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超絶やさしい魔王とクズの極み勇者  作者: 仙葉康大
第一章 魔王と勇者
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築城開始

 魔王たるもの、自分の城を持たねばならない。


「どうしよう」


 クリムの呟きは、木々の(こずえ)の中に消えていった。


 直属の臣下(しんか)二十名を引き連れて森に来たはいいが、なにぶん、築城など初めてで、どうすればいいのか、見当がつかない。


「魔王様。どのような城をご所望でしょうか?」


 進み出てそう尋ねたのは、体長二メートルぐらいの小さなドラゴン、ベルギーヨである。


「えっと、ここにいるみんなが寝泊まりできるだけの部屋があって、あとは、うーん、みんなはどんな城がいい?」

「オイラね、オイラね、ビームの出る城がいいな」


 飛び跳ねながらそう言ったのは、スライムのルピスだ。


「魔王様、私、地下実験室が欲しいですわ」と吸血鬼のヌレカ。

「できれば、パイプオルガンも設置してもらえたら嬉しいですな」とゴーストのスフレ。

「ワンワンワンワン」魔犬のソダーが言った。

「じゃあ、他にも意見がある人はいると思うので、今から話し合います。ベルギーヨを議長に任命します」


 そう言ってクリムは、ふところから取り出した羊皮紙を地面に広げた。


 臣下たちはささやかな要望を述べていった。誰かの発言をさえぎる者はいなかったし、一人で長々としゃべる者もいなかった。けれど、まったくしゃべらない内気な子もいた。


 クリムはその子の方を見て言った。


「サキュバスのシフォはどう思う?」

「わ、私ですか?」

「何でも言っていいんだよ」

「ですが、私はまだ半人前ですし」

「おいおい。そんなこと言ったら、オイラなんて死ぬまで口を閉じてないといけないぜ」


 ルピスの言葉にみんなが笑った。

 それから、シフォが申し訳なさそうに言った。


「みんなで入れる大浴場があると嬉しいです」


 羊皮紙の空白は見る見るうちになくなっていき、最後には、城の完成図が出来上がった。ビーム発射砲、常時真っ暗闇の地下実験室、黄金の犬小屋、パイプオルガンのある音楽ホール、三、四十人が一度に入れる大浴場、エトセトラエトセトラ。


「よーし。それじゃあみんな、まったりがんばるぞー」

「おー」


 築城開始。

 まずは森を切り開く。


 リトルドラゴンのベルギーヨはその牙と爪でもって樹をなぎ倒していく。電気ゴーレムのガンラクは怪力にものを言わせて、どんな樹でも根っこごと引っこ抜いてしまう。スライムのルピスは体内で毒素を生産し、樹を根元から腐らせる。


 臣下の働きを横目に、クリムは、ひときわ新緑のまぶしい大樹に手を押し当てた。そうしてとある魔法を発動した次の瞬間、大樹はあとかたもなく消えてしまった。燃やすでもなく、倒すでもなく、抜くでも腐らせるでもなく、消す。クリムにできることと言えば、それぐらいだった。


 クリムとその仲間たちは、時間を忘れてよく働いた。

 ふと、誰かのお腹が鳴った。

 もうお昼だ。


 朱色の木の実、(かさ)が水玉模様のきのこ、それから、森の奥の泉に生息する、黄金色の魚。そういった森の恵みを採ってきて一か所に集め、そこへベルギーヨが火を噴いた。


 加熱の頃合いを見計らって、クリムは炎の中に手を突っ込んだ。次の瞬間には炎は消え、ただ乾いた風が指の間をすり抜けていくばかりだった。


「みんな、ご飯ができたよ」


 大葉によそって配り、車座になって食べる。木漏れ日と小鳥のさえずりを浴びながらの昼食だ。

 吸血鬼のヌレカが木の実の酸味に口をすぼめている。スライムのルピスの体内には、消化中のきのこが透けて見える。魔犬ソダーは、魚を骨も残さずたいらげてしまったようだ。


 クリムは目を心なし細めた。

 願わくは、この平和が永遠であればいい。

 人間を滅ぼすという使命も勇者との闘いもすべてをほうくりだして、みんなとのんびりと暮らしていけたら。


 せめて、誰一人として死なせないようにしよう。


「クリム様、何か考えごと?」


 ゾンビのミトパがクリムの顔をのぞきこんだ。


 クリムは目じりを下げる。ミトパの口の周りについている木の実の汁を拭ってやる。洋服の袖が汁で黄色く汚れたが、そんなことはどうでもよかった。


 お腹がふくれたところで、クリムは立ち上がった。


「午前中はよく働いてくれてありがとう。午後からは自由時間にするから、各自、好きなことをするように」

「やったー、自由だ―」


 みんなの声が弾んだ。

 クリムが選び抜いた臣下たちは、最低でも一つ、生きがいとなるような趣味を持っている。

 だから自由時間は大歓迎なのだ。


 作曲したり、絵を描いたり、魔界フルマラソンに参加するためのトレーニングに励んだり。何をしてもいいが、忠告しておかなければならないこともあった。


「ただし王都へはまだ行かないこと。人間と遭遇しても襲わないこと。勇者が来たら逃げること。じゃあ解散」


 それぞれ、思い思いの方へ走り出すなか、リトルドラゴンのベルギーヨは苔むした大樹のようにその場にたたずんでいた。森を優しく吹き抜けていく風が凪ぐと、そっとクリムに尋ねた。


「クリム様は午後からは何を?」

「王都に行ってくる」


 クリムはもう歩き出していた。


「勇者を、殺してくるね」


 ベルギーヨの方を振り返ることなくそう告げて、たった一人で、天敵のいる王都へ向かうのだった。


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