだな。私は嬉しいぞ」
「恐縮です」
「魔王であることを公にしてやっていけるか心配だったが、今や、お前の支持率は七十パーセントを超えるというじゃないか。これはすごい数字だぞ」
「ありがとうございます」
「しかし、実際どうなのだ? 人間たちにいじめられたりしてないか?」
「大丈夫です。元気にやってます」
「そうかそうか。そう言えば、王都にはあの子がいたな。あの子は元気でやっているか?」
「あの子?」
「ああ、クリムにはまだ話してなかったな。私はかつて――」
「はい、終了です。通信魔法だってタダじゃないんですよ。ここから王都まで何万キロあると思ってるんですか。私の魔力の残量も考えてください。それで、クリムちゃん、今日は誰につなぐ?」
「サビさんをお願いします」
「あー、あいつかあ。捕まるかなあ」
数分後、メアはサビの居場所を探り当て、見事、通信魔法をつないで見せた。
「やあ、クリム。私に何の用かな?」
「お力をお借りしたいんです」
「ほう。私の力が必要だと? なるほど。分かった。で、誰をストーキングしたいんだい?」「ちがいますっ」
冗談や面白いことが好きなのだ、この方は。
「王都の魔王専用牢屋へ潜入したいんです」
サビが笑った。
「なるほど。獄中のブルチズをからかいに行くんだな」
「話をしに行くんですっ」
「今、君はどこに?」
「王都の中央広場です」
「あいわかった。すぐ行くよ」
次の瞬間、クリムの影から腕が伸び、次に顔が出た。細面で、目も鼻も細い。長い口が開いた。
「やあ」
「いつ見てもすごい魔法ですね」
「誰かをストーキングするには最適な魔法さ」
サビは、細い目の中に、光をよく通す碧眼を見せて笑った。
「さあ、行こう。ブルチズをからかいに」
「だから、ちがいますって」
クリムは足首をつかまれ、そのまま、己の影の中へ引きずり込まれた。




