戦争のための魔法
「分かった、じゃあ、私とアンちゃんは友達でもなんでもないんだね」
「そうね。私とあなたは友達でもなんでもないわね」
そういう結論に至った瞬間、ブルチズが糸を吐いた。その糸には毒がしたたらせてあったが、アンは強化魔法を使い、身体の能力を飛躍的に向上させ、高く跳躍し、避けた。
空中で身動きができないアンへ向かって、毒を吐くブルチズ。が、それも、アンに届く前にアンのパンチによってかき消された。拳圧だけでこれほどのことができるなら、あれをまともに食らったら、間違いなく死ぬとクリムは思った。先日、クリムを空へとぶっ飛ばしたときは、かなり手加減してくれていたのだ。
「同志クリム、悪いが、汝の友は倒させてもらう」
「だから友達じゃないって言ってるでしょ」
アンは着地すると、うんざりしたように深い溜息をついた。
「っていうか、なんで私を攻撃するわけ? 他にも人間いっぱいいるじゃない。そっちをやりなさいよ」
勇者らしからぬ発言に、その場にいた誰もが肝を冷やした。
「何を、言っているのだ?」
「あなた、人間を滅ぼしたいんでしょ? 私、邪魔しないから、私にちょっかい出さないで。うざいの」
「勇者は民を守る義務があるはずだが」
「知らないわよ、そんなの。私、他の勇者と違って税金暮らしじゃないもの」
他の国の勇者は国からお金をもらって生計を立てているが、アンは依頼報酬のみで暮らしていた。だから、国民を守る義務などないのだと言う。
「勇者殿。魔王が眼前にいるのだぞ。わしらを見捨てるのか?」
体を糸で巻き巻きにされた老人がそう言うと、アンは表情も声音も変えずに、
「見捨てるわよ。だってあなたたちが死のうと生きようと、私には関係ないもの」
と言い放った。
すると、母親と一緒に縛られている男の子が泣き出した。連鎖反応が起きて、その場にいた、他の子たちも泣き始めた。一方、大人たちは勇者へ罵声を浴びせかけていた。
騒然となった村役場前。
「うるさいわね」
アンは両耳を手でふさいでいる。
クリムは、泣いている子供のもとへ行き、糸を無化魔法で解いてあげていた。
「お姉ちゃん、ありがとう」
「ありがとうございます」
お礼を言う親子に、クリムは「早く逃げてください」と笑顔で言い、急いで次の子供のもとへと走った。
「同志クリムよ、何をしているのだ?」
「子供から優先的に逃がしてます」
「なぜ人間を助けるのだ? 差し支えなければ、聞かせてほしい」
「えっと、なんというか、泣いてたので」
「何だと?」
「子供が泣いてたので、きっと怖いんだなと思って、この場から逃がしてあげることにしました」
「泣こうが喚こうが、人間は殺すべきではないのか?」
クリムはブルチズの怪しく赤く光る眼玉から視線をそらした。
「我がなぜこの村に来たか、分かるか? この村に忍ばせておいた部下から、我の毒魔法ポイズンクラウドを消し去ったものがいると報告を受けたからだ。来てみると、勇者がいた。だから勇者が我の魔法を消し去ったのだと思っていたが、我はいま、とても恐ろしい想像をしてしまっている。その想像が真実でないことを希求しつつ、問おう。我の毒の雲が消えたのは、誰の仕業なのだ?」
「私が消しました」
「ちょっと待ちなさいよ。あなた一人の力じゃないでしょ。私の飛行魔法があったからこそ、村は救われたのよ。ほら、村人、感謝しなさい」
大ブーイングが起こった。
「おお」
ブルチズが神に許しをこうかのように声を出した。
「我はとてつもなく混乱の中にいる。同志クリムよ、人間は悪しき種族であろう? 滅ぼしていいはずだ。いや、滅ぼさなければならぬのだ。でないと、こやつらはこの星を滅ぼすであろう。汝も知っているはずだ。人間どもが戦争のための魔法ばかり開発していることを」
核爆発魔法、細菌生物召喚魔法、人種優位魔法などだ。
魔帝様もおっしゃっていた。人間は、魔法の、踏み込んではならない領域に踏み込もうとしていると。だから止めるのだと。
「結局、人間は他国との戦争に勝つことしか考えていないのだ」
「そうでしょうか? それはあまりにも人間と言うものを十把一絡げに見ていませんか?
「ウーム、確かに主語がでかすぎたかもしれぬ」
悩みだした魔王ブルチズに向かって物申したのは、村長だった。
「わしらは誓って戦争のために生きておるのではありません。あなたのお話にでてきた物騒な魔法の研究などもしていません」
魔王ブルチズは首を横に振った。
「信用できない。人間は嘘つきだ。お前たちの代表は、これまで何度も魔帝様に平和を誓ってきたというじゃないか。しかしどうだ? お前たちは今なお戦争を繰り返しているではないか。嘘、裏切り、偽証。それらは人間の得意技だ。人間がいる限り、この世は平和にはならない」
「あなたは概念としての人間にこだわりすぎています。目の前にいるこの人たちが何をしました? 平和を乱すような真似をしたのは、むしろ、あなたの方です」
「人間は今も戦争をしている。これは事実だ」
「あなただって武力を用いてことを成そうとしています」
「我は私利私欲のために力を用いているのではない」
「私利私欲であろうとなかろうと、武力の行使は、あらゆる可能性を試し、万策尽きたときのみに限るべきです」
「ねえ、これいつ終わるの? クリム、私、ずっと帰りたいって言ってるわよね。待たされてイライラがマックスなんだけど」
ブルチズがアンに目を向けた。
「いま大事な話をしている。自分勝手な発言は控えてもらいたい」
「は? 知らないわよ。ばっかじゃないの。私は私の言いたいことを、私が言いたいときに発言するわ。大体あなたねえ、こんなくだらない問答してないで、殺るなら殺るでさっさっと殺りなさいよ」
「我は、同志クリムが我とは違う考えを持っているようだから、互いの考えを提示し、議論したうえで、行動するべきだと考えたのだ」
「はあ? 他人の考えなんて聞いてどうなるの?」
「理解したり、説得したり、己の考えを修正したりできる」
村人たちは目をしばたたいた。魔王とはもっと邪悪で、残忍で、残酷なものだと思っていたのに、魔王ブルチズも魔王クリムも、むしろ、勇者アンなんかより話の通じる相手ではないかと、多くの者がそう思った。
「あなたの言っていること、全然理解できないわ。以上。話し終わり。さ、今度こそ、ついに、やっと、帰るわよっ。帰ってお菓子食べながら魔法映画を見まくるのっ」
アンは早口にまくし立てると、クリムの手を強く握って、走り出した。
そんなアンとクリムをなおを引き止めるのは、ブルチズの口から吐き出された糸である。引きちぎっても、消し去っても、次から次へと湧いて来る粘着性の糸の束に、アンがキレた。
きびすを返すと、一直線に向かって行って、膨大な魔力を凝縮させた拳を、ブルチズの腹へとめり込ませた。
「死んで」
アンが言うと同時に、ブルチズが血を吐くように、口から真っ青な液体を吐き出した。それを頭から全身に浴びたアンは、ひざの辺りが震えだして、倒れてしまった。




