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超絶やさしい魔王とクズの極み勇者  作者: 仙葉康大
第二章 戦争と人間
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十億

 紫色の雲海が陽の光をシャットアウトしている。


 北部百村連合の玄関口、バニラ村の飛行場に着いた二人は、依頼主である村長に会おうと、町役場を目指した。


 今は雨は降っていない。


 しかし、運河を見ると、その水は紫色に濁っていた。腐臭もひどい。建物も壁が溶け始めており、毒の雨の影響はそこかしこに見られる。


 町役場に着くと、村長室へと通された。


「お待ちしておりました。勇者様、クリム殿」


 村長はやせていて、肌の浅黒い人だった。頭はスキンヘッドにしていて、老眼鏡をかけている。


「状況は?」


 アンの口調は尖っていた。


「この村だけでなく、百村連合全体に断続的に毒の雨が降っています。毒の雨は人体に痛みとしびれをもたらします。また運河の水が毒で粘り滞り、流れません。百村連合にとって運河が使えないというのは死活問題です。さらにこのままでは家々もすべて溶けてしまうでしょう。そうなれば終わりだ」

「空軍は?」

「頑張ってはくれているのですが、雲は巨大なだけでなく、防衛機能を有しているのです」


 空軍の飛行士が、ある一定の距離まで近づくと、毒の弾丸が雨あられのように発射されるのだという。


「ま、あいつら弱いから仕方ないんじゃない」

「いや、飛行魔法に関しては絶対アンちゃんよりはうまいはず」

「何か言った?」

「何も」


 運んでもらった身であまり文句は言えない。

 村長が老眼鏡を外し、目をこする。


「もうこの村はダメかもしれないと思っていましたが、お二人が来てくれた。これで希望が持てます」

「希望を持つのは勝手だけど、詳しい話を聞いてみると、この依頼ってつまり、村長であるあなたや、村の人たちにとっては死活問題なわけよね」

「そうですがそれが何か?」

「しかも依頼主はあなた一人じゃなく百村連合の村長百人なわけよね?」

「それもそうですが、何が言いたいのです?」

「安すぎる」

「は?」


「報酬が安すぎるって言ってんの。なによ、一千万リンプって。馬鹿じゃないの。あの雲がなくなれば、百の村が救われるんでしょ。なのに、たったの一千万リンプ? 貴族の坊っちゃんのお年玉より少ないわよ」

「ですが、どこも財政難で」

「知るかバカ。クリム、帰るわよ」

「え、でも、このままじゃこの村の人たち困るよ。というか、百もの村の人たちの生活が成り立たなくなっちゃう」

「あなたバカ? 村の人たちとやらの生活がにっちもさっちもいかなくなっても、私にもあなたにもまったく関係のないことじゃない」

「そうだけど、でも」


 それはあんまりじゃないか。

 雲を消すぐらい、アンと力を合わせれば難しくない。


 困っている人がいれば助けるのは、クリムにとっては当たり前のことだった。だからクリムはその場から動かなかった。


「アンちゃん、先に帰ってて。私は、一人でもやってみるよ」

「飛行魔法も使えないのに?」

「それは、うん、そうなんだけど」

「そうだけどじゃないでしょ。かーえーるーわーよっ」

「いーやーだっ」


 アンがクリムの体を引っ張ってきたので、クリムは村長の執務机にしがみついて抵抗した。


「二人とも、落ち着いてください。報酬金額が納得いかないと言うなら、話し合いましょう。君、何か甘いものを持て来なさい」


 村長がエルフの秘書にそう言うと、クリムとアンはぴたりと動きを止めた。


 皮張りのソファに座り、紅茶をすすって一息つく。出されたクッキーを食べると、舌が喜び、自然と頬がゆるんだ。


「恐る恐る訊くのですが、報酬はどのぐらいを希望されますか?」

「十億リンプは欲しいわね」

「十億っ?」


 通信魔法のおかげで他の村長にもこの会話は聞こえている。


「ふざけるな」

「勇者と言えど、傲慢がすぎる」

「払えるわけないだろ。政治も経済も知らない小娘が生意気言うんじゃない」


 非難の嵐だ。文句を言わないのは、目の前に座っているバニラ村の村長だけ。


「アンちゃん、十億なんていくらなんでも」

「クリム、あなたなら故郷を救うためにいくら出せる?」

「え?」


 故郷。その言葉にクリムはフリーズした。

 クリムは魔帝ススパイの創造魔法によって創られた。


 だからクリムにとっての故郷は、ススパイの魔帝城とその近隣の大自然だった。城に住む悪魔たちはみんな、とても親切で、よくかくれんぼをして遊んでくれた。城の近くのダークエルフの里では、狩りの仕方や焼き芋の作り方を教わった。冥界へつながる湖のウンディーネからは歌を教えてもらった。火山の噴火口に眠る火竜とは、よく日向ぼっこをした。


 その故郷がなくなるとしたら。


「いくらでも、払うと思う。一生かかっても、来世までかかっても」


 アンがうなずいた。


「なのにこいつらと来たら、たったの十億リンプも払えないって言うのよ。ふざけてるとしか言いようがないわ」


 また避難の嵐が吹き荒れた。


「十億リンプ。百の村で割れば、たったの一千万リンプよ。自分の村に誇りがあるなら、最低でもそれぐらい出しなさいよ」


 しかし、待っていたのは、沈黙だった。

 アンはティーカップをガチンと音を立てて受け皿に置くと、クッキーを一枚とって、口へ放った。


「にしてもこのクッキー、おいしいわね。どこの?」

「ウチの村の外れの丘で、魔女の三姉妹が経営している焼き菓子店がありまして、そこのです」

「そう。じゃあ私とクリムはそこへ行ってくるから、私たちが帰ってくるまでに結論を出しておきなさい。行くわよ、クリム」

「あ、ちょっと、アンちゃん」


 また手を引っ張られた。アンはクリムを引っ張っていくときは、手を握ると決めたらしい。

 村役場を出て、村の人々に道を尋ねながら、魔女の焼き菓子店を目指して歩く。


「村長さんたち、今頃、話し合ってるんだろうね」

「政治家ってどうして即断できないのかしら。馬鹿なのかしら」

「時間をかけて議論するのは、なるべくみんなが納得できる結論を出すためだよ」

「みんなが納得なんてできるわけないじゃない。自分さえよければそれでよくない?」

「よくないよ」


 クリムがそう言うと、アンが立ち止まった。運河に沈みかけている船へ視線をとめたまま、口を開いた。


「あなたって変わってるわ」

「私が?」

「あなたみたいにきれいごとを言う人は、みんな私から離れて行った」

「そうだろうね」

「なのにあなたは」


 そのとき、何かを思い出したかのように、雨が降り始めた。紫の雨滴は、まるでアメジストのようで、妖艶な輝きを放っていた。


 外にいた人々はいっせいに家の中へと非難した。クリムとアンは動かずに、互いを見つめ合ったまま、ただ魔法を発動させた。 


 クリムの無化魔法は、体に当たる毒の雨を無へと還し、アンの強化魔法は、肉体を強化するとともに、分厚い魔力をまとうことで、毒の雨をはじき返した。


「あのくそども、結論は出たのかしら? 通信魔法一つよこさないけど。私、通信魔法かけれないのよね。ああいう神経使うのはてんでダメ。あなたは?」

「私は、これ以外使えないよ」

「そう。困ったわね。役場まで戻りましょうか」


 ここからならすぐだ。十分もあれば戻れる。でも、クリムは戻る気などなかった。


「私、やっぱりこの依頼受ける。あの人たちが一リンプも払わなくても」

「どうして?」

「どうしてかな」


 本当は魔王である自分は、この毒の雨をやませてはいけないのに。

 けれど、もうアンにあの質問をされたあのときから、心は決まっていた。


「きっと私にも故郷があるから、だと思う」

「なによそれ。意味わからないわ」

「だよね。私も自分がわからないや」


 クリムは空を見上げた。

 毒の雨はやむ気配がなく、しきりと降り続いている。


「アンちゃん、私、飛べないんだ」

「知ってる」

「力、貸して」


 アンは目を閉じてため息をついた。


「絶対、私の服にゲロつけないでよ」


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