取材殺到
窓の外が白み始めた。
アンはまだ起きない。もううめいてはいないが、顔色はよくない。人形のように真っ白だ。
朝の訪れとともに、通りの方は騒がしくなってくる。村の人々が仕事に出て行っているのだろう。アンが死にそうにになっても、村の人々の一日は始まるし、王都でも新たな一日が始まっているのだ。
アンの言ったことは正しかったのかもしれない、とクリムは思った。
関係なかったのだ。自分と他人は切り離されていて、自分優先で動くことがこの世界の最適解なのだ。きっと。
にしても通りが騒がしい。
「出せー」
「取材させろ」
「どけどけ」
窓を開けると、人々がごったがしているのが見えた。この宿屋の前に密集している人、人、人。片目にルーペをつけている人がたくさんいる。
あれは、魔法ルーペだ。映像記録魔法をほどこしたルーペで、あれを通して見たことは記録される。記録された映像は、レンズ上で再生することができる。
記者だ。魔法新聞社の。
もちろん目当てはクリムである。
バニラ村に魔王が出たと聞いて、王都からやって来た記者軍団は、ある噂を耳にしたのだ。勇者と一緒にいた少女が魔王であると。その噂の真偽を確かめるために、ここに集まったのだ。
「あいつだっ」
記者団から指を指され、クリムは窓枠の下に姿を隠した。
それにしてもどうして記者団は宿へ踏み込んでこないのだろう?
すばやく窓の外を盗み見ると、状況がつかめた。名もなき村人たちが記者団を押しとどめてくれているのだ。
怪我でもしたら大変だ。早くやめさせないと。
クリムは窓を開け、身を乗り出した。
「みなさん、落ち着いて聞いてください。私は取材をお受けします。だから、押し合いへし合いをやめてください。今、そっちに行きますから」
もちろん、静かになんかならなかった。クリムがいよいよ窓から飛び降りるしかないと思ったそのとき、肩をぐいとつかまれた。
「私に何も言わず、どこへ行こうとしてるのよ」
アンが傍らに立っていた。顔色はもとの健康的な肌色に戻っている。
勇者もいるぞ、と外の声が爆発した。
「アンちゃんっ」
クリムはアンに抱き着いた。
「なによ」
「痛みとかしびれ、残ってない? 気分は?」
「絶好調よ。あー、でも、お腹が空いたわ。それもそうよね。だって昨日の夕方から何も食べてないんだもの。あ、こんなところにおいしそうなクッキーがあるじゃない。早く言いなさいよ」
アンはクッキーをひとつかみして、ガ行の音をたくさん出しながら食べる。
何十枚もあったクッキーは、ものの数十秒でなくなってしまった。
「うーん、まだお腹減ってる。強化魔法たくさん使ったあとっていつもこうなのよね。で、外の騒ぎはなに?」
「記者の人たちが私のことを取材したいって来て、どうしよう」
「そんなの、ぶっ殺せばいいじゃない」
「いや、ダメでしょ」
「私、新聞も記者も大嫌い。私の悪口ばかり書くんだもの」
アンが事件を起こすたびに、勇者としての自覚をとか何とか、説教調の社説を披露するという。
「人の悪口書いてお金もらうなんて、最低の職業だわ」
「それはそうなんだけど、中には、強者に虐げられている弱者の情報や、災害時に役に立つ情報をを伝えてる立派な人だっているはずだよ」
「少なくとも、ここに来て村人と乱闘しているあいつらは、立派の真逆を行く奴らね」
ここに留まっていれば、騒ぎが大きくなるばかりである。
「何とかしてここを出ないと」
「そんなの、簡単じゃない」
アンが部屋の中を歩き回り、本棚と洋箪笥の間に立てかけてあって箒を手に取った。
「まさか」
「ほら、行くわよ」
「でも、私、全然寝てなくて、この睡眠不足の状態でアンちゃんの運転は」
「乗りなさい」
アンが人を殺しそうな目でにらんできたから、クリムは箒にまたがるしかなかった。
二人は、宿屋の代金と新品の箒が買えるだけの金貨をその場に落とし、開け放たれている窓から、流星のように飛び立った。




